挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
破壊の御子 作者:無銘工房

燎原の章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

69/250

第68話 決戦8-最強

「止まれーっ! 密集陣形を維持しろっ! 止まれと言っておるのだ!!」
 ジュディウスが必死に声を張り上げているが、一度崩れ出した密集陣形の崩壊は止まらない。強固であるはずの密集陣形が、見る者が呆気にとられてしまうほど、(もろ)く崩れていく。
 そうして逃げる兵士たちの中には、今回が初陣だった貴族の子弟たちが先を争って逃げる姿が多く見られた。これでは一般の兵士たちが、ジュディウスの命令に従うはずもない。
 もはや討伐軍の崩壊は、誰がいかに号令を掛けようとも止まるものではなかった。
 すでに勝敗は決していたが、しかし蒼馬は手をゆるめない。
 今は敗走しているとはいえ、討伐軍の兵数はいまだ自分らよりはるかに多い。敗戦の混乱から覚め、再び彼らが軍を編成して攻め寄せてくれば、策を出し尽くした蒼馬たちに、とうてい勝ち目はなかった。今は冷酷と言われようとも、敗残兵を徹底的に掃討し、再戦するだけの力と気力を奪うべきだ。
 ジャハーンギルの背中で、蒼馬は大きく腕を振り、声を張り上げた。
「敗残兵を掃討するんだ!」
 蒼馬の号令を受けて、近くにいたゾアンの戦士が激しく太鼓を叩く。
 それに応じて皆は雄叫びを上げ、逃げる討伐軍を追撃し始めた。
 もちろん、その先鋒に立つのは、四つ足で疾走するゾアンたちである。彼らは背を向けて逃げる兵士たちに(またた)く間に追いつくと、後ろから飛びかかっては地面に押し倒し、山刀でその咽喉を掻き斬って行く。
「愚かな! ゾアン相手に背中を向けて逃げ切れると思っているのかっ?!」
 その光景にマリウスが憤激(ふんげき)して叫ぶのに、ダリウスもまた肘掛を無言で固く握りしめた。
 戦でもっとも戦死者が出るのは、互いに槍を突き合わせているときではない。敗北が決して背を向けて逃げたところを敵に追撃されるときである。
 ましてや相手は、馬のような速さで駆けるゾアンだ。徒歩の人間がいくら必死に駆けようとも逃げ切れるものではない。このままでは、どれほどの被害が出るか想像もできなかった。
 このゾアンの追撃を食い止めるために、いずれかの部隊を殿(しんがり)に立てねばならないが、現時点でまともに指揮が取れているのは、ダリウス直下の部隊だけである。いくらダリウスが精鋭と自負する部隊とは言え、わずか5百程度では、完全に勢いに乗っている今のゾアンの追撃を食い止められはしないだろう。
 せめて狭隘(きょうあい)な谷や深い森などあれば防御陣地として利用し、それに()って戦えるのだが、あいにく退路となる方向は見渡す限りの平野である。昨日築いた宿営地も、天幕が寄り集まっただけのもので、防御陣地としての役割は期待できなかった。
 こうなると残酷だが、すでにゾアンの追撃部隊に食いつかれている逃げ遅れた兵士たちを見殺しにするしかない。抵抗する兵士を掃討したり、投降した兵士たちを無力化したりするのにゾアンたちが手間取っているうちに、後方へ撤退するのだ。そこで旗を立てて逃げてきた兵士たちを集めて部隊を再編成し、追撃してきたゾアンたちを牽制しながらルオマの街へ撤退するしかない。
 もちろん、ダリウスとて兵士たちを見殺しにするのは断腸の思いだ。
 なぜこのような大敗になってしまったかという後悔の念が沸き上がるのは止められない。
 ダリウスは戦う前までは、反徒たちは烏合の衆だと思っていた。
 ゾアンやドワーフやディノサウリアンは、個々を見ればいずれも人間よりはるかに勇猛で強靭な肉体を持つ種族である。一対一の戦いでは、人間に勝ち目はないだろう。
 だが、戦とは個人でやるものではない。いくら個人の武勇が優れていようとも、全員がひとつの軍隊として機能していなければ、それは烏合の衆である。ただ行く当てのない逃亡奴隷たちが討伐軍を恐れて肩を寄せ合っただけの集団ならば、少しでも形勢が不利になっただけで他種族を置いて我先にと逃げ出し、自壊するだけだろう。
 見くびるつもりはなかったが、それでも反乱を起こしたゾアンと、それに解放されたばかりの奴隷たちでは、せいぜい軍隊という(てい)を装っただけの烏合の衆と考えるのが妥当である。
 ところが実際に刃を交えてみれば、烏合の衆などとは、とんでもない話であった。
 立て籠もる陣地から主力である大半のゾアンたちを密集陣形の側面に回らせるなど、奇策どころか博打(ばくち)と言ってもいいところだ。それなのに、陣地に残された者たちは逃げることなく耐え抜き、またゾアンたちもそれに応えて見事に密集陣形の横っ腹を食い破って見せた。
 これが、ただの寄せ集めの集団であったのならば、陣地に残った者たちはゾアンの後を追うようにして逃げ出し、ゾアンも密集陣形に突撃できなかっただろう。
 それだけではない。密集陣形を包囲し激しいせめぎ合いになったときも、自らの数倍の兵力の敵を相手にしながら、ただのひとりも退くことなく戦って見せた。
 数の優位に(おご)り、それを(おびや)かされると(もろ)くも崩れ去った自軍の兵士を思えば、むしろ烏合の衆はこちらの方だったと悔恨すら覚える。
 彼らをひとつにしているのは、いったい何なのだ?
 そんな疑問を浮かべたダリウスの目が引き寄せられるようにして、反徒たちの中から、ひとりの人間の姿を見出(みいだ)した。
 それはディノサウリアンに背負われた人間の子供である。
 小指の先ほどの大きさでしか見えないほど遠くにいるというのに、なぜかダリウスにはその姿が驚くほど鮮明に(とら)えられた。
 街から逃げ出した住人から、反徒たちを率いているのは人間の少年だと聞いていたため、それには驚きはしない。ダリウスが驚いたのは、その人間の少年を背負っているのがディノサウリアン――しかも、ティラノ種だということだった。
 ディノサウリアンの社会制度においては、ティラノ種は戦士種と呼ばれる特権階級に属する種だ。これは人間で言えば、武士や貴族に相当する。しかも、ティラノ種はその上には王族種(ナガラジャ)しかいないと言われる貴族の中の大貴族だ。
 王族種を守るためにその前に立って戦うティラノ種の背中は、王族種にのみ向けられるものである。その背中を王族種以外に(ゆだ)ねるなど考えられないことだった。ましてや、それがディノサウリアンにとって「貧弱な猿」と見下されている人間ならば、なおさらである。
 彼奴(きゃつ)が反徒の首魁(しゅかい)か! これが、そうなのかっ?!
 ダリウスは慄然(りつぜん)とした。
 その勇猛さから人間など塵芥(ちりあくた)と見下しているディノサウリアンのティラノ種にすら、その背中を委ねさせられるのであらば、誇り高きゾアンを従えることもできよう。エルフとドワーフに、両種族の確執を捨てさせ協力させることもできよう。気まぐれなハーピュアンにも、命を賭けさせられよう。
 反徒たちは討伐軍を恐れて結集しているのではない。
 あの少年もただ担ぎ上げられた神輿などではない。
 あの少年だからこそ従っているのだ。
 あの少年こそが、反徒の(かなめ)なのだ!
 そのとき、ダリウスの脳裏に(なつ)かしい光景が浮かび上がる。
『おい、ダリウス。最強の軍隊とは、どんなものだと思う?』
 それは、まだ若さと未来への希望に満ち溢れていた青年将校の頃である。
 若かったダリウスは、毎夜のように友人らと酒場に繰り出しては、国の行く末や自分らの将来、果てはどこの娼婦の具合が良いなど、酒を()み交わしながら様々なことを語り合っていた。
 そして、そのとき語り合っていたのは、自分の考える最強の軍隊についてである。
 何と答えようかとダリウスが頭をひねる横で、仲間内では未来の大将軍と呼ばれていた俊才が自信たっぷりに言った。
『ディノサウリアンのような勇猛な重装歩兵、マーマンのような水を良く知る水兵、ドワーフのような巧みな工兵、エルフのような優れた弓兵、ゾアンのような軽快な軽装歩兵、ハーピュアンのような素早い伝令兵。そして、ずるがしこい人間の将軍。これこそが、最強の軍隊だ』
 その答えにダリウスをはじめとした友人らは「それは最強だ」と爆笑し、やんやの喝采を上げた。
 なぜなら、それはジョークだったからだ。
 これと似たようなジョークがある。
 それは、『最強の軍隊とは、アメリカ人の将軍、ドイツ人の将校 、日本人の下士官、ロシア人の兵』というものだ。
 これは、全体の作戦を決定する将軍には勇敢なアメリカ人、その作戦を管理する将校には几帳面なドイツ人、作戦を実行する下士官には勤勉な日本人、戦う兵士には勇猛なロシア人が適しているという各国の民族性をジョークにしたものである。
 しかし、これはあくまでジョークだ。そんなことが現実にあり得るわけがない。だからこそジョークなのだ。
 ところが、そのジョークでしかあり得ない最強の軍隊が、今ダリウスの目の前に存在していた。
 しかも、かつてダリウスの友人が語った「ような」などという曖昧な表現のものではない。
 勇猛なディノサウリアンの重装歩兵に、巧みなドワーフの工兵、優れたエルフの弓兵、軽快なゾアンの軽装歩兵、素早いハーピュアンの伝令兵。そして、それらをひとつにまとめ上げる、人間の指揮官。
 いまだそれは完全とは言い難いものだったが、最強の軍隊の原型がすでに形作られようとしていた。
 ダリウスは、トゥトゥからの手紙の内容を思い出す。
 そこにも、書かれていたではないか。
 敵は最強の軍やもしれない、と。
「これのことだったのか!」
 これまで人間の軍隊が他種族を相手に優位に立っていられたのは、人間の兵士の汎用性の高さにある。その種族が苦手とする兵種に素早く切り替えることで、常にその種族より優位に戦いを進められて来た。
 ところが、それぞれの種族の特徴を活かす、この最強の軍隊を前にしては、人間の軍隊など、ただの器用貧乏な軍隊に成り下がってしまう。
 ダリウスは自分の想像に、愕然(がくぜん)とする。
 それは、ゆっくりと3つ数えるほどのわずかな時間だった。しかし、常日頃ダリウスに付き従ってきたマリウスには、異常を感じさせる長さである。
 マリウスは、僭越(せんえつ)とは承知でダリウスに号令を発するのを(うなが)した。
「閣下、もはやこれまでです! 早く退却の号令を!」
「ならぬっ!」
 マリウスの進言をダリウスはとっさに拒絶してしまった。
 まさか拒絶されるとは思ってもいなかったマリウスが驚きに目を丸くするのに、ダリウスは我に帰る。自分がなぜ拒絶してしまったのか考えたダリウスは、それは間違いではないと思いを強くした。
「ならぬ! ならぬのだ、マリウス!」
「なぜなのです?! もはや勝敗は決しました! 今の恥を忍び撤退すれば、いつか必ずやこの屈辱を晴らすときも参りましょう!」
「それでは遅いのだ、マリウス!」
 この戦いに勝利した反徒たちは、ボルニスの街を完全に支配するだろう。だが、いくらボルニスの街を支配したとはいえ、それはたかが地方都市ひとつに過ぎない。今回の反徒討伐は失敗したが、まだ挽回(ばんかい)する余地はある。
 それに、こうして一度は負けてしまったのだ。今回のように大軍をもって一気(いっき)呵成(かせい)に敵を攻め滅ぼして、国内にホルメア国王の威を示すことはできなくなってしまったが、それならば、もはやこれほどの大軍を整える必要はない。それ相応の兵力で良いのだ。それで何度も何度も、まるで海辺に波が押し寄せてくるように繰り返し攻め立て、反徒たちを疲弊させれば良い。
 もちろん、こちらも疲弊するだろうが、地方都市ひとつと国とでは地力がまったく違う。ホルメアよりもはるかに先に反徒たちの力は尽きる。その後で、ボルニスの街をじっくりと攻略すれば良いのだ。
 普通に考えれば、それで良い。
 良いはずなのだ。
 だが――。
 それで本当に良いのか?
 ダリウスの脳裏に、不安がよぎる。
 考えても見るがいい。ほんの数か月前までは、ゾアンは滅亡寸前だったではないか。そのゾアンが、8百の兵士を焼き払い、難攻不落の砦を落とし、攻められるはずがないボルニスの街まで陥落させた。そして、ついにはわずか1千あまりで、7千以上の討伐軍を打ち負かしたのだ。
 誰がこのようなことを想像し得ただろう。この戦いひとつとってみても、反徒を指揮する者はこちらの常識をことごとく覆してきたではないか。
 そんな奴らが、広大なソルビアント平原を手に入れれば、いったいどうなるのか?
 そんな奴らに、時を与えてしまえば、どうなるのか?
「奴らに、わずかな猶予も与えてはならぬ! ――いやっ!」
『奴ら』ではない。
『奴』なのだ。
「あの反徒どもを指揮する奴だ!」
 ダリウスは、その指先を迫り来る敵の中程にいる蒼馬に突きつけた。
彼奴(きゃつ)だけは、ここで殺さねばならぬ! 今、ここで殺さねばならぬ奴だ! そうしなければ、彼奴はホルメアに災いをもたらす! 必ずや、我らのホルメアに大いなる災いをもたらす! 彼奴だけは、何としてでもここで殺さねばならぬのだっ!!」
 それは確信めいたダリウスの直感だった。
 この機を逃せば、自分の手には負えない強大な存在となる。
 ここで倒せねば、ホルメア国の恐ろしい敵となる。
 長きにわたる戦場で鍛え上げられてきたダリウスの勘が、そう訴えていた。
「で、ですが、いかようにして彼奴を討ち取ろうとおっしゃるのです?!」
 反徒の首魁まで刃を届かせるには、まず勢いに乗って押し寄せるゾアンたちを突破しなくてはならない。たとえ、それができたとしても、反徒の首魁の周囲にいるのは、その勇猛さをもって知られるディノサウリアンたちだ。ゾアンを突破するだけでも多くの兵を失うだろうというのに、さらにそれらを打ち倒して反徒の首魁の首を上げるなど、とうてい無理な話である。
 しかし、ダリウスは驚愕の言葉を放った。
「わしの戦車を先頭に立て、彼奴を目掛けて突撃する!」
「なんですと?!」
「よいか! 他の者には一切目もくれるな! あのディノサウリアンの背に負われている、敵の首魁だけを狙え!」
 マリウスは絶句した。
 それでは、玉砕覚悟の特攻である。
「わしらが死すとも、彼奴さえ討ち取れば、ホルメアは勝利するのだ! 我らホルメアが!」
 ダリウスの決意がそこまで固いのを感じ取ったマリウスは、もはや抗弁はしなかった。
「閣下の御意のままに!」
 そう言って部隊の後方までそれを伝達しようとマリウスが馬首をめぐらそうとしたのをダリウスは呼び止めた。
「マリウス……!」
「いかがいたしましたでしょうか、閣下?」
 振り返ったマリウスに、まるで血を吐くようにダリウスは言った。
「すまぬ、マリウス。おまえは必ずや次の大将軍となる器と思い、鍛えてきた。だが、その素質をこのようなところで失わせてしまう、わしの無能を恨め」
 わずかに驚いたマリウスだったが、すぐにその顔に満面の笑みを浮かべる。
「何をおっしゃいます、閣下。私は、大将軍になるよりも、こうして閣下と共に戦えることを誇りに思います!」
「……許せ、マリウス」
 マリウスのみならず、ダリウス直下の部隊は、これまでずっとダリウスとともに戦い続けて来た精鋭中の精鋭たちである。彼らはダリウスの覚悟を知ると、彼らもまた(おの)ずと腹をくくった。
 そんな部下たちの決意を感じ取ったダリウスは、これならばあの反徒の首魁に必ず剣が届くだろうと確信する。
「よいかっ! 狙うは、あのディノサウリアンの背中に負われた人間ただひとり! 誰が倒れようとも足を止めるな! ただ、彼奴の首だけを狙え!」
 兵士たちは無言で、手にした剣や槍を打ち合わせ、戦意を示す。
「わしが道を切り開く! わしの屍を踏み越えて、彼奴を討ち取れ! わしは一足先に冥府の入り口に(おもむ)き、おまえらの上げる凱歌(がいか)を待つ!」
「「閣下の御為に!」」
 兵士らは唱和した。
 ダリウスは部隊を(やじり)の陣形に組んだ。そして、本来ならば指揮官は鏃の最後尾に()くところ、あえてダリウスは自らの乗る戦車を先頭に立てる。それは戦車の突貫力を最大に活かすのと同時に、宣言通り自らの命をもって道を切り開くためだ。
 これには、ダリウスに長い間付き従ってきた者たちならば、奮い立たずにはいられない。
 すべての兵士が、自らの命を(かえり)みない死兵となった。
 鏃の陣形を組んだ5百人の兵士は、まさにひとつの矢と化す。それは、放たれれば必ずや敵の命を奪うであろう、致命の矢である。
 そして、ダリウスの大きく振りかぶった右腕が、今まさに振り下ろされ、致命の矢が蒼馬に向けて放たれんとしたとき、その声があがった、
「もう駄目だぁ! 逃げるのです、逃げましょう!」

挿絵(By みてみん)
 いかなる手段を用いても蒼馬を討ち取ろうと決意したダリウス。
 ホルメア最高の将軍が命を賭けた特攻が行われようとしたとき、ひとつの悲鳴が流れを変える。

次話「決戦9-破壊の御子」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ