序話 遭遇
藁小屋が点々と目立つ、名前のない田舎村。
唯一の煉瓦つくりの家に、村人たちは列をつくって並んでいた。
その先頭で、マーマは汗をかき身振り手振りで語った。
「眼が、光っていたよ。なんせ<闇の鳴る夜>だったんだから。そりゃあ、わかるよ。ぼんやりと、なんてもんじゃない。カッと、真夏のまっ昼間の、太陽みたいに、まぶしかった」
マーマは唾を飛ばす勢いで言った。
聴いていた官僚は、マーマの、しもぶくれたアゴを掌でわしづかみにした。爪が、青い。
「ほんとうか?」
「うぞは、づがない、です」
「ふん」
マーマは振りほどかれたアゴをなでながら愛想よく、笑った。
「それは、どこにいた?」
緑色の国軍服を着た官僚は、時々あごのひげを撫でながら、手に持った金貨を、こつこつと机にうちつけた。
マーマは上下にゆれる金貨を目で追いながら、
「隣町の、どこだったかな、とにかく、隣町の、どこかに、いんです。なんせ<闇の鳴る夜>だったんだから、しかたないでしょ?」
官僚は、ため息と同時に、金貨をマーマの足元へ放った。
金貨が二枚、マーマの煤けた革靴に当たって、床に落ちた。
マーマは急いで金貨をひろい、官僚をみた。
「次の人〜」
すでに官僚はマーマをみていなかった。
マーマは、家路についた。
石畳の橋にもたれて、オレンジ色の夕陽をながめた。
色つきの妖精の情報を言えば、一生、働かないで暮らせるほどの金貨を貰えるはずだった。
二枚の金貨をマーマは握り締めた。ドブ川に投げ棄てたい気になるのを、歯をくいしばって耐えた。
「色つきと合体したやつなんて、コナテカイムへ行けば、どこにでもいるじゃないか!」
マーマは木屑まみれの我が家に戻った。
工場では、妻メリーが、木彫りの人形を彫っていた。
マーマは、メリーの持つ人形を払った。机の上の木屑と一緒に、メリーの人形が床に落ちた。
「あ!」
メリーのお腹は膨らんでいる。あと一月で生まれる予定だ。
マーマはため息をつく。
生活のかてがない。木彫りの人形だけでは、食っていけない。
「どう、だったの?」
床に落ちた人形を拾うメリーに、マーマは金貨二枚を投げた。
「たった、それだけだ」
メリーは気落ちしたように、金貨と人形を拾った。
「そう、これだけなの」
マーマは激怒した。
「なにか文句があるのか!」
マーマは疲れて、言葉を途中で切った。
だいたい、<色つき>の妖精を隣町で見たと言ったのはお前だろう。お前が悪い。たったこれっぽちの金貨のために官僚に会ってきた俺の気持ちは…。
気力すら湧いてこなかった。こんな、金貨のない人生にも、都会から離れた土地に暮らしているのにも、役に立たない女房にも、疲れていた。
マーマは、メリーの横に座って、酒を飲んだ。
癒してくれるのは、酒だけだ。酒は、勇気と酩酊を与えてくれる。
熱心に小枝に向かうメリーの手先に、マーマはわざと足を突き出したり、作業台をひっくり返したりした。メリーはそのたびに、黙って人形を拾う。
「そんな、1金にもならない人形」
「このお守りは官僚さん達に、頼まれたの」
マーマは眼をむいて喜んだ。
「ほぉ! いくらになった?」
間をおいて、メリーはおずおずと、
「た、タダで」
「はぁ!?」
マーマは作業台を拳で殴り、怯えるメリーを睨みつけた。
「子供は棄てろ。面倒はみない。それがいやなら、出て行け!」
興奮したマーマは、扉を開け、
「帰って来るまでに答えを用意しておけ。いいな」
マリーはうつむいて、答えない。
マーマは外に出た。
外はすっかり夜だった。妖精が気ままに飛んでいる。ペアでいる妖精や、素早い動きで移動するもの。掌くらいの大きさの奴から、大人の人間と変わらない背丈の奴もいる。しかし、<色つき>はいなかった。どれも、ぼんやり白色に光っている。厳密にみれば、ひとつひとつ明度は違う。しかし明確な違いはない。
右に左によろけながら、マーマは馴染みの飲み屋に向かった。
途中、妖精にぶつかっては、妖精を罵倒した。妖精はマーマを観てくすくす笑うだけで、彼等、彼女等は言葉を持たない。
「どけ! 何の役にも立たない虫けらどもめ。貴様等は人の哀しみがわかるのか。人の怒りがわかるのか!」
マーマは短い足で、足元にいた背の低い妖精を蹴り上げた。マーマの足は妖精の体をすり抜けた。マーマは勢いあまって尻餅をついた。
「ちくっしょー、なめんなよ!」
辺りの妖精は笑うばかりだった。
マーマは酔いのせいか、平衡感覚を失って、立ち上がれなかった。
突然、辺りの妖精達が静かになった。潮が引いて行くように、マーマのそばから去ってゆく。
「わぁ!」マーマは耳を塞ぎ、顔をふせ、眼を閉じて、歯を食いしばった。あまりの音量に、聞こえてくる言葉の意味がわからない。<闇の鳴る夜>は1月前に終わったばかりじゃないか。それに今日が<闇の鳴る夜>だとしても、この音量は異常だ。
ふっと音が消えて、マーマは恐る恐る見上げた。
マーマは息を飲んだ。真っ白な妖精が立っていた。<色つき>ではない。けれどもその妖精は他の妖精のように、ぼんやりと光ってはいない。
妖精は純白すぎて、顔形がわからない。体長は、マーマより少し高い程度なのに、マーマは圧倒されていた。
純白の妖精は、マーマに手を差し出した。
マーマはゆっくり持ち上げられ、やさしく地面に立ち上がった。
「君の息子が君と旅をする頃。君の息子が君の人形と旅をする頃。君の息子が君に命乞いをする頃。君の息子が君を殺す頃。君の息子が君を許す頃。<闇の鳴る夜>は君の息子に語るだろう。運命だ。宿命だ。君の息子は、選ばれたと同時に選んだ。君も、力ある私ですら。しかし! 今夜は<闇の鳴る夜>だっただろうか?」
純白の妖精は、マーマの手を離すと、光の粒子になって、マーマの体をすり抜けた。
マーマは光の行方を追った。
光は、マーマの家に吸い込まれてゆくようだった。
マーマは急いで、家に飛び入った。
メリーは椅子に腰掛け、気を失って、両腕をだらんと下に垂らしている。膨らんだお腹に、光の粒子が入ってゆく。
マーマは腰を抜かして、じっと光の動きをみているしかなかった。
光がなくなり、マーマは、メリーを揺すった。
「あなた、真っ白い光が」
マーマは胸を高鳴らせていた。
とてつもない幸運を、手に入れた。
マーマはメリーの涙を拭いながら、ふとそう思った。 |