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ハードボイルドワルツ 有機体ブルース
作:N.river



ACTion 10 『フォール イン ホール』


 目で追えば、シートは中に詰め込んだ液状シリコンへと火をまわし、古い手品を目の当たりとしたかのごとく、空宙で爆発した。
 とたん、黒煙へとすりかわる。
 とっさに2人は身を伏せた。
 伏せて、シートが飛び込んできた方向へと振り返る。
 死骸を裏返し切ったマッチマンたちはフロア一杯に広がると、2人をいぶりだすかのように、床へ転がるシートへ向けてスパークショットを放っていた。取り囲んだ黒焦げの山に2人を見つけることができなければ、逃げおおせたと周囲へ手を伸ばすのは、当然の成り行きだろう。
「ローラー作戦のつもりかよッ」
 思わずうなるアルト。
 さすがにこうなってしまえば、先程のようなゴマかしは効かない。即座に退路を探った。
 しかしながら、円形のフロアにあまたゲートはあれど、いまだ利用者の排出が完了したゲートはひとつも見あたらないのが現実だ。どこもオーバーワーク気味に殺到する利用者の排出を続けると、追い詰められた2人の脱出を頑なに拒んでいた。しかも見計らったかのように、真正面に位置するゲートからは、閃光さえもが吹き出してくる。まるで先程の光景を遠巻きにみるかのような利用者たちの逆流が始まり、その光景は並ぶ左右のゲートでも繰り広げられた。
「いったいあいつらどれくらい、いやがんだッ」
 モジュールごと囲い込みかねない勢いである。
「あなたこそ、一体何をすれば、こんなことになる?」
 ライオンも吠えた。
「なにもしてないから、参ってんだよッ」
 無論、今のアルトには、こうつき返すしか他に言葉はない。
 と、思い出したように、ライオンがステージから這い出そうと腰を浮かせた。
 慌ててアルトは、そんなツナギの腰を引っつかむ。
「バカヤロ、どこ、行くッ」
 ガクンと動きを止めたライオンが振り返った。
「これ以上、あなたたちとは付き合えんということだ!」
 後ろ足でぞんざいにアルトを蹴りつける。
 とはいえ、ここで離すわけにゆかないのが、アルトの立場だ。
「メッセージ、まだだろッ」
 知っているのかいないのか、ライオンはしれっと言ってのけた。
「再生は、生きて、また会えた時にしよう」
 この期に及んで、キザにさえ聞こえるセリフだ。
「あのな、聞かなきゃ、こっちは生きて会えるかどうか、わかんねーんだよッ」
 と、そんな2人の頭上へ、またもや飛び上がる赤く燃え盛ったシート。
 刹那、シートは爆発した。
先程より近距離だ。
 あっという間に2人は、広がる黒煙に飲み込まれる。
 蹴り、蹴られたままでの格好で固まった。
散って視界が開ければ、先程までの勢いはどこへやら、そそくさとライオンがステージへとその身を引っ込める。
「もう、終わりだ」
 悟ったように呟いた。
「ごちゃごちゃ言う前に、その顔、変えろ」
 煙を払いのけ、軽く咳き込むアルトがまくし立てる。
「うるさい! あなたのような破廉恥なやからにパラシェントの大事な顔のことをとやかく言われたなくないわ!」
 パニックのせいか、この状況にもかかわらず義顔を優先させるライオンの優先順位は、てんでバラバラだ。
 聞きつつアルトは、ステージの縁から再びマッチマンへと頭を覗かせた。
 スパークショットの射程内に入るのも時間の問題と見て取る。
 と、不意に、アルトはその目をしばたたかせた。
 そう、そこに思いもよらない脱出口を見つけたのだ。それはステージの真ん中。まるでこちらへどうぞといわんばかりに穴が口を開いている。
 アルトはライオンへと振り返っていた。
「あんた、今まで生きてて、ついてるって思ったことは?」
 思わずその頬が笑みに緩む。
 無論、最悪の只中にいるライオンは、その問いに牙をむいて答えていた。
「今、聞くな、今!」
 かまわず、背中越しにステージを指さすアルト。
 ライオンの視線は、自然とその先へ飛んでいた。
「飛び込むぞ」
 アルトは言い切る。
 ステージに空けられた穴を確認したライオンの声が強張った。
「な、深かさは…!」
 口走れば、アルトは素早くその疑念をねじ伏せる。
「メンテナンス上、モジュールサイズは一定だ。これだけ天井がありゃ、底はしれてる」
「しれてるなど…!」
 憶測にもホドがあったが、確かめる術もないのが現実だ。
 しかも、逆流を続けていた正面ゲートの利用者はついに途切れ、その向こうから突入してくマッチマンたちの姿を見え隠れさせていた。迷っている時間こそ、もうない。
「あんたが先に飛び込めッ」
 合図に、アルトがステージへ踊り上がった。
 誰ひとりいない周囲。それが、どれほど目を引く行為であるかは、いうまでもない。
 瞬時にして、ローラー作戦にいそしんでいたマッチマンや、いままさに逆巻く利用者たちを突っ切ってフロアへ踊り込もうとしているゲート前マッチマンが、ざわめき立つ。下2本の腕を振ると、次々に手信号ともとれる独特のジェスチャーをつづっていった。それは集団の中を一気に駆け巡る。
 そう、この極Y地方が造語の流れに乗れなかったその理由のひとつは、元来音声言語を使用しないという文化背景によるものだったのだ。
「ぼやぼやするなッ」
 動きの鈍いライオンへと、ステージからアルトが怒鳴りつけた。
 もう、引くに引けない。
「ええい、くそ!」
 一喝。ライオンもヤケクソ紛れにステージへ飛び上がる。
 見下ろす格好となったフロアでは、ぐるり360度、マッチマンたちが先を争うようにステージへと駆け寄ってきていた。
 追い立てられ、それこそ獣よろしく四つん這いで穴へとすり寄るライオン。
 背にしたアルトが、最も接近しているローラー作戦側のマッチマンへ、スタンエアを持ち上げる。
「どうだッ?」
 焦る気持ちを抑えきれず、肩越しにライオンへと怒鳴りつけた。 
 覗き込んだばかりのライオンは、目もくれず制する。
「せかすな!」
 その瞳孔が皿のように開いた。
 そこに見えるのは何やら動く影。
「下に、何か…」
 顔を上げる。
 が、見つけたのは、それどころではない光景だった。
 アルトの頭上付近で、あの光がナベ底を作っていたのだ。
 刹那、破裂音が鳴り響いた。
 一本の稲妻が天井を突き破り、フロアを叩きつける。
 落雷ポイントは、いままさに2人が飛び出してきた場所と目と鼻の先。
 転がっていたシートが稲妻に貫かれた。
 例のごとく、中から液状シリコンが飛び出す。伝って走る閃光が、クモの巣のように広がった。とたん、火薬が炸裂したに等しい勢いで爆発する。
 吹き上がる黒煙。
 巻き上げられて周囲のシートに食料が宙を舞う。
「だッ」
 吹き飛ばされて、アルトがステージへと伏せた。
 駆け寄っていたマッチマンも、さすがにその足を止めて怯む。
 そんな両者の頭上に、舞い上がっていたあれやこれやが落下してきた。
 身動きとれず、ひたすら縮こまるアルト。
 マッチマンたちは器用にそれらを電極で叩き落とすと、ここぞとばかりアルトめがけて駆け出す。射程内に踏み込むや否や、電極を持ち上げた。
「ジャンク屋! 前だ!」
 ライオンの声。
アルトがわずか、体を持ち上げる。
 マッチマンへと上体をひねった。
「くっそッ」
 かぶった謎の流動食をまき散らし、スタンエアを突きつける。
 が、多勢に無勢とはこのこと。
 押し迫る複数を相手に、狙いの定めようがないスタンエアの銃口は宙をさ迷う。さ迷い、破れかぶれで足元へ吹き飛ばされてきたシートへとアルトは照準を定めた。
 いちかばちか、トリガーを引く。
 エア弾を食らったシートは、ひしゃげて吹き飛ぶと、例のごとく千切れて中身をぶちまけた。
 放たれるスパークショット。
 飛び込んだ閃光が、そうしてぶちまけられた液状シリコンの表面を走る。
 爆発。
 スパークショットの直撃は免れたものの、伏せ損ねたアルトの体が、手足を絡めてステージ上を転がった。かろうじて張り付くようにステージをとらえ、体勢を整える。襲い来る第2波の黒煙に巻かれつつもライオンの姿を探した。
 煙の粒子に乱反射を起こして穴だらけとなったその顔は、ちょうど左手奥で、呆然とその成り行きを見守っている。
 半ばぎょっとしながらも、アルトはまといつく黒煙をひきずり、そんなライオンへと駆け寄った。
「構えてろッ」
 やおらその背を蹴り飛ばす。
「何を…!」
 もともと覗き込む格好だっただけに、ライオンの体は穴へといとも簡単に吸い込まれていった。
 追って穴へと身を翻すアルト。
 その頭上でスパークショットの閃光が交錯した。
 ラウア語カウンター上部から降下してきたマッチマンに、近接ゲートの逆流組、そしてその対極3箇所のゲートから押し入った一団、加えてステージ上部へ大穴を空けて進入してきたマッチマンが、右へ左へ波紋のごとく手信号を伝播させながら、2人の消えたステージへ集結してゆく。
                                ACTion 11 へ続く…







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      『N.riverの食っちゃ寝、創作!』 まで!

 





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