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破壊の御子  作者: 無銘工房
燎原の章
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第8話 食事

 蒼馬は顔に差した太陽の光で目を覚ました。

 まぶしさに右手で目びさしを作り、薄目を開ける。

 そこは、蒼馬の知らないテントの中であった。テントと言っても、蒼馬がよく知る三角形のテントではない。お椀を伏せたような形をしており、頭頂部分には穴が開いている遊牧民族のものに近い形だ。地面には分厚い毛皮や布が敷き詰められ、そこに蒼馬は毛織物をかけられ寝かされていた。

「ん? 起こしてしまったか?」

 それは、テントの入り口の覆いをのけて中に入ろうとしていた獣人だった。

 驚いた蒼馬は慌てて尻をついたまま獣人から遠ざかろうと後ずさる。それに、獣人は顔にしわを寄せた。どうやら苦笑をしたらしい。

「何も取って食おうというわけじゃない。安心しろ」

 獣人はテントの中央に石を積んで作られた炉に枯葉をつめると、息を吹きかけ、火を起こす。そして、火の近くの石の上に分厚い干し肉を何枚か広げて並べると、次に団子のようなものを取り出し、枝の先に突き刺して火であぶりはじめた。

 しばらくすると、テントの中に香ばしい肉の焼ける匂いが広がった。

 蒼馬の咽喉が、ぐびりと鳴った。

 恥ずかしさに顔を赤らめる蒼馬にその獣人は笑いかけると、大きな葉っぱを器にして程よく焼けた肉と団子を乗せると、蒼馬の方に押しやった。

「とにかく、食え。いろいろ話したいことがあるが、それは腹が膨れてからだ」

 どうやら獣人には、敵意がないようだ。蒼馬は押しやられた葉っぱを引き寄せると、おっかなびっくり肉を口にする。

「……おいしい!?」

 思わず言葉にするほど、うまかった。旨味が凝縮された干し肉は、塩と辛みのある香草の味付けもあって、口いっぱいにうまさが広がる。団子は、蒼馬が知るものとは色も食感も違うが、かみしめると独特の甘みがして、これもまたうまかった。

 がっついて食べる蒼馬に、獣人は嬉しそうに微笑んだ。

「それはよかった」

 そういうと獣人は、その場にあぐらをかくと、自分も肉と団子を食べ始めた。

 蒼馬は肉と団子を食べながら、獣人を観察した。

 獣人の全身は明るい栗色の毛で、虎や豹のように口元から腹などの身体の内側だけ白い。鮮やかな色に染めたツタを編んで美しい格子模様にした肩と胸部を覆う胴着と、同じようにツタで編んだ板や小さな皮の袋をいくつも吊るした腰ミノのようなものをつけている。胴着の胸のあたりが盛り上がっているので、おそらくは女性なのだろうとは思うが、何しろ獣人の性別など比べた経験があるわけでもないので確証はない。

 獣人は食べ終わると、炉にかけられていた鉄鍋の湯の中に、乾燥した葉っぱを入れ、しばらく煮立たせてから、お(わん)で汲み取る。

「飲め。身体が温まるぞ」

 言われた通り飲むと、烏龍茶のような渋味が口に広がった。しばらくすると、獣人の言ったように、身体の中からポカポカと温まってきた。

 お茶を飲み干した蒼馬は、お椀を葉っぱの器と一緒に獣人に押しやる。そして、手を合わせて頭を下げた。

「ごちそうさまでした」

「ゴチソウサマデシタ? なんだ、それは?」

「えっと……。とてもおいしかった。食べ物を作ってくれてありがとう。食べた物にもありがとう、って意味」

「なるほど。食べた物にも感謝か。ゴチソウサマデシタ、だな」

 獣人も蒼馬のまねをして、両手を合わせて頭を下げた。

「あの……間違っていたら、ごめん。あの穴の中にいた、人? ですか……?」

「なんだ? 私のことがわかっていなかったのか?」

「ごめん。あそこは暗かったから、毛の色とかよくわからなくて……。あと、言葉とか」

「ふむ。まあ、仕方ないか。私も人間の顔はよくわからないしな。人間は鼻が悪いから、臭いもわからないだろう。言葉がわかるようになったのは、お婆様が言うには『つながったから』らしいが、私にもよくわからん」

 そういうと獣人は蒼馬に向かって正対すると、両手の拳を床につけて軽く頭を下げた。

「私は、《気高き牙》ファグル・ガルグズ・シェムルだ」

「ファ、ファグル……?」

「ファグルは氏族姓だ。ゾアン十二氏族のひとつ〈牙の氏族〉という意味だ。次のガルグズは、父の名前。シェムルが私個人の名前になる。《気高き牙》というのは、私の(あざな)だ」

「じゃあ、シェムル…さん、と呼べばいいの?」

「うむ。まあ、『さん』はいらぬ」

「僕は、木崎蒼馬」

「キサキ・ソーマか。キサキが名前か?」

「違う、違う。木崎が姓で、蒼馬が名前」

「ほう。こちらの人間族とは違い、名前が後ろに来るのか。――わかった。おまえのことは、ソーマと呼ぼう」

 シェムルは、何度か口の中で「ソーマ」と繰り返し呟いて名前を記憶した。

「あの…変なことを聞くけど…その…毛皮って本物?」

「ん? なんだ、ゾアンを知らないのか?」

「ゾアン?」

「そうだ。偉大なる獣の神によって、獣から生まれた種族が私たちゾアンだ。おまえがいた界には、ゾアンはいなかったのか?」

「……たぶん。神話とか伝説とかの中なら別だけど」

「やはり、最初から説明しなければならないようだな」

 シェムルは何から説明したものかと、腕組みをして考える。

「まず、最初に知っておいてもらいたいのが、おまえが『落とし子』というものだということだ」

「おとしご?」

「そうだ。――私たちがいる場所は、セルデアス大陸と呼ばれるところだ。聞いたことはあるか?」

 蒼馬は首を横に振る。シェムルは団子を焼いていた枝を手に取ると、炉の灰の上に適当な楕円を描く。

「セルデアス大陸の大きさや形はよくわからん。誰も調べたことはないからな。調べたい奴がいても、大陸にはいくつもの国があって、お互いに自分たちの国を調べられるのを嫌っているから無理な話だ。それでも、旅人とかの話を集めれば周囲を海に囲まれていることぐらいはわかっている」

 楕円の周りに何本もの波線を入れる。

「この大陸には、七柱神を崇拝する七つの種族が住んでいる。ディノサウリアン、マーマン、ドワーフ、エルフ、ゾアン、ハーピュアン、そして人間だ」

「マーマンって人魚? えっと、下半身が魚で上半身が人?」

「ほう。マーマンは知っていたか」

「あと、ドワーフが背は低くて髭もじゃで、エルフが耳の尖ったきれいな一族だったなら」

「ドワーフは、男なら髭をたくわえているな。エルフは……きれいなのかどうかは私にはわからないが、人間が言うには美人ぞろいらしい」

「どれも本当にはいない、伝説の中に出てくる人たちってことになってる」

「なるほど。しかし、偶然の一致にしてはできすぎているな。もしかしたら、おまえとは逆にこちらから向こうに落ちた人がいたのかもしれないな」

 シェムルは手にした枝で、灰の上に描いた大陸を指し示す。

「少し話がそれてしまったが、この大陸が私たちの世界だ。海の向こうに、他の大陸があるかもしれないが、少なくとも今の私たちにとっての世界は、これだ」

 炉の脇に落ちていた小石をつまみ上げると、それを灰の上に描いた大陸に落とす。

「そして、おまえはどこからか、ここに落ちてきた『落とし子』というわけだ」

 蒼馬は「落ちてきた」と言う言葉で、先程のシェムルが自分のこと指していた「おとしご」という単語に、「落とし子」という字が当てられることに気づいた。

「やっぱり。ここは異世界だったんだ……」

 ずっと意識が朦朧としていたが、その間のことはおぼろげだが記憶に残っている。

 鍾乳洞での怪しい宗教儀式や馬のような大きなトカゲ、かがり火に照らされた砦とその地下室。

 そして何よりも、そこで出会い、今も目の前にいる獣人のシェムル。

 そのいずれもが現代日本――蒼馬が生きてきた世界ではありえないものだ。

「なんだ、思ったより素直に信じるのだな」

 てっきりシェムルは、異世界に落ちてしまったと言われても、すぐには蒼馬も信じられないだろうと思っていた。もしかしたら、錯乱し、暴れ出すのではないかと危惧すらしていたのだ。

 しかし、蒼馬は驚くことは驚いてはいたが、事態をすんなり受け止めているようだった。

 シェムルは知り得ようもなかったが、漫画やアニメなどにおいては主人公が異世界に落ちたり、召喚されたりする話はありふれたものである。そうしたサブカルチャーに幼い頃から親しむ典型的な日本人の少年である蒼馬には、この異常事態を理解するだけの下地があったのだ。

 それに、こちらに落ちてから今まで意識が朦朧とし、あまり深く考える余裕がなかったのも、かえって良かったのかもしれない。意識が朦朧としている間に、少しずつこの異常事態を受け入れる準備ができたことで、こうして改めてシェムルに事態を告げられても、蒼馬は大きな衝撃は受けず、慌てることもなかったようだ。

 自分の置かれた状況を理解した蒼馬は、まず一番聞きたいことを訪ねた。

「僕は元の世界に戻れるんですか? 戻る方法を知っていたら教えてください」

 シェムルはその問いを想定していたが、申し訳なさそうに口許をゆがめる。

「すまない。私は知らないのだ。今話したこともすべて受け売りでな」

「そうですか……」

 蒼馬の落ち込みぶりにシェムルは、慌てて言葉を続ける。

「私より、お婆様の方が詳しい。あとで、お婆様を紹介するので、そう落ち込むな」

「ありがとうございます」

 シェムルがおかしいぐらいに慌てるのに、蒼馬の顔にぎこちなくだが笑みが浮かんだ。

「でも、何で僕にこんなにしてくれるんですか?」

 それは聞きにくいことだが、早いうちにどうしても聞いておかなければならないことだった。

 ここが異世界だと言うのならば、蒼馬には頼れるような知り合いも国も存在しない。また、金目のようなものも持っていなければ、こちらで生きていくだけの知識どころか常識すら持ち合わせていないのだ。

 これでは、今はなぜか自分を助けてくれているが、シェムルの気が突然変わり、放り出されてしまったら、蒼馬はとても生きてはいけない。

 もしシェムルに何らかの意図があって自分を助けているのならば、それを早く理解し、彼女の庇護を維持するための努力をする必要がある。少なくとも、もとの世界に戻る算段がつくか、自分だけで生きていけるようになるまでは、シェムルの庇護は欠かすことができないものだ。

「それを言う前に、ひとつ聞いておきたい」

 シェムルは、ひたりと蒼馬の目を見つめた。

 まるで蒼馬の心の奥底まで見透かすため、わずかな瞳の動きすら見逃すまいとするかのようだった。

「なぜ、おまえはあのとき私を助けようとしたのだ?」

 どんな難しいことを聞かれるかと思っていた蒼馬は、拍子抜けしてしまった。

 だから、何の気負いもなく、正直に答えた。

「当たり前のことだから」

「当たり前だと?!」

「うん。困ったときは助け合うものだって、僕はそう教わってきたし、それが当たり前だと思ったから……」

 シェムルは呆れ返った。

 こいつはどれだけ平和な世界からやってきたのだ? 困ったときには助け合うのが当たり前だと? それはどこの楽園の話だ。そんな善人か間抜けばかりの世界があるなんて、とうてい信じられない。

 しかし、考えてみれば、それは当たり前なのかもしれない。ゾアンの村でも怪我や病気で狩りができなくなった者を村全体で面倒を見ることは珍しいことではない。ただ、それが他種族にまで及ぶとなると、話は別である。

 そうか、とシェムルは思った。

 蒼馬がいた世界には、ゾアンがいなかったのだ。そのため、こちらの人間たちのゾアンは淘汰されるべき劣等種であるという常識に染まっていないのだ。彼にとってみれば、初めて見たゾアンは人間のような生き物でしかなく、それを助けるのは当たり前のことだったのだろう。

 この世界では、シェムルが生まれるはるか以前から、人間とゾアンは争い続けている。それはすでに容易に抜き去ることができない禍根として、双方の種族の中に深く根付いてしまっていた。もはやそれは個人や一部の集団の思想では、どうにもならない段階に達しているのだ。

 しかし、もしこの蒼馬のような、人間もゾアンも分け隔てなく、お互いに助け合える人々の世界があるとしたら、それはとても素晴らしいものではないのだろうか?

 現実にはとてもありえないこととは承知しているが、それだけに目の前にいる蒼馬がとても貴重な存在に思えてならなかった。

 シェムルは改めて姿勢を正すと、両手の拳をつき、深々と頭を下げる。

「ソーマ。あのときの恩は決して忘れない。《気高き牙》ファグル・ガルグズ・シェムルは父の名と、我が誇りにかけて、あのときの恩は必ず返すことを誓おう。好きなだけ、ここにいるといい。遠慮なく私のもてなしを受けてくれ」

「ちょ、ちょっと待って。頭をあげてよ、シェムル! 大したことじゃないんだから!」

 慌てふためく蒼馬に、シェムルは笑い出した。

 この『落とし子』は、自分が「大したことじゃない」と思っていることが、この世界ではどれだけすごいことなのか、まったく理解していないのだから。

 顔を真っ赤にした蒼馬の前で、ひとしきり笑っていたシェムルだったが、テントに誰かが近づいてくる足音に気づくと、笑いをおさめた。

「ソーマ、額にこれを巻いていろ」

 まだ、彼がアウラの御子であることが知れるのは都合が悪い。シェムルは刺繍が施された鉢巻を蒼馬に投げ渡した。

 テントの入り口の覆いの向こうから、咳払いが聞こえた。他人のテントを訪れたときは、こうして声をかける前に自分の来訪を咳払いで中に伝えるのが礼儀である。

「誰だ? 何か用か?」

「シェムル、俺だ。話があるのだが、いいか?」

 蒼馬が鉢巻を巻いたのを確認してからシェムルが覆いをのけると、そこには黒い毛の大きなゾアンが立っていた。眉間から鼻筋を通って右頬に抜ける刀傷が生々しいゾアンは、横目で蒼馬を見やると、不機嫌そうに鼻にしわを寄せる。

「どうした? 《猛き牙》?」

「ここでは話しづらい。悪いが、少し付き合ってくれ」

 おそらく蒼馬の前では話しにくいことなのだろう。シェムルは了承すると、後から行くので先に行っていてくれと伝えた。

「ソーマ、悪いが少し外出してくる。私が戻らないうちは、決して外に出ないでくれ」

「わかった。――でも、大丈夫なの?」

 シェムルは、蒼馬が言いたいことがわかった。彼は自分のせいでシェムルに面倒をかけているのではないかと、心配しているのだ。

「大丈夫だ、ソーマ。あいつは、《猛き牙》のファグル・ガルグズ・ガラム。決して悪い奴ではない」

 シェムルが告げた名前に、蒼馬は「あれ?」と思った。

 確か最初が氏族姓と言う奴だから、シェムルと同じ氏族のゾアンという意味なのだろう。だが、次が父親の名前とシェムルは言っていたはずだ。

 つまり、シェムルとさっきのゾアンは……。

「ああ、気づいたか。そうだ。ガラムは、私の兄だ」


 ゾアンのテントは木の骨組みの上に、防水処理した毛皮や毛織物をかぶせて作ります。内部は分厚い毛皮や毛織物をしき、窯や炉なども設置して、生活のすべてがそこで行えるようにしてあります。

 通常は、1つのテントに一家が全員で暮らします。

 シェムルとガラムは兄妹ですが、シェムルは御子で、ガラムは族長であるため、それぞれテントを所有しております。

 他人のテントは完全なプライベート空間なので、訪れた場合はまず咳払いで来訪を告げてから声をかけるのが礼儀です。もし、これを破ると喧嘩沙汰になりかねません。

 例外として、入り口の覆いがのけられていた場合は、親しい相手ならば咳払いせずに声をかけることを許されます。


2/2 ファグルが一部ファングルになっていたのを修正

10/23,11/11 誤字修正

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