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破壊の御子 作者:無銘工房

胎動の章

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第7話 第一角-はらわた(後)

 領主の執務室を後にしたミシェナが、ふらふらと覚束(おぼつか)ない足取りのまま下級官吏たちにあてがわれていた部屋に戻ると、そこでは不安げな顔をした下級官吏たちがたくさん詰めかけていた。それに驚く彼女を彼らは、あっという間に取り囲む。
「なあ、ミシェナちゃん。いったい何が起きているんだい?」
「上の連中が、いなくなったかと思えば、ゾアンに引っ立てられてくるし……」
 不安に顔を曇らせながら、自分から何かを聞き出そうとする同僚たちをミシェナは手振りを交えて落ち着かせようとする。
「えーと、まずは落ち着いてください。ちゃんと説明しますから」
 ミシェナは大きく深呼吸をして、まずは自分を落ち着かせてから、おもむろに自分を取り囲む下級官吏の中でも古株で信頼のおける人間の名前を数名あげた。
「今、名前を挙げた人たちを今日から財務官とします。他の人は、財務吏です」
 驚いた顔を互いに見合わせていた財務士たちだったが、しばらくしてから誰からともなく乾いた笑いを洩らす。
「ははは。ミシェナちゃん、冗談は良いから……」
「いえ。冗談ではなく、本当です」
 それからミシェナは、そのようになった一連の経過を皆に説明した。ミシェナの説明が一通り終わると財務士たちは、いまだ半信半疑ながらも喜色を浮かべてざわめき出す。
 そんな浮かれる財務士たちに、ミシェナは釘を刺した。
「た・だ・し! 今後はこれまでのような税の一部を役得として取るのを禁止します。もし、これを破れば、厳しく処罰されます!」
 それに複数の者たちから不満の声が上がった。声を上げなかった者たちも、一様に渋い顔をする。この場にいるのは、役得として税の一部を(ふところ)に納めなければ生活が成り立たない者たちばかりなのだ。
「落ち着いてください。昇格することで、私たちの俸給もあがります! それだけじゃないです。官吏自体の俸給も大幅に引き上げてくださることになっています!」
 ミシェナが具体的に、どれだけ俸給が上がるかを説明すると、今度は好意的な声のざわめきが起こる。しかし、それでも中には、これまで税の一部を懐に納める既得権益を手放すことに難色を示す者もいた。それに対してミシェナは噛み砕くように説明する。
「よぉ~く考えてください。これまで下級官吏である私たちは、税をくすねたとしても、ほんのわずかでした。それに比べ、今後もらえる俸給は、それよりも何倍もするんです。これで横領や副業をしなくても、十分に食べていけます。面倒な帳簿の改ざんをやってわずかな小金(こがね)を取るか、真面目に働くだけで何倍もの俸給をもらうか。どっちが賢いか、皆さんならわかるでしょ?」
 それもそうだなという同意の声が、あちこちから上がる。
 喜びに浮き立つ同僚たちを前に、ミシェナはようやく自分も筆頭財務官に昇格した上に、これまでの何十倍もの俸給がもらえるようになったことに、ようやく実感が湧いてきた。
 これを知ったら、家族は喜んでくれるだろうか。そうだ、今日はお祝いをしよう。ちょっと豪勢に、焼きたてのパンを買って、大きな魚を買って、鶏もいいかな。あと、安いエールではなくワインなんてものも飲むのもいいだろう。
 そんなことを考えていると、きゅうっとお腹の虫が鳴いた。
 羞恥に頬を赤くしてお腹を抱えたミシェナだったが、幸いにも浮き立つ同僚らには聞かれなかったようだ。ほっと胸を撫で下したミシェナは、微苦笑を洩らす。
 ああ、あたしは新領主様に胃袋を掴まれてしまったな。
 そんな思いが浮かんでくる。
 しかし、それは決して悪い気はしなかった。

               ◆◇◆◇◆

 筆頭財務官となったミシェナの執務室に、ドカドカと足音を立てて、ドワーフの工匠たちを束ねているドヴァーリンがやってきた。
「おう、嬢ちゃん。すまんが頼みがある!」
 頼むと言うには横柄(おうへい)なドヴァーリンの大声が、執務室に響き渡る。
 それに、それまで執務室の机で書類をさばいていたミシェナが、のろのろと顔を上げた。
「また、ドヴァーリンさんですか……」
 以前の彼女を知っている者ならば、ぎょっとしただろう。
 わずか数か月前と比べると、彼女の顔には濃い疲労の色がこびりついていた。そばかすの散る頬は痩せこけ、目も落ちくぼみ、その周囲にはどす黒い(くま)までできている。声も、まるで魂が一緒に抜け出てしまっているように、力がない。
 しかし、そんな彼女の様子を気にもせず、ドヴァーリンは手にしていた紙をミシェナへ突き出した。
「おう! また新しい道具と窯を作りたいのでな。金と資材を回して欲しい!」
 そう言ってドヴァーリンから渡された紙を一瞥(いちべつ)したミシェナは、「ぶほっ!」と女にあるまじき音を上げて吹き出した。
「な、な、な、なんですか! このお金と資材の量は?!」
「ん? 少なかったかのう?」
 泡を食って椅子を蹴立てて立ち上がったミシュナとは対照的に、ドヴァーリンはあっけらかんと答える。
「少ないんじゃなくて、多すぎます! それに、なぜ資材の中にエールの樽が含まれているんですか?!」
「うむ。わしらドワーフにとって、エールは働くための潤滑油であり燃料じゃ。これを欠くわけにはいくまい」
 さも当然と言った口振りのドヴァーリンに、ミシェナは立ちくらみを覚え、ふらふらと椅子に腰を落とした。
 そこへ、今度は赤毛のゾアン、クラガ・ビガナ・ズーグがひょっこり顔を出した。
「おう! お嬢ちゃん。今度、戦士たちの慰労を兼ねて酒宴を開くのだ。また、酒と肉をもらいたい!」
 さあ寄越せとばかりに、腕組みをしてふんぞり返るズーグに、ミシェナは慌てて問い質す。
「しゅ、酒宴ですか?! この前、若い戦士が結婚する祝いとかで、やったばかりでしょ!」
「そうだったか? では、今回は――」
 しばらく首を傾げてウンウンとうなってから、ズーグはポンッとひとつ手を打つ。
「――そうだ! この前、結婚した若い戦士が、初めての夫婦喧嘩をしたのだが、見事に妻に叩きのめされた。そいつを慰労するための酒宴だ」
 明らかに、この場で思いついた理由だ。
 ミシェナは机の上に両手をついて、うつむきがちになると、全身を小刻みにプルプルと震わせ始める。
 確かに、新しい領主様のおかげで生活は豊かになった。飢えることもなくなり、雨漏りと隙間風がひどかったあばら家から、しっかりとした作りの貸家に移り住むこともできた。そのおかげで老いた母や幼い弟妹たちの血色は見るからに良くなっていた。
 それには、家族ともども感謝はしている。母などは、毎朝毎晩欠かさず、領主官邸に向けて拝礼しているくらいだ。
 しかし、とミシェナは思う。
 いくらなんでも、この激務はないんじゃないだろうか。
 さばいても、さばいても減らない書類の山に、部下や街の名士たちから次々と上げて来られる陳情に、商人たちとの折衝などで、ただでさえ目が回るほどの忙しさなのだ。
 それなのに、この馬鹿どもは毎回、毎回。
 しだいにミシェナの胸の中に、ふつふつと怒りが沸いて来る。しかし、そんなミシェナの様子など頓着(とんちゃく)せずに、ドヴァーリンとズーグは物資の引き渡しを要求する。
「さあ、金と資材を!」と、ドヴァーリン。
「さあ、肉と酒を!」と、ズーグ。
 とうとうふたりは悪乗りをはじめ、まるで合唱のように声を合わせ始める。
 それに、ついにミシェナも切れた。
「もう、いい加減にしてください!」
 机の上に広げてあった書類を掴み取ると、それをパシパシと叩きながらミシェナは吠えた。
「あなたたちが、後先考えずに浪費するから、どんどん蓄えが減っているんです! もう、青銅貨一枚、お酒の一杯、肉の一片たりとも出しませんからね!」
 ミシェナの言葉に、ドヴァーリンとズーグはそろって衝撃を受ける。
「おのれ! 何とひどい奴だ。わしらドワーフに水でも飲めとでもいうのか! この冷血女め!」
 そうドヴァーリンが言えば、ズーグも同調する。
「まったく、氷のように非情な奴だ。きっとあいつの身体には、血の代わりに氷が流れているに違いない!」
「そうじゃ、そうじゃ! 氷の血の女じゃ!」
「氷血女め!」
 目の前で、あらぬ汚名を着せられてしまったミシェナは、抑えきれない怒りに震える指先を執務室の入り口に向けると、
「とっとと、出て行けーっ!!」
 領主官邸中に響き渡りそうな大きな怒声を上げたのだった。

               ◆◇◆◇◆

 ミシェナの怒声は、そこから少し離れた領主の執務室まで届いていた。
「ふむ。ミシェナの奴も、ずいぶんとみんなに馴染んできたようだな」
 ミシェナの怒声に耳を澄ませていたシェムルが、感慨深そうにそう言う。
「狼に囲まれた兎のようにおとなしかったのが、今やあの馬鹿ふたりと張り合うとはな。なかなか成長したものだ」
 まるで駄目な子の成長を喜ぶ母親のような口振りに、蒼馬も小さく笑いながら同意を示した。
 先日、皆の要求を断り切れずに困っていると、ミシェナに泣きつかれたのだが、蒼馬はそうした人たちを注意するどころか、逆に「その面倒を含んだ俸給だったのですが、仕方ないですね」と暗に俸給の減額を臭わせ、自分で解決するように脅しをかけたのである。
 無論、そのような面倒なことをせず、蒼馬が直接彼らを注意した方が簡単だった。だが、それではいつまで経ってもミシェナは成長せず、同じことを繰り返すだけになってしまう。今後、すべての財政を任せるためにも、この程度のことは自力で解決して欲しかった。
 そして、それ以上に蒼馬が求めていたのは、誤った認識の払拭(ふっしょく)である。
 現在、街の住民たちの間には、人間以外の種族が恐ろしい支配者として人間たちの上に君臨しているという、誤った認識が広まっていた。そのため人間と他の種族間でもめ事が起きると、たとえ正当性が人間側にあっても、勝手に人間側が折れてしまうことが多々あったのだ。
 それでは、蒼馬が目指す、すべての種族が平等に暮らす国は作れない。
 そうした誤った認識を払拭するためには、人間の――しかも女性であるミシェナが、異種族であるドヴァーリンやズーグと対等にやり合っている姿を作り出そうとしたのだ。
 もちろん、ドヴァーリンもズーグもたかが言い争いで女性に手を上げるような人ではないと信頼していたし、もしものときはシェムルに割って入ってもらうようにした上での(たくら)みだった。それでも悪い事態にはならなかったのに、蒼馬はホッと胸を撫で下ろしていた。
 そこに、ドタバタと足音を荒げて、ズーグとドヴァーリンが駆け込んでくる。
「おう、ソーマ殿! 酒と食い物をもらうには、ソーマ殿の許可が必要と言われたので、来てやったぞ!」
「わしも、じゃ! あの氷血女をぎゃふんと言わせたいので、早く許可を寄越せ!」
 鬼気迫る顔で詰め寄ってきた彼らの剣幕に、蒼馬はのけぞってしまう。
 よくよく考えてみれば、この街の最高権力者は自分である。ミシェナが予算の承認を下せなければ、自分のところに回されるのは当然の話だ。
 今さらながら、それに気づいた蒼馬の頬に冷や汗が、たらりと流れた。
 ミシェナが困ったときは自分が注意すれば簡単に片付くかと思っていたのだが、こうして暑苦しいふたりに詰め寄られると、それがいかに困難なことだったのかと、ようやく思い知る。
「え、えーと……ドヴァーリンさんはこの前もだったし、ズーグさんの酒宴もこの前――」
 恐る恐る拒否する理由を並べようとした蒼馬の言葉にかぶせるように、ふたりはまくし立てた。
「当然、ソーマ殿なら認めてもらえると思っている! 冷酷非情の氷血女と違ってな!」
「然り、然り。――そうじゃと言うのに、あの氷血の奴め!」
 ミシェナのことを「氷血」と連呼するふたりを前に、どうすれば大人しく帰ってくれるのか困り果てた蒼馬は、「ははは」と乾いた笑いを上げたのだった。
 ミシェナが「氷血の女長官」と呼ばれるようになるのは、これより少し後の話である。

               ◆◇◆◇◆

 ミシェナ・エルバジゾは、冒頭でも述べたように大きな功績をあげた人物ではない。
 彼女の功績として唯一挙げられるのは、ソーマが考案したと言う数字を初めて公式文書に採用したことだ。
 しかし、これも実際には、第二角と呼ばれる大賢(だいけん)ソロンの「この新しき数字を用いるべし」と言う提言を受けた破壊の御子ソーマ・キサキの命に従っただけなのである。
 ミシェナもまた、自身をこう評価している。
「私は、ただ忠実に職務を果たすしか能がございません」
 上役たちを罠にかけ追放した野心家とも思えぬ謙虚な物言いだ。
 これに対して破壊の御子ソーマ・キサキは(いき)な言葉を返している。
「自分の職務を忠実に果たす。それができる人間が、どれほどいるだろうか? まさに得難い才である」
 なるほど。ソーマが言うように、自らの職務を忠実に全うする。これは簡単なようだが、それを実際にやってのけられる人がどれだけいるだろうか。
 しかし、それでもその功績だけを見れば、ソーマとともに国の基礎を築いたと言われる大賢ソロンの方がはるかに大きいだろう。
 そのため、ソロンこそが三本角の筆頭だとする者も多い。
 だが、偉大なる歴史学者ソクラスは、ソーマ同様に彼女を高く評価する言葉を残している。
「もし、ミシェナ・エルバジゾがいなければ、破壊の御子ソーマ・キサキは、その手によって数十万の民を餓死させ、さらにその数十倍の民を流民としたであろう。そうなれば、破壊の御子ソーマ・キサキは帝国に侵攻するどころか、そのとき国を失っていたに違いない。それを考えれば、ミシェナ・エルバジゾこそが、帝国に破壊の御子の災いをもたらした張本人と言っても過言ではないだろう」と。
 このように、破壊の御子をはじめ、彼女の功績を高く評価する者もいるが、それでも彼女の功績は地味なものであることに変わりはない。
 そのため、画聖ヌマリの描いた「破壊の御子ソーマ・キサキ」の像の中で、彼女が与えられたのは、額に生えた小さな角だ。他の二本の角に比べて、あまりにも小さいその角は、何故か燦然(さんぜん)と輝いているように描かれている。
 画聖ヌマリが、いかなる意図をもって、そう描いたのか定かではない。だが、後世の人々はその角に、目立つような大きな功績を上げずとも、決して無視できない功績を積み重ねたミシェナ・エルバジゾの姿を見出したのだ。
 これが、彼女が「もっとも輝ける小さい角」と呼ばれる所以(ゆえん)である。

 最後に、ひとつ余談をつけ足そう。
 冒頭の破壊の御子ソーマ・キサキに、もっとも功績を上げた臣下の名を問うた逸話には、少しだけ続きがある。
 最初の問いをかけた者は、てっきりソーマはシェムルの名をあげると思っていたらしい。そのため、つい「シェムル様ではないのですか?」と尋ねたと言う。
 それに対してソーマは小さく笑うと、自分の後ろに控えるシェムルを一目見やってから、こう答えた。
「おまえは、臣下の誰かと問うたではないか。誰も自分の半身を臣下とは言うまい」と。
 そのときは、平静を装っていたシェムルだったが、よほどソーマの言葉がうれしかったようだ。後日、ガラムからこんな苦情が上げられたと言う。
「妹をあまりおだてないでいただきたい」
 他の者の前ではしかつめらしい顔をしていたシェムルが、血を分けた実の兄であるガラムの前では、さんざん惚気(のろけ)るように自慢したことは想像に難くない。
 これまでの陣営に欠けていた、組織運営に力を発揮するミシェナと言う人材を得た蒼馬。
 これによって蒼馬は、ホルメア国と戦えるだけの基盤を作るための改革に着手できるようになった。
 しかし、そんな蒼馬の前に、思わぬ障害が現れる。

「俺が〈たてがみの氏族〉が族長、メヌイン・グジャタラ・バララクだ!」

次話「たてがみ」
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