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破壊の御子 作者:無銘工房

胎動の章

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第6話 第一角-はらわた(前)

「こいつらは悪いことをしたのだろう? 我らゾアンでは、村の食べ物を盗んだ奴は縄で縛り上げ、生きたまま平原の狼の餌にするのが掟だ」
 シェムルは、さらりと恐ろしいことを告げる。
「いや。さすがに、それは可哀想じゃ……」
 そう言う蒼馬に、シェムルはフンッと鼻を小さく鳴らした。
「何を言っている。それでも手ぬるいぐらいだ。こいつらは、ソーマを(だま)したのだぞ」
 むしろシェムルは、そちらの方が腹に据えかねると言った口振りで言った。
 確かに、シェムルの言うように厳罰に処すると言うのには一理ある。
 蒼馬が読んだ漫画や小説などにおいても、信賞必罰を徹底させるのは国造りの基本だ。ここで甘い態度に出れば、後々大きな災いになりかねない。
 だが、それと同時に蒼馬が危惧(きぐ)しているのは、これまで街の財務を一任されてきた官吏たちを一掃してしまうと、街の運営に支障をきたす恐れがあることだ。
 そこで蒼馬はミシェナに水を向ける。
「ミシェナさん。官吏の方々がいないと、やっぱりお仕事に支障がでますよね?」
 これでミシェナが、そうだと言えば、それを理由に処罰を軽減して官吏らに恩を売ろうと言うのが、蒼馬の思惑だった。そうした蒼馬の口振りに、官吏たちの青ざめた顔に明るいものが浮かぶ。
 しかし、ミシェナは、こう答えた。
「いえ。さほどは……」
 その場に、沈黙が流れた。
 その気まずい雰囲気の中で、しばらく言葉を失っていた蒼馬は我に返ると、改めて問い直した。
「えっと……逃げた人たちが抜けても、仕事に問題はないの?」
 官吏らは、蒼馬の問いに答えようとするミシェナの口から、自分らの助命につながる発言を引き出そうとした。
 しかし、官吏らはそれを声に出して言えるわけもなく、また後ろ手に縛られているため手振りや身振りも使えない。そこで官吏らは、目配せしたり、顔をしかめたり、口をひねったりと、必死にミシェナへ働きかける。
 はたから見れば、まるでにらめっこに興じる子供たちように滑稽(こっけい)だったが、必死な官吏たちに我が身を振り返る余裕はない。
 しかし、その涙ぐましい努力もミシェナには通じなかった。官吏たちをおかしなものを見るような目で一瞥(いちべつ)したきりで、すぐに蒼馬へ向き直る。
「はい。実際の業務は、私たち下級官吏がやってましたから。――ああ! でも、帳簿への確認の署名をしてもらわないと」
 その途端、官吏たちから怒りとも絶望ともつかない声が洩れる。
「えっと。署名だけ?」
「ヴリタス王弟殿下は、そうした政務がお嫌いでしたので、官吏の方々が代筆なされているんです」
「……つまり、帳簿に領主の署名が必要だからってことか」
 蒼馬はその場で頭を抱えそうになった。
 現在の領主は、蒼馬自身である。つまり、蒼馬がきちんと務めを果たしていれば、この官吏らは不要ということだ。
 しかし、実際には官吏らも遊んでばかりいたわけではない。財務士たちが作った帳簿の確認だけではなく、王都から訪れる役人との折衝、租税として徴収した小麦を買い付けにきた商人との交渉など、重要な仕事もしていたのだ。
 ところが、その折衝や交渉は、たいてい酒席を設けて行われていたため、ミシェナたち下級官吏から見れば、ただ公費を使って飲み食いしているだけにしか見えなかったのである。もっとも、その折衝や交渉もほとんど相手の言うがままで、下級官吏たちの勘違いとは言い切れないのも事実なのだが。
 とにかく、これで官吏たちがいないと仕事が成り立たないので罪を減じると言う口実も使えなくなった。
 いよいよ官吏らを処罰しなければならなくなってしまった蒼馬の気は重い。
 そもそも、彼らの罪をただして罰を与えなくてはならないのは、ホルメア国である。不正が明らかになっても、蒼馬が罰する筋合いにはないのだ。
 それなのに、不要な隠ぺい工作をしたばかりか、一度は蒼馬に臣従を誓っておきながら、その舌の根も乾かぬうちに逃亡したのだから、自分で自分の墓穴を掘ったとしか言いようがない。
 官吏らをどう処罰すれば良いか頭を痛めた蒼馬は、まずマルクロニスに相談した。
「マルクロニスさん、こう言った場合は、どう罰せば良いと思いますか?」
「そうだな……」マルクロニスは顎に手を当てて考える。「――横領に逃亡だ。一族郎党を斬首の上で、財産をすべて没収するのが、妥当だろうな」
 マルクロニスの裁決に、官吏たちから声にならない悲鳴が上がった。
 さすがに当人ばかりか一族郎党まで斬首というのはひどすぎると思った蒼馬は、取り成してみる。
「でも、ホルメアから横領したのを僕が罰するのも筋違いじゃないですか?」
「それも、もっともだな。ならば、斬首を免じて、財産没収だけと言うのは?」
「せめて、正当な俸給一回分の財産ぐらいは、残してやれませんか?」
「まあ、そのあたりが落としどころだろう」
 マルクロニスの同意も得られた蒼馬が裁決を言い渡すと、官吏らは一様にガックリと肩を落とす。何年もかけて蓄えた財産を取り上げられるのは無念だが、それでも斬首されるよりかはマシと悔し涙を呑むしかなかった。
 しかし、筆頭財務官ひとりだけは、見苦しくわめきたてる。
「りょ、領主様! これは……その……罠? そうです! 罠なのです! 私たちは罠にかけられたのです!」
 筆頭財務官の口から飛び出した思わぬ言葉に、蒼馬は驚いた。
「罠? いったい誰が罠にかけたんですか?」
 蒼馬に問われた筆頭財務官の目が泳ぐ。もちろん、罠にかけられたなどとは、その場しのぎのでまかせに過ぎなかった。それでも、何と言い逃れようかと視線をさまよわせていた筆頭財務官の目が一点に定まる。
「あ……あの女です!」
 そう言った筆頭財務官が(にら)みつけたのは、ミシェナである。
 何故、自分が睨まれているのか理解できず、きょとんとした顔になるミシェナに、その場に居合わせた者は皆、「それはないだろう」と呆れ返った。それでも一応は確認を取るため、蒼馬は声をかける。
「ミシェナさんが、罠にかけたんですか?」
 蒼馬の言葉に、ようやく自分があらぬ疑いをかけられているのに気づいたミシェナは、ブンブンと音を立てて激しく首を横に振る。
 蒼馬は口調に(あわれ)みをにじませて筆頭財務官に言い渡した。
「だ、そうです。――それに、たとえ罠だとしても、あなた方が不正をしたことに変わりありませんから」
 それから蒼馬は、一回の俸給に相当する分だけ残して財産をすべて没収し、街から叩き出すように、ゾアンの戦士たちに指示を出す。
 そうしてゾアンの戦士たちに引きずられるようにして執務室から連れ出されていく官吏らの中で、筆頭財務官だけが往生際も悪く、ミシェナを罵り続けた。
「くそっ! ミシェナめ! 貴様らだって税をくすねていただろ! なぜ、私たちだけが……!」
 筆頭財務官の罵声が扉で遮られてから、それは本当なのかミシェナを問い質そうとした蒼馬だったが、彼女の顔を見た途端、そうするまでもないと苦笑してしまう。
 ミシェナは、明らかに狼狽(ろうばい)していた。目を大きく見開き、血の気が失せた顔には、だらだらと冷や汗を流している。
 これでは大声で「私は不正をしていました」と叫んでいる方が、まだ誤魔化しが利くと言うものだ。
 蒼馬は、ひとつ大きなため息をついた。
「とりあえず、残った人たちの中で、(くらい)が一番高い人は誰になります?」
 まずは、追放した官吏たちに代わる新しい責任者を決めなくてはならない。
 そう思って蒼馬は問いかけたのだが、その途端にミシェナの狼狽がさらに激しくなる。
 今にも泣き出しそうな顔で誰かに助けを求めるように周囲に視線をさまよわせる姿は、あまりに怪しい。それに眉をしかめて蒼馬が再度尋ねると、ミシェナは観念して言った。
「たぶん……あたしが、一番偉いです」
 ミシェナを除く官吏以上の人間が、軒並み追放になってしまったため、たったひとり残った財務吏である彼女が、この街で一番位の高い官吏となってしまったのだ。
 蒼馬は偉ぶった態度を作り、えへんっとひとつ咳払いをしてから言った。
「とにかく、ホルメア国のときの不正は罪に問いません。ですが、今後は一切の不正は禁止。横領している者が見つかれば、厳しく罰します」
 再び、同じようなことが起きないように、ここは厳しい態度を示しておくべきだ。
 そう思った蒼馬は、キリリッと擬音がつきそうな顔でミシェナに言い渡した。
 ところが、それを聞いたミシェナのそばかすが散る頬に、ほろりと涙が流れる。
「あたしと家族に、死ねとおっしゃるんですかぁ?」

             ◆◇◆◇◆

「つまり、下級官吏の人たちは、俸給だけでは生活できないってことですか?」
 信じられないと言った口調で、蒼馬は言った。
 いきなり泣き出してしまったミシェナをなだめすかし、ようやく聞き出したことを簡潔にまとめると、そういうことだったのである。
 しかし、ミシェナは、下級とは言え官吏だ。現代日本風に言えば、公務員だろう。そんな彼女が、生活もできないほど薄給だとは、蒼馬には信じられなかった。
「ちなみに、俸給はいくらもらっているの?」
「一日で青銅貨四枚です……」
 ミシェナは恥じ入りながらも、自分のもらっている俸給を正直に言った。
「ちょ、ちょっと待って!」
 蒼馬は初めてこの街にやって来る途中で、行商人のホプキンスから教わったことを思い浮かべる。
「青銅貨四枚って、確かパン二個の値段じゃなかった?」
「はい。そうですが……」
 これが、どれほど低いものであったのかを理解するために、ミシェナの俸給を現代日本の通貨「円」に換算してみよう。
 貨幣の価値を知るには、人の生活の基盤となる主食の価格から()(はか)るのが妥当である。
 このセルデアス大陸における主食は、パンだ。
 そして、人ひとりが一日に食べるパンの量は、五百グラムから一キログラム程度と言われている。現代日本の食パンは一斤(いっきん)の重さが三四〇グラムなので、一日におよそ食パン二斤が必要になる計算だ。食パン一斤の価格が百円から二百円程度なので、ミシェナの俸給を日本円に換算すると、どんなに高く見積もっても日給で四百円程度にしかならなくなる。
 もちろん、現代日本とセルデアス大陸では食糧事情も大きく異なるため、この換算も一概には当てはまらないのだが、それでもミシェナの俸給が極めて低いことは分かるだろう。
 当然ながら、これだけではミシェナとその老いた母、幼い弟妹の四人家族が生活していけるわけがない。
 そこで彼女は、領主官邸での財務士としての仕事だけではなく、商家の帳簿付けの手伝いやら手紙の代筆などの副業もやっていた。しかし、それでも足りず、税を計算していく上で浮いた分から、生活費をまかなっていたのである。
 そして、これはミシェナだけが特別なのではない。この時代の多くの下級官吏たちも似たような状況にあったのだ。
 そうした下級の財務官吏たちの困窮(こんきゅう)を初めて知った蒼馬は、マルクロニスに問いかけるような視線を向ける。すると、マルクロニスは当然と言った顔で、さらに蒼馬が驚くようなことを答えた。
「戦場に出ない官吏たちの俸給が低いのは、仕方ないだろうな」
「……まさか、官吏は兵士より俸給が抑えられているんですか?」
「ああ。命を賭けて戦う兵士らの方を手厚くするのは当然ではないか?」
 しかし、蒼馬は、それは違うと思った。
 確かに、命を賭けて戦う兵士を手厚く遇するのは当然だが、だからと言って官吏らを軽視して良い訳がない。
 戦場で戦う兵士たちが、その手にする武器や身にまとう鎧を用意するのも、その口にする兵糧を集めて運搬の手配をするのも、すべて文官と呼ばれる官吏らの仕事である。彼らの働きがあってこそ、兵士らは十全の力を発揮できるのだ。
 また、愚将が兵站(へいたん)をおろそかにしたため主人公に大敗してしまうと言うのは、漫画や小説などで良く目にする展開だった。
 それを考えれば、官吏らの冷遇とも言える状況を改善すべきなのは明らかだ。
 しばらく腕組みをして考え込んでいた蒼馬は、ひとつ決断すると、まずはマルクロニスに確認する。
「確か、マルクロニスさんは、大隊長待遇でしたよね?」
「ああ。――それが、どうしたかね?」
 今さら雇用条件を問われたマルクロニスは首を傾げる。しかし、蒼馬はそれには答えず、ミシェナに向き直った。
「ここにいるマルクロニスさんは、人間の兵士の隊長をやってもらっています」
 突然、そんなことを言われたミシェナは蒼馬の意図が分からず、ただマルクロニスを偉い人なんだ、ぐらいに思った。
「ミシェナさんは、いわば官吏の隊長なので、やはり大隊長と同じ俸給とします。今いる他の下級官吏の方々も、それと一緒に俸給を上げます」
 その蒼馬の言葉にマルクロニスとミシェナは、そろって目を見開いて驚いた。特にミシェナの驚きは大きく、領主である蒼馬の前だと言うのに「ええっ?!」と素っ頓狂な声まで上げてしまう。
「どれぐらいか分からないけど、それで横領しなくてもすみますか?」
 蒼馬の言葉に、我に返ったミシェナは大隊長への支給額を思い出す。それと今の自分の俸給とを比較しようとしたが、驚きのあまり思考がまとまらずに空回りしてしまう。それでも、これまでとは比較にならない金額になることだけはわかった。
「それだけあれば、十分です。十分です! 十分すぎますっ!!」
 ミシェナは鼻息を荒くして、激しく首を上下に振った。
「で、ですが、そんなにもらってもよろしいのでしょうか……?」
 ミシェナとて俸給が増えるのはうれしい。しかし、これまで雀の涙ほどだったものが、いきなり目を見張るほどの高給に変われば喜びよりも戸惑いが先に来てしまう。
 そんなミシェナの姿に、蒼馬は感心する。
 現代日本で政治家が選挙で庶民感覚を売り物にしているのを耳にするたび、どこが庶民なんだと呆れていたが、このミシェナと言う女性は、本当に庶民の感覚を持っているのだ。
「むしろ、そう言う庶民感覚の人にこそ、財務をお願いしたいんです。そして、それに集中してもらうために、必要な俸給だと僕は考えます」
 それから蒼馬は、マルクロニスにも告げる。
「兵士の方は、今までの俸給に加えて、戦や治安維持のために出動するたびに、危険手当って言うのかな? そうした臨時の俸給を出すと言うことで、納得してもらえませんか?」
 これまでが冷遇だったとは言え、扱いが低かった官吏が、いきなり自分と同じ俸給を得ると言うのに、ひそかに心穏やかでなかったマルクロニスは、蒼馬の言葉に自分の額をピシャリと平手で打った。
 この少年は鈍いようでいて、思わぬところで鋭いところを見せる。そうとは承知していたが、またもや「やられた!」という思いが胸に湧く。
「まったく、君にはかなわんよ。――まあ、それだけの配慮をしてもらえば、私も文句はない。兵士らにも不平は言わせないよ」
 そう苦笑いして言っていたマルクロニスだったが、やや表情を引き締める。
「しかし、そんなに俸給を上げて大丈夫なのかね?」
 このボルニスの街の財政も、それほど余裕があると言うわけではない。ここで一気に俸給を上げたことが、後々になって街の財政を逼迫(ひっぱく)させないか不安があった。
「大丈夫じゃないかな? さっき、逃げた官吏の人たちから押収したお金もあります。それに――」
 蒼馬は、ぺろりと小さく舌を出した。
「――ミシェナさんには、もらう俸給以上に死にもの狂いで働いてもらいますからね」
 蒼馬の言葉に釣られて視線を向けると、そこには思わぬ昇格と昇給に、半ば放心しかけているミシェナの姿があった。
 マルクロニスは、こみ上げてくる笑いを必死に噛み殺しながら、こう言った。
「なるほど。――相変わらず、君は性格が悪いようだ」
 日本円への換算ですが、主食がパンのセルデアス大陸と主食がコメの日本では、そう簡単な換算にはなりませんが、あくまで参考程度に。主食がパンの国だと、よりパンは安くなる傾向があります。

兵士の給料についてですが、第37話のあとがきにあるように、日雇いの兵士は一日青銅貨8枚になります。それに対して、ミシェナは官吏であることに加えて女性であるため、わずか4枚という超薄給でした。しかも、兵士は衣・食・住は軍隊が用意してくれますが、ミシェナの場合はそれにも費用がかかるため、とうてい俸給だけでは食べていけなかったわけです。

後編はあらかた書き上がっているので近日中にUPします。
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