ACTion 15 『おかえりっ?!』
立ち上がればもつれるネオンの足。
いかんせん履いているのはハイヒールだ。呪ってみたとこころで、いまさらどうしようもない。
それが現実。
そして過激にノックされ続けるドアもまた、これもまたどうしようもない。
これも現実だった。
「だぁぁぁ、もう駄目だ!」
毛むくじゃらの悲鳴が上がる。
そんな2人を背中で押し返していた男が、振り返りもせず怒鳴りつけた。
「ちっとは黙れッ。でなきゃまた、脳みそ、引っ掻き回すぞッ」
とたん、ヒト語からパラシェント語へと言語を切り替える毛むくじゃら。呪文のような言葉で、何事かを口走り続ける。
その狂乱ぶりを目の当たりとしたネオンの意識は、嫌でも冷めていった。同時に、ネオンの脳裏へ、脱出口をひねり出せと言った男の言葉が蘇ってくる。
ネオンは力なく開かれていた唇を、真一文字に結んだ。こうなれば頼れるものは、自分だけ。再度、室内へ視線を這わてゆく。何もないこの空間を取り囲む6つの壁を、くまなくチェックしていった。
とたん、瞳を大きく見開く。
長方形の室内には現在地の対角線上壁面に、バックヤードへ降りてきた時に使用したあのエレベータと同じ蛇腹扉が張り付いていたのである。しかもよく考えてみれば、すでに磁気錠は稼動中だ。モバイロが言っていたシステム再起動までの15分は過ぎ去ったとみて間違いなかった。
エレベータは確実に動く。
ネオンはそう確信する。
「エレベータっ!」
口走るや否や、思うように動かない足を引きずり、壁を手繰って蛇腹扉へと駆け出した。
その声に、毛むくじゃらの言葉がヒト語へと戻される。
「エレベータ…、だと?」
ネオンへ振り返った。
気付いた男は、肩越しに呼び止めている。
「どこ、行くッ?」
所詮、ちゃちな磁気錠は見せ掛けだけの防犯鍵だ。この辺りが限界なのか、薄く立ち上っていた煙はすでに青白い炎と化して、コイルを焼き切る寸前にまで炙っていた。感知したシステムが、再起動していることを裏付けるかのように稼動を始める。やおら、息を吹き返してゆく室内。煙と炎にセキュリティーが反応し、それまで何もなかった室内中央へ巨大な楕円のホロスクリーンが立ち上がッたかと思うと、全くもって読み下せない文字が多量に、その表面をスクロールしていった。
「何でもいいから、あいつをフォローしてやれッ」
目を奪われつつ、男がネオンを顎で指し示しす。毛むくじゃらへ指示を飛ばした。
「わ、分かった!」
気圧され、壁伝いのネオンとは裏腹、直線移動でネオンへと走る毛むくじゃら。肩を差し出し、数歩先にまで迫った蛇腹扉へとネオンを誘導する。
「ありがと」
辿り着き、ネオンは蛇腹扉前で仁王立ちとなる。パスをしまい込んだ懐へと、すかさず指を伸ばした。
が、そこに感触はない。
驚き、胸元へと視線を落とす。
そう、ジャケットは今、楽器をくるみ、自分の背中だ。
慌てて楽器を体の前へ手繰り寄せた。しっかり縛りつけられ、よれたその中からポケットを探す。
何も知らない毛むくじゃらは、そんなネオンの傍らで、強引に蛇腹扉をこじ開けようとしていた。
「どうなっておる? エレベータは動かんぞ!」
「ここ、従業員専用なの。パスがないと、開かないのよっ!」
言ってようやく、ポケットを発見。
「あったっ!」
ネオンはわずかな隙間へ指を突っ込んだ。楽器と一緒に縛られていたパスを、力任せにポケットの中から引きずり出す。
拘束状態から開放されたパスから、光学バーコードがフワリ、立ち上がった。
システムが再起動したことで、登録が抹消されていないことを祈りつつ、早速にもパスを蛇腹扉へかざす。
「お願いっ!」
パスの前に、インフォメーション同様の走査線が広がった。やおら、光学バーコードへ吸い付いてゆく走査線。登録IDを読み取り始める。
と、祈っただけのかいはあったか、走査線が消えるや否や蛇腹扉が開いた。
「やったっ!」
「でかした!」
思わず2人の間から歓声が漏れる。
即座に男へと振り返った。
「こっちっ!」
「こっちだ!」
めいっぱいの大声で、脱出口の存在を知らせる。
男が、ドア前で弾かれたようにその頭をひねり、振り返った。ドアへ背を向けることをためらうように再度、視線を戻し、もう一刻の猶予もないと見限ると、エレベータへ床を蹴りだす。
瞬間、その背後で、コイルの焼き切れたドアが室内へと吹き飛ばされた。
ネオンと毛むくじゃらは、先にエレベータへと乗り込んでいる。見て取るなり、千切れんばかりに、エレベータの中から男へ手を伸ばした。楕円のホロスクリーンを突き抜け現れたその体を、力の限り引っ張り込む。
蛇腹扉が下りるのが早かったのか、船賊が室内へなだれこむんでくるのが早かったのかは、もう分からない。
いうなれば、ほぼ同着だろう。
3人を詰め込み、エレベータは上層へと跳ね上がる。
ぎゅうぎゅう詰めのまま、堪えることしばし。
開いた蛇腹扉から、3人は我先にと飛び出してゆく。
そして我が目を疑った。
そう、そこは事の発端でもある『ミルト』フロアだったのだ。
その中でも3人が立っているのは、某言語カウンター内。
どうやら通路に並ぶドアの向こうは、言語ブースごとに備えられた従業員控え室だったらしい。現に、ネオンもトラとの会話中、点滅するドアから制服姿が現れたのを目にしていた。無論、それはいまさらの回想だ。
唖然、呆然。
まるで遠い昔の出来事でも見るかのように、しばしフロアを見回す3人。
その目には、円形のカウンターの対極で途切れることなく立ち上るドス黒い煙と、四方に設置されたゲート前に積み上げられた利用者の山が映るのみ。細く幾筋も立ち上る煙は、よじりくねると、鼻の曲がるような異臭を周囲に放ち、知らぬ間にフロアを制圧していた。それ以外、動くものは船賊も含め、どこにも見当たらない。
「よく…、出来てやがるぜ」
さすがに笑い飛ばせず、男が苦々しげに吐き捨てていた。
あまりの光景に口をあんぐりあけていたネオンは、大いに異臭を飲み込んで、口元を覆っている。
「クサっ」
と、同時に、背後のエレベータが蛇腹扉を閉じ始める。
男が叫んでいた。
「奴ら、上がって来る気だぞッ」
足元に転がっていたワゴンを拾い上げるなり、咄嗟に蛇腹扉へ噛ませてつっかえとする。
「な! 奴らもパスを?」
脅され、毛むくじゃらが振り返った。
ヒステリックな開閉を繰り返す蛇腹扉は、その合間にもみるみるワゴンを押しつぶしてゆく。
「ドアを蹴破ってきたってのになッ」
睨みつけ、男が一蹴した。
「まさか…」
おかげで気付いた事実は、毛むくじゃらの瞳孔を大きく開いてゆく。確かめるように、男へと口を開いてた。
「我々は、複数の船賊に追われていると?」
「なら、この段取りの悪さも納得できるだろ」
あっけらかん、言い放つ男。
ゆっくり咀嚼した毛むくじゃらの視線は、そんな男を上から下へと見回していた。
「あなたは、とことんの悪党か?」
至極真剣だ。
「だから、俺は被害者だっつーのッ」
たまらず男が突き返して歯を剥きだす。
そこへ割って入ったのはネオンだった。
「もう、そんなこと言ってる場合じゃないでしょっ!」
確かに、ワゴンの原型はもうない。
だが、事態はそこに止まらなかった。両脇の言語カウンターでも、エレベータが呼び戻され始めたのだ。その動きは延々左右に伝播すると、あっという間にカウンターの4分の1ほどを埋め尽くしてゆく。
「ウソでしょ…」
絶句するネオン。
よろめくように後ずされば、その背をカウンターが支える。
刹那、男がクルリ、踵を返した。
「向かいのゲートだッ」
一声上げるなり、飛び乗ったカウンターを尻で滑り越える。
「走れッ」
フロアへと飛び出した。
ACTion 16 へ続く… |