ACTion 14 『内臓までバラ売りされるよりは、マシでしょ』
並ぶドアが再びネオンの片側を流れていた。
視界では、変わらず緩やかなカーブを描く通路が安穏としたスクロールを続けている。
その先に何があるのかなど、モバイロを失ったネオンが知る由はない。
重なる靴音に煽られるがままカーブの内側へ身を寄せると、ネオンは通路をひた走った。もちろんカーブの内側に身を寄せたのは、わずかでも背後の船賊から身を隠すためだ。
が、靴音は、そんなネオンの前方からも近づいてくる。
ぎょっとすれば、めくれる風景の向こうより、男と毛むくじゃらが姿を現した。無論、鉄扉から脱出するつもりなのだ。だが、それももう、叶わない。同時にネオンは思いのたけを込めると、そんな両者へ大きく両手を振り上げていた。
いくばくかの距離をおき、同様にネオンを目の当たりとした2人の表情が、不可解に間延びする。
刹那、ネオンの背後から閃光が飛んだ。カーブの内壁をかすめると、豪快な火花を撒き散らし、突き刺さった外壁を焦がす。
声もなく、ネオンは身を屈めていた。
男と毛むくじゃらは、見えない壁にでもぶち当たったかのように急停止すると横っ飛び。その背をカーブの内壁へ張り付ける。
恐らく、カーブに隔てられた船賊との距離は、気付かぬうちに紙一重となっていたのだろう。ふともすると、ネオンの背中はちらり、彼らの視界に映っているやもしれなかった。
だが知ったところで、走り詰めの酸欠脳が妙案をひねり出す気配はない。
悟ったか、毛むくじゃらが貼り付けていた内壁から、おもむろにその背中を引き剥がした。わずかに浮いたドアへ飛びつく。中を覗き込むなり、男を手招いた。
話がつくまで二言三言。
やおら握っていたスタンエアを背中へ戻した男が、ネオンへ振り返る。来いと言わんばかりに、にその両手を広げてみせた。
これで言わんとしている事が分からなければ、背後からスパークショットに焼かれてしまえというところだろう。つまりは背後の船賊に追いつかれるその前に、ドアの向こうへ飛び込む算段だ。
事の成否はまさに自らの「足」にかけられたとネオンは知る。ならばと最後にひと絞り、ヒールの音を高くした。
減速することなく半ば体当たりで広げた男の腕へと飛び込む。
捕まえて男は、倒れ込むようにドアの向こうへネオンを引きずり込んだ。もつれてどうっと、床に身を投げ出せば、慎重極まる動作で毛むくじゃらがドアを閉める。まさに阿吽の呼吸。ノブにつけられていた磁気錠のコイルを落とした。
通路と隔てられたそこに、ネオンの荒い呼吸音だけが、やたら大きく響きわたる。
抱えて男が身を起こした。背へ回した手でスタンエアを剥ぎ取るなり、後ずさる毛むくじゃらの向こうに覗いたドアへ突きつけ、固定する。
睨むその先へと、ネオンも身をよじった。
地響きのごとく、こもったラバーソールの靴音が、そんなドア向こうに押し寄せる。長い帯となって横たわると、勢いを衰えさせることなく駆け抜けていった。
不幸中の幸いか、3人の存在に気付いた様子はない。
やがてフェードアウトしてゆけば、完全に消え入るまで、まだしばらく。
見守る3人の緊張も極限に達したところで、ようやく辺りは待望の静寂に包み込まれて、吐息をついた。
聞いて、へなへなとその場に腰を抜かす毛むくじゃら。
「たす、かった…」
力なくこぼして、肩を落とす。
反して勢いよく手足を投げ出した男は、ヤケクソ紛れの大の字を床に描いていた。
「ツイてねえッ」
仰いだそらへ、一声上げる。
傍らでは、お守りのように楽器を抱きかかえたネオンが、呆然と座り込んでいた。正直な感想としては、なぜ自分が無事なのか、その理由が分からないと言ったところだろう。まだ続く荒い呼吸に肩を上下させると、ただ漠然と辺りを見回す。
見る限りそこは、青緑の非常灯がともり長方形の空間だった。そこに飛び込んだ3人以外、動くものも、それを隠すような調度品も見当たらない。
と、おもむろに、毛むくじゃらが男とネオンへ振り返った。
「ここまで来るのに、どれほど苦労したか、これでよくわかっただろう」
我を取り戻したのか、その口調はどういうわけか高飛車だ。
ネオンが理解しかねていると、男がこう、吐き捨てる。
「冗談。あんたは俺と引き合わせるために、泳がされてただけだろ。船賊ならなおさら、ボイスメッセンジャーごときが振り切れる相手じゃないぜ」
とたん、聞いた毛むくじゃらの顔中の毛が逆立った。
「何を、それは、わたしの頼主への侮辱か?」
目もくれず、男は続ける。
「なら、言ってやろうか。あんたが怪しげなホロレターの依頼を握りつぶさなかったのは、ただのボイスデリバリーにしては依頼料が高額だったからだ。違うか?」
瞬間、あれほど威勢のよかった毛むくじゃらの様子は一変した。
帰ってこない返事に、頭だけを持ち上げた男が、その表情を確認する。
「…当たってんのかよ」
勘弁してくれといわんばかりにボヤいて、再び天を仰いだ。
図星と見透かされた毛むくじゃらの弁解はこうだ。
「ま、まさか! 目がくらんだからではない。仕事もせず、同封されていた電子ウォレットの大金だけを、受け取ることなどできなかったからだ! その後は奴らに追われ、引くに引けなくなってしまった」
「あんたが奴らさえ引き連れてこなきゃ、こんなことにはならなかったってのによ」
取り合わず、男はなじる。
「冗談はよせ。わたしはただ、仕事をこなしただけだ。こんなことに巻き込まれるあなたの方にこそ、身に覚えがあるはずだろう」
「覚えがありゃ、こうも闇雲に逃げ回ったりするかよ」
半ば、水掛け論。
コレでは埒が明かないと、見切ったのはそう言ったばかりの男だった。
「それから、あんたもだ」
起き上がるなり、ネオンへ視線を向ける。
「どうしてこっちへ逃げてきたりした?」
あからさまに咎めると、その目を細めてみせた。
唐突に話を振られて、しばし答えに詰まるネオン。口元をぱくぱくさせると、思い出す経緯をたどたどしく並べてゆく。
「む、向こうからも、向こうからも靴音、してたのよ。船賊が来てたの。だったら、あの通路は使えないし、こっちへ逃げるしかなかったの!」
拳を握った。
男の頬が、はぁ? と、言わんばかりに歪むのを見る。
「ならば、一体我々は、どこから出ればいいというのだ?!」
即座に、絶望的な声を上げる毛むくじゃら。
しかしそれこそネオンの方が聞きたい話だだ。
「どこって言われても…」
口ごもれば、男が茶化す。
「ほとぼりが冷めるまで、あんたのメッセージでも聞いて待つか?」
歪みの残る頬で、無理やりに笑い飛ばしてみせた。
その自虐的な様子に嫌悪感もあらわ、一刀両断、毛むくじゃらが男を冷たく突き放す。
「つまらぬ冗談はよせ」
琥珀色の瞳に引かれた縦長の瞳孔を絞り、睨みつけた。
受けて立つ男の笑みが、瞬時にして反転する。
「いわなきゃ、やってられねーだろ」
内輪ながらの臨戦態勢。
それは事態に拍車をかけた。
「それこそわたしのセリフではないか! いいか、ジャンク屋! わたしの頭に触れるわ、目の前で他者の頭は掴むわ、やってられないのはわたしのほうなのだぞ!」
吠えるがごとく、毛むくじゃらが力説する。
「そうか、俺に突っかかるってワケだ。いいか、ああでもしなきゃ、あんた、今頃こんな所で無駄口叩ける立場じゃなかったんだぜ。それとも俺に、焼かれて死ねって言いたいってかッ?」
「わたしはただ、パラシェントの権利を訴えたまでだ!」
と、初めて聞かされれば、間に挟まれ、ネオンはその目をパチクリさせる。
「ウソ、あなたパラシェントだったの?」
どうやら、T字路でネオンを放り出し逃げ出したのは、そうした光景を見るに耐えられなかったためらしい。
「ご、ごめんなさい。あの、その、わたし、知らなくて」
慌てて、わびるのは昇降機での殴打だ。
「なら、あの世でその大事な権利でも訴えやがれッ」
傍らに、男がいきまく。
「この!…、そこまで我々パラシェントを侮辱する気か?!」
ますます鼻息を荒くする毛むくじゃら。
「違う、違う。話せば分かるハズでしょ? 悪意はないの。それにあたし、まだ返済も残ってるし…、裁判沙汰はちょと…」
顔をつきあわせる。
てんでバラバラに3人は口走った。
が、次の瞬間、固まるその表情。
個々の耳に等しく、あのラバーソールの靴音が舞い戻ってくる。
混乱気味だった会話は、そこで一気に凍りついた。今までの話の流れとは全く違う意味で、3人は宙で視線を絡める。
思い出したように、ネオンはこう口走った。
「さっき、イルサリの召集って言ってたでしょ。それ、あたしの仕事の依頼主が語ってる名前なの」
「何だ、何の話だ?」
その場にいなかったツナギが、まくし立てる。素早くネオンと男へ視線を走らせた。
かまうことなく、ネオンへと胡散臭げな顔を向ける男。
「なんだよ、あんたも、このごたごたに一枚噛んでるっていいたいのか?」
言い放つ。
もちろん、ネオンにその是非は知れない。
「そんなの知らないわよ。でも、偶然かしら」
と、ラバーソールの足音がドア向こうで立ち止まった。
「バレてるぞ!…」
悲壮な声を潜めて、毛を逆立たせる毛むくじゃら。
真っ先に男が立ち上がった。すかさずネオンと毛むくじゃらを煽る。
「立て、立て、立てッ…」
立ち上がった毛むくじゃらが、再びドアと対峙した。
ネオンもその両足に力を込める。
が、言うことをきかない。
「何してるッ…」
男の檄が飛ぶ。
「動かないのっ! さっき、仮死強制で着いたばっかりなのよ。その影響かも」
そう、確かに医療注意には、『仮死強制覚醒後は十分に水分を取り、体内時計の14分の1を目安に安静にすること』なんて、書かれていた。
「どうすればいい、ジャンク屋?!」
身を隠す場所すらない周囲を見回す毛むくじゃらが、声を上ずらせている。
「聞いたこたぁ、ねぇぞ、んなモン」
強引にネオンの腕を取った男は、その体を引っ張り上げると、うろたえる毛むくじゃらへも声を荒げる。
「ひねり出せッ」
ふらふらと、やじろべえのように立ち上がるネオン。どうすべきかと思案した。
こうなれば、ただのお荷物でしかない楽器の処遇を検討することが第一と、目を落とす。しかしながら命綱のそれを捨てるわけには行かない。
とたん、ジャケットを脱ぎ去った。
胴部分で楽器をくるむと、ジッパーを引き上げる。その上から両袖を十字に絡め、U字に曲がった楽器の底を抱きかかえるよう縛り付けた。
ジャケットにはもともと体液移動を防ぐための圧迫機能がついている。利用した簡易ケースが出来上がった。
そうして絡む袖へとネオンは腕を通し、ストラップから外した楽器を背中へ担ぎ上げる。
「お前、こんな時でも、そいつはいるのか?」
怪訝な男の一言。
「内臓までバラ売りされるよりは、マシでしょ」
言っても分からないだろうと、ネオンは結論だけをつき返す。
と、同時に、乱暴にひねられるドアノブ。
落とされた磁気錠のコイルが小刻みに震えると、3人の前で薄く煙を吹き上げた。
見て取るなり、男はその背でネオンと毛むくじゃらを壁際へと押し戻してゆく。
ACTion 15 へ続く… |