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破壊の御子 作者:無銘工房

燎原の章

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第71話 決戦11-伝説の始まり(前)

 逃げ遅れた討伐軍の兵士があらかた打ち倒されると、追撃を任された一部のゾアンを除き、大半の者は自然と追撃の手を緩めて、いつしかその足を止めていた。
 その場に立ち止まった者たちは、しばらく互いの顔を見つめ合う。その間には言葉もなく、ただ荒い息遣いの音だけがやけに大きく聞こえていた。
 それはあたかもこの状況が夢か幻で、何か声を出してしまえば、それが弾けて消えてしまうのを恐れているかのようだった。
「勝ったのか?」
 ずいぶんと経ってから、誰かの口から恐る恐る声が上がる。
 それを皮切りとし、次から次へと皆が口を開く。
「勝ったんだよな?」
「本当か? 本当に勝ったのか?!」
「夢じゃないよな? 俺たちは勝ったんだよな?!」
 自分らの勝利に実感が得られていくにつれ、その声に熱がこもる。
「勝ったんだよ!」
「ああ、勝ったんだ!」
「俺たちの勝ちだっ!!」
 そのとたん、爆発するような歓声が上がった。
 誰も彼もが顔に歓喜を浮かべ、拳を突き上げ、足を踏み鳴らし、隣にいる者に抱き着いて喜びを表す。
 その中にあって、シェムルもまた喜びに身を震わせて叫んだ。
「やったぞ、ソーマ! さすが、我が『臍下(さいか)(きみ)』! さすが、ソーマだっ!!」
 その声を聞きながら、ジャハーンギルの背中にくくりつけられていた蒼馬も、ほっと息を吐く。
 シェムルの声に応えなくてはと思うのだが、今は戦に勝利した喜びよりも、やっと終わったんだと言う疲労と倦怠感の方が大きかった。
 身体中から力を抜いて、ぐったりとしていた蒼馬だったが、いきなり身体を固定していた縄が切断され、尻から地面に落ちてしまう。
 打ち付けたお尻の痛みに顔をしかめる蒼馬の両脇に手を差し入れたジャハーンギルは、軽々と蒼馬の身体を持ち上げた。そして、驚く蒼馬をジャハーンギルは自分の肩に乗せて肩車にする。
 ジャハーンギルの意図を理解したシェムルは、腕を突き上げて大声で叫んだ。
「ソーマの名を讃えよ! この勝利を我らにもたらしてくれた、ソーマの名を讃えよ!」
 シェムルの声に、皆はいっせいにジャハーンギルに肩車をされた蒼馬を見やる。そして、一拍の間の後に、これまででもっとも大きな歓声が上がった。
「「ソーマ! ソーマ! ソーマっ!!」」
 その場にいるすべての人が、熱狂を込めて蒼馬の名前を叫ぶ。
 しかし、そんな熱狂とは裏腹に、蒼馬はおたおたとするばかりで、それに応えようとはしない。
 戦勝の祝いを受けるのも、指揮官の大事な役目だ。そうしようとしない蒼馬にジャハーンギルは首を傾げる。
「何をしている。早く皆に応えろ」
「は、早く下ろして! お願いだから、下ろして!」
 ジャハーンギルの催促にも、蒼馬は慌てるばかりであった。やけに慌てる蒼馬の様子を(いぶか)しく思い始めたジャハーンギルは、そのとき首筋辺りに湿(しめ)り気を感じた。
「……! まさか、おまえ」
 ジャハーンギルの言葉に、蒼馬は羞恥に赤くした顔を引きつらせる。
「ご、ごめんなさい……!」
 初めて間近にした戦いに、蒼馬は恐怖のあまり失禁していたのである。
 人間には表情が分かりにくいディノサウリアンのジャハーンギルの顔に、蒼馬でもそれとわかるぐらい目まぐるしくいくつもの表情が浮かんでは消える。
「だから、早く下ろしてって言ったのに……」
 申し訳なさ過ぎて半泣きになる蒼馬に、ジャハーンギルは口をへの字に結ぶ。
「どうかしたか、ソーマ?」
 ふたりのやり取りに不審を覚えたシェムルが、蒼馬を見上げて問いかける。それに蒼馬は顔を羞恥に赤く染めて、わたわたと手を動かすばかりで、答えられない。
 そんな蒼馬と不思議そうに首を傾げるシェムルを交互に見やってから、ジャハーンギルはため息のように大きな鼻息を洩らした。
「乾くまで、そうしていろ」
 ジャハーンギルの言葉が、よほど意外だったのか、蒼馬は目をぱちくりとさせた。てっきり怒りにまかせて地面に叩きつけられるかと思っていただけに、蒼馬は何と返事をして良いのか迷ってしまう。
 蒼馬の困惑に、ジャハーンギルは苦々しい口調で言った。
「仕方あるまい。初陣ならば、良くあることだ」
 その口ぶりに何かを感じ取った蒼馬は、恐る恐る尋ねる。
「もしかして、ジャハーンギルさんも……?」
「ばっ、馬鹿な! 我に、そのようなこと、あるわけがないっ!」
 それから口許(くちもと)をむにゅむにゅと動かしてから、ぼそりと言った。
「ほんの、ほんの少しだけだ……!」
 蒼馬は、つい小さく吹き出してしまった。それにジャハーンギルは慌てる。
「いや! 例えばの話に決まっている! ――それより早く、皆に応えろ!」
 ジャハーンギルにせっつかれ、恐る恐ると言った様子で蒼馬は右手を上げた。
 すると、さらに熱を帯びた歓声が上がる。
 ゾアンが、ドワーフが、ディノサウリアンが、エルフが、ハーピュアンが、誰もが顔に歓喜を浮かべて、ひたすら蒼馬の名前を連呼していた。
「「ソーマ! ソーマ! ソーマ!!」」
 それに、今度は羞恥ではなく興奮に頬を赤くして、蒼馬は右手を大きく、力強く振って応えた。
 そんな敬愛する「臍下の君」の姿をまぶしいものを見るように目を細めて見上げていたシェムルの胸に、熱いものがこみ上げてくる。
 あの薄暗い地下牢の中で死にかけていた人間の少年が、こうして種族を問わずに多くの人々から熱狂をもって称賛されるようになるとは、いったい誰が想像し得たか。
 シェムルですら、あの地下牢でそれを教えられても、一笑に付しただろう。
 しかし、今なら確信できる。
 必ずや蒼馬は伝説となるだろう。
 誰も彼もが(あこが)れる、伝説の人となる。
 そんな確信が、シェムルの中にあった。
 と、そのとき調子に乗って腕を振っていた蒼馬が体勢を崩し、あわやジャハーンギルの肩から落ちそうになる。それにシェムルは肝を冷やしたが、蒼馬はすぐに体勢を立て直すと、失態をごまかすように小さく舌を出して照れ笑いを浮かべて見せた。
 それにシェムルは、やれやれと言う風に肩をすくめてため息をつく。
 まったく、我が「臍下の君」はどこか抜けていて困る。これでは、とてもじゃないが目を離せられない。うん。やはり、私がいないと駄目だな。
 そう自分ひとりで納得しているシェムルに気づき、蒼馬が声をかける。
「どうかしたの、シェムル?」
 周囲の歓声に負けないように声を張り上げて尋ねる蒼馬に、シェムルもまた声を張り上げて答える。
「ソーマは、見ていてとても危なっかしいぞ。やはり私がいないと駄目だな!」
 蒼馬は少し驚いたように目を見張ってから、悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべた。
「支え甲斐があって、いいでしょ?」
 この思わぬ蒼馬の反撃に、今度はシェムルが目を丸くする。しばらくして、笑いの発作に襲われたシェムルは吹き出してしまう。
「まったく、だ」
 そのシェムルの笑いに釣られるように、蒼馬もまた笑い声を上げる。
 笑い合うふたりを中心として、勝利を喜ぶ歓声はいつまでも止むことなく続くのであった。

                 ◆◇◆◇◆

「まさか、本当にあのダリウス将軍を相手に勝ってしまうとは……」
 ボルニスの街壁の上に立って戦場を眺めていたマルクロニスは、半ば呆然と呟いた。
 異なる種族の者たちを魅了した演説に加え、常識に囚われない規格外の思考を持つ蒼馬の中に、ダリウス将軍にも勝てる可能性を見出していた。しかし、それはあくまで可能性である。実際のところは、勝てる確率は万にひとつもなかっただろう。
 ところが、(ふた)を開けて見れば、当初想定していたよりも大きな戦力差を(くつがえ)して、本当にあのダリウス将軍を相手に勝利して見せたのだ。
 これを奇跡と言わずして、何を奇跡と言えばいいのだろう。
「ま、まぐれに決まっております! あのダリウス将軍が負けるなど……!」
 マルクロニスの隣にいたセティウスが、吐き捨てるように言った。やはりホルメアに仕えていた兵士としては、ダリウス将軍の敗北を素直に受け止め切れないようだ。
 しかし、多分に負け惜しみが含まれているとはいえ、その言葉の内容は正しかった。
 後日、捕虜からダリウス将軍の事前の読みを聞いた蒼馬は、こんな言葉を残している。
「今回の策は、あまりに多勢に無勢だったため取った、苦肉の策。いや、苦肉の策どころか、大博打に過ぎない。それがたまたま当たっただけである。もし討伐軍の数があれよりもわずかでも少なかったら、もし私の手勢があれよりもわずかでも多かったら、私はダリウス将軍の読み通りに動いていただろう」
 この言葉からもわかるように、後に「ボルニス決戦」と呼ばれるこの戦いの勝利は、多くの幸運によってもたらされたものであると、誰よりも蒼馬が理解していた。
 しかし、それでもマルクロニスは断言する。
「まぐれだろうと、勝ちは勝ちだ」
 すでに決まった結果は否定しようがない。
 だが、それでもセティウスは言いつのる。
「ですが、そのようなまぐれは二度と起こりません! またすぐに新たな討伐軍が派遣され、今度こそあいつらは負けるに決まっております!」
「その新たな討伐軍は、どこから集めてくるのだ?」
「ホルメア国には、いまだ1万を超える国軍がおります! 各地の領主に召集をかければ、その数はさらに増えるでしょ。あいつらなど、物の数ではありません」
 マルクロニスは小さく首を横に振る。
「国軍の大半は、ロマニア国に備えるため国の東側に配置されている。ロマニアとの関係が好転でもしない限りは動かせんよ」
 この戦いの結末は、遠からずロマニアにまで届くだろう。ホルメア国の守護神とも言えるダリウスの敗北の報は、これまでその威光によって(はば)まれていたロマニアの侵略を招くやも知れない。
 それを思えば、なおさら東の国境の守りを薄くするわけにはいかなくなる。
「で、では新兵を徴募すればよろしいではありませんか?!」
「それで数はそろうな」
 我が意を得たりと頬を緩ませるセティウスに、マルクロニスは逆に問いかけた。
「で、その新兵ばかり集めた数万の兵を誰が指揮するのだ? 私ならば御免こうむるぞ。国軍の精鋭7千を率いたダリウス将軍を打ち負かした敵を相手にするというならば、なおさらだ」
 セティウスは、言葉に詰まった。
 確かに、ホルメア最高の将軍と呼ばれたダリウスを打ち破った敵を新兵ばかりの軍勢で倒せと言われれば、ホルメアの軍人ならば誰であろうと尻込みをする。
「この度の敗戦で失った兵士を補充し、再び討伐軍を編成するには、それ相応の時間がかかるだろう。あのソーマという少年はこれで貴重な時を得られたのは間違いない。それが半年なのか1年なのかはわからないがな」
 今回の勝利であの少年が得られた猶予は、ほんのわずかなものだろう。しかし、あのソーマという少年ならば、そのわずかな猶予の間に、とてつもなく大きく化ける。
 そんな予感をマルクロニスは覚えていた。
「他の者が駄目ならば、きっとダリウス将軍が。将軍ならば、次こそは必ずや……」
 まだ納得がいかない様子のセティウスの言葉に、マルクロニスは顔を曇らせた。
 今回の戦いで持てるだけの奇策を出しつくし、その陣容も明らかになってしまった蒼馬では、再びあのダリウスに勝つのは不可能だろう。
 しかし、再びダリウスが討伐軍を率いてくるとは、マルクロニスには思えなかった。
 ホルメア国王のワリウスは、癇癪(かんしゃく)が強いことで知られている。その上、文人型であるワリウスが、ダリウスの武人としての声望を(うと)んじている節があったと言うのは、しがない中隊長補佐のマルクロニスですら聞き及んでいる話だ。
 マルクロニスは、ダリウスらが撤退して行った方を気遣わしげな目で見やる。
「陛下の勘気を被っておらねばいいが……」
 しかし、このマルクロニスの懸念は的中していた。

                 ◆◇◆◇◆

「この()れ者がっ!」
 ホルメア国王ワリウス・サドマ・ホルメアニスが怒声とともに投げつけた金杯が床を転げる音が、静まり返った謁見の間にやけに大きく響いた。
「奴隷ごときに負けて、よくもおめおめと余の前に顔を出せたものだな!」
 敗残兵を集めて王都に戻ったダリウスは、その足で王へ敗戦の報を届けるとともに、軍を再編成して、早急に反徒を討伐することを上奏したのである。
 しかし、敗戦の報告に機嫌を損ねていたワリウス王は、ダリウスの言葉に耳を傾けようとはしなかった。それでもダリウスは反徒とそれを率いる者の危険性を切々と訴えたのだが、ついにそれがワリウス王の(かん)(さわ)ったのである。
 怒りにわなわなと身体を震わせたワリウス王は目をギョロリと()いて、ダリウスをねめつけた。
「これまで、そなたを大将軍の器と思うておったが、余の目は節穴だったらしい。たかが奴隷の反乱も鎮圧できぬばかりか、奴隷どもを恐れよ? 怨敵ロマニアと講和してでも、真っ先に倒すべきは奴隷どもなどと戯言(たわごと)を抜かすか! そうまでして自らの敗北を取り(つくろ)いたいかっ!」
 金杯を受けた額から滴り落ちる血と、浴びせかけられた酒に顔をぬらしながらダリウスは訴える。
「陛下! この敗戦の責は、いかようにもお受けいたします。ですが、これは我が身可愛さに申しておるのでは――」
「黙れ、ダリウス!」
 ダリウスの言葉を怒声で遮ったワリウス王は、玉座から立ち上がった。
「敗戦の責は、いかようにも受けるとな? 良かろう! ――誰ぞ、ダリウスを広場に引き出して、その首を()ねよ!」
 それまで事の成り行きを冷ややかに見守っていた廷臣たちも、それにはさすがにぎょっと目を剥いた。
 ダリウスは先々代の国王より仕え、これまで幾度もの勝利をホルメアに捧げてきた大功臣だ。それをいかに大敗したとは言え、たった一度の敗戦の責で首を刎ねるのは、さすがに暴挙と言うものである。
 しかし、一度こうなったワリウス王を(いさ)めようとしようものなら、その勘気の矛先がこちらに向かないとも限らない。落ち目のダリウスをかばって、こちらにまで火の粉が降りかかって来てはたまらないと、廷臣たちは互いに視線を交わして責任を押し付け合う。
 そのとき、謁見の間の片隅から小さな人影が飛び出すと、ダリウスに寄り添うように膝を突いた。
 それは、飴色の髪をボブカットにした、いまだあどけない顔立ちの少女である。
 少女は、淡い桃色に染められた2枚の布を両肩辺りで縫い留めて身体の前後に垂らし、それを胸のやや下あたりでコルセットのような革の幅広いベルトで締めていた。さらに、その上からストールのように右肩からかけた淡い水色の長い布を身にまとっている。
 これは、この時代のホルメアでは一部の上流階級の子女にしか許されないドレスだ。
「お父様。どうか、どうか、ダリウスおじ様をお許しください」
 小さく身を震わせ、血の気の薄い顔を哀切に曇らせる少女に、ワリウス王は深いため息をついて玉座に腰を戻した。
「姫よ。女子(おなご)が、(まつりごと)に口を出してはならぬ」
 以前からダリウスにはずいぶんと(なつ)いているのは知っていたが、まさか身体も弱く王宮の奥に引きこもってばかりの気弱な姫が、このような真似をするとは思いもしなかった。
「どうか、どうか、お父様……」
 さすがに頭に血が上ったワリウス王でも、まだ幼い姫が目に涙をためて懇願するのを突っぱねることはできなかった。
「……ダリウスよ。姫に感謝するのだな。――斬首は取り消す。だが、ダリウスの将軍職を解き、朝議に加わる権利を剥奪する! 屋敷に謹慎しておれ!」
 それはワリウス王ができる最大の譲歩であった。
 しかし、それはダリウスの望んでいるものではない。
「陛下! 首を刎ねられようともかまいません。何卒、わたしの話を――」
「くどい! 余は、もうそなたの顔など見たくない」
「陛下っ!」
 呼び止めるダリウスの叫びにも一顧(いっこ)だにせず、ワリウス王は足音を荒げて謁見の間から出て行ってしまった。
 残されたダリウスは謁見の間に膝を落とし、悄然(しょうぜん)とうなだれてしまう。しかし、そのダリウスに慰めの言葉をかけようとする者はひとりとしていなかった。むしろ、そんなダリウスを嘲笑する聞こえよがしな声ばかりが聞こえて来る。
「あれが最高の将軍とは。老いとは恐ろしいものですな」
「左様。ああはなりたくないものです」
 そう侮蔑の言葉を投げかける中心にいるのは、自分らの子弟を初陣させるために討伐軍に参加させていた者たちである。せっかくの子弟らの初陣を敗戦で汚されたばかりか、出陣した子弟らの中にはいまだ帰らぬ者も多い。その怒りが討伐軍を率いていたダリウスへ向けられるのも当然であった。
 そんな嘲笑の中で、自分への不甲斐なさと無念さに膝を突いたまま肩を震わせるダリウスの頬に、柔らかい布が当てられる。
 つと目を転じれば、自分の助命を懇願してくれた姫が、手にしたハンカチで顔をぬらす酒をぬぐってくれていた。
「大丈夫です、ダリウスおじ様。父上が怒りを静めるまで、しばらくのご辛抱です。すぐに謹慎も解かれ、将軍職にも復帰できます。何と言っても、おじ様はホルメア国の大功臣なのですから」
 自分を必死に慰めようとする幼い姫にダリウスは淡く微笑んだ。
「姫様、(かたじけな)く存じます」
 それに幼い姫は、ホッと胸を撫で下ろした。
 しかし、そんなふたりの間に武装した近衛兵たちが割って入る。
「姫様、お下がりください」
 何をと目を丸くする幼い姫の前で、ダリウスは両脇に立った近衛兵によって問答無用で立ち上がらせられた。慌ててダリウスに寄り添おうとした姫の目の前で、ダリウスは腰の剣を取り上げられる。
「ダリウス閣下。御身はすでに陛下より謹慎を申し渡されていらっしゃいます。速やかにお屋敷に戻られ、身を御慎みください」
 言葉遣いは丁寧だが、まるで罪人のような扱いにダリウスも狼狽(ろうばい)する。
「こ……これは、いったい如何(いか)なる理由があっての狼藉(ろうぜき)か?!」
 ダリウスの抗議にも近衛兵たちは仮面のような無表情を崩さず、淡々と告げた。
「狼藉ではございません。陛下の御恩情にございます。たかが奴隷ごときを恐れよなどと、敗戦によって錯乱しているとしか思えません。そのような世迷言を繰り返させては閣下の名声にも傷がつきましょう。それを危惧(きぐ)した陛下より、お屋敷まで同行いたすように命じられました」
「陛下のご命令か……!」
 ダリウスは血走った目を大きく見開いた。
「わしは、そこまで陛下に(うと)んじられていたのか?! ただ、ただホルメアにこの身を捧げてきたというのに! 陛下は、それほどまでにわしを……!」
「ダリウス閣下。それ以上申されれば、いかに閣下とて……」
 近衛兵たちはこれ見よがしに腰に吊るした剣に手をかける。
 それにダリウスの首が力なく垂れた。
「では、お屋敷まで同行いたします」
 そう言った近衛兵に引っ立てられるようにして謁見の間から連れ出されるダリウスの顔からは、ごっそりと生気が失せていた。
 あたかも、それまでその強い意志で遠ざけていた老いの手が、ついにダリウスを捕えたかのように、ほんのわずかな間にダリウスの顔は見る影もなく老いさらばえてしまっていた。
 それに幼い姫は目に涙を浮かべてダリウスに駆け寄ろうとするが、それを近衛兵の腕で遮られてしまう。
 近衛兵の腕を振り払おうとした幼い姫の耳に、ひび割れたダリウスの唇から漏れ出る呟きが聞こえた。
「このままでは、ホルメアが滅ぼされる。あやつに滅ぼされてしまう。あやつに――」
 一拍の後に、まるで鮮血をにじませるような言葉が洩れた。
「あの、『破壊の御子』に……!」
 多くの廷臣らの侮蔑と嘲笑とに見送られて謁見の間から連れ出されたダリウスの姿が通路の先へ消えるまで見つめていた幼い姫は、茫然(ぼうぜん)としたまま呟いた。
「『破壊の御子』……?」
 それがいったい何を指すかすら分からぬまま、幼い姫はなぜだか無性に心が騒ぎ出すのを感じていた。

                 ◆◇◆◇◆

 かくして、自らの後継者と目する若者を犠牲にしてまで「破壊の御子」の脅威を伝えようとしたダリウスの決意は、無為なものとなってしまった。
 後世の歴史家は言う。
「ホルメア国に致命傷を与えたのは、『破壊の御子』に間違いない。しかし、その止めを刺したのは、ダリウスの進言を退けたワリウス王に他ならない。もし、このときワリウス王がダリウスの進言を受け入れていれば、歴史は変わったかもしれぬ」と。
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