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破壊の御子 作者:無銘工房

胎動の章

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第9話 族王

「なぜ、こいつがここにいる?」
 族長協議を開く大天幕に入ったバララクは、すでにシェムルひとりを従えて先に入っていた蒼馬を見つけるなり、そう言った。
 あらかじめガラムから自分が紹介するまでは黙っていてくれと念を押されていた蒼馬は、答える代わりにガラムへと視線を向ける。それを受け、ガラムはバララクに言った。
「ソーマは、俺の客人だ。意見を聞くために協議に客人を招いても問題はあるまい」
「それは、他の族長も認めればの話であろう」
 ここに人間の姿があるだけでも許せないと言わんばかりのバララクの物言いに、すぐさまズーグとシュヌパが揃って声を上げる。
「ソーマ殿を客人として協議に招くことを〈爪の氏族〉の族長たる俺も認めよう」
「〈目の氏族〉の巫女頭の代理として、そこにおわすキサキ・ソーマ様の同席を認めます」
 他の二氏族の代表に認められてしまえば、自分ひとりが反対しても意味はない。
「俺も反対とは言っておらん。事前に教えて欲しかっただけだ」
 そう負け惜しみとも取れる捨て台詞を吐いてから、バララクはドカッと音を立てて座り込む。その後ろに、他の〈たてがみの氏族〉の戦士らとともに座ったバヌカだけは、視線で蒼馬とシェムルに()びた。
「全員そろったな。――では、族長協議を開こう」
 バララクが腰を下ろしたのを見届けたガラムは、協議の開幕を宣言する。
 しかし、協議の議題を述べようとしたところで、いきなりバララクが遮った。
「待て、《猛き牙》よ」
 出鼻をくじかれたガラムは、何だと言う視線をバララクに向ける。それにバララクは、したり顔で言った。
「ここに集ったのは、いずれも自分の氏族を背負った族長だ。族長同士に優劣はない。だが、慣習として一番年長の者がその場を取り仕切るものだ」
 確かにバララクが言うとおり、そうした慣習がある。そして、この場にいる族長はガラム、ズーグ、バララクの三人だ。そのうち、最年長が誰かは言うまでもない。
「つまり、おまえがこの場を仕切るというのか?」
 さすがのガラムも、口調に不快さが混じるのも無理はなった。
「そうよ。――いや、俺は仕切るなど、面倒でやりたくはない。だが、慣習は慣習だ。仕方あるまい」
 口ではそう言いつつも、バララクの鼻の穴はぴくぴくと広がっていた。
 それとは反対に、ガラムとズーグの眉間にしわが寄る。
 これまでふたりは常に最前線に身を置き、命を賭け、ようやく平原を奪還したのだ。その平原の今後について話し合おうという協議の場で、これまで自らは戦場に出ようとはせず、そればかりか戦士の増援すら渋っていたバララクに仕切ると言われれば、さすがに心穏やかではない。
 ありていに言ってしまえば、腹立たしいの一言だ。
 シュヌパですら困惑したように、右頬に手を当てて、首を少し傾けている。
「たわけたことをぬかすな。同格の族長同士ならばともかく、《猛き牙》は大族長だ。それを差し置いて、何を言う」
 元々、バララクに対して腹に据えかねていたズーグは、歯に衣着せぬ物言いでバララクの提案をバッサリと切り捨てた。
 しかし、その言葉を待ち構えていたバララクは、にやりと笑う。
「そう。それよ、それよ」
 何を言い出すのかと(いぶか)しげな顔を作る皆に、バララクは得意げに言った。
「《猛き牙》を大族長と言うが、本当にそうか?」
 突然のバララクの発言に、その場が騒然となる。
「いいか? 大族長になるには、平原に住まう五つの氏族すべての族長の同意を得て、〈目の氏族〉の巫女頭様より祝福を受けねばならぬ。しかし、巫女頭様より祝福を受けておらぬばかりではない。《猛き牙》が大族長になったとは、俺も後から聞いたことだ。つまりは、〈たてがみの氏族〉の族長である俺の同意を得ておらんというわけだ」
 そこに居合わせた者たちの大半は、今さら何を言い出すのかと言う非難の目を向けた。そもそも何度出陣を要請しても、ぐずぐずとしていたのはバララクである。そのため、族長代理として(つか)わされた息子のバヌカの同意を得た上で、ガラムは大族長となったのだ。
 それを今さらになって疑義(ぎぎ)をはさむとは、いちゃもんをつけていると思われても仕方がない。
「だが、おまえの息子のバヌカの同意を得ているぞ」
 バララクの後ろに控えているバヌカに一瞬だけ視線を向けてから、ガラムが言った。それに対してバララクは、きっぱりと言い切る。
「バヌカは族長ではない。俺が、族長だ」
 だが、これでは族長代理として決断したバヌカの面目は丸つぶれである。バララクの後ろで、バヌカは顔をうつむかせてしまう。
 その場に漂う気まずい空気を吹き飛ばすかのように、ズーグが言い放った。
「今さら何の世迷言をぬかしても、《猛き牙》が大族長であることに変わりないわ!」
 それにバララクの鼻にしわが寄る。
 バララクとて、自分の発言が言いがかりだとは十分承知していた。しかし、ここでガラムを大族長と認めてしまえば、ガラムの発言力が増してしまう。それは相対的に自分の発言力の低下を意味し、これから決められるであろう氏族の領域の割り当てで不利となる。それは氏族の長として、とうてい受け入れられるものではなかった。
 そのため、反発されるのは承知でガラムの大族長襲名を否定したのだが、バララクにとって予想外だったのは、ズーグの反応である。これまでガラムとズーグは、両雄並び立たずとまで言われてきたのに、そのズーグが終始ガラムの大族長襲名を支持し、あまつさえそれに非を鳴らす自分に怒りすら向けて来る。
 さすがにバララクも、この事態は想定していなかった。
 ふたりに、いったい何があったのかは分からないが、これはマズい状況だ。そう思ったバララクは、ふたりの間に言葉のくさびを打ち込むことにする。
「これは、驚いた。まさか。勇猛無比をもって知られる《怒れる爪》が《猛き牙》の下につくのを良しとするとはな」
 バララクは、大げさに驚く素振りでズーグを挑発する。こう言われてしまえば傲岸不遜で知られたズーグならば、今まで通りガラムを立てるわけにはいかなくなるだろう。
 それを狙った挑発であったが、バララクが手玉に取るには、ズーグは型破りすぎた。
「良かろう、バララクよ!――」
 ズーグはバンッと自分の膝をひとつ打つと、牙を向いて獰猛な笑みを浮かべる。
「――その喧嘩、買ったわ!」
 ズーグは駆け引きなど蹴り飛ばし、いきなり最終手段に打って出る。
「《猛き牙》を大族長に仰ぎ、ソーマ殿の指図に従い戦った我らを惰弱と言うならば、実際に刃を交えて見極めてもらおう。ここにちょうどシュヌパ様と《猛き牙》がおる。ふたりの立会いの下、開戦の儀と行こうか!」
 バララクは、とんでもないと肝を冷やす。
 このソルビアント平原に住まうゾアン五氏族のうち、戦いに(ひい)でていると言われているのが〈牙の氏族〉と〈爪の氏族〉である。今や〈牙の氏族〉は度重なる人間との戦いで多くの戦士を失ってしまったが、かつてはいずれが勝るとも劣らぬ屈強なる氏族と知られていた。
 しかし、そのときですら、もしどちらかと戦わなくてはならなくなったとしたら、バララクは〈爪の氏族〉との戦だけは回避したであろう。
 どちらも好戦的な氏族だが、誇りを尊ぶ気質の〈牙の氏族〉に対して、実益重視なのが〈爪の氏族〉である。そのため、〈牙の氏族〉は面子を立ててやれば戦の落としどころが作れるのに対して、〈爪の氏族〉は一度(ひとたび)戦になれば、満足できる戦果が得られるまで決して引き下がらない。ましてや《怒れる爪》クラガ・ビガナ・ズーグの容赦のなさは、風の噂で幾度となく聞いている。
 とてもではないが、そんな連中と戦をするなど、まっぴら御免だ。
「待て待て、氏族同士で争うつもりはない!」
 慌てて戦を否定したバララクであったが、それがさらに墓穴を掘ることになった。
「ほう。――では、この俺様との一対一の決闘をお望みか?」
 その瞬間、風が吹き込まぬ天幕のうちだというのに、空気がざわりと動いた。
 ただそこに座っているだけだと言うのに、洩れ出す威圧感でズーグの身体が何倍にも膨れ上がったような錯覚すら覚える。
 ガラムはシシュルから「叔父上は丸くなられた」と聞かされていたが、とんでもない話だ。豪胆と知られるガラムですら、ただその場にいるだけで全身の毛がピリピリと逆立つのを抑えられない。ましてや、ズーグの巨体から放たれるむき出しの威圧を真正面から()てられたバララクの心情は()して知るべしだ。
 真剣勝負ならば、平原最強の勇者と呼び声も高いガラムに勝るとも劣らぬと言われたズーグと決闘するなど、自殺行為に他ならない。バララクは慌てて謝罪した。
「いや。そういう意味で言ったのではない! こ、言葉が過ぎた。悪かった」
 ズーグの身体からほとばしっていた殺気が静まり、その場の空気が軽くなった。誰もが、ホッと安堵のため息を洩らす。
 その中でズーグは、もはや興味が失せたというような投げやりな態度で、バララクに向けて子犬でも追い払うように手を振る。
「それなら、とっとと消え失せろ。無関係の奴がいては、進む話も進まんわ」
「――なっ?! 俺は〈たてがみの氏族〉の族長だぞ! それを無関係とは、どういう了見だ!」
 慌てて腰を浮かすバララクに、ズーグは鼻で笑った。
「当然ではないか。平原を奪還したのは誰だ? ここにおられるソーマ殿を客人に迎い入れ、《猛き牙》を大族長にいただいた我らが氏族連合だ。《猛き牙》を大族長と認めておらん。すなわち氏族連合に加わっておらん〈たてがみの氏族〉が、我らが命がけで取り戻した平原の領域を決めようという協議に、口を出す筋合いはなかろう?」
「だ、だが、我が息子バヌカをはじめとした戦士も戦に加わっておる!」
 慌てたバララクが抗弁するが、ズーグは真面目くさった顔でとうとうと語る。
「おう! 族長の許しが得られぬというのに、我ら氏族連合の掲げた大儀に命を賭けおった。何と、見上げた心意気ではないか。まさに、ゾアンの戦士の(ががみ)と言える。その者たちには、深く感謝もしよう。厚く報いもしよう。――だがな」
 ズーグは片目を意地悪く細める。
「平原の領域は氏族全体の問題。氏族を代表とする族長が関係ないとなれば、やむを得まい? いやぁ、残念至極とは、このことだな」
 いくら同格の族長とは言え、自分から見れば若輩者のズーグに、ここまでコケにされたバララクは屈辱に歯噛みする。
 さすがにこれ以上はまずいと判断したガラムは、仲裁に入った。
「それぐらいにしておけ、《怒れる爪》」
 ガラムに(いさ)められたズーグは、ふてくされたようにそっぽを向いてしまった。しかし、バララクからは見えない身体の陰で、ガラムに向けて手をヒラヒラと振って見せていた。
 その場を引っ掻き回すだけ引っ掻き回しておいて、後はおまえに任せたというズーグのやり方に、ガラムは思わず苦笑してから、バララクに向けて言う。
「バララク殿が、俺を大族長と認めていないことはわかった。だが、あの時は一時(いっとき)を争う事態であった。すべての戦士たちの力をひとつにする必要に迫られ、やむなく打った緊急の措置だったのだ」
 ガラムは、今も身体を羞恥に縮こまらせているバヌカに視線を向けた。
「バヌカも、そうと理解したからこそ、あえてバララク殿の返事を待たず決断したのであろう。俺が言うのもなんだが、バヌカの英断であり、バララク殿の代理としての務めを見事に果たしと思う」
 ズーグの容赦ない問答(もんどう)から救われたこともあり、バララクは反論することもできず、ただ「う、うむ」と相槌を打つ。
「そして、たとえ代理とは言え、いったん認めたものを反故(ほご)にするのはいかがなものと思うが?」
 ガラムの言い分は至極もっともだ。これ以上、事を荒立てても得策ではないと判断したバララクは、それでも勿体つけ、いかにも渋々と言った様子でガラムを大族長として認めるしかなかった。
「では、改めて族長協議を始めよう」
 ガラムが仕切り直すのに、さすがのバララクも今度は口を挟まなかった。
「おそらくは、皆が一番気をもんでいるであろう、領地の分配だが――」
 そこでいったん言葉を区切ってから、ガラムは続けた。
「――それを決める前に、この平原を取り戻すのに尽力してくれた客人ソーマの待遇について話し合いたい」
 それに各族長らの後ろに控えていた戦士らから、小さなざわめきが洩れる。てっきり彼らは真っ先に領地の配分について話し合われるのかと思っていたのだ。ところが、このことはすでにズーグとシュヌパは聞かされていたようで、ふたりからは「異議なし」と声が上がる。
 それからやや遅れて、バララクも「異議なし」と認めたが、その顔には不満がありありと(うかが)えた。
 バララクには、ガラムらの魂胆は見え透いていた。この後に行われる領地の配分を盾にして、あの人間の小僧の客人と言う立場を自分にごり押しするつもりなのだろう。
 そこでバララクはガラムが切り出す前に先手を打った。
「私も、こやつをゾアンの客人として遇するには、やぶさかではない」
 自分の思惑が外れたのみならず、〈たてがみの氏族〉がややまずい状況に置かれてしまったバララクは、あえてここで蒼馬に対して寛大(かんだい)な態度を示すことで立て直しを図ろうと考えたのだ。
 しかし、そんなバララクを無視してガラムは言葉を続けた。
「私は、ソーマに族王を名乗ってもらおうと思っている」
「族王だと?!」
 バララクは、素っ頓狂な声を上げた。

             ◆◇◆◇◆

 これより少し前。協議に先立って、主だった者たちに集まってもらったガラムは、重苦しい口調で切り出した。
「今後、ソーマをどう遇するか、皆に相談したい」
 いきなり自分の話題を切り出された蒼馬は面食らう。今まで不便も感じていなかったため、なぜここでわざわざ自分の待遇について話すのかわからなかった。
「え~と……。今のままじゃダメなんですか?」
「駄目に決まっている」
 ガラムは、きっぱりと言い切った。
 そのあまりに強い口調に、蒼馬とシェムルは互いの顔を見合わせる。いったい、なぜここまでガラムが思いつめているのか分からなかったからだ。
 それは、〈目の氏族〉巫女頭の妹であるシュヌパ、ガラムの補佐を務めている〈爪の氏族〉の娘クラガ・ブヌカ・シシュル、バララクをテントに案内してから合流したバヌカなど、この場に同席した者たちも同様である。
 しかし、ただひとりズーグだけが腕組みをして難しい顔をしていた。
 ガラムは噛み砕くように、皆に説いた。
「確かに、俺は大族長だ。戦となれば、ゾアン全氏族の戦士たちを率いて戦うこともできる。氏族間にもめごとが起きれば、それを(いさ)めることもできよう。自惚(うぬぼ)れと思われるやも知れぬが、俺なりに大族長として恥じぬ働きをすると約束できる。だが――」
 ガラムは膝の上に置いた拳を強く握りしめる。
「――俺にできるのは、その程度だ」
 ガラムは自嘲(じちょう)を込めて言った。
「今はホルメア国という連中を追い払えた。しかし、決して奴らは(あきら)めはすまい。遠くない日に、必ずや再び戦となるだろう。まさに、この平原は、時代と言う大渦に呑まれたようなものだ。この先、この平原を治めるべきは、その渦の流れの先を見定め、それに対処できる者でなくてはならん。
 だが、恥を承知で言わせてもらえば、この平原が置かれた状況は、もはや俺ごときにどうこうできるものではないのだ」
 平原最強の勇者と名高いガラムが悔しさをにじませて語った内容に、誰もが言葉を失ってしまう。
 ただひとり、ズーグを除いて。
「まあ、それはそうだろうな……」
 そう言った途端、同席していたシシュルに睨みつけられる。姪の静かな怒りを込められた視線に、ズーグは慌てて弁解した。
「言っておくが、俺とて似たようなものだぞ。目の前の敵と戦うだけなら、いくらでもやれる。だが、人間の国とやらと戦えと言われても、どうすればいいのか見当もつかんわ」
「では、叔父上は、どうせよと言うのですか?」
 いまだ口調に険が残る姪に、「これだから気の強い女は好かんのだ」とポロリとこぼしてしまったズーグは、さらにきつい目で睨まれてしまい、慌てて自分の意見を述べた。
「もう、言わずとも皆も分かっていよう? この平原とゾアンの未来をソーマ殿に(たく)すしかないのだ。そのためにも、ソーマ殿には客人のままでいてもらっては困る」
 それにガラムも大きくうなずいた。
「ズーグの言うとおりだ。これまではソーマの提案を俺やズーグが受け入れ、戦士らに伝えるという形を取ってきた。しかし、これからはそれではまずいのだ」
「ソーマ殿のおかげで平原を取り戻せたと言うのも忘れ、つけあがる戦士らも見かけるようになった。そいつらの中には、今さら客人ごときに指図されたくないと言う奴も出るだろうな」
「そうならないためにも、ソーマには我らの上に立ってもらわねばならぬのだ」
 まるで事前に示し合わせたように、同じ問題について語るガラムとズーグに、その場に居合わせた者たちは一様に驚いた。このゾアンを代表する両雄が、期せずして同じ問題を危惧していたと言うだけでも、それが思いの外大きな問題だと理解できる。
「では、ソーマを大族長にでもするのか?」
 すべてのゾアンの戦士を総べる立場と言ってシェムルが思いつくのは、それぐらいだった。
「それは無理でございます」
 シェムルの提案に、そう断言したのはシュヌパであった。巫女頭の妹として様々な慣習などに通じている彼女がそう言うならば誰も否定できない。
「大族長は、勇敢なる戦士がすべての族長に認められてなるものです。申し訳ございませんが、ソーマ様は戦士では……」
 大族長になるには、まずは戦士でなければならない。だが、その前提を蒼馬は満たせないのだ。
 それにシェムルがひとつ提案を述べる。
「ソーマは、私の『臍下の君』だ。ならば、私が代理となって戦士の儀を受けても問題ないのではないだろうか?」
 決闘などの際に、よんどころない事情により当事者が戦えない場合は、その友人や知人が代理となることもある。ましてや蒼馬は、シェムルの「臍下の君」だ。蒼馬の代理となる面目は立つ。
 しかし、シュヌパは首を横に振った。
「難しいと思います。すでに御子様は、戦士でいらっしゃいます。戦士の儀をすでに戦士の資格を持つ者が受けるのは前例もなく、筋も通らないでしょう」
「では、族長の権限で戦士に任じては、どうでしょうか?」
 シシュルが提案したのは、戦士の儀を受けられない〈牙の氏族〉弓使いシャハタが戦士になった方法だ。
 だが、それもシュヌパは首を横に振る。
「それも難しいかと。一番の問題が、ソーマ様の恩寵ですから……」
 さすがに戦えもしない者を戦士にするのは、はばかれる。
 今度は、ズーグが提案した。
「では、ガラムの義兄弟というのはどうだ? 義兄弟の契りを結び、ソーマ殿を義兄として立てるのだ」
 ズーグの提案に、蒼馬は三国志の桃園の誓いを思い浮かべた。すると、なんだかガラムが関羽、ズーグが張飛に見えてくる。
 ふたりに「兄者ぁー!」と呼ばれる自分の姿を思い浮かべ、それはないだろうと苦笑した。
「さすがに、ガラムさんの義兄になるのは、ちょっと……。せめて、弟の方が――」
「それは駄目です!」
 途端に、バヌカから強い口調で反対されてしまう。
「ガラム殿の義弟だなんて、とんでもありません! 駄目です! 絶対に駄目です!」
 怨念すらにじませるバヌカの強い口調に、蒼馬とシェムルはきょとんとした。
 バヌカが何故これほど強く主張するのか理解できていない様子から、ふたりが懸念していたような関係ではないとわかり、ひそかにガラムは安堵(あんど)する。
「そ、それにですね。えっと、そうです! 仮にそうしても、大族長であるガラム様の義兄弟と言うだけでデカい顔をしていると言われかねません。もっと明確に、我々の上に立つとわかるようにした方が良いのではないでしょうか」
 多分に私的な感情から、ガラムと義兄弟の契りを結ぶと言う提案を退けようとしているバヌカの意見だが、それもまた一理ある。
「では、他に何かないか?」
 ガラムが問いかけるが、誰もが口を閉ざして沈黙してしまった。
 しばらくして、それを打ち破ったのはシュヌパである。
「族王――というのは、いかがでしょうか?」
 その場にいた誰もが顔を見合わせる。ガラムが皆を代表してシュヌパに問うた。
「シュヌパ様、族王とは? 聞いたことがないですぞ」
「かなり昔の話でございますが、かつていた大族長のひとり〈尾の氏族〉の大英雄デール・ムハカ・ムンババのときの話にございます。ご存知のように、〈尾の氏族〉は代々続く族長の血筋に重きを置く氏族。大英雄ムンババも、自分が〈尾の氏族〉の族長の上に立つのを良しとしませんでした。そこで当時の族長らが協議の末、人間種族の長を意味する王と、大族長をかけた『族王』と言う呼称を作り、それを〈尾の氏族〉の族長の息子に名乗らせることで、ようやく大英雄ムンババに大族長となるのを承知させたそうです」
 誰もが初めて聞く称号に驚いているのに、シュヌパは苦笑しながら続けた。
「何しろ、大英雄ムンババを大族長にするためだけに作った王号ですので、これと言った条件などは定められておりません。そのときの状況を鑑みれば、族長たちが推し、大族長が認めるだけで『族王』を名乗ることができるでしょう」

             ◆◇◆◇◆

 改めてシュヌパが語る族王の話を初めて聞いたバララクは、呆然としてしまう。それからしばらくして、ようやくその口から半ば気の抜けた声が洩れる。
「つまり、族王とは大族長に認められ、その上に立つ者だということか? つまり、すべてのゾアンを従えると……」
「そうなります」
 シュヌパは、しれっと答えた。
 それにバララクが激昂する。
「ふざけるなっ! 我ら誇り高きゾアンの戦士が、ゲノバンダにも劣る人間に従えだと?! 多少悪知恵が働く程度の人間の小僧ごときに、なぜ平原の覇者たるゾアンが、従わねばならぬのだ!」
 ガラムやズーグを順繰りに指差して、バララクはわめき散らす。
「貴様も、貴様も、とうてい正気とは思えぬ! 誇り高きゾアンが人間の小僧に従うのだぞ? そのような恥辱が許されるわけがない!」
 そのとき、不意に大きな笑い声が上がった。
 それは、ズーグである。
「なるほど! あのときのガラムや御子たちの気持ちが、よぉ~くわかる」
 いったい何がおかしいのか、ズーグは自分の膝を叩いて肩を震わせていた。このズーグの狂態に、バララクは気味の悪さを感じながら、それを問い(ただ)す。
「い、いったい何を言っている?」
「おまえは大事なことを忘れているぞ」
 ズーグの要領を得ない答えに、バララクは自分が何か失敗をしでかしたのではないかという焦りから、声を荒げてしまう。
「だから、なんだというのだ?!」
「あそこにいる御子様の恩寵(おんちょう)をよもや忘れたとは言うまい?」
 ズーグが示した先に、蒼馬の後ろに控えるシェムルの姿を認めたバララクは、「あっ」と口を大きく開ける。砦を落とす前に行われた氏族協議の中で、蒼馬に従うのはゾアンの誇りに反すると言ったズーグが、どのようにしてやり込められたか聞いていたのだが、それをすっかり失念していた。
 つい喪心(そうしん)してしまっているバララクにガラムは言う。
「俺は伊達や酔狂で、このようなことを言っているのではない。俺なりに平原とゾアンの未来を考えた末での決断だと理解してもらいたい」
「未来を、だと?」
 バララクの頭の中にあるのは、いかに自分の氏族を栄えさせるか、である。そのため、いきなりガラムの口から出た、平原やゾアンの未来という言葉に面食らう。
 下劣な人間の子供を担ぎ上げたばかりか、意味不明なことまで言い始めたガラムに、バララクは彼がおかしくなってしまったのかと思い、同意を求めるように周囲を見回した。しかし、驚き慌てふためいているのは自分と、自分が連れてきた〈たてがみの氏族〉の戦士たちだけである。
 これまでバララクは、他の氏族も多少の違いはあれど同じゾアンと思ってきた。ところが、今ここにいるのは、とても同じゾアンとは思えなかった。少なくともバララクが知っているゾアンではない。
 いったい何が彼らを変えてしまったのか?
 それが何なのかは分からなかったが、自分が知るゾアンをこれほど変えてしまった存在にバララクは恐怖すら覚えた。
 しかし、まさかそれが、協議の事の成り行きをハラハラとしながら見守っている人間の子供だとは、バララクに分かるはずもない。
 混乱するバララクに、ガラムは決断をうながす。
「大族長たる、〈牙の氏族〉ガルグズの息子ガラムの名をもって、キサキ・ソーマを族王に推挙する。――異存は、ありやなしや?」
 ガラムが、大族長の名誉と自らの名をかけた問いである。生半可な覚悟で答えていいものではない。しかし、バララク以外の二人は、即座に応じた。
「異存なし。ソーマ殿を族王と認める」と、ズーグ。
「〈目の氏族〉も、異存ございません」と、シュヌパ。
 ふたりが相次いで認めたため、皆の注目は自然と認否を明らかにしていないバララクに向けられる。
 どうする? どうこの場を切り抜ける?
 自分らの族王として人間の子供をいただかなければならない屈辱や〈たてがみの氏族〉だけが孤立してしまう危機感がバララクの中で激しくせめぎ合う。
 そのバララクの背中に、押し殺した声がかけられる。
短慮(たんりょ)はなりませんぞ、族長」
 それは息子のバヌカであった。
僭越(せんえつ)だぞ、バヌカ!」
 とっさに息子を叱責(しっせき)したバララクであったが、怒りを声にして体内から吐き出せたことで、わずかだが気が静まった。さらに深く息を吐きながら、バララクは必死に考えを巡らせる。
 ここで我を張っても〈たてがみの氏族〉が孤立するばかりか、下手をすればこの後に控えている領地の配分にも悪影響を及ぼしかねない。
 そういう結論に達したバララクは、か細い声を絞り出した。
「俺も異存は、ない……」

             ◆◇◆◇◆

 ついに唯一反対していたバララクが折れ、蒼馬が族王になることが決定した。
 しかし、ガラムの大族長も蒼馬の族王も、いまだ正式なものではない。これよりふたりは、いくつかの儀式を経て、すべての氏族の立会の下で〈目の氏族〉の巫女頭の祝福を受け、初めて大族長と族王として正式に認められるのだ。
 だが、それらは祭祀(さいし)を司る〈目の氏族〉の領分であり、もはやガラムがやるべきものではない。大きな難局を乗り切った達成感に、ようやくガラムは張り詰めていた気を緩める。
 代わりに協議の流れをシュヌパが引き継ぐ。
「まずは、ガラム様とソーマ様にお祝い申し上げます。大族長だけではなく族王の誕生の儀に立ち会えることは、〈目の氏族〉にとってもこの上ない喜びに他なりません」
 シュヌパが大仰な動作でひれ伏すと、その後ろに控えていた巫女たちもいっせいに頭を下げた。
「そして、おふたりが大族長と族王となる儀式ですが、これは『ボロロ』にて行わせていただきます」
 シュヌパの口から出た「ボロロ」という言葉に、その場にいたゾアンたちの口から熱い感嘆のため息が洩れた。その後も、そこかしこで興奮を抑えきれない戦士らが、ひそひそと言葉を交わしているが、そこでも「ボロロ」という言葉が頻繁(ひんぱん)に洩れ聞こえて来る。
「ねえ、シェムル。ボロロって何?」
 気になった蒼馬は、後ろに控えていたシェムルをこっそりと手招きすると耳打ちした。
「年に一度、平原に住まうゾアン全氏族が聖地に集まり開く祭りのことだ」
 シェムルもまた興奮を抑えきれないようで、その鼻息は荒かった。
「もっとも人間に平原から追いやられてから一度も開かれることがなかったので、私も話に聞いたことしかないのだがな」
 シェムルの説明を聞いている間にも、シュヌパの話は続く。
「本来ならば、ボロロは昼と夜が等しくなる春の日に(もよお)されるのが習わしですが、それでは日もございません。今回は特例として、秋の昼と夜が等しくなる日に開きたいと思いますが、ご異存はございませんか?」
 このシュヌパの提案に、誰も異存はなかった。
 ゾアンが人間によって平原を追われてから、三〇年来開かれることがなかったボロロの復活に、その場の空気が緩むのを感じたガラムは、もうひとつの難問である領地の分配を切り出す好機だと感じた。
「では、いよいよ領地の配分について話し合おう」
 そう切り出したガラムだったが、そこに思わぬ横やりが入る。
「あの……ちょっと良いですか?」
 そう声を上げたのは、蒼馬であった。
 それにバララクが鼻にしわを寄せて低いうなり声を上げたのに、ガラムはバララクを牽制する意味も込めて、蒼馬に言う。
「おまえは、正式ではないが族王だ。族長と同じく、この協議の場で発言する権利はある」
 それに蒼馬はホッと安堵し、バララクは舌打ちを洩らした。
「では、みなさんにお願いがあるんです」
 蒼馬は居住まいを正すと、興味津々と言った様子で自分を注視するゾアンたちに向けて、こう言った。
「僕に、土地を貸してください」
 土地を貸せ。
 それはようやく父祖の土地を奪還したばかりのゾアンにとって、容易に飲めない要求であった。
 この蒼馬の突然の申し出に族長協議の場は混乱をきたす。

次話「土地」

蒼馬「勝つために」
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 ゾアンの(あざな)は、大きな功績や偉業を達成した戦士に与えられるものです。そのため、相手を字で呼ぶことは、その人へ敬意を表す意味があります。
 公式の場で、ガラムを《猛き牙》、ズーグを《怒れる爪》、シェムルを《気高き牙》と本名ではなく字で呼ぶのは、そう言う意味があります。
 つまりは、協議の場で字で呼ばれていないシュヌパと、そしてバララクは、字をもっていないわけです。
 ガラムとズーグは人間との戦いにおける功績、シェムルは御子となったことで字をもらっています。
 ついでに、私の周囲では、なぜかズーグの人気が高く、友人から「かしこい張飛」という字がつけられています。
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