ACTion 18 『キミと再会』
放置コロニーや無人船へもぐりこむことが日常茶飯事のジャンク屋だからこそ、アルトには機密隔壁の超法規的処置動作の意味がイヤというほど分かっていた。
なにしろ放置コロニーや無人船には、その存在を忘れ去られたがために放置されているモノもあれば、近寄ることができずに放置されているモノもある。その中でも後者の類においては、たいていが事故をきっかけに放置されるに至ったものであり、それほどの大事故には必ず、周辺に回収不可能なほどのゴミが撒き散らされているのが常だった。そして、それらゴミは、移動していようが静止していようが、航行中の船にとって最大の脅威となる。
機密隔壁の超法規的処置動作は、そうして引き起こされる船舶事故をを最小限に食い止めるため、気密漏れからくる止め処ない崩壊阻止を目的にした、2次災害防止のための動作だった。
したがってその動作が目の前で起こっている今、『フェイオン』がそうした危機的状況下に置かれていることが決定的となる。
「まずい!」
信じられず、ライオンが口走った。
かぶせてアルトが鋭く問い返す。
「あんたの船はどこにあるッ?」
問いかけたにもかかわらず無視された女は、いまだそんなアルトへ食い下がっていた。
「だからなんなのよっ、アレっ!」
うるさいといわんばかりに、アルトは女を睨みつける。
「だからッ、ここへ吸い上げられたのは、致命的な機密漏れがあったからってことだよッ」
言い放った。
と、自らの船を探して、並ぶ格納庫ゲートに割り振られた造語ナンバーへ目を通していたライオンが、その視線を引き戻す。
「ダメだ。船は逆サイドのリングだ!」
「な、なによっ、それーっ!」
ようやく事態を理解した女が叫んでいた。
その声を押さえ込むように、ライオンの声を聞いたアルトはがなり立てる。
「あんたはッ?」
女が負けず劣らずの罵声で怒鳴り返した。
「帰りの船は、モバイロしか知らないのっ!」
アルトは舌打ちする。
「仕方ねぇッ、おまえら、ついてこいッ。俺の船は4ブロック先だッ」
言うや否や、握ったきりのスタンエアを、ドミノよろしく空間を遮断して押し迫る隔壁へと突きつけた。それだけで即座に事の成り行きを理解したライオンが、慌ててアルトの作業着を引っ掴む。
「世話になるぞ!」
見て取った女も、手にしていた金属塊をストラップの先に繋ぎ直す。
「ちょっと待ってよっ」
今度こそ振り落とされまいと、自由になった両手でアルトへしがみついた。
傍ら、背後へと振り返るライオンが、進行方向を確認している。すかさず声を張り上げた。
「オールクリア!」
「了解ッ」
答えたアルトは、付け加える。
「いっておくが、乗れるかどうかは、隔壁が下りてなきゃのハナシだからなッ」
ゴーサイン代わり、体を固定すべく掴んでいたコードを放した。
トリガーを絞る。
スタンエアの乾いた発砲音が、逃げ惑う利用者の悲鳴に重なった。
3人の体は、救命具を吹かせて上下する足元の利用者の誰よりも早く、助走知らずのトップスピード。天井際を滑走する。
全開の1枚目をやり過ごし、動き始めた2枚目を通り抜け、半ば閉まりかけた3枚目を次々にかわした。辛うじて4枚目、隔壁の間をすり抜け、目的の4ブロック目に辿り着く。
銃身をブレーキ代わり、アルトが天井へと擦り付けた。
減速に伴い、判読可能となった格納庫ゲートの造語ナンバーへ、ライオンが目をやる。
「何番だ?」
「『12−648』を頼む」
と、その時だった。
あれほどまで、しっかりアルトにしがみついていた女が、その体を不意に突き放す。
「おいッ」
「後でっ!」
そう答えるだけで精一杯。
ネオンは忘れまいと、耳にした格納庫番号を頭のなかで繰り返し続ける。
そうして踊る楽器を押さえると、まるで水中を漂うかのように身をひねりつつ丸め、伸び上がるや否や、天井を蹴り付けた。
クルリ、方向転換。
並ぶ格納庫ゲートの中でも、先ほど見つけたあのゲートへ向かう。
そう、偶然なのだとしたら、そこにはなおさら放ってはおけない光景があったのだ。
目指すゲートの前には、あのバツ印前で出会ったばかりのデフ6のデミが、ぶかぶかの救命具を着込んで立っていたのである。しかもゲートは、デミのかざす乗船チケットらしき光学バーコードにまるで無反応を示していた。
足元を流れる利用者の川を横切り、到着した格納庫ゲート上部に両手をつくネオン。すかさず眼下のデミへ声を張り上げる。
『デミっ!』
その声に驚いた様子で、デミが顔を上げた。
不安に歪んだその表情に、昇降機の説明を要領よくこなしていたあの面影は微塵もない。
『おねぇちゃん!』
吐き出される不安につられぬよう一息おいて、ネオンは壁面を手繰りながらデミの元へと降下していった。ニガテな造語を駆使。焦りのせいでいつも以上に萎縮してゆく語彙もなんのその、デミへとつづる。
『船。どれ?』
とたん洪水よろしく、デミが鼻溜を揺らし始めた。
『もう、でちゃったよ! あの後、ミルトに船賊が押しかけてきて! あいつらめちゃくちゃなんだ! 外壁、刳り貫いて入ってくるんだから! システムだってダウンさせるし! それで就労ゲートが使えなくなって、ぼく、こっちへ回って来たんだ! なのに…!』
そこでようやく過呼吸気味に、言葉を切る。
ぽっかり空いた間を埋めて、ネオンはデミの目線にまで膝を折った。
『ひとり?』
ゆっくり問いかける。
またもや何かを口走りかけていたデミが、こらえるように鼻溜を縮ませ、その問いにコクリと頷き返してみせた。が、こらえきれず再びの暴走を始める。
『でも、おかしいよ! 船賊なのに軍みたいな装備…!』
遮り、自分の口元へ人差し指を立てるネオン。あえて微笑みかけてみせた。
『12−648。船』
忘れまいと繰り返し続けた格納庫ナンバーを告げる。
『乗れるの?』
デミの瞳が大きく見開かれた。
もちろん、ネオンにその約束はできない。だが、ここへ来たからには、否定するわけにもゆかなかった。答える代わりに、そんなデミの手を取って立ち上がる。一刻も早くと、進行方向を睨みつけた。向かうは男の船が眠る格納庫ゲートだ。
が、しかし、そんなネオンを襲う、衝撃の事実。
並ぶゲートへいくら目を凝らしてみたところで、ネオンには記録された文字映像が読めない。
そう、話すこともロクにできないネオンが、造語を読み下すなど、もとより不可能だったのである。
「きーっ! 『12−648』って、どのゲートよっ!」
思わずネオンは、自らに悲鳴を上げていた。
すると、そんなネオンの手を引くデミ。
『それなら、この7つ向こうだよ! おねえちゃん!』
嬉々と指差す。
さすがは、造語マスターだ。
読めるデミがいてよかったとは、結果論。
果たして現状、助けているのか助けられているのか分からない中、とにもかくにもデミの噴かした救命具の推進力を借りて、2人は濁流と流れる利用者の中、ぶつかり、ぶつかられながらゲートを目指した。
もろともせず、その視界でこのブロックを密閉して閉じられる巨大な気密隔壁。
閉じ込められ、行き場を失った利用者がメイン通路に溢れかえった。
あざ笑ってか、ミシリ音を立てて歪む気密隔壁が、周囲にさらなるパニックを与える。
その手前に、男と毛むくじゃらの姿はあった。
熱煙シャッターは隔壁の稼動と共に切れていたらしく、代わりに格納庫ゲートを塞ぐ鉄扉へ2人はしがみついている。どう踏ん張れども、浮き上がる体を持て余し、いっこうに開く気配をみせないそれと格闘していた。
ネオンはそんな2人を指さし、デミへ知らせる。
『あの、ヒト』
頷いたデミが、片手で救命具の噴射を絞った。断続的に逆噴射をかけ、減速を試みる。
感じ取り、デミの手を離すネオン。デミを残すと慣性任せで、一足先に2人の元へと滑り込んでいった。
「何っ? ここまで来て、今度は開かないわけっ?」
唸る。
「なら、あんたも手伝えッ」
開口一番、怒鳴り返された。
「もーっ! トラのバカっ!」
両手をこすり合わせ、ワケの分からない雄叫びと共に、ネオンは鉄扉へ食らいつく。
追いついたデミが、そこに加わった。
と、とどめに加わったデミの尽力が効いたのか、歪んで引っかかっていた一部分を乗り越え、鉄扉が動き出す。寒々しい音と共に、格納庫へと一気に開いていった。勢い余った4人は、掴んだ鉄扉に振り回される格好で格納庫へとなだれ込む。ワタくずのように絡まりあうと、熱煙の立ち込めていた隔壁厚み分の通路壁面、上下左右に手足を突っ張って、それぞれに体勢の回復につとめる。
さなか、男の声は、実に素っ頓狂に響いていた。
「何だ、こいつ?」
無論、それはいつの間にか増えているデミへ向けられたものだ。
答えるべくネオンは、通路を抜け切ると同時に、いまだ傍らでゴムまりのように跳ねるデミの体を引き寄せる。
「デフ6のデミよ。わたしの助手。だから、一緒にのせてちょうだい」
言い切った。
聞いた男が、しばし目を丸くする。
「はぁッ?」
やおらその声を裏返した。
それがありあわせのウソであることは、あまりにも分かりきっている。
片耳に、判断は任せたといわんばかりの毛むくじゃらが、広い格納庫の片隅に設置されていた管制端末へと身を翻していた。
「こちらは、わたしが済ませる!」
慌てて男が、その背を呼び止めた。
「待てッ」
尻ポケットから抜き出した樹脂製の格納庫キーを投げつける。
『ラウア』語カウンターでライオンともみ合っていた時、甲高い機械音を鳴らしたあの樹脂版だ。
「使えッ」
「わかった!」
今一度、ネオンへ向き直った。
「言っておくが、俺の船は観光船じゃないぞ。わかっていってんのか、あんたっ?」
だが、それ以外に選択肢のないネオンには迷いもない。
「そんなガラじゃないことくらい、もう、十分わかって頼んでんのよっ!」
すかさず男は、たたみかける。
「そいつ、まだ、子供じゃねぇか。こっちはヘタすりゃ、奴らに拿捕される可能性もあるんだぞ。それも承知で頼んでんだろうな」
その手にスタンエアが握られているのを見て取ったデミが、とたん、ネオンの影に隠れるように、しがみついてきた。
気づき、男は隠すようにスタンエアを背中へ戻す。
真正面、言われたネオンは口ごもっていた。
「だからって」
だが、躊躇すべきはそこではない。
思い直すと、勢い任せで振り切る。
「ここでほってけるわけないでしょっ?!」
理解できない言語でもめる双方を見上げるデミは、すっかり怯えきっていた。
そんなデミへと、男が視線を向ける。
それこそ答えかねてヤケクソ紛れ、頭をかきむしった。
「ったくッ」
吐き捨てる。
「だったら」
ネオンへ突きつけた指を、さらにその背後へ逸らした。
体を捻る。
「後ろの鉄扉、2人で閉めてハッチへこいッ!」
床を蹴った。
見送り、笑みを浮かべるネオン。即座にその笑みをデミへと向ける。
『扉、閉める。船、乗ろう!』
それだけで、全てを理解したデミの瞳が輝いた。
救命具の残りを噴かせて2人がかり。助走をつけて鉄扉へ飛びついた鉄扉をどうにか閉める。そうして再び、格納庫内へ滑り戻った。
意気揚々、2人は男の船を見上げる。
が、広い格納庫内、探してその視線は宙を泳いでいた。
ようやく見つけることができたのは、格納庫内の片隅でこぢんまりとうずくまる、華奢なスクーター船だ。
「ウソ…」
ネオンの喉から唖然とした声が漏れる。
ACTion 19 へ続く… |