下着泥棒と露出狂の変態談義
「わっ!」
「うわっ!」
曲がり角で派手に衝突し、二人は互いに尻餅をついた。
驚きのあまり見つめあう二人。
ぶつかったのはセーラー服の美少女と学ランの王子様――なんて綺麗なものではなく、上下黒ジャージの男と薄茶色のトレンチコートの男である。
二人は互いに一目見たときから相手が自分と同じ種類の男であることを察した。
黒ジャージの男は口にパンツを咥えていて、トレンチコートの男はズボンを履いていないらしく白い太ももがチラリと見えている。
「そっちにいたか!?」
「いや、ダメだ!」
すぐ近くから警察と思われる男の声が聞こえる。
二人は慌てて近くのファミレスに飛び込み、どちらから誘うでもなく一緒のテーブルに座った。
「……あなたも追われていたんですか?」
先に口を開いたのはトレンチコートの男だ。
ジャージの男は落ち着かない様子で窓の方を見ながら小さくうなずいた。
「ああ。ベランダに忍び込んでパンツを物色中に巡回してた警官に見つかってな。あんたは……露出狂ってとこか」
「ええ。さっきコートの中を見せた中学生が通報したらしくて、僕も追われる身なのです。外はまだ警官が彷徨いているはずだ、ここは共同戦線と行きましょう」
「そうだな。二人でいれば怪しまれる可能性も低い。しばらくはここに潜んでいよう」
こうして会ったばかりの変態二人はテーブルを挟んで向かい合うこととなった。
しかしお互い性癖を晒し合っている身。あまりプライベートなことは話したくないし聞きたくもない。
かといってだんまりもなんだか気まずい。少なくとも一時間はここにいなければならないのだから。
そこで話は自然と変態談義になった。
「その……昔から思ってたんですけど、女性の下着でそんなに興奮できるものですか?」
最初に口を開いたのは露出狂だ。
なかなかストレートな質問にたじろぎながらも、下着泥棒は丁寧に答える。
「そうだね、こればっかりは癖だからあんまり理解はされないと思うんだけど……警察に捕まるリスクを犯す価値はあるよ」
「なるほど、まぁそれは僕も同じですけどね」
「俺は露出狂こそよく分からないな。見て楽しむのは分かるんだけど、見せて楽しむってのがどうも。どの辺に興奮してるの?」
「僕を見る女性のあの眼に興奮するんですよ。怯えたような眼も良いし、嘲るような眼もたまりませんね」
露出狂は遠くを見ながらうっとりした表情を浮かべる。その様子はまるで娘に恋した少年のようだ。
下着泥棒も納得したように頷いた。
「眼、かぁ。なるほどね。俺も女の子の反応が見たくなって色々とやったことがあるよ」
「へぇ、どんなことです?」
興味津々とばかりに身を乗り出す露出狂。
下着泥棒は得意げにニヤつく。
「盗んだ下着でたっぷり遊んだあと、それを元の持ち主に返すんだよ。へへ、汚れたパンツを見た時の女の顔が最高にそそるんだ」
「それは素晴らしい。ぜひ見てみたいです」
「まぁそれも良いんだがな。逆に遊んだあときちんと洗って下着を返すのも興奮するんだよ。たくさんの洗濯物の中に紛れ込ませると意外に気付かれない。俺が汚したパンツを女が履いてると思うと、もうたまらねぇんだ」
しかしこれにはあまり喰い付かなかった。露出狂は渋い顔をしながら首を振る。
「僕、潔癖症なのでそれはちょっと分からないですねぇ……」
「潔癖症? 変態のくせに?」
「変態と潔癖症は関係ないでしょう! 僕がもし女の子の立場だったら……と思うとゾッとしちゃって興奮なんかできませんよ」
「ふうん、人間って色々だなぁ。そうだ! 今日の獲物を見せてやろう、見ればきっと魅力に気付くぞ」
そう言って下着泥棒はリュックから色とりどりの下着を取り出す。
「盗りたて新鮮だぞ」
「ちょっと! こんなところで出さないでください!」
露出狂は慌てて下着泥棒を止めようとするも下着泥棒は余裕の表情だ。
「大丈夫だよ、ここなら死角になってて店員からは見えない。ほら見てみろよこれ。すげーだろ?」
下着泥棒はレースで出来たスケスケの真っ赤なパンツを掴み、おもむろに顔をうずめて深呼吸する。
「ちょっと!」
「いやーやっぱいいわ。この下着の娘さぁ、最近すげーお気に入りなんだよね。清楚系美人なのにこんな下着履いてるしさ、妙に警戒心も薄くてアパートの一階に住んでるくせに堂々とベランダに下着干してんの! さっきも話したけど、この娘から盗ったパンツで遊んだあと綺麗に洗ってベランダに戻してるんだよね。あの娘鈍いからきっと下着が盗られてるのも増えてるのも気付いてないだろうな。あー、あの娘が俺に汚されたパンツ履いてると思うと興奮するわぁ。ほら、お前もいっとけ!」
「嫌ですよ! どんな美人だろうと人が履いた下着なんて触りたくないどころか見たくも――」
その時、露出狂は下着泥棒の握っている下着を見て体を硬直させた。
様子の変わった露出狂に、下着泥棒は首をかしげる。
「どうした?」
「……まさか、そのアパートって3丁目の……?」
「え? ああ、そうだが」
「……女の子、って黒髪のショートカットの……?」
「えっ!? ま、まさかあんた、あの娘の彼氏かなんか?」
露出狂は真っ青な顔で口元を押え、小さく震えだした。
下着泥棒は慌ててパンツを置き、机にぶつけるような勢いで頭を下げる。
「す、すまねぇ! まさか、あんたの彼女のものとは……」
「……違う」
「えっ、じゃあ妹……とかか? いや、どっちにしろすまねぇ、これは返すから」
「違うッッ!!」
露出狂は机を殴って立ち上がり、下着泥棒に詰め寄る。その眼には涙が滲んでいた。
下着泥棒は靴を脱ぎ、ソファの上で土下座する。
「す、すまなかった! この通りだ!」
「違うんだ、違うんだよ……」
露出狂はおもむろにボタンをはずしてコートを広げる。
下着泥棒の目に紫色の下着が飛び込んできた。下着泥棒の好みである大変刺激的な下着だ。しかし身に着けているのは露出狂の男である。
呆気にとられる下着泥棒に、露出狂は嗚咽をあげながら告白した。
「それは……俺の下着だ」
下着泥棒は酸欠の金魚のように口をパクパクさせる。
ようやく出た声は、蚊の鳴くようなか細いモノであった。
「じゃ、じゃあ……あの娘は?」
「姉だ、定期的に掃除をしに来てくれる。あの部屋に住んでいるのは俺だけだ。下着も、全部、俺のだ」
「……ウボエエェェェェ」
下着泥棒はたまらず嘔吐した。
露出狂は白目を剥いて床に倒れ込んだ。
騒ぎに気付いた店員によって警察に通報され二人は逮捕されたが、なぜ嘔吐したのか、なぜ失神したのか、どちらも話したがらなかったという。