ACTion 16 『FLY AWAY!』
「簡単に言ってくれるな!」
ツナギがつき返して、同様にカウンターを滑り越えた。
無論、足元がおぼつかないネオンは、そうも行かず、よじ登って向こう側へと飛び降りる。
「ちょっと、ちょっと待ってよっ!」
蹴り倒されて散らばるシートを迂回し、床に張り付く料理を飛び越し、かなり遅れてフロアのド真ん中を突っ切ってゆく2人の背中を追った。
向かう対極のゲートまでは、目測でもおよそ100メートル。
その中間地点には、中央を四角く刳り貫いた円形のステージが設けられ、唯一、追っ手からの視界を遮っていた。
そしてそこには四角い穴。
なるほど、自分はその下に控えていたのだろうと、ネオンは瞬時にして察する。同時に、下層でデミと名乗ったあのデフ6に会っていなければ、どうなっていたかと考え、1人、ぞっとした。
恐らく黙々と整えた準備に予定より早くフロアへ上がり、確実にこの惨事に巻き込まれていたことだろう。
いや、今は違う意味で、どっぷり巻き込まれているワケだが…。
ともあれその背後では、逃すまいとせわしなく動くエレベータが、ピストン移送さながら、カウンター内へと船賊を、2体1組で次々に吐き出し続けてた。吐き出された船賊は迷うことなくスパークショットの長い銃身をカウンターへ乗せると、走る3人の背中へ慎重に狙いを定めている。
刹那、閃光が放たれた。
中央のステージを迂回した男とツナギは、すでに射程外。
追いかけ走るネオンも、辛うじて直撃は間逃れる。
だが閃光は、そんなネオンの背後に転がるシートを叩きつけていた。弾き飛ばされ、火を吹き上げるシートが、ネオンの頭上にまで飛び上がる。案の定、内部の液状シリコンにまで火をまわしたかと思うと、例の黒煙を吹き上げた。
爆発的なその勢いに煽られたネオンが、背中を押されてつんのめる。
「きゃぁっ!」
もとより怪しい足元。
その身を床へと投げ出した。
けたたましい放電音に、アルトとライオンは振り返る。
先程やり過ごしてきたばかりのステージの脇で、爆風に煽られ倒れる女の姿を目の当たりとした。
「放って行くのか?!」
すかさずライオンが、罪悪感をかき立てるに絶妙の言い回しをアルトへ浴びせる。
図星とまでは言いかねるが、多少なりとも躊躇したことだけは確かだ。
「他に言い方があるだろうがッ」
アルトはギリリと奥歯を噛みしめた。
「彼女のパスに救われて、ここまで来たではないか」
「だがな、今戻れば、場合によっちゃ、ありゃ完全な囮だッ」
ステージの手前で伏せた女は、まだ動き出す気配をみせない。
じれったくも睨みつけていれば、一変してライオンが合理的な見解をアルトの前に並べる。
「そのパスは、まだ彼女が所持している! まだ必要になるやも知れない」
とにかくたちが悪いのは、そのどちらを取っても正論だということだった。
ならば、アルトに押し切る理由は残されていない。
「ったくッ、なんの義理でッ」
半ばヤケクソで前傾姿勢、床を蹴りつける。
「後で後悔するなよッ」
表情を明るくしたライオンが、それに続いた。
「まさか!」
そうして1歩、2歩。にもかかわらず、早くも3歩目には後悔の2文字が2人を襲う。
慣れ親しんだハズの1G環境下だというにもかかわらず、不意にその足が空を切り始めたのだ。体に刷り込まれた物理感覚と、実際のそれが、なんとも奇妙にズレだす。
気づけば2人は錯覚かと、互いに互いの足元を確認し合っていた。そしてそれが錯覚でも何でもないことを、互いに認識し合う。
理解したのは、ありえないスピードで始まった重力低下。
初速度となるロケットダッシュが痛烈に効いて、2人の進退と、身体は、あっという間に制御不能へと陥った。駆け寄るどころか、ようやく上体を起こした女へと、猛突進の勢いで突っ込んで行く。
気付かず立ち上がりかけて、今の転倒で折れてしまったらしい靴のかかとへと視線を落とした女が、両足共に靴を脱ぎ捨てていた。そうして初めて、現状に気づいたらしい。周囲へと顔を上げる。とたん、その視線の先に飛び来る2人を見つけて、目を丸くした。
「う、うっそっ!」
「踏ん張れッ」
声を張り上げるアルト。
女が咄嗟に、傍らで唯一固定されているステージの縁を掴む。
激突。
風に煽られた洗濯物のように、スローモーション映像で見るボウリングのストライクシーンのように、女とアルトにライオンの体が宙へ吹き上がった。
「待て!」
まさに逆さま。ツナギが伸ばした手で、頭上へひっくり返ったステージを掴む。もう片方の腕をアルトの肩に食い込ませた。
靴を脱いだせいで裸足になった女は、その下方、一番のグリップ力を発揮し、ステージへ腹を擦り付けながら、2人を手繰り寄せるべく伸び上がっている。
「予告なしで減重力なんて、おかしいっ!」
そんな双方に引き寄せられつつ宙を舞いながら、アルトは船賊へと頭をひねっていた。
まるで黒い波。
ここぞとばかりにカウンターを乗り越えるその姿が、見開かれた瞳へ映り込む。しかも驚くべきことに、彼らの足は重力低下を無視して力強く床を蹴り上げていた。
「PPGッ? ありゃ、軍の装備だろッ?」
導かれるままにステージを掴み、床へ足をつけたアルトが驚嘆の声を上げる。
「まさか、アレ、軍隊なの? だって、モバイロはちゃんと流奪船、船賊が横付けしてるってっ…!」
反射的に女が口走っていた。
「相手が軍なら、何か対応が変わるとでもいうのか?」
最後にフワリと床へ降り立ったライオンが、問いただす。
「変わるも何も、さらに話が込み入ってきただけだよッ」
喧嘩腰、怒鳴り返すアルト。
「ひとつくらいは解決せんのか!」
こうなれば、嘆くライオンも同様だ。
その間にも、動きの素早い船賊は遮蔽物のないこの空間を、一直線に3人へと駆け寄ってきている。
ふわりふわりと浮き上がる体で、無事ゲートまで逃げ切れる可能性は万に一つもなくなっていた。
「なんで、こんなことになっちゃうのよっ!」
つんのめった拍子に床へこすりつけたせいか、ススまみれの腹で女が金切り声を上げる。
「?」
見過ごしかけて、アルトはその様子を凝視した。
同時に、脳裏で先ほどの光景がプレイバックされる。
そう、爆発は女の背後で起こったハズだ。いくら黒煙を被ったからとはいえ、こんなに腹が汚れるのはおかしい。
思わず、その視線を自らの足元へと落とした。
床は一面、真っ黒いススに覆われていた。
見て取るなり、今度は弾かれたように天井へアゴを持ち上げる。
間髪入れず、アルトはこう言い放っていた。
「お前ら、俺に掴まれッ!」
「な、何だと?」
ライオンが聞き返す。
つまりは、こうだ。
ここはちょうど、2度目の落雷ポイントだったのである。
回収されたらしいロープは見当たらなかったが、証拠に、そうしてできた船賊たちの侵入路が、ぽっかり天井に開いていた。
やおら、スタンエアの銃床を叩くアルト。両手で握り締めると、すかさずその銃口を床へ向ける。
つられて足元を見やったライオンが、ようやく事のいきさつを飲み込んだ。
「ええい! 本気か?!」
唸る。
だが、拒否する気はないらしい。すかさず女を引き寄せると、その体を小脇に抱え込んだ。
「何、何っ?!」
ワケが分からず、もがく女。
「しばらくじっとしていろ!」
押さえつけ、ライオンはアルトの作業着を掴む。
確認したアルトが一声上げた。
「離すなッ」
押し寄せる船賊たちは、もう目の前だ。
ライオンが身構える。
「もちろん!」
「待って、何よっ! 説明して! 意味不明っ!」
女の顔が、引きつった。
かまわずアルトは、床へ向けてスタンエアのトリガーを絞る。
ACTion 17 へ続く…
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