ACTion 09 『蜂の巣、クモの子』
「おい、起きろッ」
よもやこの状況で寝たフリはあるまい。アルトはライオンを揺さぶる。
進行方向では、さらなる破裂音が鳴り響いていた。
入り乱れる足のせいで、何が起きているかを見て取る事はできなかったが、別ゲートからもマッチマンたちが侵入してきたらしいことだけは間違いなさそうだった。詰まるところ、完璧な挟みうちである。
だというのに、ライオンが答える様子はない。
捨て置くかと、一瞬でもアルトは考えてみる。だが現状、ライオンは、はあまりにも貴重な情報源だった。そうは問屋がおろさない。
「どんどんマズいことになってないかッ?」
吐き捨て、腹を決めると、力の抜けたライオンの腕を自らの肩へと回した。
気合一発、立ち上がる。
と、突如、アルトの視界で立ち往生していたハズの利用者たちが揺れ動いた。あれほどひしめいていたのがウソのように、次々と道を開いてゆく。
かと思えば、その向こうから、鉄砲水のごとく別の利用者たち一団がなだれ込んできた。
どうやらマッチマンたちがゲートより侵入したことで、退避してきたらしい。
「冗談ッ」
慌てふためき身をよじるアルト。
だが担いだライオンのせいで思うように体は動かない。
次の瞬間にも真正面から飲み込まれる。
踏みとどまることなど、毛頭ムリな話だった。
意思とは無関係の千鳥足。
踏んで、どうっと押し流される。
同時に力の抜けたライオンの体は、そんなアルトの肩から見る間に引き剥がされていった。
「待てッ」
辛うじて袖口を掴む。アルトはありったけの力でライオンを引き寄せた。
伝わったのか、とたんに息を吹き返すライオン。流されまいと手当たり次第に爪を立てる。押し流そうとする利用者をかき分けた。やがてその間から引き抜くような具合で、上体を持ち上げる。
「馬鹿もん! パラシェントの頭を触るとは、どういう了見だ!」
開口一番、罵声を浴びせた。
つまるところ、アルトのよみに間違いはなかったらしい。
「悪いなッ。そこまで気が回らなかったんだよッ」
つき返すアルト。
だが、ライオンの怒りはおさまならい。
「何をいまさら! この顔を目印にするために、パラシェントのボイスメッセンジャーを選んだのは、そちらではないか!」
もみくちゃにされながらも、吠え返す。
「ってな、俺はそんなモン、頼んでないぞッ」
ちなみにパラシェントとは、光の屈折率を操ることで様々な義顔を使い分け、一生素顔を隠して過ごす種族の名称だ。ゆえに『ラウア』語カウンターでライオンが拒んだとおり、素顔についてを探られることも、ましてや触れらることも、ひどく忌み嫌う種族であった。
「とぼけたことを! あなたはこの顔を待っていたのではなかったのか!」
そもそもの誤解が、ここでようやく明らかとなる。
アルトはすかさず舌打っていた。
「そうじゃない。つまり俺は、アンタの依頼人にはめられたってことさ」
あらかたの利用者は、そんな2人の間を走り去ると、周囲を混乱から解き放ちつつある。
「冗談ではない。これ以上、物騒なことを言ってくれるな」
体に自由が戻ったことを象徴するように、ライオンが大きくかぶりを振ってみせていた。
聞き流し、アルトはライオンへと詰め寄る。
「あんたの依頼人は誰だ」
この騒ぎの元凶があるとするなら、そこしかない。
しかし、ライオンの答えは冴えなかった。
「面と向かって受けた依頼なら、とっくに断っている。わたしは匿名のホロレターでこの依頼を受けたのだ」
思わず天を仰ぐアルト。
「またかよッ」
すぐさまその視線をライオンへ戻す。
「そのメッセージ、本当にあるんだな」
声を低くした。
「それがわたしの仕事だと言った。メッセージの再生を邪魔したのはあなただ」
受けて立つように、ライオンも声を低くする。
アルトはそんなライオンから顔を背けると、一変、周囲へ目をやった。
まわりには、まだ逃げ遅れた利用者たちの姿も多く残されている。
その隙間から見え隠れするマッチマンは、確実に2人への距離を縮めていた。
「だったら、責任もって聞いてやる」
とどのつまり匿名の相手を特定するためには、この場を切り抜け、ライオンのメッセージから声色を辿るしか手はない。
すかさずライオンが、そんなアルトへ突き出た口をさらに尖らせ、言った。
「言っておくが、逃げながらの再生など願いさげだぞ」
「ああ、大事な手がかりだ。こっちだって、落ち着いて聞きかせてもらいたいところさ」
と、マッチマンたちが、おもむろに左右へと展開する。逃げ遅れた利用者ごとアルトとライオンを囲い込み始めた。かと思うと、やおら四方からスパークショットを放つ。
2人の周囲で薄皮を剥ぐかのように、盾となった利用者たちが次から次へと焼き払われていった。その光景は残る利用者たちを、瞬時にして狂気へ駆り立てる。
囲われ、のがれる場所をなくした彼らは、ひたすら集団の中心に向かって逃亡を始めた。上になり下になり、あらゆる言語と悲鳴を折りまぜ、囲むマッチマンの中、悲壮な渦を巻く。
習って逃げては、それこそ後がない。
アルトはおもむろに、握ったままのスタンエアを床へとおろした。
「遅れるなッ」
ライオンへ怒鳴りつけるなり、引くトリガー。
拍手を打ったような乾いた音が一発、固く鳴り響く。
同時に、目の前を行き交う利用者が数体、足をすくわれ、すっ転んだ。
そうして出来たスペースへ、アルトはさらにスタンエアを持ち上げる。
続けさま2発目を放った。
渦の中心へ向かう利用者を叩きつけるエア弾。
叩きつけ、近くにいた別の利用者を巻き込むと、渦の外へ弾き飛ばす。
とたん、状況は急変した。
予想だにしていなかった内側からの発砲に、蜂の巣を突いたがごとく、クモの子を散らすがごとく、利用者が一斉に渦をほどいたのだ。
手のつけられない状態に翻弄されて、マッチマンたちがスパークショットを振り回す。形勢逆転、襲い来るような利用者たちを持て余し、支離滅裂に閃光を放った。
見定めて、身を屈めるアルト。
「ついてこいッ」
ライオンへ一喝するや否や、駆け出す。
目指すはフロア中央、フレキシブルシートエリアで蹴り倒され、積み重なったシートの山だ。
右から左から逃げくる利用者をかわし、騒然としているマッチマンの目を盗むと、頭からシートの山へ身を躍らせた。体に添うあまり吸い付いてくるシートを窒息寸前でかき分け、一気に反対側へと抜け出す。目の前に、整然かつ、閑散としたフロア中央部が広がった。
ゲートへ向かって引き潮のごとく散っていった利用者は、もう誰ひとりとしてそこには残されていない。
睨みつけ、身を起こすことなくアルトはそんなフロアを腹ばいのまま進んだ。マッチマンから距離をとり、さらに中央へと向かう。都合のいいことにそこには、身を隠すにはうってつけの台が、いや、円形の小さなステージが据えられていた。
たどり着き、息も絶え絶えに背を押しつける。
ほどなく、慣れないアクロバットの連続にアドレナリン全開のライオンが並んだ。
双方共、床に撒き散らされた料理を拭った腹は、汚れ放題だ。
「分かったから、その顔、いい加減、ほかのヤツに変えてくれ」
ちらり、確認して、お愛想程度にアルトが声をかける。傍ら、リミッターを外したせいで5発装填となったスタンエアの銃床を叩きつけた。
そうして装填されてゆくスタンエアのか細い機械音を聞きながら、どうにか上がる息を飲み込んだライオンが、すかさずそのリクエストを拒否する。
「やつらをまくのに、義顔を全て使い切ったのだ。後は公用の顔しかない。さらして、やつらと顔見知りになるつもりはない」
アルトは眉頭へ力をこめる。
「これから先も、旗振って逃げろってのかよ」
ステージに背をつけたまま、にじるようにマッチマンたちへと顔を覗かせた。
散らばる利用者たちを再度囲い込んだマッチマンたちは、ちょうど予定通り焼き尽くした利用者の山を足先でひっくり返し続けているところだ。どうやら、どさくさに紛れて抜け出した2人には、まだ気づいていないらしい。
「俺、ロクな死に方しねぇような気がしてきた」
身代わりとなったむくろに、胸の内で合掌するアルト。
と、次の瞬間、勢いよくライオンへ振り返った。
「な、何だ!」
スタンエアを突きつけられたライオンが、腰を抜かして後ずさる。
組み伏せるように追いかけ、アルトはあからさまに訝しげな顔をしてみせた。
「おい、待てよ、あんた。それじゃ、話がおかしいぜ」
「?」
訳が分からぬライオンは、とたん脳天から疑問符を振りまく。
アルトはその目を細めてこう続けた。
「あんたはホロレターで依頼を受けたと言ったよな。だのにどうやって声をコピーした?」
それはもっともな疑問だ。
が、ライオンは、すぐさまこう切り返していた。
「カ、カウンスラーだ。受け渡しにこの顔を使うことと、カウンスラーの音窟でメッセージを採取することが、ホロレターに指示されていたのだ」
無限反響洞窟とも言われる惑星カウンスラーの音窟は、原住種族たちの声を封じ込めた小部屋が無数に存在する、惑星全体を覆い尽くすほどの巨大遺跡だ。近年になって、ようやくその価値は見直され、保護活動もすすめられているが、盗掘の進んだ小部屋は今や記念メッセージを吹き込むための観光名所に成り果てている場所でもあった。
なるほど、合点がゆく。
「そこから奴らに追われてきたと?」
アルトは少しばかりもったいをつけて、銃口を逸らした。
「待ち伏せていたとしか思えん。何者だ、奴らは?」
事なきを得て、ライオンは大きく息を吐き出す。
と、その時。2人の背にしていたステージへ衝撃が走った。
ライオンの問いかけを捨て置き、2人の頭上を火の玉と化したフレキシブルシートが、緩やかに弧を描いて飛び越してゆく。
ACTion 10 へ続く… |