挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
破壊の御子 作者:無銘工房

胎動の章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

91/250

第10話 土地

「僕に、土地を貸してください」
 蒼馬の突然の発言に、ゾアンたちは一様に首を傾げた。
 ゾアンたちにとって平原の土地とは、暮らしの場であり、狩りをする場である。しかし、人間である蒼馬は街の領主官邸で寝起きしているし、食べ物もシェムルから供せられているので狩りをする必要がない。それなのに、わざわざ土地を借りたいと言う理由がわからなかったのだ。
 ガラムもまた困惑しながら、蒼馬に発言の意図を問い(ただ)す。
「土地を借りて、いったい何をするつもりだ?」
「開拓して、農地にします」
 この蒼馬の答えに、ゾアンたちの間に険悪な空気が漂う。
 せっかく取り戻した父祖の土地なのに、それを開拓するなどゾアンにとっては言語道断だ。そもそもホルメア国がゾアンから平原を奪ったのは、そこを開拓するためである。そのホルメア国からせっかく平原を取り戻したのに、それを開拓したいなどとは、何のために平原を取り戻したか分からなくなってしまう。いくら蒼馬が平原を取り戻した大恩人とは言え、そう簡単に飲める話ではない。
 この寝耳に水の話にガラムは「おまえは知っていたのか!」と詰問(きつもん)の目をシェムルに向けた。すると、シェムルはフルフルと首を横に振って自分も初めて聞いたと必死にアピールする。
 この、大族長と獣の神の御子のふたりがそろって困惑している様子に、ゾアンたちはざわめき出した。
 それを制したのは、ズーグである。自分の膝を強く打つ音を天幕の中に鳴り響かせて皆の注目を集めると、重苦しい口調で言った。
「ソーマ殿とて、俺たちゾアンが父祖の土地である平原にかける想いは理解していよう。まずは、その真意を問うべきではないか?」
 このズーグの発言は蒼馬を取り成しているように聞こえるが、その実はゾアンの平原への想いを知った上で発言しろと、大きな釘を刺すものだった。それを察したゾアンたちは、口を閉ざし、蒼馬に視線を向ける。
 この場にいるすべてのゾアンたちの視線が自分に集まるのを感じながら、蒼馬は居住まいを正して答えた。
「勝つため、です」
 あまりに端的すぎる答えに、ゾアンたちは蒼馬の意図が理解できずに顔を見合わせる。そんな困惑するゾアンたちの顔をぐるりと見回してから、蒼馬は話を続けた。
「僕は、ゾアンは人間よりはるかに強い種族だと思います」
 その唐突な内容にゾアンの戦士らは面食らいながらも、「当然だ」と言うように、うなずいた。しかし、次の蒼馬の言葉に、ゾアンたちは一様に渋い顔になる。
「ですが、それならなぜゾアンは人間に負けて平原を追われたのでしょうか?」
 それは、個々の力では人間などには負けはしないと豪語するゾアンたちにとって、一番触れられたくない事実である。
 皆がバツの悪い顔で黙り込んでしまったのに、やむなくガラムが口を開いた。
「人間の力は、その数だ。そして、それを戦で活かす術を知っていた。しかし、俺たちゾアンは己の力は知っていたが、それを戦で活かす術を知らなかった。だから、人間に負けたのだ」
 人間は、兵士数の多さと、それを最大限に活かせる集団戦術を作り上げたのに対し、ゾアンは自分らの脚の速さを知りながらも、それを活かそうとはせずに正面からぶつかり合う古い戦い方に固執していたのだ。
 蒼馬の指揮に従って戦ううちに、それに気づかされていたガラムは、ほんの少し前までの自分らを振り返り、自嘲を込めて語った。
 そんなガラムに、蒼馬はさらに問いかけた。
「人間の力は、数。――つまり、人間は数が多いってことでしょうか?」
「ああ。そうだが……?」
 なぜ、そんな当たり前のことに念を押されるのか理解できなかったが、ガラムは蒼馬の言葉を肯定した。すると、さらに蒼馬は問うた。
「では、なぜ人間は数が多いのでしょう?」
 その問いに、誰も答えられなかった。
 人間の数が多いと言うのは、もはやセルデアス大陸では常識である。そんなごく当たり前の常識に、いちいちその理由を考えはしない。
 しばらく待っても誰からも声が上がらないのを確認してから、蒼馬は言った。
「それは、食べ物のせいです」
 蒼馬が知るファンタジー小説や漫画では、必ずと言って良いほど人間種族は際立った能力がない代わりに、適応力と繁殖力が高い種族とされていた。
 そして、このセルデアス大陸においても、やはり人間種族はそのように思われている。
 ところが、蒼馬が調べた限りでは、長命なエルフを除けば、この世界の人間が他の種族と比べて多産であったり、妊娠期間が短かったりするわけではなく、言われているほどの差が見つけられなかった。
 それなのに、なぜか人間種族は繁殖力が高いとされ、それがこの世界の常識となっている。そして、事実、この世界の人間種の人口は他の種族を圧倒しているのだ。
 他の種族と比べてその繁殖力に大差はないのに、なぜこれほどその人口に差がついてしまったのか?
 その理由を考えた蒼馬が真っ先に思いついたのが、食料生産力の差だった。
 人口を抑制する最大の要因は、食料と言われている。
 学校の歴史の授業で教わった、人類が狩猟採取から農耕牧畜へと移行した後に起きた人口増加。ライトノベルの異世界ファンタジーでは、もはや定番の農地改革法となったノーフォーク農法によってもたらされた人口革命とも呼ばれる人口増加。
 いずれも食料生産力の向上により、人口が爆発的に増加したことを示している。
 もし同じことがこの世界でも言えるのならば、人間は繁殖力が高いのではなく、他の種族に比べて食料生産力が高いため、人口が増加しているのではないかと蒼馬は考えたのだ。
 そして、事前に各種族の代表たちに話を聞いたところ、案の定というべきか人間以外の種族は、いまだ狩猟採取が基本で、ごく一部でしか農耕を始めていなかったのである。
 ならば、やることは決まった。
 人間が数の利を用いて攻めて来るのならば、その利を奪ってしまえばいい。
 ソルビアント平原を開拓して食料を増産し、人間のみならず異種族の民を増やすのだ。民が増えれば兵も増える。兵数さえ負けなければ、個々の能力では人間を圧倒する複数の異種族の混成軍である自分らに負けはない。
 いつか必ず訪れるであろうホルメア国との決戦で勝つためにも、ソルビアント平原の開拓は決して避けては通れない道だと蒼馬は考えていた。
 また、蒼馬が開拓を急ごうと言うのには、そうした長期的な計画からだけではない。短期的に見ても、やらなければならない理由があった。
「もし、土地を貸してもらえれば、そこを開拓して得られた税の一部を皆さんに土地の賃貸料としておさめたいと思っています」
 ゾアンの戦士は、同時に狩人でもある。家族や氏族の者たちの食料を得るために狩りに出なければならない。しかし、それでは、いつホルメア国が攻めて来るか分からない現状で、街に常駐させる戦士が不足する恐れがある。また、そうでなかったとしても戦いが長期化すれば、家族や氏族の者たちの食料が不足し、後方に(うれ)いを生じてしまう。
 そうならないためにも、狩りをしなくてもゾアンの戦士たちとその家族らが食べられるだけの食料を確保しなければならない。そのための開拓でもあるのだ。
 この蒼馬の提案に、ゾアンたちは困惑するだけであった。それはあまりにゾアンの常識からかけ離れた内容だったからだ。
 困り果てたガラムは、シェムルに意見を求めた。
「《気高き牙》よ。ソーマの提案をおまえはどう思う?」
 突然投げかけられた問いに、シェムルは慌てる。
「む。……そうだな。いきなり土地を貸してくれと言われたら、迷うのは無理もないと思う。が、できればソーマの願いを叶えてくれると、私も……」
 やはり、いくら臍下(さいか)(きみ)の願いとは言え、シェムルですらそう易々(やすやす)とは土地を貸してくれとは言い切れなかった。言葉を濁すシェムルに、ガラムは重ねて尋ねる。
「御子よ、おまえの存念(ぞんねん)(うかが)いたいのだ」
 ガラムは、名前でもなく(あざな)でもなく、御子と呼んだ。それにシェムルは、獣の神の恩寵によって誇りを守られた御子としての発言を求められているのに気づく。
 しかし、それでもシェムルは即答できなかった。
 これが自分のことに関してならば、シェムルは何のためらいも見せずに答えたであろう。だが、平原を蒼馬に貸すことがゾアンの誇りに抵触するかどうかなど、さすがにシェムルにも判断がつかなかった。
 シェムルの恩寵は、自分の誇りを守るのと同時に、自分もまた誇りにもとるような行動が取れなくなると言うものだ。それは、かつて彼女を辱めようとした平原の砦の中隊長を悶死させた恩寵の矛先が、同時に彼女自身にも向けられているのを意味する。
 もし、開拓のために平原を蒼馬に貸すのが、ゾアンの誇りに反する決して許されない行為だとしたならば、賛同したとたんシェムルはこの場で悶死する可能性もあるのだ。たとえ、そこまで致命的ではないにしろ、賛同する発言を恩寵によって妨げられてしまうだけでも蒼馬の立場を悪くしかねない。シェムルの恩寵もまた、自分の思い通りにならないと言う点では、蒼馬の恩寵と変わりないのだ。
 さすがのシェムルも身体中に嫌な汗をかいているのを感じた。
 しかし、そんな葛藤(かっとう)を露とも知らずに、信頼しきった目でこちらを見ている蒼馬にシェムルは気づいた。それに、シェムルも覚悟を決める。
 もともとソーマがなすであろう、ありとあらゆる罪悪をともに被ると覚悟していたではないか。
 そう自分に言い聞かせたシェムルは背筋を伸ばすと、はっきりとした声で告げた。
「ソーマがいなければ、今なお我らゾアンは一握りの土地ですら取り戻すことはできなかった。むしろ、我らの方がへりくだり、土地をもらわねばならぬ立場でもおかしくない。いや、それが当然だろう。それなのにソーマは何の代価も要求せず平原をすべて我らに返し与え、その上で土地を貸してくれと頼んでいるのだ。これを頭ごなしに拒絶することこそ、誇り高きゾアンにあるまじき行為だと私は考える」
「それは、御子の誇りにかけてか?」
 ガラムがさらに念を押して来るのに、シェムルは毅然(きぜん)と胸を張ると、その左胸に手を添える。
「無論だ。私の命と誇りをかけよう」
 自らの心臓をかけて断言するシェムルの姿に、ゾアンたちの間から感嘆のため息が洩れる。
 そして、自らの恩寵に妨げられず言い切れたことに、シェムルは密かに安堵(あんど)していた。もし、自分の恩寵のせいで蒼馬の立場を悪くするようなことになっていれば、シェムルは自分の素っ首を落として()びても気が済まなかっただろう。
 しかし、それだけの覚悟させておきながら、まったくそれに気づいている様子もなくニコニコしている蒼馬の顔に、少しだがイラッと来たシェムルは、こっそりとそのお尻をつねってやる。この思わぬ報復に目を白黒させてビックリする蒼馬に、シェムルも溜飲を下げた。
 それとは反対に、頭を抱えそうなのがガラムである。
 ありていに言ってしまえば、ここでシェムルが否定してくれた方が楽だった。いくら大恩がある蒼馬と言えど、ゾアンの誇りに反することはできないと拒絶できたからだ。
 しかし、ゾアンの誇りに反しないとなれば、後はガラムらの裁量にゆだねられてしまう。
 蒼馬が言っていることも理解できるのだが、多くのゾアンたちがそれに反発するのは目に見えているため、そう簡単には承諾できない話である。
 そうガラムが思い悩んでいると、思わぬ人から蒼馬へ援護が飛んだ。
「大族長よ。これは、新族王の初めての頼みだ。無下に断るわけにはいくまい?」
 それは、それまで沈黙を守っていたバララクであった。
 蒼馬の族王就任をもっとも苦々しく思っていたバララクの発言とは、とうてい信じられないガラムは、疑わしそうな目でバララクを見やる。
 しかし、ガラムに白い目を向けられながらもバララクはしたり顔で続けた。
「かといって、族長たる我らは、そう易々(やすやす)と氏族の領域を貸すとは言えんだろう」
 ゾアンの族長は、人間の王のような絶対的支配者ではない。あくまで氏族を代表する者のことだ。たとえ族長でも、氏族の総意に反する真似は許されない。
「だが、貸すにはちょうど良い、()いている土地があるではないか?」
 バララクが何を言おうとしているのかを察したガラムは、鼻にしわを寄せた。それに、バララクはニタリッと笑う。
「そうよ。〈尾の氏族〉のいた土地よ」
 かつて、このソルビアント平原には五つの氏族が暮らしていたが、そのうち〈尾の氏族〉は平原の南を領域としていたため、ホルメア国が攻め入ったときに真っ先に被害を受けた氏族である。ほとんどの領域を奪われてしまった〈尾の氏族〉は、その後いずこかに姿を消してしまい、今なおその消息は明らかになっていない。
 氏族は違えど血を分けた兄弟を祖とする同じゾアンである。ガラムとしては、いつ戻って来ても良いように、かつての〈尾の氏族〉の領域には手を付けずにいようと考えていた。
 しかし、蒼馬に土地を貸すとなると、自分らの氏族の領域を削るより、空いている〈尾の氏族〉の土地を貸した方が面倒は少ないのも事実である。
 さらにバララクは追い打ちをかけてきた。
「かつて〈尾の氏族〉がいた土地は、この街からも近い。新族王には、そちらの方が都合が良いのではないか?」
 その言葉を受け、蒼馬はシェムルに〈尾の氏族〉の領域だった場所を教えてもらう。すると、そこは街からも近く、すでに多くの開拓村が存在する地域であり、バララクが言うように蒼馬にとっても何かと都合が良い場所であった。
 それを知った蒼馬が〈尾の氏族〉の領域を借りるのに前向きになりつつあるのに困り果てたガラムは、先程から難しい顔をしてずっと黙り込んでいるズーグを見やると、意見を求める。
「《怒れる爪》は、どう思う?」
 考えに(ふけ)っていたズーグは、ガラムに水を向けられ、我に返った。
「……ん? ――ああ」
 ズーグは頭をバリボリとかきむしってから蒼馬に尋ねる。
「なあ、ソーマ殿。ちょっと確認したいのだが……」
「何でしょう?」
「平原を開拓して、そこで取れた食い物の一部を俺たちに代価としてくれるというが、どのように分配するつもりだ?」
 あくまで土地を借りたいと言う提案だけをするつもりであった蒼馬は、分配までは考えていなかった。その場で、しばらく考えてから妥当なところを提案する。
「氏族の人の数に差はあると思いますが、四つの氏族で平等に分配していただければ良いと思っています」
「ふむ。――もうひとつ確認するが、それはあくまで土地を貸す代価なのだな?」
 ズーグが何を言おうとしているのかはわからなかったが、蒼馬は素直に答える。
「はい。そのつもりですが?」
「なるほど。そうか……」
 そう言ったっきり、ズーグは再び腕組みをしたまま黙り込んでしまった。それから、しばらく小難しそうな顔をしていたかと思うと、やおら自分の膝をひとつ打つ。
「よし! 決めたわ」
「いったい何を決めたのだ? 《怒れる爪》よ」
 また何かとんでもないことを言い出すのではと戦々恐々(せんせんきょうきょう)としながら尋ねて来たガラムに、ズーグは悪戯小僧のように笑ってから蒼馬へと向き直る。
「ソーマ殿。ひとつ提案がある――」
 ズーグはわずかに前のめりになると、牙を剥いて笑った。
「――氏族の者たちは俺が後で説き伏せるが、〈爪の氏族〉の領域の一部を開拓とやらに貸したい」
 まさか自分の氏族の土地まで削ろうと言い出すとは誰も想像すらしておらず、何かしら突拍子もないことを言うだろうと警戒していたガラムですら唖然として言葉を失ってしまう。他の者たちにいたっては、言うまでもない。
 その場に居合わせたゾアンたちが驚きのあまり呆けてしまっている間にも、蒼馬とズーグのやり取りは続いた。
「そうしてもらえると助かりますが、本当に良いんですか?」
「無論だ。――だが、俺の氏族の土地を貸すのだから、そこからもらえる代価は全部、俺の氏族のものと考えて良いんだろうな?」
「まあ、それが当然でしょうね」
「ならば、良い」
 とんとん拍子に話を進めていくふたりに、ようやく我に返ったガラムが割って入る。
「ちょ、ちょっと待て!」
 割って入ったのは良いものの、何を言うべきか思いつかなかったガラムは、とにかくズーグを責めた。
「しょ、正気か、ズーグ?!」
 族長協議と言う公の場で、(あざな)をいただく戦士を名前で呼ぶような礼を失する真似をしてしまうほど、ガラムは動揺していた。そんなガラムが慌てふためく様子がうれしいのか、ズーグは胸を張ると鼻息も荒く言う。
「おう! 正気も正気だ」
 それからズーグは腕組みをすると、しきりとうなずきながら語った。
「ソーマ殿の話を聞けば、なるほどと思う。俺も好機と思い、いざ戦おうとしたとき、頼りとなる戦士が狩りに行っていると聞かされ、何度(なげ)いたことか。これより人間どもとの戦いも激化しよう。貴重な戦士を狩りのために取られるのは惜しい。かといって狩りをせねば食い物に困る。だが、ソーマ殿の提案なら、俺たちは食い物を気にせず戦いに没入できる」
 ガラムもズーグの言い分は理解できる。だが、それでもゾアンとしては受け入れがたい提案に、反論せずにはいられない。
「だが、我らゾアンにとって狩りは重要なものだぞ」
 婚姻の許しを得るためのしきたりや戦士となるための儀式など、狩りはゾアンにとって日々の糧を得る以上の意味合いを持つ。
「無論、それは承知している。だが、往時(おうじ)より氏族の人数も大きく減っている。以前ほど広い土地は必要ではないはずだ。ならば、その一部をソーマ殿に預けても問題はなかろう」
 そうまで言われてしまえば、ガラムも反論できなくなってしまう。
「では、《怒れる爪》よ。おまえはソーマに〈尾の氏族〉の土地を貸すのにも、賛成するのだな?」
「おうよ! 賛成も、賛成。大賛成よ」
 そう明朗快活に答えるズーグに、それでもガラムは自分の懸念を伝えておく。
「では、仮に〈尾の氏族〉が戻って来た場合はどうするつもりだ?」
「あのお堅い連中が、今さらノコノコと顔を出して、領域を分けてくれと言うとは思えんがな。まあ、そのときは、改めて族長協議を開けばよかろう。何しろ、平原を取り戻した俺たちに決定権はあるのだからな。――それにな。俺が思うに、これがうまくいけば俺たちはそれほど広い土地が必要ではなくなると思う。まあ、〈尾の氏族〉が戻って来ても、何とかなるのではないか?」
 そうズーグに言われると、何となく問題ない気がしてくる。
 そんな気持ちに気づいたガラムは、ふと微苦笑を口許に浮かべた。
 かつては獣と呼び、恐れると同時に(さげす)んでいたズーグを自分はいつの間にやら、ずいぶんと信頼しているようだ。かつてはズーグほど表には出さなかったが、やはり同じ年代で並び称せられる戦士として少なからず対抗心を抱いていたと言うのに、今ではともに肩を並べて戦いたいと願っている。
 そればかりか、ゾアンの誇りや慣習に囚われる自分に代わり、汚名を被るのを(いと)わず行動に移してくれるズーグに幾度となく助けられてきたことを思えば、今度は自分がゾアンの基盤をしっかり固めてやり、ズーグには好きなように暴れ回らせてやりたいとさえ考えている。
 そんな自分の変わり様に運命のおかしさを感じながら、ガラムは信頼を込めてズーグを見やった。
 すると、ガラムの視線に気づいたズーグは、座り心地が悪そうに尻をもぞもぞと動かして、こう言った。
「変な目で、こっちを見るな。気色悪い。何だか、ケツの穴がムズムズするぞ」
 ガラムは激しい痛恨の念を抱いた。
 さっきまでのは、きっと気の迷いだ。気の迷いに決まっている。いつかこいつとは必ず決着をつけてやる。
 ガラムは、そう強く自分に言い聞かせた。
 そんな決意を密かにみなぎらせていたガラムに、バララクが慌てた様子で声をかける。
「ちょ、ちょっと待て! 言っておくが、我ら〈たてがみの氏族〉は自分らの土地までは貸すつもりはないぞ!」
 ズーグと同じく自分の氏族の土地まで貸し出されるのではないかと、バララクは危惧(きぐ)したのだ。蒼馬に〈尾の氏族〉の土地を勧めておきながら、それが自分の氏族の土地にまで及びそうになると、すぐに手の平を返すような真似をするバララクに、さすがのガラムも呆れ返る。
「ああ。分かっている」
 それからガラムは、これまで発言を控えていたシュヌパへと水を向けた。
「シュヌパ様は、どう思われます?」
 シュヌパは口許を覆う布の上から、おとがいに指を当て、しばし考えてから口を開いた。
「確かに、多くの者にとっては受け入れがたい提案だとは思います。ですが、今回のような大規模なものではございませんが、過去にはゾアンと友好を結んだ人間に、平原に木の家を建てさせ畑を作るのを認めた故事もございます。必ずしも許されないわけではございません。そして、何よりも――」
 そこでシュヌパはシェムルを見やる。
「――御子様の恩寵というお墨付きがございます。祭祀を司る〈目の氏族〉としましては、率先して認められませんが、反対する(いわ)れもない、というのが正直な意見でございます」
 これで〈爪の氏族〉と〈たてがみの氏族〉が賛成を表し、〈目の氏族〉が保留となった。こうなってしまえば自分ら〈牙の氏族〉だけが反対しても仕方がない。
 そう腹をくくったガラムは、協議の決定を下す。
「族王ソーマに、〈尾の氏族〉の領域だった土地を貸すことを族長協議の名の下に決定しよう」

             ◆◇◆◇◆

 その後、族長協議では氏族の領域の線引きや今後の戦の備えについてなど、いくつかの案件について話し合いが行われた。いずれも決しておろそかにできない重要な案件であったのだが、その直前に蒼馬の族王襲名や平原の開拓という大事を話し合ったばかりでは、どうしても些末(さまつ)な案件にしか感じられず、異議もないまま驚くほどすんなりと決議された。
 族長協議の後には、協議の場での(いさか)いを水に流すために酒宴が開かれるのが慣例である。だが、バララクが早急に氏族の下に戻らねばならないと言い出したため、そのままバララクを街の門まで見送ることになった。
 再び壮麗な隊列を組んで街を出るバララクを見送った後、ズーグは「酒宴の前に、氏族の者たちに土地のことを伝えて来る。ソーマ殿は、吉報を楽しみに待っていてくれ」と蒼馬に言い残すと、意気揚々と自分の氏族の下へ向かって行った。
「俺も氏族の者たちに領域の一部を貸せないか()いてみるが、はっきり言って氏族の土地を貸すのは困難だと思う。それだけは承知していてくれ」
 ガラムもまた、そう言い残して立ち去ろうとしたが、その足をふと止めた。
「ああ言った大事は、あらかじめ伝えてもらわねば俺たちが困る」
 恨みがましい視線を蒼馬にやってから、ガラムは背を向けて歩き出した。
 その場にシェムルとふたりだけ残された蒼馬は、今さらながら「まずかったかな?」と思い至っていると、シェムルにまでなじられてしまう。
「《猛き牙》が言うとおりだ。ああいったことは、せめて私だけでも良いから事前に相談が欲しかったぞ」
 やけに「私だけ」の部分を強調して言うシェムルに、蒼馬は冷や汗をかく。
「どうせだったら、みんなが揃ったときに言った方が手間はないかなぁ~なんて……」
「まったく、おまえときたら……」
 相手を敵とみなすと、シェムルが驚くぐらい様々な手を考える癖に、味方と思うとすぐ甘い部分を覗かせる。おおかた、ちゃんと説明すればみんなわかってくれる程度に考えていたのだろう。蒼馬らしいと言えばらしいが、悪い癖だ。
「でもほら、バララクさんも途中からわかってくれたみたいだし」
 そう言い訳する蒼馬に、シェムルは盛大に呆れて見せる。
「まだゾアンの表情がわからないみたいだな、ソーマ」
「表情?」
 蒼馬がおうむ返しに問うのに、シェムルは力強く頷いて答えた。
「そうだ。あれは絶対に善からぬことを考えている顔だったぞ」
 そうシェムルが断言した、ちょうどその頃。
 ボルニスの街を後にして平原へと向かう〈たてがみの氏族〉の隊列の中で、ひとり輿に乗ったバララクが、シェムルが言う「善からぬことを考えているときの顔」で、ひとりほくそ笑んでいた。
「何が、大族長だ。何が、族王だ。笑わせてくれる。それに、ズーグも馬鹿だとは思っていたが、あれほどとは思わなんだわ。自ら氏族の土地を開拓に提供するだと? 頭がどうかしているとしか思えぬわ」
 蒼馬から開拓のために土地を貸して欲しいと言われたときは、バララクも激昂し、怒鳴り声を上げそうになった。
 しかし、実際にそうしなかったのは、ガラムらも激しく動揺していたからに他ならない。
 協議が始まってからそれまで、さんざんガラムやズーグにやり込められていたバララクは、何とか彼らに意趣返しをしてやろうと目論んでいた。そこに突然の蒼馬の発言にガラムが激しく動揺する姿を目にし、バララクはつけ入る隙を見出したのだ。
「多少悪知恵が回ろうとも、しょせんは人間。俺たちゾアンの平原への想いは理解できまい」
 あの人間のガキが、いくら良かれと思うことも、ゾアンにとっては受け入れがたいものなのだ。今はガラムやズーグによって抑えられてはいるが、何かをすればするほどゾアンの中に不満がたまる。今は大人しく従っている連中も、いつしか我慢の限界を迎えるだろう。
 そのときのことを想像し、愉快になったバララクは小さく笑い声を洩らした。
「しかし、何もせぬまま、ただ待つのも芸がないな」
 そうひとりごちると、自分が乗る輿の近くにいた戦士長を手招きする。
「特に鼻が利く戦士らを集め、後で俺の下に寄越せ」
「承知した、族長。――だが、そのような戦士を集めて、何をするのだ?」
「風をひとつ吹かせるのよ」
 バララクは、べろりと舌なめずりをする。
「今は消えかけた火種だ。だが、こいつは風ひとつで、とんでもない大火となる火種だ。その火種を風で(あお)ってやるのよ。面白いであろう?」
 いったい何を言っているのかわからず困惑する戦士長の前で、バララクは再び肩を小さく震わせて笑ったのだった。
 ついにソルビアント平原の開拓に着手した蒼馬。
 しかし、現代日本ではただの高校生であった蒼馬には、農業の専門知識があるわけでもなく、頼りになるのは小説や漫画で知った偏った知識ばかり。
 それでも蒼馬は、試行錯誤しながら開拓を進めていく。
 その中で、蒼馬は平原であるものを見つける。
 それは蒼馬にとって特別な意味を持つものであった。

次話「開拓」
*************************************
 ファンタジー作品では定番となっている、人間は繁殖力が高い!という設定ですが、本作品では人間が他の種族に比べて食料生産力が高いためという理由をつけさせてもらいました。
 ちなみに、種族人口は、人間>>ディノサウリアン>ドワーフ>マーマン>ゾアン>エルフ>ハーピュアン といったイメージです。
 作中にもありますが、もっとも農耕をおこなっている人間が圧倒的に多いです。
 その次に多いディノサウリアンは、奴隷種という種族を使って農耕や牧畜をやっていますが、住んでいる場所が荒れ地や砂漠が多いので、効率が悪いため人間より劣っています。
 3番目が、人間と交易により食料(と主に酒!)を手に入れているドワーフ。キノコの栽培は得意です。
 4番目は、マーマン。ドワーフほどではありませんが、人間と交易し、生息域が海のため、もっとも人間による被害が少ないためです。
 5番目は、ゾアン。以前はマーマンより多かったのですが、人間の侵略による被害が多く数を減らしています。
 6番目は、エルフ。繁殖力が低く、人間の侵略による被害も多い、かわいそうな種族。
 そして、一番少ないのは、ハーピュアン。農耕なんてとても無理です。しかも、ごく最近まで服を着る習慣もなく、裸族な生活をしていたくらい物を使ったり作ったりするのが苦手ですので、仕方ありません。

 ようやく族長協議も終え、いよいよソルビアント平原の開拓がはじまります。とは言っても、蒼馬は農業の専門家ではなく、知識の元も小説や漫画、あとは歴史の教科書とかなので、あんまり期待はしないでください。と、予防線を張る作者であった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ