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破壊の御子 作者:無銘工房

燎原の章

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第58話 陣地-1

「本当に、そんなことができるのか……?」
 半ば茫然とした状態でガラムは蒼馬に問いかけた。
「正直言って、僕にもわかりません」
 ここであからさまな見栄を張っても仕方ないと思った蒼馬は、ありのままを話す。
「机上の空論かもしれない。だけど、この戦力差で敵を迎え撃つ策は、僕にはこれしか思い浮かびませんでした」
「もし、仮に策が見破られていたら? いや、単純に俺たちが敵の本隊を崩せなかったら、どうなる?」
 ガラムの指摘に、蒼馬は一瞬言葉に詰まる。しかし、意を決して答えた。
「全滅です」
 誰かの唾を飲む音が、やけに大きく響いた。
「勝利か、全滅か……」 
 蒼馬が言うように、敵本隊を突き崩せなければ突撃したゾアンたちはもとより、残された本陣も包囲されて殲滅されるだけだ。ガラムは失敗したときのあまりの損害の大きさに、この策に賛成するとはとても即答できなかった。
 そのガラムに代わってズーグがひとつ笑うと、
「面白いではないか。俺たちの何倍もの敵のどてっ腹に突撃するわけか!」
 先のないゾアンの未来を憂い、その苛立ちから荒れていた頃を思わせる獰猛な笑顔で言った。
 しかし、ズーグも馬鹿ではない。ガラムはその笑顔の中に、危険を承知した上での覚悟を見て取る。
 続いてドヴァーリンも口を開いた。
「早く決めてくれ。陣地を築くのにも時間が欲しい」
 それは蒼馬が提案した策の承諾に他ならなかった。
 他の人々も似たような感じである。嬉しそうに尻尾でビタビタと床を叩いているジャハーンギルなどは言わずもがなだ。
 何のことはない。すでに皆は乗る気になっている。
 ガラムは、にやりと笑った。
「……いいだろう。俺もこの賭けに乗ろう」
 そうと決まれば話は早かった。
 ある者は武具の手入れに、ある者は資材の調達に、またある者は糧食の確保へと、各自がそれぞれのやるべきことをするために部屋から次々と飛び出していく。
 同じように部屋を出ようとしたガラムとバヌカを蒼馬は呼び止める。
「ガラムさんとバヌカさんは、残ってください。お話しておきたいことがあります」
 ふたりは今さら何をと、互いの顔を見合わせた。

                ◆◇◆◇◆

「わしらドワーフは、陽の届かぬ坑道で生活しておったのだ。月明かりさえあれば、さして不自由はないわ。それよりも時間が惜しい」
 そう言ったドヴァーリンたちドワーフだけを先発させ、蒼馬とゾアンやディノサウリアンたちが街を出たのは翌日になってからである。
 ここでみんな(そろ)って夜間に街を出てしまえば、街の住人に「討伐軍を恐れて逃げ出した」と思われてしまう。そこで焦る気持ちをぐっとこらえ、蒼馬はドワーフたちだけを先に行かせ、他の者たちの移動は夜明けを待ってからにさせたのだった。
「この街を戦場にするつもりはありません。僕たちは街を出ます」
 早朝から無理やり呼び出された街の顔役たちを前にして、蒼馬はそう言った。
 自分たちから街を攻めておいて戦場にする気はないというのは、何とも恩着せがましい台詞だとは蒼馬も思ったが、つとめて傲慢(ごうまん)な態度を装う。顔役たちも、当然それに突っ込むような真似はしない。街が戦場となるのを避けられたのに、誰もが素直にホッとした顔を見せる。
 しかし、次の蒼馬の言葉に、その笑顔のまま顔役たちは固まってしまう。
「でも、討伐軍を蹴散らしたら、すぐに戻ってくるつもりです」
 蒼馬は、にこりと笑って見せた。
「そのとき、あなたたちとは友好的でありたいですね」
 ようは「僕たちは街から出るけど、その間に下手な真似をするなよ」と、大きな釘を刺したのである。そして、その笑顔のまま蒼馬は後ろに控えていたジャハーンギルに合図を送った。
 すると、ジャハーンギルが率いるディノサウリアンの一団が、雄叫びを上げて街門に群がる。彼らは武器で殴りつけ、掴んでは揺さぶり、(またた)く間に門扉を倒してしまう。
 さらにジャハーンギルが調子に乗り、倒れた門を踏み砕いてバラバラにすると、その破片を周囲に投げ散らかし始める。
 実は、この門扉には事前にいたるところに切れ込みを入れたり、金具を緩めたりして壊しやすくしてあったのだ。
 それはというのも、自分らが街に戻ってきたとき立て()もろうとしても無駄だと言うのを顔役たちに思い知らせておくために考えられた演出だからである。ところが、それを考え出した蒼馬も、ジャハーンギルのはしゃぎっぷりにはさすがにドン引きしてしまった。
 しかし、それだけ脅しの効果は抜群である。ジャハーンギルの狂態に、さすがの顔役たちも一様に顔色を失い、中には腰を抜かして座り込む者まで出た。
 これだけ脅せば十分だろうと思った蒼馬は、ことさら余裕を見せるために、ゆっくりと街から出たのである。
 陣地を築く予定地に蒼馬たちが着くと、すでに昨夜のうちから行動を起こしていたドヴァーリンたちドワーフが、森の奥から切り出した木を次々と運んでいるところだった。
 ドヴァーリンの姿を探すと、彼はドワーフの中でも特に土木技術に優れた者たちと森の手前で車座になって額を突き合わせているのが見つかる。
 こちらが声をかけるよりも先に気づいたドヴァーリンは、ひとり車座から抜けると蒼馬たちのところへ歩いて来た。
「ようやく来おったか。こっちは、夜を徹して作業を続けておるというのに、のんきな奴め」
 それは冗談だとわかっていたが、ごめんなさいとひとつ頭を下げてから蒼馬は尋ねる。
「陣地は、どんな感じにするんですか?」
 ドヴァーリンは苦い顔で髪をかきむしった。
「はっきり言うて、今からでは時間がない。せいぜい(ごう)を掘り、その内側に土手を作り、柵を立てる程度しかできまい。あとは、陣地の内部は平らに整地するつもりじゃ」
 蒼馬が戦う上で参考にしている戦記ものの小説や漫画では、戦術などの策の描写は多いが、陣地構築についての描写はあまりない。下手に口出しするよりも、ここはドヴァーリンにすべてを任せるしかないと思った。
「ドヴァーリンさんの良いと思うようにやってください」
「おう! 任されたわ!」
 ドヴァーリンは、自分の分厚い胸板をどんっと叩いた。それから後ろを振り返ると、こちらの様子をうかがっていたドワーフたちに声をかける。
「さあ、(ごう)を掘るぞ! 掘り起こした土は内側に盛り、板で叩いて固めて土手にするのじゃ!」
 ドワーフたちは「おう!」と短く応えると、(すき)鶴嘴(つるはし)などを手に立ち上がった。
 この世界のドワーフは、洞窟や自らが掘った坑道などを住居とすることが多い。ドヴァーリンの故国である黒曜石の王国なども、黒曜石を採掘していた坑道をもとに地下に築かれた王国である。ドワーフたちは地下での暮らしによって、他の種族では到底及びつかない優れた土木技術を持つようになったのも当然だろう。
 そして、ドヴァーリンたちはその噂に名高いドワーフの土木技術をいかんなく発揮して見せた。
 彼らの鋤の一振りで驚くほど大量の土が掘り起こされる。そして、その掘り起こされた土は、そのまま鋤によって土手を作るところへ放り投げられるのだが、ただ放り投げているようにしか見えないのに、そこには測ったかのように均等に土が盛られていくのだ。
 わずか100名あまりのドワーフたちによって、まるで魔法のように壕が掘られていくのを蒼馬たちは唖然とした面持ちで眺めるしかなかった。
「なんじゃ、おぬしら。とっとと手伝わんか!」
 突っ立ったままでいる蒼馬たちに気づいたドヴァーリンが不機嫌そうな声を上げたのに、皆は慌てて手伝おうとしたが、何をどうすればいいのか分からない。その様子に、やれやれとでも言うように小さく首を振ってからドヴァーリンは近くのドワーフに声をかけた。
「おい! こいつらの面倒を見てやれ」
 (ひげ)を三つ編みにしたそのドワーフの指示で、ゾアンやディノサウリアンたちも土を掘ったり、掘り起こした岩を退かしたりといった作業に加わった。
 蒼馬もまたそれに加わろうとしたのだが、
「邪魔じゃから、あっちに行っとれ!」
 と、すぐにドヴァーリンに追い出されてしまった。
 しかし、それも仕方がない。土を掘り起こそうと(すき)を振るっても、鋤の先は少しも地面に食い込まない。土を運ぼうとしても、非力な現代日本人である蒼馬が使う分の道具を他の人に渡して使わせた方が効率は良いと言う有様だ。
 すると、それを見かねたガラムが背負い(かご)をふたつ持って来た。
「石拾いならできるだろう。これを持ってシェムルとやってきてくれ」
 陣地を築くのと同時に、戦いの準備も進めなくてはいけない。投擲用の石を拾うための籠を渡しながら、ガラムは蒼馬に小さくうなずいて見せる。
 それに蒼馬は、はたと気づく。
 実は、蒼馬はシェムルに伝えねばならないことがあったのだが、それをどう切り出せばよいか悩んでいたのだ。その機会を作ってやろうと言うガラムの意図を察した蒼馬は、その感謝も込めて「ありがとう」と言う。
「よし! いくぞ、ソーマ」
 蒼馬と同じように籠を背負ったシェムルは張り切って、西にある岩がところどころに顔を突き出している裾野の方に足を向ける。
 慌ててそれについていった蒼馬だったが、機嫌良さそうに鼻歌交じりに石をひょいひょいと拾っていくシェムルに、なかなか話しかけるきっかけが掴めない。
 結局、蒼馬は言いそびれたまま、昼飯の時間になってしまう。
 裾野に突き出た岩のひとつに腰を下ろし、シェムルが用意してくれた昼食を食べながらも、蒼馬は思い悩んでいた。すると、逆にシェムルの方から尋ねられる。
「なあ、ソーマ。少し教えてほしいのだが――」
「……?! え? なにを?」
 自分がシェムルに言わなければならないことを躊躇(ためら)っているのに気づかれたかと(あせ)る。
 しかし、シェムルが尋ねたのは、別のことだった。
「おまえの恩寵について、だ」
「ああ。僕の恩寵か……」
 ひそかにホッと胸を撫で下ろした蒼馬に、シェムルはうなずいて見せる。
「うむ。昨夜の説明だけでは、よくわからないぞ。おまえの恩寵は、傷つけたり壊したりできないというだけなのか?」
 シェムルとしては、これから蒼馬を支えていくには、その恩寵をよく知っておかなければならない。それは当然の質問であったが、蒼馬は返答に窮した。
「……本当は、僕もまだよくわからないんだ」
 何と説明すればいいのか思い悩んだ蒼馬は、実際にやって見せた方が良いだろうと考えた。
「ちょっと見ていて」
 食べかけの干し肉の塊を載せた皿代わりの大きな葉を地面の上に置く。そして、護身用に渡されていた山刀を逆手に握ると大きく振りかぶって、それを干し肉に突き立てた。
 しかし、山刀は干し肉に突き立つどころか、その切っ先すら少しも刺さりはしない。
 それをシェムルに見せてから、今度はその干し肉を手にすると山刀で一部を削いで、それを口にして見せる。
 干し肉を咀嚼する蒼馬に、シェムルは小首を(かし)げた。
「よくわからないな。刺すのはダメで、切るのは良いのか?」
 噛み砕いた干し肉を飲み込んでから蒼馬は答える。
「僕も、まだよくわからないんだけどね。ただ刺そうとするとダメみたい。でも、食べるために削り取るのは良い? そんな感じ」
「どう違うのか、私にはさっぱりわからないぞ」
 不満そうに鼻にしわを寄せるシェムルに、蒼馬は苦笑する。
「ほら。食べるのに切り分けたりするのを『傷つける』とか『破壊する』って言わないでしょ? たぶん、そう言うことだと思う」
「ずいぶんと曖昧なものなんだな」
 シェムルは呆れたように言う。
「うん。だから、傷つけたり、壊したりできないのを利用して、便利に使おうと思っていると、すごいしっぺ返しを食らいそうな気がする」
「アウラという奴は、とことん性悪な奴としか思えないぞ」
 その意見には蒼馬も強い同感を覚える。誰がどう聞いても、このような恩寵はアウラの蒼馬への嫌がらせとしか思えないだろう。
 しかし、蒼馬が恩寵から感じているのは、それだけではなかった。
「この恩寵から、もっと悪意みたいなものを感じるんだ」
 ただならぬ言葉に、シェムルは眉根を寄せる。
「おまえが、私たちから離れられないようにするだけではないのか?」
「それだけがアウラの目的なら、もっと違う形にしたんじゃないかって思う。この恩寵をもらったときは、すでに僕は戦うのを決めていたし、何より今さら逃げ出せなくなるようにアウラ自身に仕向けられていたんだから」
 蒼馬は自分の広げた右手の平に視線を落とす。
「だから、この恩寵にはもっと違う目的があるんじゃないかなって、そう思うんだ」
「……なるほどな」
 シェムルは食べかけの団子をひょいと口の中に投げ入れると、何度か口を動かしてから、それを飲み込む。それから(つと)めて明るい口調で蒼馬に言った。
「しかし、それは『()らぬ毛皮の質を(うれ)う』というものではないか?」
 毛皮の善し悪しをまだ狩りもしないうちから思い悩むのは無駄なことである。それと同じように起きてもいない出来事に思い悩むのは無駄だと言う意味のゾアンの格言だ。
「そうかも、ね……」
 まだアウラという女神についても、与えられた自分の恩寵についてもわからないことばかりである。今ここでアウラや恩寵についてあれこれ考えても、答えは出ないだろう。
 アウラと恩寵について考えるのは、今はここまでにしておくことにした。
 解決したわけではないが、悩みの種のひとつであった恩寵の問題に、蒼馬の中で一応の区切りがつけられたことで少し心が軽くなる。
 それを見計らったように、シェムルが言った。
「それで、ソーマから私に何か言いたいことがあるのではないか?」
 蒼馬はびくりと小さく身体を震わせた。
 何のことはない。蒼馬が自分に何かを伝えられずに思い悩んでいたのに、シェムルはとっくに気づいていたのである。そして、それを切り出す機会をわざわざ作ってくれたわけだ。
「……やっぱりシェムルには、かなわないなぁ」
 誰よりも自分のことを理解し、そして気遣ってくれるシェムルに、蒼馬は両手を上げて全面降伏する。それにシェムルは、当然だとばかりに鼻の穴を大きくした。
 蒼馬は真剣な面持ちになると、シェムルと真正面から向き合う。
 そして、強い決意を込めて、こう言った。
「シェムルは、伏兵に回ってほしいんだ」
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