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破壊の御子 作者:無銘工房

燎原の章

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第62話 決戦2-弓箭兵(前)

「いいかい、エラディア。兄弟や姉妹のために、その身を尽くしなさい。それが私たちに課せられた義務なのだから」
 それは幼かったエラディアに、彼女の父が残した最期の言葉だった。
 泣きじゃくる彼女の頭を優しく撫でた父は、わずかに生き残った戦士たちを引き連れ、赤く燃え上がる森の向こうへと駆けて行く。
 そこには、この穏やかだった森林に突如攻め入ってきた帝国を名乗る国の兵士たちが、たくさん待ち受けているというのに。
 そして、エラディアは、その後二度と父の姿を見ることはなかった。
 それは帝国が、いまだ大陸中央の覇権をかけて戦いに明け暮れていた頃の話である。

                ◆◇◆◇◆

 エルフの女性とは、生きた宝物である。
 これは決して比喩的な表現ではない。
 現実としてエルフの女性たちは、宝物として扱われている。権力者への献上品として、功績を挙げた武将への下賜品として、取引相手への贈答品として、宝物の代わりにエルフの女が贈られるのは珍しくないのだ。
 そのように扱われるのには、エルフ種族の特徴が大きく関わっていた。
 このセルデアス大陸に住まう7種族の中で、エルフは最も人間に近い種族とされている。神話において、人間の神が人間を創るとき、その姿を参考にしたのがエルフだとさえ言われているのだ。
 この神話の真偽のほどは定かではないが、実際エルフと人間の姿は非常に似通っていた。エルフの種族的特徴である長く尖った耳さえなければ、外見だけでエルフと人間を見分けることは難しい。
 また、似ているのは外見だけではない。
 通常、他種族間での混血は不可能とされている。しかし、人間とエルフ、人間とマーマンの組み合わせのみが混血可能と言われていた。ただし、人間とマーマンの混血は噂の域を出ないのに対し、エルフと人間との間には子を成せない一世代のみの混血種であるハーフエルフが生まれるのは、紛れもない事実である。
 この、子を成せるという事実は、異種族姦が禁忌であるという精神的障壁を乗り越えやすくするものだった。
 そして、エルフのもうひとつの種族的特徴により、それはエルフにとって最大の悲劇へと変わった。
 エルフは種族の特徴として、人間から見ると総じて非常に整った容姿をしている。
 人の好みの差はあれども、エルフが美しいかと問えばほぼすべての人間が美しいと答えるだろう。それほどエルフの美しさは秀でている。美しさに関しては、まさに種が違うとしか言いようがない。
 その美貌ゆえにエルフたちは、人間の男たちの獣欲の餌食とされたのだ。
 さらに、人間の権力者たちの間でささやかれる迷信が、それに拍車をかけてしまう。
 外見上ほとんど老化が見えないというエルフの特徴のせいで、人間たちの間ではエルフは不老不死とされていた。
 しかし、実際にはエルフにも寿命がある。
 エルフの寿命は、およそ300歳だ。とうてい不死とは言えないものだが、それでも短命な人間からしてみれば不老不死と誤解されてしまうのも無理はない。
 そんな誤解から、不老不死のエルフの若い娘との交合によって若さが保たれるという迷信が生まれた。
 古今東西、権力を握った者や巨額の財を成した者が最後に求めるのは、永遠の命だ。彼らは、手にした権力と財力を振るい、エルフの女を求めたのである。帝国をはじめとした多くの国においてエルフ狩りが頻繁(ひんぱん)に行われ、特に男を知らない乙女が珍重されたため、数えきれないエルフの女性たちが純潔を奪われ、性奴隷に落とされてきたのである。
 そして、ボルニスの街にいたのは、まさにそうした被害者だった。
 そんな彼女たちが、ボルニスを落とした蒼馬が「鉄の宣言」において奴隷解放を叫んだとき、それを喜んだかというと、そうではない。
 実は、蒼馬が「鉄の宣言」を発したとき、彼女たちはいまだ性奴隷として囚われたままだったのである。
 なぜ、それほど彼女たちの解放が遅れたかというと、その理由はドワーフたちにあった。
 エルフとドワーフは、神話の時代からの仇敵同士である。ドワーフたちが反乱を起こしたときも、仇敵であるエルフの女性たちに危害を加える真似まではしなかったが、率先して解放することもなかったのだ。
 そのため蒼馬が彼女らの存在を知ったのは、「鉄の宣言」を終え、いよいよ迫り来る討伐軍を迎え撃つためにボルニスの街の様子を調べたときである。
 エルフの女性たちが性奴隷として囚われていると知った蒼馬は、すぐさま彼女らを解放した。そして、彼女たちを人目に付きにくい領主官邸の部屋に住まわせ、その世話をゾアンの女戦士たちに頼んだのである。
 この蒼馬の対応は、もちろん彼女らのそれまでの境遇を(おもんばか)ってのことだ。
 しかし、エルフの女性たちは、そう考えなかった。
 仇敵ドワーフを従えた新たな人間の主人が、その住居に略奪品として自分たちを集めているとしか思っていなかったのである。
 ところが、待てど暮らせど、新しい主人が彼女たちの(もと)へやってくることはなかった。そればかりか、姉妹のひとりとして(ねや)に召し出される気配もない。当初はこちらを監視していると思っていたゾアンの女戦士たちも、ずいぶんとこちらを気遣っているように感じられる。
 そんな状態のまま1週間、2週間と時が経つにつれ、だんだんとエルフの女性たちは不安を覚え始めた。
 何か、おかしい。
 本来ならば喜ぶべき状況だったが、その境遇から悲観的にものを考える彼女たちは、何か自分たちが想像し得ない恐ろしい状況に陥っているように錯覚したのである。
 この誤解には、蒼馬の怠慢にも責任があった。
 本来ならば、彼女たちを解放したときに「鉄の宣言」についても説明するべきだった。また、それができなかったとしても、エルフの女性たちが部屋に閉じこもったままであることや様子がおかしいことは、ゾアンの女戦士たちから報告を受けていたのだ。いくらでも手を打つ時間はあった。
 ところが、蒼馬は彼女たちを放置し、何の手も打たなかったのである。
 しかし、それも無理はなかった。
 何しろ蒼馬は、これまで一度として女性と交際した経験がない。そればかりか学校でも会話するのは男友達ばかりで、挨拶程度のものを除けば、まともに会話をした異性と言えば、母親の名前しか上がらない始末である。
 そんな女慣れしていない蒼馬が、人間の男たちの獣欲の餌食となり、辛酸を舐めつくしてきたエルフの女性たちとの面会に気後れしてしまうのも当然だろう。
 蒼馬もマズいとは思いつつも、迫り来る討伐軍への対応を口実に、エルフの女性たちへの対応を先延ばし先延ばしにしてしまっていたのである。
 そのような宙ぶらりんな状態が続き、しだいにエルフの女性たちの間に不安が(つの)り始めるたとき、ひとりの女性がその腰を上げた。
 彼女の名前は、エラディア。
 遠く帝国の地から売られてきたエルフの高級娼婦である。

                ◆◇◆◇◆

 大陸の中央部にある皇帝が住まう帝都より、やや南東に行った場所。
 そこには、人間を寄せつけない深い古代の森があった。
 しかし、それは過去の話である。今では、そこにあるのは帝国が建国したばかりの争乱期に帝国軍の武具の製造を一手に引き受けていた大工廠だ。その周辺は、かつて絨毯のように地衣類が覆っていた地面は鉱石採取のために掘り返されて赤い土がむき出しになり、天に大きく枝葉を広げていた木々は燃料として一本残らず伐採され、荒れた土地に成り果てていた。もはや、そこに昔日の面影はない。
 その失われた古代の森こそが、エラディアが少女となるまで過ごした故郷である。
 あの日、亜人類根絶と領土拡大を求めて森に攻め入った帝国軍によって、彼女の人生は大きく変えられてしまった。
 故郷を焼かれ、父を失ったばかりか、自らも帝国軍に捕えられたエラディアは、同じような境遇の姉妹たちとともに鉄の檻に入れられ、帝都と呼ばれる石の都に連れて行かれた。
 そして、そこでエラディアは、競りにかけられたのである。
 彼女を落札したのは、枯れ木のように()せ細った身体の老人だった。死神に襟首を掴まれかかった死にかけの老人だったが、その目だけは脂ぎった欲望にギラギラと輝いていたのを覚えている。
 落札されたその日の夜、エラディアは老人に純潔を奪われた。
 それからも、彼女は毎晩のように犯された。少しでも抵抗したり、反抗的な態度をとったりしただけで、老人は容赦なく杖で殴ってくる。それはまるで、覚めない悪夢を見続けているような毎日だった。
 そんな地獄の中で、いつしかエラディアは、自分がふたつに分離していることに気づく。
 ひとつは相変わらず寝台の上で老人に組みしだかれ、犯されている自分の身体。
 そして、もうひとつはその光景を上から淡々と見下ろしている、もうひとりの自分。
 まるで自分とそっくりな人形を主人公にした恐ろしく出来の悪い悲劇を鑑賞しているかのような、現実感が喪失した不思議な感覚だった。
 それはエラディアが、(みじ)めで辛い体験を肉体に押し付け、自分の意識を外に追いやることで、心を守ろうとする自己防衛だったのだろう。
 それが幸か不幸かは定かではないが、少なくともエラディアは泣くことはなくなった。
 それからしばらくして、老人はあっさりと亡くなってしまう。生に妄執(もうしゅう)していた老人が、エラディアの身体に溺れ、かえって寿命を縮めたのだから皮肉な結果だ。
 再び競りに出されたエラディアは、別の男に買われると、そこでもまた犯される。そんなことを何度か繰り返すうちに、エラディアは男に(こび)を売り、寝台の上で(よろこ)ばせる(すべ)を覚えた。
 すべては父の最期の言葉を守るためである。
 すべてのエルフを救うことはできない。ならば、せめて目に入る範囲だけでも自分の姉妹たちを救う。そのためには、自分を(むさぼ)る醜い人間の男たちに影響を及ぼせるぐらい気に入られなければならない。
 幸いと言うか、エラディアはエルフの中でも群を抜いた美女に成長していた。
 風にそよぐ黄金色の麦畑を思わせる、わずかに波打ちながら腰下あたりまで伸ばされた長い金髪。絞りたての乳のように白く、触れれば蜘蛛糸のように柔らかく指に吸いつく肌。すっと一本の筆を引いたような細い眉に、すっきりと通った鼻筋。やや厚みがある唇は官能的で、その深い緑色の瞳とともに、男の心を(とろ)かせる。
 かつて帝国ではそれなりに名の知れた詩人は、彼女の美貌をそう表現したと言う。
 その美貌を武器に、エラディアは数えきれないほどの男たちを(とりこ)にし続けてきた。
 そして、帝国の傘下にある、とある大国の王に飼われていたときである。
 いつものように彼女はその美貌と磨き抜いた手練手管を用いて、(またた)く間に王を骨抜きにし、姉妹たちの生活が少しでも良くなるように働きかけようとした。
 ところが、そこに思わぬ邪魔が入る。
 それは、嫉妬に狂った王妃だった。
 亜人種の娼姫を囲うような王は、たいてい夫婦仲が冷め切っているものだ。そればかりか、妃は妃で男娼とよろしくやっていることもままある。
 実際、その王妃も両手の指では足りない数の愛人や男娼を抱えていたのだが、それでも夫である国王が他の女にうつつを抜かすのが我慢できなかったようだ。
 王妃は国王が公務で国を空けるのを見計らうと、すぐさま御用達の奴隷商人を呼びつけて、エラディアを売り払ってしまったのである。王妃がエラディアを殺さずに奴隷商人に売り払ったのは、慈悲からではない。
 この時代、世界の中心は帝国のある大陸の中央地帯であり、ホルメア国がある大陸の西域などは文明などない蛮地(ばんち)というのが、帝国人の認識であった。王妃はただ殺すだけでは満足せず、エラディアを野蛮人たちの(なぐさ)み者にしてやろうとしたのだ。
「醜い野蛮人どもに、そのふしだらな身体をせいぜい可愛がってもらうのですね」
 自分を奴隷商人に引き渡すとき、ありったけの侮蔑を込めて王妃が罵るのにも、エラディアは毛ほどの屈辱も感じはしない。そればかりか、薔薇の花と讃えられた王妃の美貌が憎悪に歪むのに、人間とはこれほど醜くなるものかと感心すらしていた。
 相変わらず身体から意識を乖離(かいり)させていたエラディアからすれば、これも彼女が鑑賞している出来の悪い悲劇の一部でしかなかったのである。
 帝国から西域までの船旅は、決して悪いものではなかった。高価な商品であるエルフたちの待遇は、他の奴隷と比較すれば雲泥の差がある。特に王族すら相手にしていた高級娼婦であるエラディアの扱いは格別であった。
 数か月の船旅を経て、ジェボアという国にたどり着いたエラディアは、奴隷商人によって「帝国より来たエルフの美姫」という触れ込みでお披露目されると、(またた)く間に大きな噂を呼んだ。
 しかし、彼女につけられた売値は、美しいエルフの高級娼婦だとしても目が飛び出るほどの金額だった。彼女の美貌や経歴を考えれば妥当なものだったのだが、さすがに豪商や大貴族たちも二の足を踏み、当の奴隷商人ですらすぐには売れないだろうと思っていた。
 ところが、すぐに買い手が名乗り出る。
 ホルメア王家御用達の奴隷商人であった。
 ひと月ほど後に(もよお)されるホルメア国王ワリウス・サドマ・ホルメアニスの生誕祭の目玉となる奴隷を探していた、この奴隷商人にとって、エラディアはまさに打ってつけの奴隷だったのである。この思わぬ収穫に満足した奴隷商人は、一刻でも早くエラディアを国王に引き渡そうと、予定を繰り上げてジェボアを発つことにした。
 そして、最初に訪れたホルメア国の街、ボルニス。
 そこでエラディアは、蒼馬と出会う。
 ようやく登場したエルフ。残念ながら、ガチムチじゃありません。
 後編でエラディアと蒼馬の出会いを書いてから、再び戦場に話は戻ります。

 あと、ダリウスがエルフの存在に気づけなかったのは、いろいろな偶然が積み重なった結果です。

蒼馬「鉄の宣言!」
ゾアン、ドワーフ、ディノサウリアン「鉄をよこせー!」
トゥトゥの密偵「ガチムチ3種族が反乱を起こしました!」
エルフたち「(´・ω・`)ショボーン in 奴隷部屋」

ダリウス「ボルニスへ進撃!」
街から逃げた住人「ガチムチ3種族ばかり1000人ぐらいいましたよ!」
エルフたち「(´・ω・`)ショボーン in 領主官邸」

エルフたち「ソーマ様のために戦うわよ! (`・ω・´)シャキーン in 陣地」
ダリウス「ど、どこからエルフが沸いて出た?!」

2014/6/15 誤字修正
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