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ハードボイルドワルツ 有機体ブルース
作:N.river



ACTion 11 『READY・・・』


「何の音?」
 鳴り響く破裂音にネオンは顔を上げていた。
 どう考えてもその音は、頭上にある『ミルト』フロアから聞こえてきている。
 確認する術もないまま、降り注いでいた明かりが消えた。ぼんやりと差し込んでいたコの字の通路の明かりも、バツ印に灯っていた作業等までもが落ちる。
 暗闇に、モバイロの動作ランプだけが赤く浮かんだ。激しく点滅を繰り返すそれは、早急に事態の把握を勤めるているらしい。
「冗談でしょ、これっ」
 声を上げるネオン。
 これでは依頼でころではない。
 と、青緑色の非常灯が、ネオンの視界をフラットに照らし出した。
 同時に、頭上からありったけの恐怖を詰め込んだ悲鳴が、滝のごとく流れ落ちてくる。
 紛れてけたたましい足音が、あらゆるモノの倒れる激しい音が押し寄せた。それは止まるところを知らぬ勢いで膨張すると、一気にネオンの頭上を占拠してゆく。
 ただの停電ではない。
 疑う余地はなかった。
「モバイロ!」
 自然とその声は険しくなる。
「管理センターにアクセス中」
「遅い!」
 一喝すれば、帰ってくる答え。
「現状のレポート。第28階層、ハウスモジュールにて電気系トラブル発生」
 それは言われなくとも見れば分かる事実だ。
「くーっ、そこからっ?!」
 歯がゆさに唸った。
 そうしている間にも、ただならぬ気配は地響きへ変わり、さらには素人にも明白な発砲音が鳴り響き始める。
「ウソっ。こんな田舎に、強盗っ?!」
 咄嗟に切り取られた天井を見上げた。
 自然発生的に広がってゆく想像は、その力の限りを尽くすとネオンの頭上に最悪の構図を展開してゆく。
「および、発着リング、トップサイドに使用制限あり」
 かまわず、淡々とレポートを続けるモバイロ。
 もう、そのマイペースに付き合っているヒマはなかった。
「もういい。トラに連絡とってっ!」
 遮り、指示を飛ばす。
 無論、こんな状態で、依頼を遂行できるハズなどなかった。
 今、すべきはここを離れること。そのために、トラの了承を得ることだ。勝手にキャンセルしたとケチをつけられ、また借金を増やされてはたまったものではない。
 指示を受けたモバイロが、しばしレポートを中止してトラへの呼びかけを繰り返した。
 が、待てど暮らせど、応答なし。
 よもや通路で放った「エビの尻尾野郎」がまだ尾を引いているのかと、ネオンはこれまた憤る。
「まだ、ヘソ、曲げてるってワケっ?」
 ところがモバイロの返答はこうだった。
「現在、強力な磁場の発生により、通信状況が安定しません」
「じば? 何、ソレ?」
 ネオンは目をパチクリさせる。怒ったり、とぼけたりと、実に忙しい。
 しかし、通信を諦めたモバイロは、すでに中途半端となっていたレポートの続きへ取り掛かっていた。
「使用制限は、無許可船体、複数の横付けによるものと、確認」
 振り回されて、顔をしかめるネオン。
「むきょかせんたい?」
 聞きなれない言葉に今度はきょとんとする。
「その中の1艘は、広域指定流奪船と判明しています。管理センターは5分43秒前、救難信号を発信。2分9秒前、全モジュールに退避勧告を発令しました。総合的に判断するならば、フェイオンは現在、船賊の強襲を受けていると考えられます」
 ようやく吐き出される結論。
 瞬間、きょとんとしていたネオンの表情は、みるまに引きつっていった。
「だーっ! ギルドはどうしてこんな依頼ばかり取るのよっ! 何が、ドクター・イルサリよっ! この疫病神がぁっ!」
 一声上げる。
 勢いよく靴底を背中へと蹴り上げた。
「トラはもういい! 借金倍増がなによ。帰るっ! 退路、確保してっ!」
 土踏まずに突き出た小さなつまみを手早く調節した。走ることを考慮して、ヒールの内圧をきつめに設定しなおす。
 と、マニュアル通りの対応をみせるモバイロが、一言、言葉を挟んだ。
「こちらの都合によるキャンセルは…」
 すかさずその先を断ち切るネオン。
「シャーラァップッ!」
 素早い足踏みでヒールの履き心地を確かめる。
「向こうだって、もう逃げてるわよっ! それで、文句言われるギリはないっ!」
 そうして楽器をどうすべきかと、視線を落とした。
 にもかかわらず、飛ぶ思考。
 切羽詰っている時とは大抵そんなものだ。
「て、わたしたち、ここから出られるのよね?」
 手のひらを返したようにモバイロへすがると、猫なで声を出す。
 そう、事は電気系のトラブルに始まっているのだ。
「モジュール内、全システム再起動まで、15分」
 それは案の定の答えだった。
「もーっ!」
 つむじをかいて可能性をひねり出す。
「そうっ!」
 面を上げた。
「パスっ。バックヤードパスで、通用口からは出られないの?」
 たずねられる前に先回りしていたらしいモバイロが、珍しくも素早い対応をみせる。
「新規退路、確保」
「うぉっし」
 ガッツポーズだ。
 すかさずモバイロのモニターへ、ナビ映像がスクロールされた。
 バツ印の上から覗き込むネオン。
「正面通路を右折。右折。T字路を右折」
 その辺りは鼻歌で意気揚々とやってきた道だ。
「道なり、進行方向十字路を左折。従業員通用口から非常階段機密ハッチをパスで解除。スロープで隣接モジュールへ移動。隣接モジュール停泊のシャトルは利用可能です」
 未知の領域は、モバイロの解説よりも飛ぶように流れる映像をイメージとして頭の中へ叩き込んでゆく。
「シャトル乗降口までの移動距離、きょ、距離、きょ、き、き、き、き・・・」
 と、突如、どもりだすモバイロ。
 覗き込んでいたモニター画面に、トラとの通信中にみたようなノイズが走り、映像が大きく歪んだ。いや、解読不能なほどに乱れる。
「ち、ちょっ、しっかりしてよっ!」
 乗船のために必要なIDも、電子マネーもモバイロの中だ。
 半ば癖で、ネオンは壊れたオーディオのようなモバイロをヒールで蹴りつけた。
 その耳に、かすかなヒトの話し声が紛れ込んでくる。
 かと思うと、かき消し、モバイロが火を噴いた。
「きゃっ!」
 のけぞるネオン。
 昇降機の中央へ後ずさる。
 刹那、とびきりの破裂音がネオンの頭上で鳴り響いた。
 最初に聞いたソレよりも遥かに音源は近く、大きい。
 痛みにも似たその音に、後ずさったネオンはワケも分からず追い討ちをかけられて耳を塞ぐ。両目も閉じると、その場で身を硬くした。
 瞬間、その体を何かがかすめる。大きさ重量共に、ぶつかっていればケガをしていただろう衝撃が、ネオンの足元に伝わった。
 間違いない。
 何かが上から落ちてきたのだ。
 破裂音に身を硬くしたまま、ネオンは恐る恐る閉じていた両目を開いて足元を見た。
 そこには穴だらけの頭。
 その頭につながるヒト同様の手足に親近感を覚えることなく、ネオンの口からとびきりの悲鳴が放たれる。
 反射的に、握ったままのバーを振り下ろしていた。
「きゃぁぁぁぁっ!」
 恐怖に任せて、穴だらけの頭を乱打。
 乱打された頭が、ネオンに対抗するかのような悲鳴を上げた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
 薄暗い空間は双方の悲鳴に千々と引き裂かれる。
 と、その光景に終止符を打つべく、飛び込んでくる別の怒号。
「どけッ」
 体に染み付いた言語でなければ聞き逃していたところだろう。
 ネオンは声へと顔を上げた。
「っ!」
 そこには覆いかぶさる影。
 しりもち半分、バーを放り出し、その場を飛びのく。
 入れ替わるように、影がネオンの立っていた場所へと着地した。翻った作業着から、ススやらどこかの郷土料理らしき流動食が飛び散る。
「寝てる場合かッ」
 唖然とするネオンへ見向きもせず、影だった背中は穴だらけの頭へ怒鳴りつけた。
「蹴り落とされたうえに、また頭を殴られた! あなたこそ、わたしを殺す気か! いや、もう死んだ方がマシだ!」
「つべこべ言ってる場合かッ。緊急事態だろうがッ」
 身を寄せ合うようにして、2人は立ち上がる。あんぐり見守るネオンの前で、引っ張り引っ張られ、昇降機から飛び降りた。
「な、なん…」
 なんなのよ、と、言いたいところだが、もう、言葉も続かない。
 と、それきりコの字の通路へ消えるかと思われた時、その背がネオンへ振り返る。
「それから、あんたッ」
 指し示された。
 その手に握られたスタンエアの銃口が、ネオンを捉える。
 何考えるまでもなく、ネオンの両手は自然に持ち上がっていた。
「ぼ、暴力反対っ!」
 だが、返された言葉は予想外のものだ。
「何、いってるッ。聞こえてんなら、早くそこから逃げろッ」
 どうやら、抱えていたのは多大なる勘違いらしい。ついでに、そこでようやく相手がヒトの男であることに気付く。
「て、そっちこそ船賊かと…」
 ほっとしたのもつかの間だった。
「急げ、追いつかれるぞ!」
 穴だらけの頭が男をせかす。いや、いつのまにやらその頭は、毛むくじゃらの塊に変わっている。
 男が苛立たしげに、そちらへと振り返って、怒鳴った。
「わかってるっ」
 ネオンを一瞥する。そして訣別するかのように、くるり背を向けると、先に走り出した毛むくじゃらを追って、コの字の通路へと駆け出していった。
「ち、ちょっと…っ!」
 脅かされ、怒鳴られ、取り残され、憮然とするネオン。
 と、そんなネオンの視界に影が差した。
 そこに不穏さを感じたのは、もはや状況が研ぎ澄ませた直感というしかないだろう。
 自然と視線が持ち上がる。
 そこにはおそろいのラバースーツに、ガスマスクをかぶった一団が、切り取られた天井を取り囲みネオン見下ろしていた。
 ひきつけ半分、止まるネオンの息。
 しかも、今日はここへと身を投じる輩の多い日らしい。
 そんなネオンへ狙いを定めたかのように、ガスマスクたちは身を投げ出していた。次の瞬間、ネオンの頭上に雨あられと降り注ぐ。
「うっそーぉ!」 
 逃げるというよりも押し出されて、ネオンは昇降機から飛び降りた。
                                ACTion 12 へ続く…







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