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破壊の御子 作者:無銘工房

燎原の章

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第70話 決戦10-決着

 討伐軍が総崩れとなる中にあって、整然と横隊を組んで挑発の声を上げるマリウスたちの姿は、当然だが敗走する兵士たちを追撃していたゾアンたちの目を集めた。ゾアンたちは素早く仲間同士で目配せをし合うと、その牙をマリウスらに向ける。
「人間どもを蹴散らせぇー!」
 四つ足となって大地を駆けるゾアンたちは、怒号とともにマリウスらへ突撃する。
「腰を落とせ! 盾をしっかりと握っておかねば、吹き飛ばされるぞ!」
 自らも大盾を前にかざしたボーグスは、腰を落とし、右足を大きく後ろに引いて衝撃に備える。
 次の瞬間、鉄と肉体がぶつかり合う物凄まじい衝撃音が轟いた。
 兵士たちを構えた盾ごと跳ね飛ばそうと、ゾアンの戦士たちが肩から体当たりを食らわしたのだ。その勢いは凄まじく、兵士たちはしっかりと踏みしめた足の裏で地面を削りながら後ろに押しやられてしまう。
 さらに盾の影に隠れた兵士たちを引きずり出し、その咽喉を掻っ切ってくれようと、伸ばされた手の鉤爪や山刀が盾の表面をガリガリと削ってくる。
 このままでは盾の防壁が押し破られるかと思われたとき、マリウスの一喝が飛んだ。
「貴様らの覚悟はその程度か?! 踏ん張って見せよ!」
「「おうっ!!」」
 兵士たちは気合とともに、さらに渾身(こんしん)の力を込める。
 それまで、ゾアンが一方的に押し込んでいたのに、兵士たちが作る盾の壁が突然重さを増したかのように動かなくなった。
「押し返せっ!」
 さらにマリウスの号令とともに、盾を持った兵士は声を合わせて一気にゾアンを押し返した。この思わぬ反撃にゾアンの戦士たちは後ろに跳ね飛ばされ、のけぞってしまう。
「突けっ!!」
 ゾアンの戦士たちがよろめいたところに、重装歩兵の後方に控えていた槍歩兵たちがいっせいに槍を突き出した。体勢を崩していたゾアンの戦士たちは、それを避けられずに多くの戦士たちが死傷する。
「道を開けろ!」
 兵士たちの横隊が割れ、そこから騎馬に乗ったマリウスが躍り出た。
 様々な映画や小説などで、馬に乗った騎士や武将が雑兵たちを蹴散らす場面を良く目にする。そうした場面を見かけると、槍などの長柄の武器を使って乗っている騎士を叩き落とせば良いのにと思う人もいるだろう。
 だが、考えてもらいたい。そうした中世の頃やこの世界にいる馬は、現代日本で目にする馬より一回りは小さいとはいえ、それでもかなりの体重がある。しかも様々な馬具や防具をつけられた上に、同じように完全武装した人間が乗るのだ。
 その総重量を現代のものに例えれば、これは軽トラックに匹敵する。
 そんなものが時速50kmもの速度で、突っ込んでくるのだ。それも自動車のような安定した走りではない。(ひづめ)が大地を叩く大きな音を上げ、馬体を大きく上下に動かしながら向かってくるのだから、その迫力たるや現代人の想像を超える。よほど性根が座った者でもなければ、突進してくる騎馬に立ち向かえはしない。
 実際、騎馬に乗るマリウスの前では、ゾアンの戦士たちも逃げ惑うしかなかった。
 その中から、もっとも強そうなゾアンに狙いを定めたマリウスは、手にした投擲用の槍をそいつに向かって投じる。投げられた槍は狙い違わずゾアンの胸部を貫き、致命傷を与えた。
 さらにマリウスはゾアンたちの中を大きく弧を描くように馬を走らせて十分にかき回してから、兵士たちのところへ馬首を返す。
 ゾアンの戦士たちは、慌ててマリウスを追いかけて兵士の中に突撃しようとしたが、再び兵士たちが前面に盾を並べて防御の構えを取ったため、その場でたたらを踏むしかなかった。
「槍を!」
 マリウスの求めに応じて、ボーグスが投擲用の槍を投げて寄越す。それを掴み取ったマリウスは、空に向けて突き上げた。
「死にたい者からかかって来い、ゾアンども!」
 マリウスに合わせて、兵士たちも武器や盾を打ち鳴らして、ゾアンたちを威嚇する。
 つい先程までは軽く蹴散らせると思っていた小勢が、思わぬ反撃をして来たばかりか、挑発までしてくるのに、さすがのゾアンたちもたじろいだ。
 そうしたゾアンの戦士のひとりが後ずさったところ、その背中に誰かがぶつかった。
 その戦士はぶつかった相手を見るなり、がくがくと震え出す。
「ほう。人間の中にも、戦士がおるではないか」
 それは赤毛の巨漢――ズーグであった。
 自分にぶつかってきた戦士には目もくれず、騎馬にまたがるマリウスをひたりと見据えたズーグは、満面に獰猛な笑顔を浮かべて見せる。
「どれ、この俺様が自ら戦ってやろう。――おまえら、道を開けろ」
 その太い丸太のような腕で戦士たちを押しのけて前に出ようとしたズーグであったが、背後からひとつの気配が急速に自分に迫って来たのに気づく。
 いったい誰だと足を止めて振り返ろうとしたズーグの肩に、いきなり上から押しつけるような衝撃が加えられる。
「ズーグ、肩を借りるぞ」
「おうっ?!」
 それはズーグの肩を踏み台にし、前に居並ぶ戦士たちを飛び越えると、くるりと一回転して着地した。
 そして、立ち上がり様に胸いっぱいに息を吸い込むと、それを大音声とともに解き放つ。
「我はゾアン12氏族がひとつ〈牙の氏族〉、ガルグズの息子、ガラム! 〈牙の氏族〉の族長にして、ゾアン全氏族連合の大族長に任じられし者なり!」
 そのガラムの名乗りは、雷鳴のように戦場に響き渡った。
 ソルビアント平原が誇る勇者にして、この場に集ったゾアン全氏族を率いる大族長の名乗りに、並み居るゾアンの戦士たちが喝采(かっさい)を上げる。
「ず、ずるいぞ、ガラム!」
 その中にあって、ズーグひとりは地団駄を踏んで悔しがった。
「おおっ! ゾアンの大族長か!」
 マリウスもまた、ガラムの堂々たる名乗りに感嘆の息を洩らした。すぐさま馬を前に進めたマリウスも名乗りを返す。
「私は、マリウス・メシス! ゾアンの大族長よ、いざ戦わん!」
 そう言うなり馬に一鞭くれると、ガラムを目がけて馬を走らせた。
 それに応えてガラムも四つ足となって疾走する。
 一騎打ちは、戦場の華だ。
 その場にいたすべての者たちが固唾を呑んで、その勝負の行方を見守る。
 マリウスは騎馬を走らせながら、大族長を名乗ったゾアンがどう動くか考えた。
 居並ぶゾアンたちを跳び越えて来たときの身のこなしを見れば、あのゾアンが名ばかりの大族長ではないことは明らかである。あれほどの戦士が相手では、ただ遠くから槍を投げても軽くかわされてしまうだけだろう。出来るだけ間合いを詰めてから槍を投擲しなければならない。
 しかし、間合いを詰めたいのは、あのゾアンも同じだ。弓矢どころか長柄の武器すら持たないゾアンが、騎馬に乗る自分を倒そうと思えば、まずは騎馬から叩き落とさなくてはいけない。それには、こちらの投じる槍をかわして側面に回り込み、そこから先程の跳躍力を活かして自分に組みついて馬上から叩き落とすしかないだろう。
 ならば、勝負を決めるのは、互いがすれ違う一瞬だ。
「さあ、どちらに来る?!」
 マリウスは、わずかに視線を下げ、手にした投擲用の槍を見やった。
 自分が槍を持っているのは、右手である。それならば、あのゾアンは馬の頭が邪魔になって槍が投げにくい左側を抜けようとするはずだ。
 そう、普通なら考える。
 だが、とマリウスは考え直した。
 あの大族長を名乗る黒毛のゾアンならば、その予想を裏切り、左でも右でもなく、まっすぐ正面から馬を跳び越えて来る。
 そんな予感がした。
 そして、その予感通り、真っ向から疾走して来たガラムの身体が、引き絞られた弓のように一瞬たわめられたかと思うと、弾けるように地面を蹴ってマリウスを目がけて宙を舞った。
 それに、マリウスは勝利を確信する。
 おそらくは間近に迫る騎馬の迫力に負けたのだろう。騎馬の頭を跳び越すにしても、跳躍するのが早すぎる。あれでは身のかわし様もない空中に留まる間が長く、槍の格好の的だ。
 マリウスは必殺を確信し、空中にいるガラムに向けて槍を投じようとした。
 しかし、それより一瞬早くガラムの左手が鋭く振るわれる。そこから銀色の軌跡を走らせ、山刀がマリウスの咽喉を目がけて飛んだ。
 マリウスは馬上で身をひねって山刀を回避しようとしたが、かわし切れずに山刀は右肩の付け根に深々と突き刺さる。その焼け付くような激痛と、身をひねったことでマリウスの投じた槍は的を外れて、むなしく大地に突き立った。
 山刀の後を追うようにして飛びかかってくるガラムの姿に、このままでは組みつかれて地面に叩きつけられると思ったマリウスは、あえて自分の身体を馬上から投げ出すとともに、振り上げた右足でガラムの胸板をしたたかに蹴りつける。
 騎馬から転がり落ちたマリウスは、そのまま頭を腕で抱えながら地面を転がった。落馬したとき馬に蹴られなかったのは幸いだったが、それでも身体はいたるところから鈍痛を訴えてくる。
 その場に座り込んで泣き叫びたい欲求を意志の力でねじ伏せ、マリウスは腰に吊るしていた剣を杖代わりにして立ち上がった。
 そこへ一足先に体勢を立て直していたガラムが、上半身を地と平行になるまで倒して頭から突っ込んでくる。
 馬よりも高いところから落ち、しかも自分に蹴られて満足な受け身も取れなかっただろうに、それを微塵も感じさせないガラムの勢いにマリウスは肝を冷やした。
「この化け物めっ!」
 杖代わりにしていた剣を地面から引き抜くと同時に、その切っ先で掘り返した土をガラムに目がけて飛ばす。顔面に向けて飛んできた土くれに、とっさにガラムは真横に踏み切り、これをかわした。しかし、それによって足が止まったところに、マリウスが剣で大上段から斬りかかる。それをガラムは逆手に持った山刀で受け止めた。
 これが最後の好機と決したマリウスは、ガラムの上にのしかかるようにして体重をかけて押し切ろうとする。刃に全体重をかけてくるマリウスに比べ、完全に上から乗りかかられている体勢では力も入れづらく、さすがのガラムもそれを返し切れない。
 激しく噛み合う刃を間に置き、息が触れ合うほどの距離で互いを睨み合うマリウスとガラム。
 不意に、ガラムがわずかに身体を沈める。全体重をかけていたマリウスは、いきなり支えていた力を失い、一瞬だが体勢を崩した。
 その一瞬のうちに、ガラムの左腕が伸びる。
 その先にあったのは、マリウスの肩口に突き立っていた、もう1本の山刀だ。ガラムは一呼吸のうちに、その山刀を引き抜くと、そのままマリウスの咽喉へと走らせる。
 そして、鮮血が舞った。
「ダ、ダリウス……閣下……!」
 それが、マリウスの最期の言葉であった。膝からくずおれて血泥の中に突っ伏したマリウスは、二度と起き上がることはなかった。
 ガラムがその太い腕を突き上げると、兵士たちからは落胆のどよめきが、ゾアンたちからは割れんばかりの大歓声が上がる。
 ガラムは鮮血に染まった山刀を動揺する兵士たちに突きつけた。
「残敵を掃討せよ!」
 それを合図にし、ガラムの雄姿に奮い立ったゾアンたちは鬨の声を上げながら兵士たちに襲いかかっていった。元より多勢に無勢であった兵士たちは、マリウスが目の前で討ち取られたのに動揺したこともあり、盾の防壁はあっさりと突き崩されてしまう。
 いったん崩されれば、(もろ)いものである。兵士たちは押し寄せてきたゾアンたちの中に(またた)く間のうちに飲み込まれてしまう。
 それでも、誰ひとりとして逃げたり降ったりする者はなく、最後の一兵までもが果敢に戦い、討ち取られていった。
 その中でボーグスを討ったのは、ズーグである。
 ガラムと並び称せられるズーグと数合打ち合わせられたのは、さすがは歴戦の兵士であるボーグスだった。しかし、ガラムに見せ場を取られた鬱憤を晴らすかのようなズーグの猛攻に程なく剣を弾き飛ばされ、ボーグスは咽喉を掻き斬られてしまう。
 これで勝負あったと見たズーグだったが、もはや死に体と思われていたボーグスが声にならない雄叫びを上げて腰に組みついて来ようとするのに度肝を抜かれる。だが、この思わぬ反撃にも、ズーグはすぐさま反応して組みつこうとする腕を軽やかにかわす。
 伸ばした手で宙を掻きながら地面に倒れ伏したボーグスは、そのまま息絶えた。
 それを確認したズーグは、次の敵を求めて前に出ようとしたところ、腰を後ろに引かれるのに気づいて立ち止まる。
 ふと腰を見下ろせば、腰ひもにボーグスの指が引っかかっていた。それは、間合いを読み間違ってかわし切れていなかったのか、それともボーグスの最期の執念が生んだ奇跡だったのかはわからない。
 いずれにしろ、ズーグは足を止めると顔をしかめる。
「族長? いかがされましたか?」
 そのまま、その場から動こうとしないズーグに不審に思った戦士が問いかけた。すると、ズーグは何でもないと言うように手を振って、その戦士を追撃に向かわせる。
 なおも、その場で(たたず)んでいたズーグだったが、しばらくして腕の自重で腰ひもからボーグスの指が滑り落ちると、ようやく足を動かした。
「礼は尽くしたからな」
 そう言い捨てると、ズーグは追撃を再開するために四つ足になって駆けて行った。

                 ◆◇◆◇◆

 遠く後方で上がるゾアンたちの歓声を背中で聞いたダリウスは、顔をわずかにうつむかせ、下唇を噛みしめると目頭を押さえた。そのまま身動きひとつしなくなったダリウスを心配した衛士のひとりが声をかけると、ダリウスは右腕を伸ばし、かすれるような声を絞り出した。
「弓を貸せ……」
 衛士から弓を受け取ったダリウスは疾走する戦車の上に仁王立ちになると、弓に矢をつがえ、それを引き絞った。それに驚く衛士が何か言う前に、風を切る音を上げて矢が放たれる。
 その矢は、奴隷たちが担いだ輿の上にしがみつくミルダスの頸部を見事に貫いた。驚愕の表情を張り付けたまま絶命したミルダスの身体は、激しく揺れる輿の上から転がり落ちる。輿を担いでいた奴隷たちは、これ幸いとばかりに空になった輿を放り捨て逃げ出して行った。
 後ろに続く兵士たちによって踏みつぶされ、ボロ雑巾のようになるミルダスの死体を一瞥したダリウスは、吐き捨てるように言う。
「ゲノバンダのところに堕ちて、マリウスらに()びろ。この豚め!」
 しかし、自らの後継者と認めていた若者と、数多くの戦場を共にしてきた部下を失ったダリウスの悲嘆は、世俗の欲にまみれた神官を手にかけても、わずかたりと癒えるものではなかった。
 こうしてマリウスとボーグスらの犠牲により、ダリウスは辛くも後方まで逃げ切った。それからダリウスは、旗を立てて逃げてきた敗残兵たちを集めて隊伍を組み直すと、調子に乗って襲いかかってきた一部のゾアンに痛打を与えたのである。その後、攻めあぐねるゾアンたちを牽制しながら渡河を果たしたダリウスは、さらなる追撃を防ぐために橋を焼き、ようやくルオマの街へと引き揚げることができた。
 このとき、無事にダリウスとともにルオマの街にたどり着いた兵の数は、およそ3千あまりであったと言う。
 総勢7千余の軍勢が、その過半数を失ってしまうという大惨敗である。しかし、ダリウスにとってそれ以上に痛かったのは、これまで彼が育ててきた優秀な将校らの多くが、帰らぬ人となってしまったことだ。
 これにより、ホルメア国軍におけるダリウスの支持基盤は、急激に瓦解して行ったのである。
 ボルニス決戦は、ついに幕を下ろした。
 しかし、それは始まりに過ぎない。
 名将ダリウスを打ち破った蒼馬の名前は、「破壊の御子」の呼び名とともに近隣諸国ばかりか、はるか大陸の中央まで轟く。
 ついに「破壊の御子」の伝説が始まろうとしていた。

次話「決戦11-伝説の始まり」
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