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てっぺんついた

作者:水泡歌
 ぼくがこの観覧車に閉じ込められてどれくらいの時間がたったんだろう。ぼくにできることは観覧車をゆっくりとまわすことだけ。ぎしぎしとさびついてきしむ観覧車のてっぺんで、暮れていく死んだ遊園地を見下ろしながら、ぼくは今日も変わってくれる人をさがしている。

 お別れした日のことはよくおぼえている。ぼくとお母さんとお父さんと。とてもあつくて3人でいっぱい汗をかいたあの日。6才のぼくは背がたりなくて、ジェットコースターに乗れなくて、かわりにもっと空に近付ける乗り物に乗ろうとお父さんが観覧車に連れて行ってくれた。
 はじめて乗る観覧車はとても楽しかった。どんどんと遠くなっていく景色。ぼくの身長なんてかんたんにこえて、お父さんの言う通りぼくはどんどん空に近付いていった。「すごいすごい」と窓にはりついて下を見下ろすぼくをお父さんとお母さんはにこにこ笑って見ていた。
 そうして、観覧車がてっぺんについた時、その声は聞こえてきた。
『出して……』
 男の子の声だった。ぼくは振り返った。ぼくのとなりにはお母さんが座っているはずだった。でも、ぼくとお母さんのあいだにぼくと同い年くらいの半袖半ズボンの男の子が座っていた。顔はまっ白で悲しそうな顔でぼくを見ていた。
『ねえ、出して……』
 ぼくはお母さんとお父さんを見た。2人はふしぎそうにぼくを見ていた。どうやら、ぼくにしか見えていないようだった。
 男の子はじっとぼくを見ていた。あまりに悲しそうだったから、ぼくはなんだかかわいそうになってきいてあげた。
「どこから出たいの?」
 男の子はうれしそうに笑って言った。
『変わってくれるの?』
 そうして、ぼくの手を両手でぎゅっと握った。それは氷のように冷たくて、ふれた瞬間、ぼくの体温をすべてうばっていった。
 気付くとぼくの体はなくなっていた。目の前にあるのはぼくをさがしてあわてるお母さんとお父さん。ぼくは確かにここにいるのに2人にはまったく見えなくなっていた。『ありがとう』と窓の外から声がした。見ると男の子が手を振りながら空へのぼっていっていた。
 その日からぼくは観覧車の中に閉じ込められてしまった。

 ここで変わってくれる人を探していた。一番空に近い観覧車のてっぺんで、ぼくにすべての体温をくれる人。でも、そんな人は中々いなかった。みんな、ぼくが話しかけると必死になって目をそらして、ぼくの声を聞かないようにした。そのうちにどんどんとお客さんがこなくなって、遊園地は死んでしまった。
 ただ、今は少しだけ希望があった。
 最近、ふしぎなことに夜になると、色んな人がこの遊園地に来るようになった。
 大体が高校生か大学生くらいのお兄さんお姉さんたち。みんな、懐中電灯を持って乗り物をのぞいては「キャーキャー」と怖がっている。なんにも会わない人もいれば、なにかに会ってしまう人もいる。だって、この遊園地はお化けやしきみたいなにせものじゃなく「本物」だから。
 観覧車のてっぺんから見ているとアクアツアーであの生き物に食べられてしまう人もいれば、ドリームキャッスルでぐちゃぐちゃにされる人もいる。かわいそうだけど会いに来てしまったのだから仕方がないと思う。
 ぼくはこっちにやってくる人を見つけると話しかける。『出して……』って。
 ざんねんなことにぼくが話しかけるとなぜかみんな逃げてしまう。顔をまっ白にして、びっくりした顔で全力でぼくから逃げ出してしまう。
 ゴンドラの中に入って写真を撮っている人がいたから、うれしくなって扉をとじてまわりはじめたら、あわてて飛び出して落ちちゃった人もいる。どうしても、てっぺんまでたどりつかない。
 もう、ぼく、ずっとここにいるのかな。
 大きくため息をついて今日も暮れていく遊園地を見下ろしていると、だれかがこっちに歩いてくるのが見えた。
 めずらしいな、こんな時間に。いつもならもっとまっくらになってからくるのに。
 どんな人だろう。目をこらしてびっくりした。それは腰の曲がったおじいちゃんとおばあちゃんだった。
 ゆっくりとゆっくりと2人はつえをつきながらこっちに近付いてくる。めずらしい。どうしてこんなところに来ちゃったんだろう。おじいちゃんおばあちゃんも怖がりにきたのかな。
 ぼくは下におりていくといつものとおり言った。
『出して……』
 おじいちゃんとおばあちゃんは逃げなかった。それどころか、まっすぐにゴンドラに乗ってきた。ぼくはびっくりしたけど扉を閉めてゆっくりとまわりはじめた。
 ぎしぎしと鳴る観覧車。おじいちゃんとおばあちゃんは向かい合わせに座った。おばあちゃんの横はなぜか一人分あいている。
 窓の外を見ながら、おばあちゃんがぽつりと言った。
「これがあなたがずっと見てきた景色なのね」
 もう少しでてっぺんにつく。ぼくはおばあちゃんの横に座って言った。
『ねえ、出して?』
 おばあちゃんは笑って言った。
「どこから出たいの?」
 どうしておばあちゃんはこんなにやさしい目でぼくを見ているんだろう。
「僕たちはなにをすればいいかな?」
 どうしておじいちゃんはこんなに泣きそうな目でぼくを見ているんだろう。
 ぼくは両手を差し出した。
『ぼくに体温ぜんぶちょうだい。ぼくの変わりにここに閉じ込められて』
 2人は顔を見合わせた。そうして、微笑んでうなずきあった。
 おばあちゃんがぼくの右手を握る。
「2人分でいいかしら」
 おじいちゃんがぼくの左手を握る。
「一人ぼっちじゃさびしいからね」
 温かくてしわしわのおじいちゃんおばあちゃんの手。さっきから「どうして」がいっぱいだ。どうしてこの人たちはこんなにぼくにやさしいんだろう。どうして2人分も体温をくれるんだろう。どうして、どうして、
『あ……』
 考えて、そして、気付いた。この人たちは――
 ぼくは観覧車をとめようとした。でも、なぜかとまってくれない。このままじゃてっぺんについてしまう。
『はなして……』
 いやだと首をふって、2人の手をふりほどこうとした。なのに、2人はぎゅっとぼくの手を握って、ちっともはなしてくれない。
 おばあちゃんが言った。
「やっとあなたの手を握れたわね」
 観覧車がてっぺんについた。
 ぼくは久しぶりに2人を呼んだ。
『お母さん、お父さん……』
 2人の温度がぼくに流れこんでくる。なつかしい、2人の温度。
 この人たちだけには変わってほしくなかったのに。
 ぼくがいなくなってから探しに来てくれているのをなんども見た。観覧車にもなんども乗っていた。でも、ぼくは2人の前にだけはあらわれなかった。声をかけなかった。大好きだったから。こんなところに閉じ込めたくなかったから。遊園地が死んでしまってから長い長い間、来ていなかったのに。
 お母さん、お父さんの体がなくなっていく。
 悲しくて泣きそうなぼくの頭をお父さんがなでた。
「おまえは本当に優しい子だね。僕たちはもう充分生きたからいいんだよ」
 ぼくは観覧車からはなれてお空へとのぼっていく。
 体をなくしたお母さんとお父さんは笑顔でぼくに手を振った。
 ぼくは消えてしまう前に見た。
 ぼくが見ていた景色を並んで見ながら2人が話しているところを。
「ここで写真を撮ってくれた人に感謝しなくてはいけないわね、お父さん」
「そうだね、まさか心霊写真であの子の場所を知ることになるとは思わなかったけれど」
「ずいぶんと高いところでこれから過ごすことになりますね」
「まあ、いいじゃないか、こんな老後があっても」
 そう言って、とまった観覧車のてっぺんで、お母さんとお父さんは顔を見合わせて笑いあっていた。

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