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破壊の御子 作者:無銘工房

胎動の章

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序章-1 青年

長らくお待たせしましたが、第2章開幕いたします。
さっそく本編を行きたいところですが、その前に数話の序章を入れさせてもらいます。
時はボルニス決戦より数年後。
とある青年と少女たちの出会いから
 しとしとと雨が降っていた。
 空には薄墨を垂らしたような雲が広がり、そこからは小雨が途切れることなく降り続いている。昨夜から急に降り始めたこの雨は、今朝になってようやく小降りになったが、いまだ降り止む気配はない。
 そこは、山間の(ふち)である。
 北にそびえる山々から急流となって下ってきた水が、この先に広がるなだらかな丘陵へと(おもむ)く前に、つかの間の休息を取るかのように流れがよどむ場所だ。いつもは周囲を木々に囲まれ、穏やかな雰囲気に包まれているそこは、しかし今は泥で茶色に染まった大量の水が、轟々(ごうごう)と(うなり)りを上げて流れていた。
 そんな淵の岸に、ふたりの人が倒れていた。
 ひとりは、妙にずんぐりむっくりとした体形の男だ。背丈は人間の子供ほどしかないが、その腕や足は丸太のように太い。頭をすっぽりと覆うのは、金属の筒のような形状をした大兜だ。今は前面のバイザーが上げられ、そこからは顔の真ん中にある特徴的な団子っ鼻と、顔下半分を覆う濃い髭が覗いていた。
 ドワーフである。
 このセルデアス大陸に住まう七種族のひとつ。大地の女神を奉じ、洞窟や坑道に住居を構える種族だ。その頑強さとしぶとさで知られる種族であったが、膝から下を濁流に晒しているそのドワーフは、すでにこと切れていた。
 そして、そのドワーフがまるで万歳でもするかのように伸ばした両腕の先に、もうひとりの男が横たわっていた。
 背格好からは一〇代後半の人間の青年のように見える。しかし、泥まみれになった顔は、青年と言うより、いまだ少年のあどけなさを色濃く残す顔立ちだ。濡れてべったりと黒髪が張り付いた額には、精緻(せいち)な文様が刻まれた鉢金(はちがね)を固く巻いていた。
 ともすれば、すでにこと切れたかのように見える青年だったが、その胸は呼吸に合わせてわずかに動いている。
 しかし、このままでは遠からず青年は、ドワーフと同様に息絶えることだろう。
 と、そのときである。今にも止まりそうな弱々しい呼吸を続ける青年の目と鼻の先にある水たまりの中に、ボロボロになった革のサンダルを履いた足が踏み入った。
 泥水を踏む湿った音と顔にかかった(しずく)の刺激に、青年は意識がないまま小さなうめき声を洩らす。
「ああ……ううぅ……」
 サンダルを履いた足が、びくっと震えて後ずさった。しかし、青年が意識を失っているのに気づくと、いかにも恐る恐るといった足取りで近づいてくる。
「……生きている?」
 雨の雫とともに青年の頬に落ちたのは、少女の声であった。

                 ◆◇◆◇◆

 青年が薄く目を開くと、(だいだい)色の火に照らされた岩肌が見えた。そして、近くでは、火がはぜるパチパチという音がしている。
 脳裏に(かすみ)がかかったかのように、思考がはっきりとしない。
 しばし茫然(ぼうぜん)と岩肌を眺めながら、火のはぜる音に耳を傾けていたが、そのうちやけに咽喉が乾くのを覚えた。
「み……水……」
 張り付いた唇を引きはがし、声を絞り出す。
 すると、近くで何かが動く気配を感じた。
「エーリカ姉さん。こいつ、目を覚ましたみたいだよ」
 やや甲高い子供の声が聞こえた。
 しばらくして、いきなり乾いた唇に水袋の口が押しつけられる。そして、唇を強引に押し割られたかと思うと、その隙間から口の中に水が流し込まれた。乾き切った咽喉は反射的に音を立てて水を飲み込むが、無遠慮に流し込まれる量を飲み干し切れず、その一部が気管に入ってしまった。
 とっさに、口に押しつけられた水袋を手で払い除けると、上半身をひねって顔を地面に向けて激しく咳き込む。ひとしきり咳き込んで、ようやく落ち着いた頃には、朦朧(もうろう)としていた意識もはっきりしてきた。
「こ……ここは……?」
 周囲を見回すと、そこは草木が生い茂る山肌に突き出た巨大な岩の根元であった。頭上を振り仰げば、突き出た岩がまるで(ひさし)のようにして覆い被さる天然の避難所である。
 なぜ自分がこんなところで寝ていたのかと混乱する青年に、不意に声がかけられた。
「死に損なったな」
 驚いた青年は、(はじ)かれたように声がした方を向く。
 そして、我が目を疑った。
 そこにいたのは、美しい少女たちである。
「貧弱そうな身体のくせに、悪運だけは強いみたいだな」
 とうてい友好的とは言い難い辛辣(しんらつ)な言葉を投げかけて来たのは、少女たちの中でも一番年上に見える娘だ。
 年の頃は、およそ一〇代半ば。猫のように、やや吊り上った丸い目。ちょんと尖った小さな鼻。愛らしい小ぶりな唇。それらが小さな顔の中に、絶妙に配置され、ひとつの美を形作っていた。純金でできた糸のような見事な金髪は旅塵にくすみ、顔も泥と垢でまだらに染まっていたが、その程度で損なわれるような美しさではない。
 また、美しさと言えば、彼女に身を寄せる三人の少女たちも引けを取らなかった。いずれも一〇歳を少し越えたぐらいの幼い少女たちだが、まだ未成熟ではあるが、それゆえの愛らしさが加わり、まるでドワーフの職人が丹精込めて作り上げた人形のようだ。
 しかし、彼女たちの美しさよりも青年の目を引いたのは、そのピンと立った長い耳である。
「……エルフ?」
 それは間違いなく、このセルデアス大陸に住まう七種族のひとつ。風の神を奉じ、森に住まう美しい種族エルフであった。
 ところが、この何気なく青年が口にした言葉に、少女たちは身体を小さく震わせる。
 まるで青年が少女らをエルフであると認めることを恐れている風にも見えた。
 おそらくは、先程の水を飲ませてくれたであろう、革の水袋を抱きかかえるにして持った少女が、青年を(けわ)しい目で(にら)みつけながら、年長の娘に向かって剣呑なことを言う。
「エーリカ姉さん。やっぱり、こいつ殺した方が良いよ」
 今度は青年の方が、ぎょっと身体をこわばらせた。
 それにエーリカと呼ばれた娘は、左手に持った枝で焚き火をかき回していたのを止めると、青年の方を見やる。
 少女の提案に、エーリカは肯定しなかった。だが、こちらの動きは指先ひとつとして見逃さないと言う警戒心と、それよりも強烈な嫌悪が、彼女の表情からありありと(うかが)えた。
 この(いわ)れのない悪意を向けられた青年は(ひる)みながら尋ねる。
「き、君たちは誰……?」
 エーリカの着ている服は、もとは上等な布地だったのだろうが、今では見る影もなく泥と垢で汚れ、いたるところが擦り切れてボロボロになってしまっている。それを隠すように右肩から半身を覆うようにかけていた大きな毛皮がずり落ちそうになっているのを左手で引き上げながら、エーリカは逆に問い返した。
「おまえこそ、何者だ? いったい、どこから来た?」
「ど、どこからって……」
 そこで青年は、はっと我に返って改めて自分がいる周囲を見回した。
「ここはどこ? どうして僕は、こんなところにっ?!」
 何を今さら、とエーリカは呆れ返る。
 こいつは、とんだ間抜けな奴だと侮蔑も込めて教えてやった。
「覚えていないのか? おまえは雨で増水した河の岸で、気を失って倒れていたんだ」
「……雨? 河?」
「そうだ。しかし、おまえ、運が良いな。気を失っていたせいか、ほとんど水も飲んでなかったぞ。そうでなければ、溺れ死んでいただろうな」
「溺れ……死ぬ?」
 おうむ返しのように少女の言葉を繰り返していた青年の脳裏に、いくつかの光景が閃光のようによぎる。
 どこか深い山の中。激しく降り出した雨。山が(うな)るような重苦しい地鳴り。
 そして、突如崩れた足元。崖から投げ出される自分の身体。
「そうだ! 足元がいきなり崩れて、下の河に落ちて、それから……! ぼ、僕はどれだけ流されたの?!」
 ようやく自分の状況を思い出した青年は慌てふためくが、エーリカは「そんなのあたしたちが知るか」と冷たく突き放した。途方に暮れたように、口を半開きにして茫然(ぼうぜん)としてしまった青年にも遠慮することなく、エーリカは問い詰める。
「それで、おまえはいったい何者だ?」
 その返答次第によってはただでは済まさないと言外に含ませたエーリカの問いに、我に返った青年は冷や汗とともに答える。
「僕の名前は、きさ――」
 そこで青年は、はたと言い(よど)んだ。そして、慌てた様子で自分の額に手を当てると、そこに鉢金が巻かれたままであるのを確認し、ほっと息をついた。
「どうかしたのか?」
 (いぶか)しげな顔をして尋ねるエーリカに、青年はわたわたと手を振って弁解する。
「ご、ごめんなさい。ちょっと、ぶつけた頭が痛くて!」
 荒れ狂う河に流されたのだ。まったくの無傷とは思えない。だが、それでも今の青年の言動はおかしい。
「それで、キサというのか?」
 青年は何を言っているのか分からないと言うように首を傾げた。
「だから、おまえの名前は、キサというのか?」
「――! そ、そうです。そうです!」
 ハッと何かに気づいたように目を見張ってから、キサと名乗った青年は必死に首を縦に振った。
 怪しい。
 エーリカは、そう思った。
 キサと言う青年の言動は怪しすぎる。彼が何かを隠そうとしているのは明らかだった。
 しかし、それが何なのかが分からない。
 動揺し始めた直前の言動から推測すると、彼は自分の素性を隠しているようだ。
 だが、そこまで考えてからエーリカは苦笑した。
 いったい自分たちに素性を隠して、何になるのか。
 今もこちらを(おび)えた兎のような目で見るキサの姿からは、名の知れた武人や追われる無法者にはとても見えなかった。それに、人間ならば良い歳なのだろうに、自分のことを「僕」と呼ぶなんて、どこかの豪商や貴族のボンボンのようである。
 だが、それにしては他人を(さげす)むような高慢さはなく、その立ち振る舞いからは育ちの良さも感じられない。
 こんな毒にも薬にもなりそうもない人間に、自分たちに隠さねばならないだけの素性があるとは、とうてい思えなかった。
 それでは、こいつはいったい何者なのだろう?
 そう考えたとき、エーリカの直感が告げたのは「迷子」であった。
 事実、河に流されてしまい、自分が今どこにいるのかすら分からないだろう。しかし、それとは別にしても何故か、突如見知らぬ土地に放り出され、ビクビクと震えて半泣きになっている迷子に見えたのだ。
 そんなことを考えていたエーリカの(そで)が引かれる。キサを牽制するために顔を正面に向けたまま、目だけを横に向けると、そこには水袋を抱えた少女が袖をつまんでいた。
「こいつ、怪しすぎる。殺すか、追い払うべきだと思う」
 水袋を抱えた少女の言うことには、エーリカも同感だった。
 しかし、青年のあまりに軟弱な態度は、怪しくあっても危険は感じられない。むしろ、こんな奴を相手に警戒しているのも馬鹿らしくなるぐらいだ。
 今もこちらをびくびくと(おび)えながら(うかが)っている姿に、エーリカは小さく鼻を鳴らすとキサへの警戒を緩めた。
「まあ、いい。――あたしの名前は、エーリカ。この子たちは、イルザ、ニーナ、パウラ」
 エーリカは水袋を持った少女から自分の背後に隠れているふたりの少女を順に指し示して行く。そうやって上半身を後ろにひねったとき、エーリカの右肩からかけてあった毛皮がずれ落ちた。
 その途端、キサは小さく目を見張る。
 毛皮の下からは、しっかりと右手で保持された(いしゆみ)が、矢をつがえた状態で、こちらに向けられていたのだ。
 もし、不埒(ふらち)な真似でもしようものなら、あの弩で撃たれていたことに気づいたキサは、今さらながらブルッと身体を震わせる。
 それに気づいたエーリカは、小さく鼻で笑ってから言った。
「いつまで、その貧相な裸を(さら)したままでいる? 服なら、そこの石の上で乾かしているぞ」
 エーリカの言葉に自分の身体を見下ろしたキサは、ようやく自分が裸であることに気づき、悲鳴を上げたのだった。
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