第7話 嘘と黒
「戦争が終わってから、20年。俺はぁ、いろいろあった。お前なんて生まれてもいないだろう?」
弩雁はオートに話しかけながらも、白慈の器に酒を注いでのどへ流した。男達は弩雁を中心に酒を飲んでいる。オートにとってはくだらない宴会に思えた。
オートは窓によりかかり、外をながめる。闇の広がる木々の合間から虫の音が聞こえる。とっぷり暮れているのに、精霊の姿がない。新鮮な感覚だった。闇がただのっぺりと広がっているだけというのは、珍しかった。
「聞いてるか? なぁ、お前は生まれてなかったろう?」
弩雁がオートの背に問いかけた。
「船は出ないのか」
オートがぼそりと言う。
「こんな夜中に出るわけないだろ。憑精霊に殺されたいか」
オートは舌打ちをした。
距離がなければ、泳いででも大陸に帰るところだ。
「かわいくねぇ、ガキ!」
弩雁が大袈裟に言い、皆が笑う。
いったいこいつ等は何のために生きているのか、動いているのか、口を動かしているのか。窓ガラスに反射する男等はただ無駄に動いている物に見えた。
ああ、金のためだな。オートは軽蔑の視線をくれてやり、窓の外に意識を集中した。虫の声に加えて、野鳥の声も聞こえてくる。今までにきいた事のない鳴き声だった。高い音で、キィィと鳴いている。この島には独特の進化をとげた動物が数多くいるのだろうか。きっとそんな動物のひとつだ。
そうすると、ここには独特の進化をとげた精霊がいてもおかしくはない。
オートは血管女を思い出し、奥歯を噛んだ。
――血の匂いがするわね。
「よし、俺のとっておきを見せてやろう!」弩雁が言った。
皆が大袈裟に拍手する。どうやら男達は順番に自慢話をしているようだった。
オートは森林から視線を上に上げ、夜空に興味を移していた。
「見ろ!」
おお! 男達が一斉に唸った。
「新型じゃねぇか!」
オートは振り向いた。
弩雁は掌を目一杯に広げている。掌には、緑色の文字で「縛」と書かれてあった。文字はぼんやりと光っている。
「そりゃすげぇ」
周りの男達は自分の掌と見比べた。彼等の掌にも「縛」の文字がある。それぞれ色は違う。けれどもどれも文字が薄く、輝きもない。
弩雁は掌を引っ掻き、「縛」の字をはがした。
「金50で売ってもいいぜ。この縛印はコナテの、かなり最上級の奴が仕込んだやつだ。原子光人だって、捕まえられる」
「おお! それはすごい!」
スキンヘッドの男が飛びついた。
「もちろん。これさえあれば、あとは光人に会えるかどうかだ。そこは運しだいだが」
男は懐から金を出した。
「ついてるね。俺が金欠じゃなかったら、絶対に売ったりなんかしないからな」
オートは鼻で笑った。
弩雁の売ろうとしている縛印は贋物だ。本物なら体が疼く。なんとも言えない、警戒心、危機感が働く。
弩雁はほくほくの笑顔で金を受け取った。そして立ち上がり、
「それにしても、ここはむさ苦しい。外の空気でも吸うかな」
扉を開けた弩雁はオートに目を向けた。
「お前も外へ行くか?」
「お前と二人でか。そっちの方がむさ苦しい」
辺りが笑った。
「違いない。じゃ、気をつけてな」
弩雁は出て行った。
気をつけて?
「少年よ、こっちで飲もう」
スキンヘッドが言った。
オートは無視をした。一眠りする為に中二階へ戻ろうとすると、後ろから肩を掴まれた。
振り向くとスキンヘッドだった。
「なぁ、無視かよ」
ざわっと何かが擦れる音が、窓の外に聞こえた。
瞬間、オートは姿勢を低くし、床すれすれに屈んだ。
窓ガラスが割れて、10本以上の小型のナイフが飛んできた。いくつかがスキンヘッドの背に刺さり、後は勢いよく壁に突き刺さった。同時に扉が蹴破られた。
全身黒の人間が3人、ロッジに突入してきた。頭の天辺から足先まで黒で、一瞬、外の黒と同化して、何も目につかなかった。黒達は連射式のナイフ銃を構えている。いかにも訓練されているふうで、隙がない。
スキンヘッドは軽く呻いて崩れた。
男達は唖然とし、両手を上げて降参のジェスチァーをした。
オートはスキンヘッドの体を盾にして、静かに動いた。巾着袋から白珠を五つ取り出した。使える白珠はそれで全部だった。
オートはふつふつと体が熱くなるのを抑えられなかった。
その程度で、俺を、殺せると思っているのか?
自然と笑みがでる。
オートは白珠を弾いた。 |