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ハードボイルドワルツ 有機体ブルース
作:N.river



ACTion 17 『逃走の果てに』


 スタンエアから吐き出されるガス弾。
 反動で3人の体は、一気に宙へと跳ね上がった。
 その勢いに女が悲鳴を上げる。
 引きずって、まさに一直線、天井に空けられた穴をくぐり抜けた。
 さらに2つ、船賊たちが侵入するために開けただろう穴を突破。3つ目には断熱シートを、次にはやたらと分厚い4枚目の隔壁を突き抜け、3人は一気に巨大な筒状の空間にまで飛び出る。
 薄暗いそこが巨大な筒だと判断したのは、周囲に一定間隔で取り付けられた作業灯らしきダイオードが、その輪郭をおぼろげに浮かび上がらせていたからだ。
 開けた視界に、それまで感じていた猛烈なスピードは、突如としてゆっくりしたものへとすりかえられていった。
「きゃぁぁぁ、あぁ〜あ…?」
 叫び続けていた女の息も、ようやくそこで切れる。
 見下ろせども、船賊たちが追ってくる気配はなかった。おそらく、スパークショットの放電力では、ここまでの推力を得ることはできないのだろう。
「なんつー声、出すんだよ、ったく。耳鳴りするぜ」
 アルトがボヤく。
「飛ぶって、飛んでるのよっ?! めちゃくちゃよっ! 死ぬかと思ったっ!」
 その足元で、女がめいっぱいにアルトへと突っかかった。
「そのうちジャンク屋のやり方には慣れる。慣れたわたしがいうのだ。間違いない」
 抱えて、ライオンが女をなだめる。
 が、巨大といっても、所詮は限りある閉鎖空間だ。
 一息ついたのもつかの間、すかさずその現実を知らしめるべくダイオードに照らし出された外壁が、そんな3人の頭上を塞ぎ、浮かび上がった。同時に、冗談かと思うほどのスピード感が3人へと舞い戻ってくる。
 激突すれば怪我どころではすまされないその勢いに、女が見たままを叫んで知らせた。
「ぶつかるっ!」
 これまでほぼ垂直に連なっていた船賊の侵入口は、そんな3人の左手側壁面を、すでに遥か下方へ過ぎ去っている。
 見送って舌打ちしたアルトが、やおらスタンエアを頭上へ振り上げた。
「止るぞ。覚悟しろッ」
 女がうろたえる。
「ウソでしょっ! あとさき考えてよっ!」
「それこそ慣れるいい機会だ!」
 ライオンが双方を掴む両腕に、よりいっそうの力を込めた。 
 刹那、発砲音。 
 見えない力が、思い切りアルトを突き返す。
 確かに至る減速。
 が、しかし、引きずられているライオンの体は、また別モノだ。
「うお!」
 何ひとつ影響されることなく掴んだアルトの作業着を裏返すと、一気にその頭上まで跳ね上がった。そんなライオンに引っ張り上げられ、回転するアルト。同様に逆立ちする格好となった女の体が、抱え切れなかったライオンの腕から抜け出してゆく。
「ちょっ…!」
 慌てふためき、女がライオンのツナギに食らいついた。
 しかしこれが定め。
 どうしてもとどまることを拒否する状況は、女の背で縛っていたジャケットの袖を解いてゆく。
 気付いた女が、我が身の危機すら忘れたように振り返った。
 ほどけるジャケットの中から飛び出そうとしているのは、鈍く金色に光る金属隗だ。まるで意思でもあるかのように、ジャケットを脱ぎ捨てると、バトンのように回転しながら女の前を横切ってゆく。
「待ってっ!」
 追いかけ、女が腕を伸ばした。
 見上げたアルトが、咄嗟に声を上げる。
「やめろッ」
 振り切り、舞い飛ぶ金属塊へ狙いを定める女。ライオンの体を突き飛ばした。宙へと身を躍らせる。
 新たな力を加えられたライオンの体が、あらぬ方向へ回転を始める。
「うお!」
 いうまでもなく作業着を掴まれたアルトもそれに従った。
「どっちへッ…」
 頼りなく宙をかいて、前後不覚の真っ最中、ついに外壁へ激突する。
 跳ね返りはしなかった。
 格子状になったそこに吸いつけられるのみ。
 金属塊を抱えた女は、すぐそこだ。
 引き剥がすべく、アルトは体を起こした。とたん、3人の重みに耐えかねたように、鈍い音を立てた格子がガクリと抜け落ちる。足元をすくわれたようなその感覚に、3人3様の悲鳴がこだました。あとは成すがまま、成されるがまま、ダイオードすらない空間を、さらに奥へと吸い込まれてゆくのみ。
 果たしていかほどの距離を移動したのか、その動きが止まったのは、縄と編まれたコードが収まる細長い一角に、3人して縦に1列でフン詰まってからのことだった。
「いででででッ」
 アルトが悲鳴を上げる。
「あ! 頭には触れるな! 馬鹿者が!」
 その後方では、ライオンがわめいていた。
「って、どこにあるのよ、これじゃ、ぜんぜん見えないっ!」
 間に挟まれ、怒鳴り散らしているのは女だ。
「とにかく、お前ら、下がれってんだよッ」
 息詰まる体勢に、切羽詰るアルト。
「分かっている! だが、こちらも動けんのだ」
 ひとところに押し込まれたのだから、それはお互い様というもの。
「そうよ、この線が、楽器に引っかかって邪魔なのよっ!」
 女が突如、奮起する。上下2人の迷惑をかえりみず、暴れだした。
「おま、バカッ。暴れるなッ。スタンエアが暴発するッ」
 アルトの心配もよそに、
「えいっ!」
 大きく振りかぶった瞬間、横たわっていたコードがたるむ。
「お、でかした」
 解放されて、声色を変えるライオン。
「腕が動くようになった」
「動くんなら、早く下がれッ」
 アルトがいきまく。
 確かに、目的はそれだ。
「…いや、待て」
 が、しばし停止。
「ここが開くぞ」
 何かを発見したらしい。
「出られるの?」
 コードを抜いたことで、多少、体の自由が利くようになった女が、ライオンへ振り返るように体を動かした。
「頭に気をつけろといっておる!」
 即、厳重注意。
「ご、ごめんなさい」
 こんなやり取りは、本来無用なのだが。
「いいから、とっととやれってッ」
 アルトの一喝。
 承知したと、大きく息を吸い込むライオンの鼻息が聞こえた。かと思うと、不意に金具の壊れる華奢な音がして、詰め込まれていた3人の片側がぱっくりと口を開く。
 流れ込む騒音が、突如として生々しく3人の鼓膜を揺らした。
 聞きながら詰め込まれていた空間から、吐き出される3人。
 緩やかに、実に緩やかに、落下してゆく。
 遠ざかる視界に、それまで3人を拘束し続けていたコードの束が映った。
 ライオンが押し開けただろう、細長いパネルが片側を固定したまま揺れ、左側、触れるほどの距離に壁が立ち塞がる。右側、遠方には、救命具を吹かせて行き交う利用者の群れが流れていた。目の当たりとして、至極単純な疑問が3人の胸のうちに浮かびあがってくる。
 つまり、ここは一体どこなのか、ということだ。
 無論、認識の速度を速めるために、空間における重力構造化での上下を把握しなおすことは、かなり有効な手段だった。
 早速にも従いアルトは、落下していると捕らえていたこの状況を、右手遠方の利用者に合わせて組み変えてゆく。つまるところ、この空間での下方は自分の背にした方向ではなく、利用者の流れる右手側だという発想の転換だ。ならば、これは落下しているのではなく、天井にあたる左手壁面と平行に、コードだらけの空間から排出されているのだと解釈した。女が引き抜いたせいで、宙を泳ぐコードを掴み、スタンエアの銃身で天井を押し上げて、再構成し直した空間認識に基づき、適正な方向へと体を回転させてゆく。
 その、のんびりと補正のかけられてゆく視界の中で、全く見覚えのなかった光景は、やがてよく知る場所へと姿を変えていった。
 それは、天へと反り上がる巨大な通路。
「ここ、発着リングじゃない…」
 口にしたのは、女だ。
 金属塊を片手にアルトを掴むと体を固定し、辺りを見回す。
「ならばわれわれは、メインシャフトからシャトルチューブを抜けて来たとでもいうのか?」
 開いて壁にぶら下がるパネルを掴んだライオンが、同じように体の向きを変え、言い放った。
 アルトは足元の利用者を改めて見下ろしつつ、手短に答える。
「まさか、だったらありゃきっと、メンテナンス用のサブチューブだ」
「なんだっていいわよ、このさい。でも、何なの? この騒ぎ?」
 見回し終え、口走る女。
 格納庫へつながるゲートには利用者が殺到し、通路にはせわしなく点滅を繰り返すエアロックサインがずらりと並んでいた。ゆえに、とうてい管制を通しているとは思えない間隔で、各船はわれ先にと出航を続けている。活動を控えることはあっても、減重力ごときでこれほどまでのパニックが起こることは考えられなかった。
 と、答えあぐねて眉間へ力を入れたアルトの脇腹を、不意に女がつつく。
「ね、ちょっと、アレ何?」
 通路の向こうを指し示す。
「?」
 覗き込み、アルトは首を傾げた。
 続き、ライオンも身を折る。
 そうして目にしたのは、行き交う利用者を寸断しながら、ドミノ倒しの勢いで反り上がる通路を駆け下りて来る、何かだった。
 瞬間、静電気でも浴びたかのように、逆立ってゆくライオンのたてがみ。
 アルトの頬が、引きつる。
「こんなことしてる場合じゃないぞッ」
 あろうことかそれは、利用者の命よりもコロニーの存続を優先させる場合にのみ起こるという、気密隔壁の超法規的処置動作だった。







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      『N.riverの食っちゃ寝、創作!』 まで!

 





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