第9話 憑精霊
オートは肩をまわした。すこし、凝っている。
ロッジの出入り口に向かうと、後ろから、瀕死になった黒ずくめの者がよろよろと向かってきた。まだ生きているのかとうんざりする。
白珠を弾く。
珠は黒ずくめの、頬に当たる。瞬間、頬が拳骨の形に凹んだ。
黒の者は吹き飛んだ。ロッジの壁に当たり、力なく倒れた。
たいした力だ。オートは息をつく。黒の者に当てた白珠には弩雁のパンチ力が保存されている。船上で受けたものだ。
ロッジの中では、がたいの良い男達が唖然とオートを見ている。
オートは白珠を拾い、外に出た。
風が冷たい。ロッジの後ろの木々がざわめいている。
これだけの騒ぎを起こしても、妖精の姿が一つもない。
無数の星だけが輝く夜は気味が悪い。
ゆったりと波の音が聞こえる。海は荒れているわけではないようだった。
「おみごと」
ロッジの裏の森から、弩雁がやってきた。
「お前、知っていたな」
オートが言う。身構えて、弩雁の動きに注意した。
「ははは、たまたまだよ。俺は悪運が強くてね」
白珠に封じてあった弩雁の拳の威力は、並のものではなかった。格闘の素人ではない。
「貴様、何者だ」
弩雁はうすら笑いを消さない。
「構えるなって。こええだろ。光人に睨まれるなんて、生きた心地がしねぇよ」
オートは後ずさった。至近距離はオートの間合いではない。
弩雁の体内からは<色つき>の気配はない。
「あれ、まだお前にお客がいるみたいだぞ」
はっとオートは振り向いた。
弩雁に気をとられて、後ろに気が廻っていなかった。
8つの影が目の前に並んでいる。どいつも黒い。闇にまぎれて、姿はとらえにくい。そうとう闇の中での戦いを訓練しているのだろう。
後ろに弩雁、前に8。
「おい、手伝え」
弩雁に言った。
「報酬は?」
影がにじり寄ってくる。
「帰りの船賃でどうだ」
オートはさがった。
「安すぎだ」
「いくら欲しい?」
弩雁が飛び出した。影の一人を、拳で吹き飛ばす。短いうめきが聞こえた。
「報酬の話は後でな」
弩雁はオートを見て、片目を閉じた。
オートは白珠を弾く。黒の者一人が吹き飛ぶ。
「法外な金は払わないぞ」
ナイフを構えて突進してきた黒を、弩雁は足払いですくった。宙に浮いた黒の腹に、拳が叩き込まれる。
「金はいらねぇや」
連続でナイフを突き出してくる黒。オートはいちいちナイフを避ける。隙を見て、手首を取った。間接をねじる。地に伏せさせ、顎を踏みつけた。
「報酬はいらないんだな?」
弩雁はオートに向かって、大地を踏みした。同時に拳を突きを放つ。風圧が走る。オートの後ろをとっていた黒が、風圧に巻かれ、空高くあがった。
オートは弩雁に向かって白珠を飛ばす。白珠は弩雁の後ろをとっていた黒の額へ走る。白珠には赤の女が振り下ろした曲刀の力が込められていた。
「いいや、報酬はいる」
弩雁はひるむ黒の頭上に、かかとを落とした。めきっと嫌な音がする。
「なにが欲しい?」
オートは連続バク宙で黒のナイフをかわし、むきになって追ってきた黒の頭を飛び越え、後ろをとった。首に腕をまわし、力を込める。じたばたした黒から、力が抜ける。
「手伝って欲しい件がある」
弩雁が言った。8人の黒の者は一人として動けないようだった。
オートは息をつく。弩雁と赤の女、二人の力を入れた白珠は消滅したようだった。白珠は中に込めた力がなくなると消滅する。弩雁の力は永くもったほうだ。
「やっかいなことは、断るぞ」
オートをちらと見て、弩雁は伸びをした。準備体操の仕草をした。
「その、なんていうか。でかいのが残ってるぞ」
地面の振動。
海の方から足音が聞こえる。
「人ではない、か」
オートが呟いた時、巨大な影が飛んできた。
地響きと共に着地した影は、ぎゃああああ、と吼える。
オートは見上げた。5メートルはある。手足が太く、巨大なゴリラのようだ。全身に管が生えている。管はにょろにょろと左右に蠢く。
「陸に憑精霊とは、珍しい」
弩雁も見上げた。
「詳しい交渉は、後回しだ」
オートは怪物の横をとった。
「まったく、同意だな」
怪物から伸びた管が弩雁を襲う。
弩雁は腕で管を払った。
ぎゃあああああ。怪物は狂ったかのように、吼えた。 |