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破壊の御子 作者:無銘工房

胎動の章

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第11話 開拓(前)

 君は、この世界の文明が乗っ取られたものだと言ったら信じるかい?
 はるか古代に、技術と知識が急激な発展を()げた時代がある。
 そう。大陸西域にあった都市ボルニスを端とした技術が飛躍的進歩した時代。私たちが「技術大革命」と呼んでいるものだ。
 技術や知識と言うものは、先人たちが莫大な時間をかけて試行錯誤しながら積み上げたものだ。一見して独創的と思われる技術も、よくよく調べてみれば既存の技術や知識の見方を変えたり、その延長線上にあったりするものに過ぎないのだよ。
 ところが、この「技術大革命」に関しては、明らかにその前後の技術や知識に間隙(かんげき)が見受けられる。いや、断絶と言っても良い。いわゆる知的ミッシングリンクと言う奴だ。
 多くの研究者は、これを複数の異なる世界が接触したことによるものだと考えている。
 なるほど。文化や技術が急激に進歩するのは、異なる世界同士が接触した場合が多い。
 例えば古代におけるドワーフの世界と人間の世界の接触だ。それまでただ山の洞窟に住んでいたドワーフたちが、人間たちが穀物から作るエールを知ったために、その技術を急速に発展させた「エールの罪」という逸話は有名だろう。
 それを考えてみれば、七つの種族が共存した古代ボルニスの都市は、七つの異なる世界が衝突して混じり合う、まるで魔女の釜のようなものだ。そこから何が飛び出してきても不思議ではないのかも知れない。
 だが、それではなぜ大陸の他の地域では、同様のことが起きなかったのだろう?
 人間種族からの一方的な搾取(さくしゅ)という形ではあったにしろ、少なくとも人間と他の種族世界の接触はあったはずだ。それなのに、当時の大陸中を見渡しても、ボルニスで起きた「技術大革命」に相当する変化は見受けられない。
 当時の資料を調べれば調べるほど、私は思うんだよ。
 そのとき、種族世界などとは比べ物にならないほど、強大で異質な世界との接触が起きたのではないのか。そして、そこからやってきたものに、この世界の正統なる技術は破壊され、乗っ取っとられたんじゃないのか、とね。

     考古学者マーチン・S・アッカーソンのインタビュー記事より抜粋

             ◆◇◆◇◆

 街を去る〈たてがみの氏族〉族長のバララクを見送った蒼馬は、すぐに領主執務室に戻ると、筆頭財務官ミシェナと元ホルメア国軍の兵士マルクロニス、そしてドワーフのドヴァーリンを呼び出した。
「ミシェナさん、お願いしていたものを」
 皆が執務室に集まると、蒼馬はミシェナにそう命じた。それにミシェナは泡を食いながら、机の上に大きな布を広げる。
「これは、平原の地図か?」
 それを覗き込んだシェムルが言うとおり、机の上に広げられたのはソルビアント平原全体を描いた地図であった。地図の上には、開拓村の位置や村の情報などが書き込まれている。
「ご領主様のおっしゃられた通り、数字は『あらびゃー数字』も併記しておきました」
「アラビア数字、ね」
 ミシェナの間違いを訂正してから蒼馬はシェムルに向き直る。
「ねえ、シェムル。ここに、各氏族の領域を描いてもらえる?」
 シェムルはひとつ(うなず)いてから、ミシェナが差し出した木炭を手にすると、少し考えてから、その地図の上に五つの(いびつ)な輪を描いて行く。
「この一番小さいのが、〈目の氏族〉の領域。ここが〈たてがみの氏族〉で、こっちにあるのが〈爪の氏族〉で、この街に一番近いのが〈尾の氏族〉。そして、ここが〈牙の氏族〉の領域だ」
 シェムルの説明にひとつひとつ(うなず)きながら耳を傾けていた蒼馬は、聞き終えると、まず〈尾の氏族〉の領域を指し示した。
「ゾアンたちから、この〈尾の氏族〉の領域だった土地を借りられました。今は平原に散らばっている開拓村をここに集めます」
 それから指を〈たてがみの氏族〉の領域へ向けた。
「まずは、この領域にある開拓村を優先的に移動させます。その次は〈牙の氏族〉の領域の村を」
 そこで蒼馬はシェムルを見やる。
「ガラムさんに、ここでの小麦の収穫が終わるまで開拓村の移動は待ってもらえるように頼んできてもらえる?」
 シェムルは、任せろと言うように胸を張った。
「頼んだよ、シェムル。――そして、〈爪の氏族〉の領域は、ズーグさんの返事次第では、そのままにします」
 そこでいったん皆の反応をうかがうように言葉を切った。誰からも質問や異論が上がってこないのを確認してから、蒼馬は言葉を続ける。
「では、ゾアンの足の速い戦士の人にお願いして、開拓村に今の僕の指示を届けさせてください」
 そこでマルクロニスが「ちょっと良いかな?」と手を上げた。
「これまで開拓村にとって、ゾアンは天敵だった。そこにいきなりゾアンの戦士が行けば、いらぬ騒動を招きかねん。ここは私に任せてもらえないかね?」
 マルクロニスの言い分は、もっともだと思われた。しかし、蒼馬はすでにマルクロニスには別の大事な仕事を頼んでいたため、すぐには(うなず)けない。
「でも、それだと、お願いした捕虜の移送は、どうします?」
 今はボルニスの街の外に留め置いているホルメア国の捕虜たちだが、いつまでも彼らに無駄飯を食わせるわけにはいない。かといってただで解放するわけにもいかないため、蒼馬は彼らを開拓の労働力として使うつもりでいた。
 しかし、彼らを移送するとなると、もともと捕虜を取る習慣がないゾアンであるガラムやズーグらに任せられなかったため、マルクロニスに一任していたのだ。
「それなら、問題ない」
 そう言ったマルクロニスは、執務室の外に待たせていた人間の兵士を呼び寄せると、蒼馬たちに紹介する。
「彼は、セティウスという者だ。ホルメア国軍では私の部下だったのだが、先日改めて私の部下として雇い入れさせてもらった」
 マルクロニスの紹介に、セティウスは軽く頭を下げた。まだ蒼馬の下につくのに納得が行かないのか、何とも言えない複雑そうな表情である。
「捕虜たちの移送は、このセティウスに任せれば良い。彼の能力は、私が保証しよう」
 マルクロニスには、捕虜の中から彼と同じように蒼馬に寝返った人間の兵士らを与えられていた。だが、寝返った兵士らはもともと食うに困って兵士になっただけの人間で、食べさせてもらえればホルメア国だろうと蒼馬だろうと関係なく、またいつホルメア国に寝返らないとも限らない。
 信頼できる部下が欲しかったマルクロニスは、ここでセティウスを売り込み、捕虜移送の実績を上げさせて、自分の右腕に取り立てようと言う腹積もりであったのだ。
 それを察した蒼馬にも、否やはない。それでマルクロニスがやりやすくなれば、蒼馬としても助かる。
「わかりました。――では、捕虜の移送はセティウスさんにお任せし、マルクロニスさんは開拓村への通達をお願いします」
 マルクロニスは推挙を受け入れてくれた感謝を込めて、小さく頭を下げた。
「あと、もうひとつ。村々への通達に行くのに、兵はどれほど連れて行けば良いのかね?」
 それは言外に、村人たちが村を移すことに難色を示した場合、武力を誇示していいのかという問いだった。それに蒼馬は首を横に振る。
「農民の方々の協力が必要ですから、恨みを買いたくありません。できるだけ穏便にお願いします」
「ならば、村を移すのを渋ったら、どうすれば良いかね?」
 そのマルクロニスの問いに、蒼馬はしばし考えてから答える。
「そのときは、減税を提示してください。僕らに従えば、減税すると」
 これまでの農法を大きく変えようとしているのだ。それが軌道に乗るまでは、おそらくこれまでより収穫は減ってしまうだろう。そうなれば、いずれにしろ減税はしなくてはならなくなるのだから、農民らが村を移す気になる切っ掛けになれば(もう)け物だ。
 それから蒼馬は、ドヴァーリンに話を向ける。
「ドヴァーリンさん。頼んでおいたものはできていますか?」
「ソーマ殿の言われたとおりの物は、すべてそろえた。どれも満足できる出来だと自信をもって言えるわ」
 そう豪語するドヴァーリンに、蒼馬は満足そうに頷いて見せた。
「よし! ――これで、土地と人と道具がそろった。後は、やるだけだ……」
 その呟きを耳にしたシェムルは、不思議そうに小首を傾げながら蒼馬に問い質す。
「なあ、ソーマ。おまえは何をやろうとしているのだ?」
 それは、この場にいる全員が共有する疑問であった。
 皆の好奇心と期待の視線を一身に集めながら、蒼馬は言う。
「ノーフォーク農法です」

             ◆◇◆◇◆

 ノーフォーク農法。
 某有名作品によって一躍その名が知られた、十八世紀のイングランド東部ノーフォーク州で始まった新しい農法である。ノーフォーク農法は、それまでの三圃式農業が農地を冬穀・夏穀・休耕地の三つに分けてローテーションさせていたのに対し、農地を冬穀・クローバー・夏穀・カブの四つに分けてローテーションさせたものだ。
 これにより三圃式農業と比べて休耕地がなくなり生産性が高くなったばかりか、カブを冬期の家畜の飼料に回すことで、それまでの冬期における飼料不足により家畜を屠殺していたのが必要なくなり、飼育する家畜の頭数の増加につながった。また、そうして増えた家畜の厩肥(きゅうひ)とクローバーによって地力を回復させ、農業生産性を飛躍的に向上させたと言う。
 今回の族長協議よりも前――ボルニス決戦直後から、すでに食料を増産するために平原の開拓を考えていた蒼馬にとって、もはやノーフォーク農法の導入は確定事項に他ならなかった。特に、街の周辺の農民らを呼び出して行った聞き取り調査によって、この辺りでは焼畑農業が主流であると知ってからは、その想いはさらに強まった。
 三圃式農業どころか、いまだに焼畑農業が主流の世界ならば、ノーフォーク農法は強い武器になる、と。
 そんな強い想いに後押しされた蒼馬が最初に始めたのは、ノーフォーク農法のための新しい農地の開拓である。
 まず、これまで農民らが好き勝手に耕作していたため、形状がまちまちだった畑をドワーフらに測量させ、すべて細長い長方形に改めさせた。
 そうして農地とする場所が決まると、次に土壌の改良である。
 生い茂る草木を焼き払ってから土を(たがや)すのだが、人の手が入らぬ土は、思った以上に固い。(すき)(くわ)だけではなかなか耕せないので、ツルハシを使って土を掘り起こした。そうして掘り起こした土を今度は鋤や鍬で土塊(つちくれ)を砕きながら、いったん畑の外に出す。そして、その土はさらに土塊を砕いて細かくし、ふるいにかけて石や木の根などを取り除くのだ。
 そうしてふるい分けた土に、今度は灰や炭、石灰、焼いた貝殻を砕いた粉、骨粉、さらには山から持ってきた腐葉土を混ぜ込んだ上で畑に戻していった。
「土が固いと作物が根をしっかり張れないからね。しっかり根を張れれば、風などで倒れにくいし、栄養もいっぱいとれるようになる……はず」
 断言できないところが、蒼馬だ。
 何しろ蒼馬は、ただの高校生で農業の専門家ではない。せいぜい亡くなった祖父が趣味として小さな畑をやっていたのを手伝ったときに教えてもらったり、ライトノベルや漫画で読んだ内政ものに興味を持ち、インターネットで調べるなどしたりした程度の知識しか持ち合わせていない。
 土壌改良のために撒いた灰や石灰も、もしこの土地がアルカリ性土壌だった場合は、さらにアルカリ性に(かたよ)らせてしまい、かえって耕作に適さない土地にしてしまうかも知れなかった。
 そのため、まずは一部の村から始め、その経過を見守り、うまく行くようならばそれを全体に広めていく計画である。
 また、開拓が失敗した場合も考えてあった。これまでボルニスの街は、その税収の半分を王都へ納めていたが、それがなくなったおかげでボルニスの街で使える税は、単純に考えてもこれまでの倍になる計算だ。最悪、農地改良が失敗して、まったく作物が採れなかったとしても、その村の税を免除し、さらには援助するぐらいの余裕は出るだろうという蒼馬の皮算用もあっての上での改革だったのである。
「新しい道具の使い勝手は、どうかな? 何か、問題はありそう?」
 土木作業を得意とするドワーフの工匠たちの指導の下に、ホルメア国の兵士だった捕虜や労役のために駆り出された農民らが作業する光景を眺めながら、蒼馬は近くにいたドワーフに尋ねる。すると、そのドワーフが「問題あるわけがない」とでも言うように、ふんっと大きく鼻を鳴らした。
 開拓をする捕虜や農民らが手にしている道具は、すべてこのときのために蒼馬がドワーフたちに頼んで作ってもらったものだった。
 この時代の農民らが持っていた(くわ)(すき)などの農具は、すべて木製か一部に金属を被せただけのものだった。それを知った蒼馬はボルニス決戦後に街の住人に回収させた武器を()つぶして鉄製の農具を大量生産させたのである。
 しかし、当初、せっかくの武器を鋳つぶして農具にするのには、ドワーフをはじめ多くの人から強く反対された。
 なぜなら、まだ鉄が大量生産できないこの時代において、鉄は貴重なものだったからだ。鉄でできた鉄貨が他の金や銀や銅の貨幣と同様に流通しているのを見れば、金銀銅に比べればその価値は劣るものの、他の貴金属に準じた価値があると認められていたのがわかるだろう。
 そんな貴重な鉄でできた武器をホルメア国との戦を控えているのに鋳つぶしてしまうのに、皆が反対するのも当然である。しかし、蒼馬は反対していた人たちに対して次のような言葉をもって説得した。
「この開拓は、戦に勝つためのものです。つまり、これは戦いなんです。僕に、戦いに(おもむ)く者たちに木や石でできた武器しか持たせない愚か者になれと言うんですか?」
 元ホルメア国軍の兵士であるマルクロニスから、ホルメア国軍がボルニス決戦の痛手を癒すだけでも、半年から一年はかかるだろうという推測を教えられていたため、今は開拓にこそ鉄を投入するべきだと蒼馬は考えていたのだ。
 しかし、その蒼馬ですら、鉄製の農具の価値を正しくは理解していなかった。
 金属製の農具が当たり前である現代日本人の蒼馬にとっては、木製より鉄製の方が丈夫で長持ちするだろう程度の認識でしかない。ところが、とある研究によれば、鉄製の農具はそれまでの木製農具に比べて、その作業効率が四倍以上にもなるとさえ言われているのだ。
 この鉄製の農具の導入が、平原開拓の大きな力となったのは言うまでもない。
 また、農具を鉄製のものにするのと同時に、蒼馬は現代日本で目にした道具の再現にも取り組み、数々の道具を生み出した。
 そのひとつが、一輪の手押し車である。
 この時代、交易路などの主要な道を少しでも外れれば、間道とは名ばかりの獣道しかない。ましてや新たに開拓しようとしている土地は、その間道すらなく、資材を運搬するにも道なき平原を突っ切るしかなかった。
 だが、そんなところを現代の自動車のような頑健な構造も力強い動力源もない木製の荷車に資材を満載して通ろうとすれば、わずかな(くぼ)みや泥濘(でいねい)に車輪を取られただけで立ち往生してしまうばかりか、車軸が折れて使い物にならなくなってしまうのも無理はない。そうした事故や故障のあまりの多さに、下手に荷車を使うより人間や動物に荷物を背負わせて運んだ方が、はるかに早いと言う有様だった。
 そんな状況を知った蒼馬は、三国志で蜀軍が険しい道で兵糧を運搬する際に、諸葛孔明が考案した木流牛馬という一輪車を用いたという有名な話から、同じように開拓地へ資材や物資を運搬するのに、手押しの一輪車を使うことを思いついたのである。
 しかし、問題だったのが蒼馬は工事現場などで使われている一輪の手押し車を見たことはあるのだが、それを詳しく観察したわけではなく、漠然とした形でしか覚えていなかったことだ。
 そんなあやふやな蒼馬の記憶を実物の形にできたのは、ドヴァーリンの功績が大きい。
「何に使うかさえ分かれば、おおよその形で十分よ」
 おぼろげな記憶を頼りに蒼馬が描いた図を見てドヴァーリンは、こう豪語した。
 彼に言わせれば、蒼馬が描く道具の形は奇抜に見えるが、道具の機能を考えればそれは非常に理にかなった形らしい。工匠を名乗るドワーフならば、その理を察し、蒼馬の描く図の欠けた部分を補うなど訳ないのだと言う。
 そして、それだけの大口を叩くだけあって、ドワーフの工匠たちの腕は確かであった。蒼馬の知識の中にあった、現代日本の進んだ道具類がドワーフたちの手によって、次々と造られていったのである。
 しかし、そんな卓越したドワーフの工匠たちですら、洪水のように溢れる蒼馬の知識の前には、悲鳴を上げたと言う。

             ◆◇◆◇◆

「うわぁ! すごいね、シェムル!」
 ゾアンの戦士たちによって百頭を超す牛の群れが追い立てられ、開拓地のかたわらに設けられた囲いの中へ次々と入って行く光景に、蒼馬は感嘆の声を上げた。
 そんな子供っぽい蒼馬に、やや呆れつつシェムルは注意する。
「牛たちが興奮しているので、あまり囲いには近づくなよ」
 そう言われても、蒼馬は好奇心を抑えきれない。
 これまで何度か目にはしていたが、街を攻めたり、討伐軍を追い払ったりと忙しかったため、これほどじっくりと観察する機会はなかったのだ。
 そうして観察すると、この世界の牛は蒼馬が知る牛とは異なるようだった。全体のシルエットはヌーに近いが、頭部から胸と背中にかけてバイソンのように長い毛が生えている。その大きな頭部に比べると、目は小さくて可愛い。
 しかし、蒼馬に気づいた一頭の牛が、興奮して囲いの太い木の杭に激しく頭をぶつけてきた。それに驚いた蒼馬は、思わず尻餅をついてしまう。
 言わんこっちゃないと、深々とため息をついてから蒼馬に手を貸して立ち上がらせたシェムルは尋ねる。
「こんなに牛を集めてどうするつもりだ?」
「もちろん、飼うんだよ」
 蒼馬がこれほど多くの牛を飼おうと言うのは、土を(たがや)(すき)や小麦を粉にする石臼を曳かせる重要な動力源として使ったり、ノーフォーク農法に必要な肥料としてその糞を利用したりするためだけではない。
 もっとも大きな理由は、ゾアンの食料とするためだ。
「ズーグさんから、土地の賃貸料は、できれば牛にしてくれって言われたからね」
 言われてみれば、ゾアンの主食は肉なので、それも当然の要求だった。
「牛を集めたは良いが、こいつらの餌はどうするのだ?」
 この時代のセルデアス大陸の牧畜は、放牧が主流であった。人の手で餌を与えるのではなく、家畜を草原に放ち、勝手に草を食べさせていたのである。
 しかし、ゾアンたちが集めてきたのは、丸々群れひとつ分の牛たちだ。その牛たちが食べる草の量といったら、途轍もないものとなる。これから春から夏にかけて、草の成長が早い時期は問題ないが、冬ともなれば周囲の草を根こそぎ食べつくしても足りはしないだろう。
 家畜の飼料としてカブを栽培する予定ではいるが、まだノーフォーク農法が軌道に乗るまでは、それも不足する恐れがある。それに蒼馬が読んだライトノベルと同じく豚も飼うつもりでいるため、やはり牛に食べさせる分の餌の確保を考え直さなければならないだろう。
 さて、どうしたものかと頭を悩ませた蒼馬の脳裏に浮かんだのは、北海道の牧場の光景であった。牧場と言って連想するのは、安直にも北海道の牧場だったのだが、その記憶の中の光景から、蒼馬はひとつのアイデアを思いついた。
「そうだ。サイロ! サイロを作ろう」
 サイロとは、ヨーロッパやアメリカの穀倉地帯などで見られる穀物や飼料を貯蔵するための塔型の貯蔵施設のことである。
 それを思いついた蒼馬は、善は急げとばかりに、開拓村からボルニスの街に取って返した。
「ドヴァーリンさん、サイロを作って欲しいんですけど」
 ボルニスの街の近郊に、新しい炉を建設していたドヴァーリンの許にやって来た蒼馬は、開口一番そう言った。
 特に選び抜かれたドワーフの工匠らとともに、汗みずくになって巨大な炉とルツボを作っていたドヴァーリンは、「またか」という顔をする。
「今度のは、何じゃ? その、さいろとか言うのは?」
 蒼馬は、興奮した口調でまくし立てるように言う。
「刈り取った草を詰め込んで保存する建物です!」
「草を詰め込む? よくわからんな。なぜ、わざわざそんなことをする? 普通の納屋ではいかんのか?」
「確か乳酸発酵するんだっけかな? とにかく、草が保存も効いて、おいしくなって牛が良く食べるようになるらしいです」
 蒼馬は以前テレビで見た、タレントが北海道の酪農家の家で仕事を手伝う企画を思い浮かべながら、ドヴァーリンに説明した。
「草がおいしくなる? 何じゃ、よぉ分からん。できるだけ詳しく教えてくれ」
 蒼馬は落ちていた小枝を拾うと、それで地面にガリガリと絵を描いていく。
「えっと……こんな高い塔で、こう出入り口が上にあって、刈り取った草を上から詰め込んでいって、後から人が踏みつけて圧縮するんです」
「上から踏みつけて圧縮するだと? それでは、側壁を頑丈に作らねばならんぞ」
 体重をかけて草を圧縮するとなれば、おそらくは内から外に向けて大きな圧力がかかるはずだ。よほど側面の壁を頑丈にしなければ、塔の内側から弾け飛ぶ恐れがある。
「それなら、いっそのこと塔ではなく、竪穴を掘って造った方が良いか……?」
 ドヴァーリンは腕組みをして、自分の考えに没頭し始めた。
「いや。それでは土を掘るのが大変じゃ。一番強度を求められる下半分だけを地下にした、半地下という形にした方がいいかも知れん」
 ブツブツと独り言を言いながらサイロの設計に頭を悩ませていたドヴァーリンが、ふと顔を上げると、そこにはキラキラとした目の蒼馬がいた。
「どうです? 作れそうですか?」
 蒼馬が知るドワーフと言えば、神話や伝説などにおいて数々の伝説の武器や宝具を作った大地の妖精だ。また、ライトノベルや漫画などでも、やはり人間には遠く及ばない卓越した製作技術を持ち、数々の名品を作り上げる種族として描かれている。
 そして、このセルデアス大陸に住むドワーフたちも、それを彷彿とさせるような製作を得意とする種族だ。
 そのため蒼馬は無意識に「ドワーフなら何でも作れる!」と思い込んでいた。そんな蒼馬から、「ドワーフすごい! ドワーフならできるよね!」という憧憬(どうけい)の眼差しで見つめられれば、自分の腕に覚えがあるドワーフの工匠ならば、できないとは言えない。
「う、うむ……。まあ、何とか、造れるのではないのではないかと、思うんじゃが……」
「本当ですか?! それではよろしくお願いします!」
 そう言うなり蒼馬は、ドヴァーリンの両手を掴むと、ブンブンと上下に振りながら感謝の言葉を繰り返し言う。そして、それにドヴァーリンが目を白黒させている間に、蒼馬は軽い足取りで立ち去ってしまった。
 呼び止める間もなく蒼馬に立ち去られてしまったドヴァーリンは、ひとりガックリと肩を落とす。そして、蒼馬とは対照的に重い足取りで作業場に戻ったドヴァーリンは、工匠たちを呼び集め、蒼馬よりサイロを作るように言われたと告げた。すると、案の定、集まった工匠たちはいっせいに非難の声を上げる。
「情けないですぞ、ドヴァーリン殿!」
「いくら大恩あるソーマ殿の頼みとは言え、わしらにも限界がありますわ!」
「あれを造れ、これも造れと、キリがない!」
「この炉とルツボを急ぎ完成させねばならぬと言うのに、とうてい人手が足りぬわ」
「よし。ドヴァーリン殿の代わりに、わしらが直談判して来てやる」
 そう言ってドワーフの工匠たちは、肩をいからせながら蒼馬の下へ向かって行った。
 ところが、さほど時が経たないうちにドワーフの工匠たちは、肩を落として戻って来る。
「――で、どうじゃった?」
 すでに大方は察せられたが、ドヴァーリンは先ほどやり玉に挙げられた意趣返しもあって、そう問いかけた。
 するとドワーフの工匠たちは気まずそうに顔をそむけると、口々に言った。
「ソーマ殿は、恐ろしい方だ」
「うむ。あの方は無自覚に人を使いつぶす天才だわ」
「しかし、これはたまったものではないぞ」
 そうドワーフの工匠たちが沈痛な面持ちで語り合っているところへ、やつれた顔のミシェナが、ふらふらとやって来る。
「ああ。ドヴァーリンさん、ちょうど良かった。後で倉庫に、二〇人ばかり集めて来ていただけますか?」
 ただでさえ人手が足りずに困っていたドヴァーリンは、険のある口調で「なぜだ?」と問う。しかし、ミシェナもよほど頭を悩ませていたのか、うわの空で答えた。
「先程、ソーマ様より倉庫に保管してある酒類をドワーフの工匠の方々に優先的に回すようご指示をいただいたので、その酒樽を運ぶ人手を貸して欲しいんです」
 それから「予定外の出費がぁ~」とブツブツとつぶやきながらミシェナが立ち去ると、ドワーフの工匠たちは顔を寄せ合った。
「ソーマ殿は、恐ろしい方だ」
「うむ。あの方は無自覚に人を使いつぶす天才だわ」
「しかし、これはたまったものではないぞ」
 言っていることは先ほどと変わらぬが、ドワーフの工匠たちの顔はだらしなく緩んでいた。
 しかし、そこへミシェナと入れ替わるようにして、蒼馬が駆け込んで来た。
 酒が飲めると浮かれていたドワーフたちが一様にギョッとする。
「ねえ、ドヴァーリンさん! 今度は、風車(ふうしゃ)って言うのを作りたいんです。これがあれば河がない場所でも粉ひきができますし、井戸から地下水をくみ上げて農作物に水やりができます。――それで、構造なんですが……」
「ソ、ソーマ殿。さすがに、これ以上は……」
 断ろうとしたドヴァーリンだったが、キラキラと期待に輝かせる蒼馬の目を前にすると、拒否する言葉が口から出ない。
「……と、とにかく、話だけは聞かせてもらおう」
 背後から、盛大なため息の合唱が聞こえて来た。
 後にドヴァーリンは、こう語っている。
「あの時ほど、辛かった時はない。陛下は、やれあれを作れ、これを作れと次々と言ってくる。すべての同胞たちが口をそろえて、『これなら奴隷だった時の方が、どれだけ楽だったか』と愚痴をこぼしたぐらいだ。
 だが、同時にあの時ほど、楽しかった時はない。それまで培ったすべての技術と知恵を絞り出し、陛下の言われる新しきものを作る。そのいずれも、今まで我々が見たことも聞いたこともないものばかり。ドワーフの職人として、あれほど歓喜に満ち溢れた時はなかった」と。
 ノーフォーク農法。鉄製農具の導入。手押し一輪車やサイロや風車。
 やや手垢がついたものばかりで、それだけでは面白くないし、何より「何だ、これだけか」と思われるのも悔しいので、ちょこっと予告。

 後世において、破壊の御子が動物を生贄に平原の豊穣を祈願したと言われる伝説の「ソーマの祈祷場」は、第二角の登場を待て!

 そして、開拓(後)はおもに税制などの制度と、蒼馬が見つけたあるものについてです。
+注意+
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