第10話 弩雁(どがん)
二足の怪物は、ゴリラのように両手を地面に突いた。
怪物の胸元から伸びた管が弩雁の腕に絡みつく。弩雁は筋力で振り払った。
「きもちわりぃ!」
弩雁は切り取った管の匂いを嗅いだ。
「ぬめぬめのくっさくさだぞ、これぇ」
「こっちに投げるな!」
オートは飛びさがった。
ぎゃああああ! 憑精霊が吼える。
弩雁は大地を踏みしめ、空を打った。衝撃波が憑精霊の巨体に衝突した。
「あら?」
憑精霊はびくともしない。
管がオートに伸びる。紙一重でかわした。
月明かりが憑精霊を照らす。
憑精霊の顔部分には、無数の管の奥に鋭い牙が生えていた。
「おい、数秒でもいい、動きを止めろ」
オートが管をいなしながら言った。
「お、困った時の光人様とはよく言ったものだが」
ぎゃあああああ! 憑精霊の全身から生える管が束になり、拳の形になった。
弩雁は腕を十字に構え、防御の姿勢をとった。瞬間、巨大な拳となった管が弩雁に直撃した。
「ぐっ!」弩雁は後ろに吹き飛び、ロッジに体をぶつけた。ロッジが揺らぐ。
オートは舌打ちした。もっとやれる奴だと思っていたが。
容赦なく、管の塊がオートめがけて振り下ろされる。
憑精霊は雄たけびをあげながらオートを執拗に狙う。
オートは片手で丸をつくり、片目にあてる。
力を使えば勝てる。しかし憑精霊の管が絶え間なくオートを襲ってくる。
ぎゃあああああ! 憑精霊は飛び上がった。巨大な影が月と重なる。
塊になっていた管がばらけて、地上の広範囲に降り注ぐ。
オートは身を縮めた。避けるには範囲が広すぎる。
歯を食いしばるオート。細かい管が背に当たってきた。
管の勢いは徐々に強くなっていく。
オートは後ろに飛びながら、背で管を受け止める。
「こんなことろでぇ!」
オートは必死に、憑精霊のいる上空を捕らえようとした。
その時、管の動きが止まった。
禍々しい気配を感じ、オートは振り向く。
弩雁が憑精霊に向かって手をかざしていた。
掌に、「縛」の文字。弩雁がスキンヘッドに売っていたやつだ。
「お、安物にしては、効くじゃないか」
弩雁が言った直後、オートは力を使った。
憑精霊を白珠で囲む。
ぎゃああああああ! 憑精霊は暴れ、もがく。
しかしオートの力が憑精霊を押さえた。
収縮する白珠。
やがて雄たけびも聞こえなくなり、ころりと小さな白珠が地に落ちた。
「ふぅ」
弩雁は息をついた。額から血を流していた。
「まったく、運が悪い。憑精霊がいるとは。おい、大丈夫か?」
オートは膝を曲げ、頭を抱えた。力に反応したバンダナが頭を締め付ける。
弩雁はオートの肩に手を触れた。
「触るな! なんでもない」
オートは立ち上がった。バンダナの呪いには慣れているつもりだった。
気力で歩き、憑精霊を封じた白珠を拾う。
白珠に封じることのできる力は、封じたものの力にも関係する。
オートは憑精霊を封じた白珠を、月の光に照らした。滑らかな光沢が美しい。この世の中で、これ以上綺麗なものを見たことがない。
オートは手に入れたばかりの白珠を巾着袋に、入れた。
「さてさて」と弩雁が言う。「今日は本当に、ついてない。つまり、破国で言うところの、打撲に骨折、だ」
「なに?」
オートが弩雁に振り向いた瞬間、生暖かい風が吹いた。風は島中を駆ける。
「良い力を持っている」
風が言った。
オートは辺りを見回す。人や憑精霊の気配はない。
「厄介なものに、みつかった」
弩雁は首を回した。準備運動をしているように見える。
「いい加減、戻って来い」風が言う。
「おい、走るぞ」
弩雁は島の奥、森の方を指した。
ただ者ではない圧力が島を覆っている。
空を切る風音が強くなる。
弩雁は森へ走った。オートも続く。
「また逃げるのか、弩雁!」
「おい! てめぇの面倒事は自分で解決しやがれ!」
オートは先を行く弩雁に叫んだ。
「破国で言うところの、腐りかけたら腐るまで、だ!」
風は突風となって、木々を揺らす。
「コナテ人にわかるように言え!」
ふっと風が止む。
「あらら、上陸したみたい」弩雁が走りながら頭をかく。
「なにが?」
「お偉いさん、が」
一瞬、烈風が島の上空を吹きぬけた。
「百虎殺しの弩雁」
風に乗って聞こえてきた声は、含み笑いをしていた。 |