第4話 ミゥナ
コナテカイムには、人々が生きている、という実感がある。
ある人は成功して財産を築き、ある人は失敗して路肩にうずくまる。恋人同士は手を繋ぎ、老夫婦は寄り添って歩く。母親は父親と共にわが子を公園に連れて行き、子は友人達と走り回る。
ミゥナは二階の窓から人々の様子を観察するのが好きだった。
人が集まって国になり、国があって秩序ができる。なんておもしろいだろう。コナテカムイに暮らす人々は皆笑顔で、その基礎には国があって。
「ミゥナ。早く着替えなさい。お父様が帰ってこられるわよ」
ミゥナの母は胸元の開いた、紺のドレスを着て、端正なお人形のようだった。
「お母様、今日は学校に行かなくてもいいんでしょ?」
ミゥナは12歳。国立コナテカイム基礎学校の生徒だった。
「ええ」
「だったら、毎日お父様が帰って来られたらいいのに」
ミゥナはふくれた。
「これを着なさい」
ベットに広げられたドレスは純白だった。
「うわぁ、真っ白なドレス。なんだかいつもより豪華」
「今日は大事な人に会うのよ。粗相のないようにね」
お母様は部屋を出て、ミゥナはうっとりと、ドレスに釘付けになった。
部屋の窓が、とん、と鳴った。
ミゥナは慌てて窓に寄り、下をみた。金髪の少年が、ミゥナをみて、手を振った。ミゥナも手を振りかえした。
部屋を出て、階段を降りる。
「あら、どうしたの?」
「すぐ帰りますから」
母の脇をすり抜けて、ミゥナは外に出た。
「こんにちは、アレエン」
金髪の子供は、ぼろの布の服を着て、ミゥナのシルクの服とは対照的だった。
「こんにちは。ミゥナ」
二人は並んで歩いた。
秘密基地はコナテカイムの西、立ち入り禁止地区にある。子供達は平気でその地区に入っていく。
腐った大木にワラで屋根をつけ、子供達は雨をしのげるようにしていた。そこにはいつも3、4人の子供がいる。家のない彼等、彼女等は毎日をそこで暮らしていた。
子供たちのなかで、リーダーなのがアレエンだった。彼はコナテ人と異国とのハーフだった。顔が小さく、整った顔をしている。眼と髪の金色がコナテ人とは違っていた。コナテ人は黒髪が一般的だ。
「今日は何をやるの?」
金色の目がミゥナをみた。
「歴史をやりましょう」
はじめてミゥナがここに来た時、子供達は文字を書くこともできなかった。
今では簡単な算数もできる。
「ええ。言葉を教えてくれよ」
「こんどね。歴史は大事なんだから」
「国のことなんか、何の役に立つんだ」
「あなたが今、生きている場所なのよ。それに、あなた達は、将来偉くなって、この国を背負って、がんばるんだから」
子供達は笑った。
「ミゥナは馬鹿だな」
やせ細った子が言った。
「どうして?」
「俺たちはこの国の厄介者だぜ」
「そんなことない! この国は皆に平等なんだから」
また、みんなが笑う。けれども、アレエンは真剣な眼差しを向けていた。
「ミゥナ、俺たちはどうすれば偉くなれる?」
アレエンが言った。みんなは一斉にだまった。ミゥナの答えを待っている。
「とにかく、今は勉強すること」
ミゥナはやっと答えた。けれどもアレエン達が納得するとは思えなかった。自分がなさけなくなる。
アレエンが突然立ち上がった。
「俺は、必ず、偉くなる! 広い土地を持って、雲にとどくくらい大きな家を建てて、何千、何万の私兵をもって」
アレエンは間をおき、ミゥナをみつめ、
「綺麗な、とっても綺麗な人と一緒に暮らす」と呟いた。
ミゥナは手を叩いた。やっぱり、この国には希望がある。
「その勢いよ! かならず、夢は叶うわ」
アレエンは顔を真っ赤にした。
「じゃ、歴史の話しをするわね」
夜、妖精達が姿を現し、賑やかに街を彩る。
「お母様、今晩は妖精の姿が多いわね」
妖精の中には、青色や緑色、黒色の妖精もいた。
ミゥナは白いドレスを着て、車に乗り、母と共に夜の街を走っていた。
黒塗りの車の車内は広く、大人二人が寝転んだとしても余裕があるだろう。
「昨日は、闇の鳴る夜だったじゃない」
「ああ、そっか」
「そんな、寝ぼけたような答え方しないでちょうだい」
「あ、ごめんなさい・・・」
「向こうに着いたら、何も喋らなくてもいいからね。はい、と、いいえ、だけで良いのよ」
うなづくミゥナは頭をなでられ、微笑んだ。
コナテカムイの中心には、国会議事堂がある。煉瓦造りの、円錐形の建物が三本、並んで建っている。正面に向かって右側の建物はパーティ会場にも使われる。ただしこの施設を使えるのは国会議員および官僚の関係者だけだった。
「やぁ、シャラナンテ」
「こんばんわ」
ミゥナの母は次々と挨拶に来る官僚や、国会議員にいちいち挨拶をした。
「大きくなったね、ミゥナ」
そう言われれば「はい」と言って微笑むのがミゥナの仕事だった。
しばらくすると、パーティ会場に声がこだました。
「みなさん、主役が登場しますよぉ!」
辺りは静まりかえる。
ミゥナは興奮していた。お父様が帰ってきた。
「今回の主賓、光のブループリズナーであり、コナテカイムの英雄、ゴルガル陸海空軍全権主将の愛弟子! 彼を称える言葉は山のようにあるけれど。言わずもがな皆さんご存知、最強のプリズナーである称号、光神の称号を、あの、あの破国人から得た男。ダ・ゴラージュ!!」
盛大な拍手。
ミゥナは感動で涙が出そうだった。
ゴラージュは、奥の壇上に、はにかみながら登場した。のど元に、青いアザ。黒髪をオールバックになでつけている。
「どうも。はずかしい紹介、ありがとうございます」
みんながくすくすと笑った。
お父様の話は長い、とミゥナはあくびをこらえた。登場から40分はしゃべり続けている。今回の遠征の苦労話だとか、笑い話だとか。破国人を何人捕らえただとか、強いプリズナーに出逢っただとか。
ふと窓を見て、ミゥナは驚いた。
アレエンがいた。子供を二人、引き連れている。パーティの様子をのぞいている。
「お母様、お手洗いに行ってきます」
「早くね。お父様のお話が終わる前にね」
ミゥナは会場を出て、外に向かった。
アレエンたちはミゥナに気付きもしない。
「こら、なにやってるの」
小声で言った。
「ミゥナ」
子供達が笑顔になる。アレエンはばつが悪そうだった。
「こいつ等が、見に行きたいって言うから」
「早く帰りなさい。ここにいると、官僚に捕まえられるわよ」
「わかったよ。でも」アレエンは窓から会場をみた。
「ちょっとくらい、食い物を持ってきてくれよ」
ミゥナはしばらく考え、
「わかった。ちょっと待ってて。ちゃんと隠れとくのよ」
子供たちは喜び、アレエンは笑顔になった。
会場に戻ると、演説はまだ終わっていなかった。
お母様に隠れて、パンと魚を持ち出した。
2、3人がミゥナを見ていた。けれども、何も言われなかった。
冷や汗をかきながら、表に出た。お父様の視線があったのを、この時は気付かなかった。
「ほら」
食べ物を見せると、子供たちは駆け寄ってきた。
一人はすでにパンを齧っていた。その子の頭をアレエンが叩いた。
「これは皆のものだ」
叩かれた子は泣きそうになりながらも、こらえて、うなづいた。
「じゃ、わたし戻るから。見つからないように、ここを出るのよ」
アレエンの眼が、ミゥナの後ろを見て、震えている。
「ミゥナ。何をしている」
「お父様!」
アレエンはひざまずいた。
ゴラージュは手を叩き、官僚を呼んだ。
「つまみ出せ」
「お父様、この子達は、わたしのお友達です」
「友達? こんな、汚い格好の友達なんかいるわけないだろう」
アレエンは顔を上げた。
「ゴラージュ主将。俺を、軍に入れてください!」
国軍服を着た官僚が3人、やって来た。
「ちょっと待て」
官僚は直立不動の姿勢になった。
ゴラージュは、アレエンの眼をじっとみた。
「お父様?」
「真っ赤な、運命だな。連れて行け。国外追放だ。子供もな」
「お父様!」
ゴラージュはミゥナのほほを叩いた。
「あんな輩とは二度と言葉を交わすな!」
ミゥナはショックで言葉を失った。叱られたことすら一度もなかった。
「離せよ!」
アレエンは引きずられた。
「おとなしくしろ!」官僚は力ずくだった。
ミゥナは頬を押さえて、動けなかった。
「ミゥナ〜! 俺は必ず、必ず、夢をかなえてみせるから!! ぜったい、ミゥナを、迎えに行くから!」
アレエンの声は妖精の舞う空に、消えていった。
屋敷に帰ったミゥナは、部屋にこもった。
どうしてこんな、すばらしい国にも、恵まれない子供がいるんだろう。どうしてその子供たちは虐げられるのだろう。
わたしなら、この国をもっと良い国、みんなが平等に幸せな国にできる。
しかし、方法がない。アレエンが言ったように、偉くなるしかないんだろうか。
「ミゥナ。お客様が来ているのよ。いい加減に出てきなさい」
言われて、部屋を出た。
応接間に入ると、ミゥナは力なく挨拶をした。
「何か悩み事かね」
「総理、お気遣いなく」
ミゥナはっとして見上げた。
レイト・ゴルガルだった。ゴルガル陸海空軍全権主将の息子で、今は総理大臣の職にある。
彼の横に、子供がいた。ミゥナより2、3歳下に思えた。
「バーサク様だ。レイト様の息子さんだよ」
「はじめまして」
バーサクはそっぽを向いている。
「仲良くね。将来の伴侶なんだから」
お母様が言い、戸惑った。お父様は笑っている。
バーサクは無関心のようだった。
これが、運命?
底知れない哀しさと、苦痛がミゥナの内に宿った。
こんな運命は、打開しなくちゃいけない。
アレエンは、夢を叶えると言った。
わたしだって、夢を叶える。この国を、幸せな国にするんだ。
みんなが幸せな国に。 |