ACTion 19 『デミ、夢を語る』
だいたいスクーター船は、衛星間移動のために用いられるチョイ乗り感覚の軽船舶だ。目の前の船は、それを誤魔化すかのように、船尾へカーゴモジュールを後付けし、船体中央部に居住モジュールを増設していたが、ヒトなら定員も1、2名、光速への乗り入れさえ許可されていないシロモノには、なんら変わりがなかった。
今更ながら、ここへやってこれただけでも奇跡のこの船に命を預けるのかと、ネオンはしばし我が目を疑う。
知っているのだろう。スクーター船に目を向けていたデミも、心配そうにネオンを見上げていた。
当然、知りもしなかったネオンに返す言葉は微塵もない。
ただただ奥歯を鳴らして、何はさておき自らの説得に取り掛かるのみ。
「贅沢・・・、いってられないのよ」
吐き捨てた。
覚悟を決め、デミの手を取る。
ハッチは、アクリル製らしいドーム状のコクピットが突き出た船首と、居住モジュールの間だ。
見定め、床を蹴りつけた。
先に船へと向かっていた男は、船体に接続されていた充電ケーブルと、燃料チューブの取り外しを終えたところらしい。船体を伝って降りたハッチ前で、作業着から取り出したキーをハッチ脇のスリットへ差込み、循環式光粒子ロックを解除している。
ハッチがガルウイングよろしく跳ね上がった。
すでに状況は完全な無重力。
飛ぶように滑り来るネオンとデミへ、男は振り返る。
そんな2人に遅れをとること、しばし。手続きを追えた毛むくじゃらも、その傍らより管制端末を飛び越えて、船への滑走を始めている。
追い立てるように、突如として、格納庫全体が軋んだ。
獣の遠吠えにも似たような重苦しい音が、歯切れも悪く4人の耳に、肌に響く。
もちろん瞬時にして、それはコロニーの歪みから起こっている音だと誰もが理解した。ただ、対象が大き過ぎるため、その実際を見て取ることはできず、言い知れない不安に襲われる。ひたすら固唾を呑むと、目をさらのようにして周囲を見回した。
と、唐突に、時間の無駄と割り切った男が、ハッチの前へ滑り込んできたデミの体を、力任せに船へと放り込む。おかげで我に返ったネオンも、あてどなくさ迷っていた視線を船へ固定するや否や、デミに続いて船へと身を翻した。
すかさず安穏と辿り着いた毛むくじゃらを引き込み、男も船へと乗り込む。
入れ替わるようにして、デミが手早く脱ぎ去った救命具を船外へと投げ捨てていた。
確認して、男がハッチを引き寄せる。
その視界の先で、受けた重みに耐えかねた鉄扉が突如、ボンッ! と、中央部をへこませた。
決別すべく、勢いよくハッチを閉じる男。
空間が密閉される。
その安堵感からか、つかの間、4人の間で張り詰めていた空気がぬるんだ。
しかしながら、肝心なのはこれから。
浸ることを拒んで男が、ネオンを押しのける。
「こっちだ」
ハッチの真正面から伸びる急勾配の階段へと、3人を誘導した。鉄骨を組んだだけの、簡素どころか質素な手すりを伝い上層へ向かう。
すかさずその後についたのは、毛むくじゃらだった。
「スタータは?」
早口に問いかける。
「エブランチネルの3978」
その後方に、おっかなびっくり、ネオンが連なった。デミはその足元を辿り、階段をのぼっている。
「マニュアル通りなら、立ち上げくらいなら手伝えるぞ」
階段を上りきったそこには、幅2メートル足らずの通路が横たわっていた。
男はそこで振り返る。
「頼んだ。コクピットは突き当たりを上だ」
即座に毛むくじゃらを左へ通した。そして上がってきたネオンとデミを、迷うことなく右に振り分ける。
「あんたらは、こっちだ」
通路へ出るや否や、突き飛ばされたネオンの体が、通路を一直線に奥へとすっ飛んだ。
「ちょ、ちょっと!」
デミもろともあっという間のうちに、狭い船内を突き当たりまで滑走する。ぶつかるまでもなく、そこに立ちはだかっていたドアがスライドした。なるがままなされるがまま、なだれ込めば、2人の前に何やら影が立ち塞がる。遠慮無用でぶつかった。おかげで止まる動き。宙をかいていた足がようやく床を捉える。ネオンは、そうしてぶつかったモノを押し戻すと、後ずさった。目の前のものを確認すべく、顔を上げる。
「何よ、コレ」
その表情は、自然と険しくなっていた。
そう、目の前にあったのは、上下を天井と床に固定したネットだったのだ。しかも、中には何やら中に見慣れない物が包みこまれている。同じようなものはこの空間を埋め尽くすと、規則正しく、そして無数に並べられていた。
「向こうは2人で一杯なんだ」
不意にその背で、男の声がする。
弾かれたようにネオンは振り返った。
とたん、そんなネットの中へと駆け出してゆくデミ。
「わぁらおぅ」
「ちょ、待ちなさいってっ!」
慌てるがあまり、ヒト語で呼び止めるが、もう遅い。甲斐なくデミの姿は、ネット中へと消えていった。
諦め、男へ向き直るネオン。
確信をこめ、こう言い放つ。
「・・・ここ、カーゴモジュールね」
それは、めいっぱいに険悪な声だった。
だが吹き飛ばし、男はあっけらかんと答える。
「ご名答」
その手を天井へと手を伸ばした。
「ついでに言わせてもらうなら、このカーゴは精密機器向けで、耐震、抗G仕様の特注品だ」
掴んだフックを、勢いよくネオンの前へ引きずり下ろす。フックにつながっていた1本のロープが、とたん膨らみ、ネット状に広がった。男はまるで水面へ網を打つかのごとく、それをネオンへとかぶせる。
「ちょーっ! 何、するのよっ!」
包み込み、天井へ吊るし上げた。
暴れて手足をばたつかせるネオン。だが、伸縮自在なネットはもろともしない。それどころか、さらにしっかりネオンを覆うと、次第に体の自由を奪っていった。
「だから言ったろ。観光船じゃないってッ」
浮き上がったネオンの足元に屈み込んだ男が、床へフックを固定しながら吐き捨てる。
そうして消えたデミを探し、辺りを見回した。
「あいつ、どこへ行きやがった?」
独り言のように呟く。
「だからって、これは聞いてないっ!」
最大ボリュームで訴えるネオンを残すと、ネットの群れへと分け入った。ややあって、デミを肩に担ぎ上げ、舞い戻ってくる。
「ここが一番安全なんだよッ」
同様に、ネオンの隣にデミを固定した。
捕獲された野生動物よろしく、2人はカーゴの一角に並べられる。
「とにかく、ここでおとなしくしてろ。落ち着いたら、後でちゃんと出してやる」
再度、ネットの張り具合を確認しながらの捨て台詞だ。
くるり、ドアへとその身を翻した。
「そういう問題じゃないでしょっ!」
喚くネオン。
「このヘンタイっ!」
それが精一杯の攻撃。
スライドしたドアの向こうで、男のこめかみが一瞬、痙攣するのを見る。
「おま・・・ッ、一言多いッ」
それきり、閉じられるドア。
同時に、こうこうと灯っていた明かりが、待機電源以下に絞られた。
さすがに勢いを殺がれてネオンは、がっくりうなだれる。
「…だから、なんで移動するたびに、あたしは荷物扱いなのよ…」
言いたいことは、そこに終始していた。発見された放置船といい、出稼ぎ船のサウスプンカといい、もう、立派なトラウマである。
と、そんなネオンを励ます声があった。あろうことか、先ほどまで心配げな瞳でネオンを見上げていたデミだ。
『心配しないで!』
その声色は、歓声を上げてネットの中へ消えて以来、妙に明るい。
「?」
何を言い出すのかと、ネオンはネットにくるまれたまま、デミへと体をひねった。
デミは、意気揚々とそんなネオンへ鼻溜を揺らせる。
『だって、これ、ジャンク屋の船なんだもん!』
そういえば、毛むくじゃらが男のことをそう呼んでいたと、ネオンはぼんやり思い出す。
「ああ?」
しかしそれが、心配しなくていい理由とすぐにも結びつかずに生返事を返して、首をかしげた。
気付かずデミは、さらに興奮した様子で話を続ける。
『聞いて驚かないで! おねえちゃん! 今ぼくたち、そのジャンク屋がお宝を保管するカーゴにいるんだよ!』
「そ、そうなの?」
デミとの温度差もあからさまに、とりあえずの理解を示してみせる。
その反応の薄さにじれったさを覚えたのか、デミはさらに言葉を早めた。
『あのね、おじいちゃんは、よくぼくに教えてくれたんだ。ジャンク屋は何より飯の種になる回収品を大事にするってね! だから、彼らの船の中で一番安全なのはコクピットでもどこでもない、カーゴなんだって! それに、ジャンク回収で既知宇宙の端から端まで飛ぶジャンク屋の船は、見かけで判断しちゃいけないってことも言ってたよ。奴らの船と腕は信用するに値するって。でなきゃ、ジャンク屋なんかやってけないから!』
自慢げに言い切ってみせる。
押されてネオンは、頷いていた。
『そう、なんだ』
しかしながら、その説明だけではどうしても拭えない基本的な疑問が、ネオンの中に残る。ネオンは、たどたどしい造語でその問いをデミへと投げかけた。
『どうして、デミ、ジャンク屋、分かった?』
根拠が分からない。
矢継ぎ早、デミは淀みなくカラクリを明かしてよこす。それはまさに、ネオンの予想外を遥かに越えたものだった。
『そっか、ぼくまだ、おねぇちゃんに、サポジトリへ行ってるコト、言ってなかったもんね。ぼく、そこの物理理光素学部、6年生なんだ。だから、この緩衝ネットに包まれてる物の価値、全部わかるんだよ! みんな2年生の時、教科書で習った歴史的逸品ばかりなんだ。きっとマニアなら、すごいお金だしちゃうね。ぼくだって研究材料に欲しいくらいだもん! こんなの山ほど積んでるなんて普通じゃないよ。博物館か、ジャンク屋の船以くらいさ!』
『フェイオンのスタッフ?』
デミの着込んだツナギをまじまじと眺めて、思わずネオンは問い返してしまう。
気付いたデミが、肩をすくめるように身を縮めた。
『あぁ、コレ? えっと、あれは帰り際にたまたま頼まれただけなんだ。ホントは、擬似重力と内圧の開放過程における光粒子波形の変化についてレポートを書くため、ここへきてたの。だって学校の機材じゃ足りなくて、既知宇宙でも1位2位の規模があるフェイオンの重力装置なら、納得のできる結果がだせるんじゃないかって思ったから』
『ぎじゅうりょく、の、こうし、れぽーと?』
ネオンの口は開いたままで止まる。
だが、まだ喋り足りないらしいデミは、さらに、こうも続けていた。
『うん。だってぼくの将来の夢は…』
満面の笑みが、左右非対称の鼻溜を丸く膨らませる。
『おじいちゃんの店を継ぐこと!』
瞬間、ネオンは、どこか遠くへ来てしまった様な感覚に襲われて目を閉じた。
ACTion 20 へ続く・・・ |