挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
破壊の御子 作者:無銘工房

胎動の章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

98/250

第17話 美人計(後)

「まったく呆れ返ってものも言えぬわ」
 夜、与えられた客室で、ロブナスはひとり文句を言っていた。
 彼がボルニスの街を訪れてから、すでに三日が経っている。その間に彼が見聞きしたものは、いずれも彼を失望させるものでしかなかったのだ。
 その始まりは、この街に訪れた翌日に開かれた会見だった。
「僕が、皆の代表を務めている、木崎蒼馬と言います」
 そう言って会見の席でロブナスを迎えたのは、いかにも軟弱そうなガキだった。
 凶暴なゾアンやディノサウリアンなどの亜人類を従えているので、どれほどの男が出て来るのかと思いきや、こんなガキだったのだ。あらかじめ噂に聞いてはいたが、それでもロブナスは驚くよりも呆れ返ってしまう。
 それでも、あのダリウス将軍を手玉に取ったのだから、見た目ではわからない何かを持っているかと思い会談を続けてみたものの、結局は軟弱そうなガキと言う評価に、お人好しと言う単語が追加されただけである。
 自分の主人である豪商は旅の途中で病に倒れたとき、亜人類の奴隷に命を救われた。それ以来、彼らのために何か力になれるのではないかと考えていた、うんぬん。
 このような作り話をコロリと信じてしまったのだ。
 まあ、その場に同席していたエラディアが感涙まで流すのだから、自分の語り口がよっぽどよかったのだろうと思う。
 しかし、それにしても多少はこちらの話を疑っても良いのではないか? それに身元ぐらい確かめても良いのではないか? と、おかしな(いきどお)りすらロブナスは感じていた。
 もっともそれは、身元を調べられても、バレるわけがないと言う自信があったからだ。
 実は、ロマニアにロブナスと言う名の交易商人は、実在していた。もちろん、それはこのようなときのために、あらかじめロブナスが自分と姿が似通った男に元手を与えて商売させていたからである。そのため、いくら身元を調べようとも、ロブナスと言う商人が商談のためにホルメアに向かったと言う事実が浮かび上がるだけになっていた。
 そんな手間をかけていると言うのに、こうも疑われなくては拍子抜けも良いところだ。
「あなたがたの兵士をお見せいただけませんでしょうか?」
 このようなガキに率いられてもダリウス将軍を破るのだから、よほど兵となる奴隷たちが優れているのかと思い、断られるのを承知で頼んでみると、あっさりと許された。
 しかし、そこでもロブナスは呆れ返ってしまう。
 案内された教練場で、まだ真新しい戦斧や槍を手にして整列する屈強そうなドワーフたちの姿に当初は、おお!っと思ったものだ。
 しかし、次の瞬間には、それが失望に変わった。
「そりゃ、あっち行けー!」
 ドヴァーリンと言うドワーフが旗を振ると、それに合わせて槍をもったドワーフたちがドタバタと走り始めた。
「今度はこっちじゃー!」
 反対に旗が振られると、ドワーフたちも慌てて今までとは逆に向かって走る。それの繰り返しである。
 これのどこが訓練だ。これでは、ただ旗に合わせて好き勝手に走り回っているに過ぎない。
 他にも、主力となるゾアンの勇者たちと紹介された黒毛と赤毛の二匹が、上半身裸になって組み打つのも見させてもらった。確かに、二匹とも素晴らしい体格で、迫力満点の組み打ちであった。だが、どこかの闘技場の見世物ならばともかく、一軍を率いる将が組み打ちをして見せるのだから、程度が知れる。
 また、他にも奴隷たちの最強の戦士であると言うディノサウリアンを紹介されたが、そいつは領主官邸の庭の陽だまりで腹這いになって日向ぼっこをしながら、あくびをしている始末。
 これにはさすがに、案内したソーマと言うガキも引きつった表情を浮かべたものである。
 とにもかくにも、ロブナスは、ほとほと呆れ果ててしまっていた。
 あのダリウス将軍を打ち破ったというから、それなりに期待はしていたのだ。ところが実際に見てみれば、本当にただの反乱奴隷の寄せ集めに過ぎない。これでは、そこらの野盗たちの方が統率を取れているというものだ。
 こんな奴らの力を測るため、わざわざホルメアの外れにまで足を運んで来たのかと思うと、馬鹿らしくなってくる。
 腹立たしさのあまり部屋の中を歩き回っていると、そこに客室の扉がノックされた。
 そのとたん、ロブナスは鼻の下を伸ばして、いそいそと扉を開ける。
「ロブナス様、お酒をお持ちいたしました」
 そこにはロブナスの期待どおり、酒と食事を携えたエラディアの姿があった。
「これは、ありがたい。ささ、入ってくれ」
 エラディアを部屋の中に招き入れながら、ロブナスは胸の中で「この女を抱けるのだけは役得だったな」と舌なめずりをした。

             ◆◇◆◇◆

 眠りこけていたロブナスは、衣擦れの音に目を覚ました。
 時刻はまだ深夜である。真っ暗な部屋の中、開け放たれた窓から差し込む青白い月光の中に、白い裸身を浮き上がらせ、エラディアが衣を身にまとっているところであった。
「なんだ、もう行ってしまうのか?」
 あくび交じりにロブナスが声をかけると、エラディアは寝台の端に腰をかけて、ささやいた。
「申し訳ございません。明日は朝からお勤めもございますので。どうぞ、ロブナス様は、ごゆっくりお休みください」
 そう言ってエラディアは部屋から出ようと立ち上がったが、その手をロブナスが掴んで引き留める。
「どうだ? おまえが良ければ、ここの領主に掛け合って、おまえを身請けしてやっても良いぞ」
 それは、この三日ずっと考えていたことだ。これほどのエルフの美女をこのままにしておくのは、あまりにもったいない。
「まあ、ありがとうございます」
 そう言って花が開くように微笑むのに気をよくしたロブナスは、エラディアの腕を引っ張り、彼女を胸に抱きしめようとした。ところが、何をどうしたのか、しっかりと掴んでいたはずのエラディアの腕が、するりと抜けてしまう。
 狐に鼻をつままれたような顔をするロブナスに、エラディアは挑発するように言う。
「ですが、私は商人に売り買いされるのは飽き飽きしていますの。私は、商人より強い男が好き。剣と盾を持って私を守ってくれる、強い男が」
「そうか。それは残念だ」
 口では残念と言いながら、ロブナスの顔は、やにさがっていた。何しろ彼は、商人ではなく将軍なのだ。まさにエラディアの言う条件にぴったりである。
 しかし、さらにエラディアは言葉を続けた。
「でも、ただ強いだけの粗暴な男も嫌ですわ。強いだけではなく、賢い男が好き」
 そう言われて、ロブナスは困ってしまう。
 貴族として、最低限の知識と教養はあるつもりだが、賢いと言われると、それだけでは少し違う気がする。何をもって賢いとすれば良いのだろうか。
 そう眉根をしかめて考え込むロブナスの耳元に、エラディアはそっと唇を寄せる。
「こんなお話をご存知かしら……」
 そして、エラディアは甘い言葉(どく)を耳に流し込んだ。

             ◆◇◆◇◆

 翌朝、ロブナスは急ぎ国に戻るので、世話になった礼と街を辞去する挨拶をしに蒼馬の(もと)へやって来た。
 この突然の話に、何か失礼でもあったのかと蒼馬が尋ねると、ロブナスは「とんでもない」と手を振って否定した。
「私も、あなたの志にいたく感じ入りました。それで、居ても立ってもいられず、一刻も早く私の主人へ報告に行こうと思い立った次第なのです」
 ロブナスは自分の胸を力強く叩いて見せる。
「援助のことでしたならば、私にお任せください。我が主人も、きっと支援してくださることでしょう!」
 昨日までの仏頂面が嘘のような機嫌の良さである。それは街の門まで見送りに来た蒼馬に対し、終始笑顔で、途切れることなく喋り続けたほどだ。
「では、吉報をお待ちください! はっはっはっはっ!」
 わずかな護衛の兵に守られた、ロブナスが乗る馬車が街道の向こうに消えたのを確認してから、蒼馬はホッと肩の力を抜いた。
「どうやら、うまくいったようだね」
 それに、隣に立つエラディアが、ニコリと笑顔で答える。
「御意にございます、ソーマ様」

             ◆◇◆◇◆

 ロマニア国に戻ったロブナスは、旅塵を落とすと、すぐに王への謁見を求めた。すると待ちかねていたドルデア王は、それをすぐに許し、ロブナスはその日のうちに廷臣らが居並ぶ謁見の間に通された。
「ボルニスとか言う街の反逆奴隷どもは、いかがであった?」
 期待に声を弾ませるドルデア王に、ロブナスは首を大きく左右に振って見せた。
「期待外れも良いところでございました」
 そして、自分が目にしたボルニスの様子を詳細に語った。それには、ドルデア王ばかりか居並ぶ廷臣らも、呆れ顔になる。
「とうてい我らが頼みにできる勢力ではございません。おおかたダリウスを打ち破ったのも、ただのまぐれでございましょう」
 最後にそう締めくくったロブナスの報告に、ドルデア王は失望を禁じ得なかった。
 何度も煮え湯を飲まされたダリウスを打ち破るほどの奴ならば、それと手を組んでホルメアを討つのをドルデア王は夢想していたのだ。それは、角を取ると見せて脚を取り、足を取ると見せて角を取り、じょじょに疲弊させて最後に鹿を生け捕りにするがごとく、ホルメアを東西から交互に攻め立てる策である。
 ところが、亜人類の奴隷たちが当てにならないとなれば、またホルメア攻略を最初から考え直さなければならない。
 ドルデア王の口から、重いため息が洩れた。
「失望なされるのは、いささかお早うございます」
 しかし、ロブナスは得意げな顔で言葉を続けた。
「陛下は、このような話をご存じでしょうか?」
 そう前置きしてから、ロブナスが得々と語り始めたのは、今から数百年前の大陸中央にいた賢王と名高い王の逸話である。
 その当時、賢王の国は隣国と長く争っていた。ある時、その隣国の片隅に凶悪な野盗たちがいることを知った賢王は、ひそかに彼らに千金と武具を与えたと言う。
 すると、千金と武具を得た野盗たちはますます勢いづき、隣国を荒らし回った。隣国は国軍を遣わして野盗たちをひとり残らず打ち倒したが、そのときすでに国土は野盗たちによって荒らされ、それを討伐するのにも多くの兵を失ってしまったのだ。
 それを見届けた賢王は、ついに兵を動かし、わずかな犠牲だけで隣国を攻め落としたのである。
「このように、たった千金とわずかな武具のみを費やして国ひとつを落としたその王は、まさに賢王と後世にまで讃えられているのです」
 ロブナスの語った逸話を聞き終えたドルデア王は、何度もうなずくと、にたりと笑う。
「なるほど。おまえが言いたいことは、良く分かったわ。わしに賢王となれ、ということじゃな」
「さすがは陛下。ご明察でございます」
 ドルデア王をおだてつつ、ロブナスはこの策の利点を説く。
「いくらホルメアと敵対しているからと言って、所詮奴らは薄汚い亜人類の奴隷ども。一時とはいえ、そんな奴らと手を組むのはロマニアの歴史に汚点を残すばかりか、聖教の神官らも良い顔をいたしませぬ」
 大陸中央ほどではないが、この西域でも聖教の力は日に日に増している。その中で、たとえホルメアを討つためとはいえ、亜人類の奴隷たちの解放を認めて土地を与えるなどすれば、聖教の神官たちとの間に禍根(かこん)を残しかねない。
 それに気づかせてくれたのは、自分を見受けすれば聖教に目をつけられはしないかと心配してくれたエラディアと言うエルフの言葉である。
 美しく賢いだけではなく気配りもできる女に心配してもらえるとは、男冥利に尽きるというものだ。そんなことを思っていたロブナスは、つい鼻の下が伸びそうになるのを必死にこらえると言葉を続けた。
「それよりか、このままロマニアの名を伏せて奴隷どもを援助するのです。放っておいても、奴らは勝手にホルメアと盛大に噛み合ってくれることでしょう。我らは、それをゆっくりと傍観(ぼうかん)した後に、疲弊したホルメアを攻め落とせばよろしいのです」
 そのロブナスの意見には、一理あるとドルデア王は思った。
 確かに聖教との関係を考えれば、亜人類と手を組むのはよろしくない。それに何よりも、こちらは手を汚さずに奴隷とホルメアを噛み合わせる策と言うのが面白かった。
 そんなドルデア王の反応に確かな手ごたえを感じたロブナスは、さらにとどめの一手を打った。
「また、この策の一番の利点は――」
 そこでロブナスは、わざと言葉を区切ってドルデア王の期待を煽る。すると、そうとは知りつつもドルデア王は興味をそそられて、玉座の上でわずかに前のめりになった。それを見届けてから、ロブナスは勿体つけて言う。
「積年の宿敵であるホルメアを策によって滅ぼした第二の賢王として、陛下の名声が長らく語り継がれることでしょう」
 それは、的確にドルデア王の急所を突いた。
 ドルデア王は、この時代ではもはやいつ死んでもおかしくはない高齢である。老い先短いドルデア王からは金銭欲も色欲も薄れて久しい。
 しかし、それに代わってドルデア王の中で大きくなっていたのは、名誉欲である。
 仇敵ホルメアを武力によって平定し、ロマニア国数百年の悲願でもある、かつての大国を再建した偉大なる名君。
 そんな名声とともに自分の名を歴史の中に刻みたいと言う渇望。それが高齢となった今もなお、ドルデア王が王座に執着している理由だった。
「ふむふむ。なるほど。そして、おぬしがわしに献策した名将と言うわけか」
「いやはや、陛下は何もかもお見通しでございますな」
 ロブナスが卑屈な笑みを浮かべるのに、ドルデア王も笑い声を上げた。
「面白い。おぬしの献策を受け入れようではないか」
 そこでドルデア王は、そばに控えていた重臣たちの方へ顔を向ける。
「亜人類の奴隷どもに、いかほど援助すればよいか?」
 それに答えたのは財務を担当する重臣であった。
「さよう。――相手は下賎な奴隷ども。逸話にありますように、金貨千枚もくれてやれば十分でございましょう」
 しかし、ロブナスはそれにすぐさま反論する。
「何をケチなことを! ――陛下。ここでわずかな金を惜しんでは、後世でケチとそしられましょう」
 ドルデア王も財務官が言う金額が、まずは妥当と思っていた。だが、ロブナスに指摘され考えを改める。せっかく歴史にその名を刻んでも、ケチなどと言う根も葉もない噂をつけ足されては、元も子もない。むしろ、ここは気前の良さを見せ、それを名声とともに歴史に刻むべきではないかと言う想いが、ドルデア王の胸の中でムクムクと大きくなる。
 未来の人々が「ドルデア王は気前の良い人物であった」と称賛する姿を夢想し、ドルデア王は「悪くないな」と、ひとりごちる。
「よし、よかろう。ボルニスの奴隷どもに、金貨五万枚をくれてやろう!」
 誇らしげな顔の王の言葉に、国の財政を預かる重臣らが血相を変えた。
 金貨五万枚となると、優に地方都市の一年分の税収を超える金額だ。重臣らが顔色を変えたのも無理はない。
「へ、陛下! お待ちください! さすがに、それは!」
 しかし、それを遮るようにロブナスは追従(ついしょう)する。
「さすがは、陛下。後世の者たちも陛下の気前の良さに、驚嘆(きょうたん)することでございましょう」
 それに財務官らは「財政のなんたるかも知らぬ一介の将軍風情が、いらぬ口を挟むな!」と激怒に近い感情を覚えた。
 だが、まさかロブナスがこのようなことを言い出した裏に、彼の耳元で「ケチな男は嫌い」とささやいたエルフの美女がいたとは知る由もなかった。
 ロブナスの追従に、ドルデア王は満足げに何度も頷いてから、重臣らに言う。
「何も、わしは見栄だけで言っているのではない。上手くいけば、ホルメアが手に入るのだ。その代価としてならば、金貨五万枚など安いものではないか?」
 確かにホルメア一国を金貨五万枚で買うと思えば、安いものである。しかし、重臣らは本当にそれほどうまく行くのか半信半疑であった。
「ですが、陛下。金貨五万枚もの資金を与えるのならば、何らかの条件を付けるべきかと」
 重臣のひとりがそう言った途端、血相を変えたのはロブナスである。
「それは、駄目だ! 嫌われてしまうではないか!」
 重臣らは、嫌われるなどとおかしなことを言い出したロブナスに怪訝な顔になる。それにロブナスは、慌てふためく。まさか、「いろいろと条件を付けて女を縛るような、せこい男は嫌い」と言われたなどと正直に話すわけにはいかないロブナスは、もっともらしい言い訳をひねり出す。
「いや、その、条件を付ければ、それから我らの意図が読まれる恐れがある。それで援助を嫌われては、元も子もない」
「しかし、それではいかにしてホルメアと噛み合わせるのですか?」
「ダリウスめを破った奴隷どもは、ホルメアにとっては目の上のたんこぶ。奴らが勢力を増すのをいつまでも傍観しているわけがないではないか!」
 さらにロブナスに向けて疑問や問題点を突きつけようとした重臣たちであったが、そこでドルデア王が軽く手を上げ、議論を止める。
「重臣らの危惧(きぐ)は、もっともである。――しかし、これは余の決定である!」
 そう言われてしまえば、これ以上の反論はできない。
 ご機嫌な笑顔のドルデア王と、それに追従の言葉を連ねるロブナスを前に、重臣らはこの思わぬ出費をどう穴埋めするか頭を痛めるしかなかった。

             ◆◇◆◇◆

「姫様、いかがなさいました?」
 老侍従は、プリプリと全身で怒りを表しながら私室に戻って来た幼姫ピアータに驚いた。
「父上も、重臣たちも、バカなのです!」
 そう怒るピアータは、今年で数え年十二になったばかりの幼い姫である。ふわりと膨らませて伸ばした金髪に、蒼天を思わせる青い瞳をした、まるで人形のように愛らしさの少女だった。
 ドルデア王は、老境にさしかかってから生まれたこの姫を溺愛していた。この姫が、花が好きだと言えば季節ごとに花を植え替えて一年中花が咲き乱れる庭園を造り、動物が好きだと言えば金に糸目もつけず大陸各地から珍しい動物を買い集めるなど、まさに目に入れても痛くないほどの可愛がりようである。
 そのためか、ピアータは年齢の割にはやや幼い言動が目立つ姫だった。
「大金を与えるなど、ぐのこっちょうなのです! お金や兵馬を与えず、形だけの役職や名誉で人を動かすことこそ最上の策なのです!」
 ところが、一年程前に、それまで花と動物にしか興味を示さなかったピアータが、たまたま目にした名将インクディアスの兵法書にのめり込んだのには、周囲の人を驚かせた。それ以来、やけに分別くさいことを言うようになり、今のように兵法書をかじった内容を口にするようになったのである。
「あいつらが、とうそつも取れていない、ばんゆうの徒の集まりなんて信じられません! あのダリウス将軍様を打ち破った奴なのですよ! それにロブナスのいやらしい顔。絶対、美人にだまされているのです!」
 そして、ピアータはその小さな胸を張る。
「これはきっと、美人をもってお金や兵馬をせしめる『美人計』なのです!」 
 得意げな顔をする姫に微笑ましくなった老侍従は、それに調子を合わせてやった。
「亜人類の頭目の策を見破るとは、さすがは姫様でございます」
 おだてられたピアータは、ムフーッと鼻息を荒くする。
「破壊の御子。恐ろしい奴です! きっと、我が国のきょういとなります! ――でも、安心しなさい。私がみんなを守って上げるから!」
 まるで歴戦の将軍が言うような台詞を言う、このこまっしゃくた姫に、思わず老侍従は吹き出してしまった。すると、馬鹿にされたと思ったピアータは、赤い頬をパンパンに膨らませて怒って見せる。
 老侍従は慌ててピアータのご機嫌を取った。幸いにも、ちょうど良い知らせが届いたばかりである。
「そう、そう。陛下が姫様のために、わざわざ遠い異国より取り寄せた品々が届いておりますぞ」
 そう言うと、老侍従は手を打ち鳴らして、部屋の隣で控えていた奴隷たちに、その品々を中へ運び込ませる。
 そんなのではごまかされないんだから、とでも言うように、ピアータはツンッとそっぽを向いていた。だが、部屋に運び込まれたものを見るなり、ピアータは、その目を真ん丸にし、両の拳をぶんぶんと上下に振って興奮する。
「うわぁ! 鳥さんだ、鳥さんだ!」
 ピアータは運び込まれた檻に駆け寄ると、鉄格子越しに中を覗き込む。
「鳥さん、鳥さん! あたしと遊びましょ!」
 慣れない環境に怯えているのか、翼をプルプルと震わせているのにも構わず、ピアータはうれしそうに話しかける。
「鳥たちだけではありませんぞ、姫様。ほら、庭をご覧ください」
 老侍従にうながされて庭園を見やったピアータの目が、さらに興奮と喜びに輝いた。
「お馬さん! お馬さん!」
 それは遠く南方より取り寄せた、見事な馬である。
 ピアータは居ても立ってもいられず、スカートの裾を蹴立てて庭園へと駆け出した。
「ひ、姫様! そんなに急がれては、馬が驚いてしまいます! ああ、危ない! 蹴られてしまいますぞ!」
 老侍従や馬の(くつわ)を取る馬丁らが肝を冷やす中、ピアータは満面の笑みで馬をぺたぺたと触る。
「うわぁー! お馬さん、お馬さん! あたしと遊びましょ!」
 すると、その言葉を理解したかのように、馬がその場で足を折って座ったのだ。そんな指示は出していない馬丁が目を丸くする前で、ピアータは止める間もなく馬の背中によじ登ってしまう。
 そして、ピアータがその背中にまたがると、また馬は何を言われるまでもなく立ち上がった。
「姫様! 危のうございますぞ! 姫様ぁ!」
 馬が立ち上がるとき、ピアータの身体は激しく揺れながらも落ちることはなかった。そればかりか、その揺れに歓声まで上げる始末である。
「うわぁー! 高い、高い!」
「ひ、姫様! ああっ! そんなに、はしゃがれて! お、落ちます! 落ちて怪我を!」
 顔を青くする老侍従や馬丁を尻目に、無邪気に遊ぶ、幼姫ピアータ。
 彼女は、自らの運命が破壊の御子ソーマ・キサキと激しく交差することになるとは、このときはまだ知らない。

             ◆◇◆◇◆

 蒼馬たちのところへロブナスから五万枚もの金貨が届けられたのは、それからしばらく後のことである。
 その金貨が詰まった大きな壺を前に、ミシェナなどは固まってしまった。財務官吏として大金を取り扱ってきた彼女だが、さすがにこれほど大量の金貨を一度に目の前にしたのは初めての経験である。
「金貨が五万枚。こうして目の前にしても、信じられません……」
 ミシェナは半ば茫然と呟いた。
「金貨一枚が五千ディナスだったよね。これ全部で、えっと……二億五千ディナスになるのかな?」
 それがどれほどの価値なのか蒼馬にはわからなかったが、億と言う単位がつくと、とてもすごい金額に聞こえて来る。しかも、ミシェナがさらにその驚きに追い打ちをかけて来た。
「いえ、ご領主様。これは、ロマニア国のロドニア金貨です。グルコニス金貨より、価値が高いです」
 どうやらホルメア国で流通している金貨より、金の含有量が多いらしい。とは言っても、とてもすごいが、とってもすごいになる程度の違いにしか蒼馬は分からなかった。
「これで、しばらくはしのげそう?」
 蒼馬の問いに、ミシェナは激しく首を上下に振って答えた。
「しのげます、しのげます!」
 ほぼ一年分の税収に匹敵する大金が転がり込んできたのだ。小麦を買い叩かれた痛手を補って、なお余りある。感極まったミシェナは、金貨の入った壺を前に祈り始めてしまう。
「本当に、これほどの大金が何の見返りもなく手に入るなんて、信じられません!」
 それはすべてエラディアの功績と言って間違いなかった。
 彼女は言葉巧みにロブナスを誘導し、こちらを(あなど)らせつつも支援を引き出すと言う難しい役目をこなしたのである。
 かつてエラディアは父の遺訓を守り、せめて自分の力が及ぶだけでも同胞たちを救おうとしてきた。そのため彼女は自らも性奴隷でありながら、ひたすら飼い主である人間の男たちの歓心を買い、思い通りに心を動かす術を学び、それを磨いてきた。
 それは彼女の孤独な戦いである。冷たい檻の中で、退廃的な娼館で、権謀術数が渦巻く後宮で、彼女はただひたすら自らの美貌と才覚だけを頼りに戦い続けてきたのだ。しかも、それは数十年もの長き年月に及ぶ。
 そんなエラディアだからこそ、なし得た(わざ)と言っても過言ではない。
 しかし、それは同時に彼女の辛い過去を繰り返させることでもある。
 彼女自身から言い出したこととは言え、そうさせてしまった蒼馬は、何とか彼女に(むく)いたいと考えた。
「決して、辛い目に遭わせた、苦しませてしまったとは言うな」
 今回のことをどう報いたら良いかシェムルに相談すると、彼女はまずそう言い切った。
「そんな言葉は、その覚悟を疑うようなものだ」
 シェムルの意見には納得できたが、それと同時に、それではどうやってエラディアをねぎらえば良いのか悩む。
「じゃあ、なんて言えば良いんだろう?」
「良くやった。それだけで良いんだ」
 蒼馬の問いに、シェムルはあっさり答えた。本当にそれだけで良いのか悩む蒼馬に、シェムルはわずかに目を細める。
「おまえは、優しすぎる。それが、おまえの良いところなんだがな」
 そこでシェムルは真剣な面持ちになると、柔らかだった口調を鋭いものに変える。
「だが、私たちはおまえの爪となり牙となると誓ったのだ。それなのに、大事に宝のツボにしまわれては意味がない。酷使し、使いつぶすのもまた、その人を報いることでもあるのだぞ」
 その後は、もっと自分を頼っていいのだぞ、と言う主旨の話に変わってしまったのだが、シェムルの言葉には、そういうものかと思うしかなかった。
 しかし、それでも、ただ言葉だけにすませてしまっては心苦しい。
 何か目に見える形でもエラディアに報いたいと考えた蒼馬は、自分の前に積まれた金貨の山に目を留めた。
「エラディアさん。これはあなたの功績です。その功績に報いるため、どうぞ好きなだけこの金貨を取ってください」
 彼女に報いたいと言う気持ちが大きかったが、それだけではない。
 信賞必罰は、国の基本である。それを小説や漫画で知っていた蒼馬は、ここで功績を上げたエラディアに気前良く恩賞を与えるところを見せるつもりであった。
 しかし、エラディアは即答せず、その細いおとがいに指を当ててしばらく思案していたかと思うと、意外なことを言い出した。
「ソーマ様。せっかくの恩賞ですが、金貨ではなく他のものを求めてよろしいでしょうか?」
 それに蒼馬は、不思議そうに首をかしげる。今の自分には、目の前にある金貨以外に褒美として渡せるものが思いつかなかったのだ。
「何が欲しいんですか?」
 目をぱちくりさせながら尋ねる蒼馬に、エラディアはニコリと微笑む。
「地位でございます」
「地位?」
 蒼馬は驚きのあまり、ただおうむ返しに言うしかなかった。
「御意にございます。願わくば、私を女官長に任じていただきいのです」
 蒼馬は迷った。
 女官長と言えば、宮廷の裏方を取り仕切る重職である。王族の身近にはべるため、貴族とも間近に接して、王族との仲介を務める女官長は、その名目以上の権力を有することもある重職だ。
 だが、現在の蒼馬は平原を含む広大な領を有するとは言え、世間から見れば山賊や野盗の首領のようなものである。そんな者の女官長では、名ばかりに過ぎない。それを恩賞として与えて良いものか迷ってしまう。
「本当に、そんなのでよろしいんですか?」
 かえって申し訳なさそうに尋ねる蒼馬の姿に、エラディアはクスクスと小さな笑いを洩らした。
「はい、ソーマ様。女官長に任じていただければ、これに勝る喜びはございません」
 そこまで言われれば、蒼馬も認めるしかない。
「わかりました。――エラディアさん、あなたを女官長に任じます」
「ありがたき幸せにございます。この卑小なる才覚のすべてを賭して勤めてご覧にいれましょう」
 エラディアは優雅に一礼し、それを受けた。

             ◆◇◆◇◆

 蒼馬の前を辞去したエラディアは、その足で領主官邸の裏庭に(おもむ)いた。
 そこは、エラディアたちが弓の稽古をするために借り受けた場所である。今も、エラディアとともに性奴隷から解放されたエルフの女性たちが、いくつもの弓弦の音を響かせながら的に向けて矢を射ていた。一生懸命に練習しながらも、時折、彼女らの顔には笑顔が浮かび、笑い声が上がっていた。
 その場に足を止めたエラディアは、そんな同胞たちの姿をしばし見入っていた。
 しばらくして自分がいるのに同胞たちが気づき始めると、エラディアは止めていた足を動かし、彼女たちの許へ歩いて行く。
「みんな、集まって!」
 裏庭に響き渡るように大きく手を二度打ち、すべてのエルフの女性たちを集めたエラディアはおもむろにこう切り出した。
「人間の宮殿や館で行儀見習いをさせられた者と、それに類する礼儀作法を学んだ者だけ残りなさい。他の者は練習を続けなさい」
 すると、およそ三十人ばかりが残った。さらにエラディアは彼女らに向けて言う。
「この中から、ソーマ様に仕える女官を選びます」
 エルフの女性たちは、顔を見合わせて、ざわめいた。
 そんなざわめきを打ち消すように、エラディアは凛とした声を張り上げる。
「そのお役目は、ソーマ様の(そば)に控え、その御身のお世話をするだけではありません。これよりソーマ様を訪れるであろう他国の使節の者たちを歓待するのも、女官の役目となります。それは、時にその身を獣欲の前に差し出すことも含まれます」
 あまりにあからさまなエラディアの言葉に、その場に残っていた女性たちの多くは反射的に身をこわばらせる。彼女らは、顔に嫌悪を浮かべるのはまだしも、中には血の気を失う女性もいた。
 しかし、さらにエラディアは続ける。
「それだけではありません。あのお方が目指す大望を成し遂げるには、誰よりも強くあらねばなりません。しかし、そうであればあるほど、あの方を害しようとする者たちは戦場の(いさお)としてではなく、闇夜に振るう毒刃を用い、その酒杯に毒を盛ろうとするでしょう」
 エラディアは、その手を自分の胸に当てる。
「ならば、この身をもって盾とし、この命をもって毒をお知らせするのも女官の役目となります」
 一切の揺るぎすら感じさせないエラディアの目と声に、女性たちは息を呑んだ。
 そこでエラディアは不意に鋭かった表情を緩めると、穏やかな笑みを浮かべて見せる。
「先程、私は皆の顔に笑顔が浮かぶのを見ました」
 突然の話に戸惑う女性たちの前で、そのときの光景を思い浮かべる様に目を閉じる。
「本当に、本当に良い笑顔でした……」
 笑顔を浮かべられる。
 そんな、ささやかな喜び。しかし、それすらも奪われ続けてきた哀しみ。理不尽な暴力に屈せねばならなかった屈辱。そして、怒り。
 その声には、まさに万感の想いが込められていた。
「しかし、そんな笑顔を浮かべられるのは、私たちがソーマ様に救われたからに他なりません。ですが、今このときもなお、顔も名前も知らぬ姉妹たちが、その笑顔を奪われ続けています。絶望と屈辱の中で苦しんでいるのです! そんな姉妹を、かつての私たちを救うには、ソーマ様の御力にすがるしかありません! ならば、私たちはいかにして、あのお方に報いるべきでしょうか?」
 女性たちの多くが、はっとしたように目を見開く。
 エラディアはそんな彼女たちの顔をゆっくりと見回してから、毅然とした声で言い放った。
「まだ見ぬ姉妹の笑顔のために、過去の私たちを救うために、そして何よりもソーマ様への恩顧のために、再びその身を汚濁に浸し、命を投げ打つ覚悟がある者のみ、前に出なさい」
 エルフの女性らは一瞬の躊躇(ちゅうちょ)もなく、いっせいに一歩前に踏み出した。
「「ソーマ様のために!」」
 まるで申し合わせたように唱和する彼女らに、エラディアは満足げな笑みを浮かべた。
「よろしい。――本日より、あなたたちを女官に任じます」

             ◆◇◆◇◆

 エラディア・オールドウッド。
 彼女は黒エルフ弓箭兵の初代隊長として、また後の破壊の御子ソーマ・キサキの宮廷の女官長として、その名を知られている。
 交渉や折衝のために訪れた他国の使節らは、ソーマ・キサキの宮廷で彼らを出迎えたエルフの女官たちの美しさもさることながら、その洗練された立ち居振る舞いに驚嘆したと言う。所詮は奴隷から成り上がった野卑な連中と見下していた使節の者たちは、これに圧倒され、それは少なからず交渉の席にも影響を及ぼしたと思われる。
 こうしたソーマの宮廷の基礎を築いたのは、まぎれもなくエラディアの功績であった。
 しかし、そうした功績とは裏腹に、彼女に対する評判は決して良いものではない。
 その美貌で多くの男をたぶらかしてきた悪女。ソーマの娼姫。背徳の美姫。傾国の魔女。
 彼女につけられた呼び名は数々ある。
 その数々の異名の中で、もっとも知られたものと言えば、ある異名だ。
 それは、画聖ヌマリによって描かれた壁画の「破壊の御子ソーマ・キサキ」の七本の腕のひとつである、弓矢を握りしめる白く細い腕に由来するものだ。
 そこに書かれている古代文字の意味は「色欲」。
 妖女エラディア。
 後世において七腕将のひとり《色欲の腕》と讃えられる女傑である。
蒼馬「身代金って取れないかな?」

 さらなる資金を得るため、蒼馬は押さえてある王弟ヴリタスの身柄と引き換えに、その身代金を要求しようとした。
 そのホルメアとの交渉の仲介役を探していたところ、ボルニスの街に思わぬ人が滞在していたのを知る。

「やあやあ、初めまして。私がジェボア商人ギルドの十人委員のひとり――」

次話「身代金」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ