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破壊の御子 作者:無銘工房

燎原の章

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第53話 閃き

 窓際に立ったシェムルは、遠くで打ち鳴らされる太鼓の音に耳を澄ませる。叩かれる太鼓の拍子が意味するのは、『襲撃』『失敗』『敵』『罠』だ。
「襲撃は失敗した。敵に罠があった」
 その言葉に、後ろにいた蒼馬が息を呑む気配がする。
「……! やっぱり。ガラムさんとズーグさんは、大丈夫なの?!」
「落ち着け、ソーマ。太鼓の音が聞こえない」
 シェムルに言われ、蒼馬は慌てて口を閉ざす。
 続いて叩かれた太鼓の拍子は、『撤退』『失う』『10』『4』『仲間』である。『失う』は失敗したというよりも、何かをなくしたと言う意味が強く含まれた打ち方だ。それならば、撤退できたが何かを失ったと言う意味だろう。そして、続く『10』『4』『仲間』が失ったものと考えるのが普通だ。
「撤退できたが、14人の同胞を失った」
 シェムルは(つと)めて淡々と太鼓の音が告げる内容を口にするが、それでも蒼馬は敵の罠を見抜けなかったのを叱責されているように感じ、自分の見通しの甘さに歯噛みする。
 さらに太鼓の音が続いていくと、シェムルは自分の耳を疑った。
 シェムルだけではない。その場にいたゾアンたちが、いっせいにただならぬ様子で立ち上がると、窓辺に寄って太鼓の音に耳を澄ませた。
 重要な情報は確実に伝えるために必ず2度打ち鳴らされる決まりになっている。もし聞き間違いでなければ、同じ太鼓の拍子が打たれるはずだ。
 そして、やはり同じ太鼓の拍子が打ち鳴らされた。
 その太鼓の音が告げた内容をシェムルは、ほとんど無意識に口にする。
「敵は、黒い獣」
「黒い獣……?」
 おうむ返しに尋ねる蒼馬の声に我に返ったシェムルは、胸中の怒りを吐き出すように大きく息を吐いた。それで、いくぶん冷静さを取り戻したシェムルは蒼馬に言う。
「かつて、平原で我らゾアンの全氏族連合軍を打ち破った敵が掲げていた旗だ」
 今ひとつ理解しきれない蒼馬の代わりに、血相を変えたのはマルクロニスだった。
「それは、黒地に金糸で獅子の横顔をあしらった旗のことか?」
「しし? それが髪の毛を生やした獣のことなら、そうだが……」
 シェムルの答えに、マルクロニスは大地が傾くような衝撃を受け、よろめいた。
「そ、その旗は、ダリウス将軍の旗だ……!」
「ダリウス将軍? 知っているんですか?」
 激しく動揺しながらも、蒼馬の言葉に何とか答える。
「知らないはずがない。ホルメアの名将と呼ばれた老将だ。しかし、まさか、閣下が自ら……?!」
 ホルメア国軍にいて、ダリウス将軍を知らないわけがない。マルクロニスもかつてはダリウス将軍の下で幾度となく槍を振るっていたのだ。
 しかし、ダリウス将軍が自ら討伐軍を率いて出て来るとは予想外だった。宿敵であるロマニア相手の戦ならばともかく、最近では国内の反乱程度ならば自らの老齢を理由にして指揮官には若手の将校らを()していたはずだ。もちろん老齢であると言うのは方便で、若手将校らに実戦経験を積ませる意図からだが、てっきり今回もそうだとばかり思い込んでいた。
「ダリウス将軍……」
 蒼馬はようやく知った敵将の名を噛みしめるように口にした。
「どんな人でしょうか?」
「手堅い堅実な戦をされる方だ。相手を(あなど)らず、決して(おご)らず、まるで遊戯盤の定石を打つように、確実な手を打って相手を追いつめる。そんな方だ」
 それは、厄介な相手だ。特に今回のような味方が少なく敵が多勢である場合では、敵将の慢心や油断を突くのが常道とされている。しかし、今回の奇襲を見破り、逆に罠を仕掛けてくる手際からは、マルクロニスが言ったように一切の慢心も油断も感じられない。
 蒼馬は頭を抱えて座り込みたいのを我慢し、今考えられる限りの手を打つ。
「ガラムさんに連絡を。戦士を数名だけ討伐軍に張り付けて、急いで戻るように伝えて!」
 たとえ少数であろうとも、ゾアンの姿が見えれば襲撃を警戒し、その行軍の足は遅くなるはずだ。そうしてわずかでも時間を稼ぎ、その間に打開策を考えねばならない。その指示を受け、戦士のひとりが急ぎ太鼓を打ちに行く。
 続いてマルクロニスに退室をうながすと、こっそりとゾアンの戦士に彼の監視を厳しくするように指示する。ダリウス将軍の名前を出した時の彼の様子から、この()に及んで何かしでかさないとも限らないからだ。
 さらに、同じように激しく動揺したシェムルから、他のゾアンの様子も確認しておく必要を感じた蒼馬は、シェムルに言った。
「シェムル。悪いけど、街の外にいるみんなの様子を見てきて」
 広い平原で生活をしていたゾアンは、周りを取り囲まれた環境を好まないため、街の治安を維持するのに必要な戦士以外は、街壁の外の平野で居住していた。
「ああ。では、一緒に行こう」
 当然ながら蒼馬とともに行くつもりだったシェムルに、蒼馬は首を横に振る。
「ごめん。シェムルだけで行ってきて。僕がいたら、みんなは本心を隠しちゃうかもしれないから」
 蒼馬と別行動を取るのを躊躇(ためら)うシェムルだったが、そうも言っていられない状況だと言うのは彼女にも分かっていた。それでもかなり渋りながら、近くにいたシャハタに声をかける。
「シャハタ。すまないが、ソーマの護衛を頼む」
「お任せください、御子さま」
 シャハタが快諾すると、ようやくシェムルはその場を後にした。
 そうして、シェムルを送り出した後で、蒼馬はがっくりとうなだれる。
 最悪だ。
 蒼馬は机の上に広げられた地図に目を落とす。橋から自分らがいるボルニスまで、もはや奇襲を仕掛けられそうな場所はなかった。野営しているところに夜襲をかけようかとも考えたが、今回の奇襲を見破った相手が、今さらその程度の攻めを予想できないはずがない。
 だが、とてもではないがまともに野戦や籠城戦で勝てるとは思えなかった。
「どうする? どうすればいい?」
 しかし、今さらそう簡単に良い案が思い浮かぶわけもない。
 街を放棄して、平原に一時撤退するか?
 そんな考えが思い浮かぶが、それは一時しのぎにしかならないのは分かり切っている。そんな逃避に思考が傾いてしまっている自分の不甲斐なさに、蒼馬は自ら両頬を挟むようにひっぱたき(かつ)を入れた。
 しかし、自分が思った以上に強く叩いてしまい、喝が入るどころか目の前に火花が散る。
「……! そうだ。あれがあるじゃないか!」
 そのとき、蒼馬の脳裏に浮かんだのは、現代日本で読んだライトノベルや漫画で自分と同じように異世界に召喚された主人公が使っていたものだ。
 もし、それを実現できれば、現在の苦境など文字通り吹き飛ばせる。
 それほどの起死回生のアイデアだった。
 部屋から飛び出そうとする蒼馬を慌ててシャハタは追いかける。
「ソーマ殿! どこに行かれるのですか?」
 蒼馬は速足(はやあし)のままシャハタに振り返り、こう言った。
「鍛冶場! ドヴァーリンさんに会いにいくんです!」

                ◆◇◆◇◆

 ボルニスの街外れにあった空き地は、今ではドワーフたちの鍛冶場になっていた。風よけの衝立(ついたて)に囲まれた鍛冶場では、いくつもの炉が轟々と炎を噴き上げ、赤く焼ける鉄を打ち鍛える音が鼓膜を破れとばかり響いている。
 この鍛冶場を統括しているのは、ドヴァーリンであった。一流の戦士であるだけではなく、故国の黒曜石の王国では工房ひとつを任されていたほどの職人でもあるドヴァーリンの指示によって、武具や籠城に備えた物資が昼夜を徹して製造されていた。
 シャハタを連れて鍛冶場に飛び込んだ蒼馬は、自らも上半身裸で(つち)を持って金床と向き合うドヴァーリンを見つける。
「ドヴァーリンさん、ちょっといいですか?!」
 周りの鉄を打ち鍛える音に負けないように声を張り上げた蒼馬に気づいたドヴァーリンは、周囲のドワーフたちに何やら指示をいくつか出してから、蒼馬の元にやってくる。
「ここではうるさくて話にならん。外に出よう」
 ドヴァーリンは鍛冶場から外に出ると、置いてあった水瓶から木桶(きおけ)()んだ水を頭からかぶる。まるで熱湯でもかぶったように体中から湯気を立ち上らせながら、髭を絞って水を滴らせたドヴァーリンは蒼馬に話をうながした。
「それで、わしに何の用じゃ?」
 蒼馬は勢い込んで尋ねた。
「知っていたら教えてほしいんですが、この世界には火をつけるとものすごい勢いで燃えたり爆発したりする黒い粉ってありますかっ?!」
「なんじゃ、それは? 燃える黒い粉とは、燃える黒い石か炭を粉にしたものか?」
 燃える黒い石とは、石炭のことである。この世界においても、ドワーフなど一部の者たちは地中から採掘した石炭を重要な燃料として使っていた。
「いえ。炭の粉も材料にしているんですが、他にもいろいろ混ぜて、もっと激しく燃えるようにしたものです」
 ドヴァーリンはしばらく頭をひねっていたが、申し訳なさそうに答えた。
「ふむ。……すまんが、そんなものは聞いたことがないのぉ」
「いえ! 知らない方が都合いいんです!」
 蒼馬は、ぐっと拳を握りしめた。
「やっぱり、この世界には黒色火薬はまだないんだ!」
 蒼馬が読んでいた異世界トリップものの漫画や小説から思いついたのは、黒色火薬だった。
 黒色火薬とは言わずと知れた、木炭と硫黄と硝石の3つを混ぜ合わせて作られる歴史上もっとも古い火薬である。
「これで勝ち目が出た。黒色火薬を使えばいいんだ」
 さすがに今から銃を作る時間はない。
 しかし、火薬を爆発させるだけで十分な効果があるはずだ。火薬が知られている現代ですら、火薬が爆発するときに出る音や光に驚かない人はいない。ましてや、いまだ黒色火薬を知らないこの世界の人間にとって、それは未知の恐怖だろう。
 日本人が初めて黒色火薬の武器と遭遇したのは、元寇で用いられた「てつはう」だとされている。これは陶器の器の中に無数の鉄片とともに黒色火薬を詰めたもので、導火線で火をつけて敵に投げつける擲弾(てきだん)のようなものだ。
 このときの記録によれば、爆発したときの煙や音で騎馬や武者たちは驚きすくみ、それで討ち取られた者も多いと言う。
 同じように重装槍歩兵の密集陣形の中で爆発を起こせば、大混乱が起こるのは間違いない。
「なんじゃ、そのコクショカヤックとは?」
「すごい武器です。これを使えば銃とか爆弾とか作れます」
 蒼馬は銃や爆弾について、自分が知る限りの知識をドヴァーリンに話して聞かせた。
 人に自分の知識を披露するのは快感である。蒼馬はついつい時間が切迫しているのも忘れ、自分が知る限りの黒色火薬とそれを使った武器について長々と語ってしまう。
 ドヴァーリンも初めて聞く武器の話に、ドワーフ職人の血が騒ぐのか、子供のように目を輝かせて聞き入っていた。
「ほう。ずいぶんと、すごいものだな。そのコクショカヤクとやらは」
「はい! 炭の粉と硫黄、それに硝石を混ぜてつくるんです。配合は僕にもわからないので、何度か実験をしなくちゃいけませんけど。――ああ、間に合うかな? 急いで取り掛からないと」
 一時も早く着手しなければと焦る蒼馬だったが、その顔は明るい。何しろ、もはや逃げるしかないかと思い悩んでいたところに思いついた光明なのだ。それも仕方ない。
 しかし、その光明も次のドヴァーリンの一言で消し飛んでしまった。
「ところで、炭の粉と硫黄は知っておるが、ショセキとはなんだ?」
「硝石ですか? それは――」
 蒼馬は硝石を説明しようとして、言葉に詰まった。
「えっと、何でしょうね……?」
 硝石とは、硝酸カリウムという硝酸塩の一種である。
 この硝酸カリウムは、それ自体は燃焼しないのだが、加熱すると分解して酸素を放出する性質を持つ。高濃度の酸素と可燃物が混在した状態で引火すると、爆発などの激しい燃焼反応を引き起こすが、硝石は黒色火薬の酸素供給源として配合されているのである。
 この硝石は乾燥地帯では鉱石として天然でも採集されているが、温暖湿潤な気候ではほとんど得られない。そのため、中世日本では屎尿などを微生物が分解する過程でできる硝石を抽出して得る古土法・培養法・洋式硝石丘法によって硝石を生産していた。
 しかし、現代日本においてごく普通の高校生だった蒼馬は、硝石という言葉は知っていても、それがどのようなもので、どうすれば手に入るのか知っているわけがなかった。
「なんじゃ。いくらわしらでも、知らないものは作りようがないぞ」
 呆れたようなドヴァーリンの言葉に、蒼馬は返す言葉もなかった。
 残念ながら、蒼馬の時代では黒色火薬は実用化されることはなかった。このセルデアス大陸で黒色火薬が実用化されるのは、このときより2百年ほど後のことである。
 初めて黒色火薬を実用化したのは、北方のドワーフたちの王国であった。彼らは大量の銃と爆弾を武器に、次々と隣国に侵攻し、ついには大陸全土の3分の2を支配する。
 その後、王国は皇国に名を改めるのだが、その皇国宣誓の儀にあたって初代皇王アルスィオーヴは次のようなことを述べている。
「我らに刃向う者どもよ、我らの武器を恐れよ! この銃と爆弾は、かつて我が先祖が偉大なる『破壊の御子』より直々に(たまわ)った破壊の御技である!」
 数百年の時を隔ててなお猛威を振るう「破壊の御子」の叡智(えいち)に、大陸中の人々は恐れおののいたと言う。

                ◆◇◆◇◆

 街の外にあるゾアンの野営地から街に戻ったシェムルは、思ったより同胞たちの動揺が少なかったため、心配していた蒼馬に良い報告ができそうだと安堵(あんど)していた。
 奇襲は読まれていたが、その直前に蒼馬から撤退の指示が出されていたため、大きな失態とは取られていなかったのが幸いだ。敵がゾアンと因縁のあるダリウス将軍とわかったことで、かえって同胞たちの戦意は高まっているぐらいである。
 それでも中には不安を覚える同胞もいた。
 そうした同胞たちには、シェムルが自ら声をかけ、蒼馬を信じてくれるように言い聞かせる。獣の神の御子であるシェムルから直接そう言われた同胞たちは、少なくとも表面上は落ち着きを取り戻し、変わらずに蒼馬を支持してくれると言ってくれた。
 本来ならば、一刻でも早く蒼馬の護衛に戻りたかったのだが、慌てて戻ればせっかく落ち着いた同胞たちに要らぬ動揺を与えてしまう。そこで、あえてのんびりと野営地を見て回ったため、思ったよりも時間がかかってしまった。
 急いで蒼馬がいるはずの領主官邸に戻ろうとしたシェムルであったが、街の門をくぐったところで、ちょうど鍛冶場から戻ってきた蒼馬とシャハタの姿を遠くに見つけた。
 さっそく報告してやろうと、まだこちらに気づいていない蒼馬に声をかける。
「おーい、ソーマ!」
 しかし、せっかく声をかけたと言うのに、蒼馬はこちらに気づきもしない。
 代わりに気づいたシャハタに、こちらを指し示されてから、ようやく気づいたようだ。
 だが、蒼馬はシェムルが手を振るのに軽く手をあげ返しただけで、すぐにうつむき加減になって歩き出してしまった。
 蒼馬に言われてみんなの様子を見て来たと言うのに、思いもよらない反応だ。てっきり自分が見聞きしたみんなの様子を真っ先に聞きたがると思っていたシェムルは、きょとんとしてしまう。
 しかし、それは蒼馬が道の角を曲がり、その姿が建物の影で見えなくなってしまうと、胸中に沸いたモヤモヤしたものに取って代わられる。
 シェムルは腕組みをすると、ムスッと顔をしかめた。
 蒼馬がどうしてもと言うので仕方なく護衛を離れ、わざわざ野営地まで(おもむ)いて同胞たちが動揺していないか見て回り、不安がる者たちをなだめてきたのだ。
 それなのに、あの態度はないんじゃないか、とシェムルは思う。
 そう、自分はがんばったのだ。臍下の君ならば、何を差し置いても自分の報告に耳を傾け、その労をねぎらうべきではないだろうか?
 もし、その場にガラムが居合わせれば「何をガキみたいに、すねているのだ」と呆れられそうなことをシェムルは大真面目に考えていた。
「……よし」
 シェムルは何か思いついたのか、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

                ◆◇◆◇◆

 黒色火薬に期待していた分だけ、蒼馬の失望は大きかった。
 しかし、いつまでもないものにこだわるわけにはいかない。今ある戦力で、押し寄せてくる討伐軍と戦う方法を考えなくてはいけないのだ。
 一刻の猶予もない蒼馬は、鍛冶場からの帰り道にも必死に頭を働かせていた。
 やはり戦うには、自分らの最大戦力であるゾアンの力を有効活用しなくてはならないだろう。
 では、ゾアンの力とはなんだ?
 それは四つ足で馬並の速度で駆ける、その機動力だろう。
 そして、その機動力を活かそうと思えば、平野で戦うしかない。機動力を活かして縦横無尽に駆け回り、相手の陣形の弱いところを攻め立てるのだ。
 しかし、見通しの良い平野では、攻撃をかけるよりもずっと前に見つかり、相手に迎え撃つ体勢を整えられてしまう。
 本来ならば、こうした軽装で機動力がある部隊は、前衛部隊が相手の動きを拘束してこそ威力を発揮する。だが、こちらにいる前衛部隊となれるドワーフやディノサウリアンたちは、わずか300名余り。とてもではないが7千もの討伐軍の攻撃を受け止め、その動きを拘束することなどできはしない。
 蒼馬はガシガシと頭をかきむしった。
 考えれば考えるほど、手詰まりだ。
「おーい、ソーマ!」
 そんな時、遠くから蒼馬を呼ぶ声が聞こえてきた。
 しかし、自分の考えに没頭している蒼馬は気づきもしない。代わりにシャハタが声のした方を見やると、どうやら街の外から戻ってきたところらしいシェムルが、こちらに手を振る姿が遠くに見えた。
「ソーマ殿。御子さまが、あそこで呼んでいらっしゃいますよ」
 シャハタにそう言われ、ようやく蒼馬は顔を上げた。
「……え? どうかしました?」
「あちらに、御子さまがいらっしゃいますよ」
 シャハタに指し示された方を見ると、そこではまるでご主人様に会えた子犬が喜びに尻尾をぶんぶんと振り回すように、こちらに大きく手を振っているシェムルの姿があった。
 しかし、これからどうすべきか思い悩んでいる蒼馬は、おざなりに手を振り返し、再び自分の考えに没頭してしまう。
 そんな蒼馬の態度に驚いたのか、シェムルは手を上げたままピタリと固まってしまった。
 そして、そのまま蒼馬が領主官邸に戻るために手前の道を曲がってしまうと、遠目でもわかるほど不機嫌そうな雰囲気をまとい始める。
 まずい。
 シャハタは、そう思った。
 ああして、腕組みをして口をへの字にする。女だてらにガキ大将だった幼いシェムルが時折見せた仕草だ。
 たとえば、足の怪我のせいで走れなくなった子供の頃の自分(シャハタ)が、悪ガキにからかわれていたところに遭遇したとき。たとえば、寝小便をお婆様に怒られたとき。
 そんな時に、幼いシェムルが見せた仕草である。
 そして、その仕草をして見せた後にシェムルは、ろくでもないことをしでかすのだ。
 自分がからかわれていた時には、まず率先してからかっていた奴に飛び蹴りを食らわしてから、残った悪ガキ連中を相手にひとりで大乱闘を繰り広げた。お婆様の時には、1日かけて山で集めた虫たちをお婆様が寝ている住居に投げ込んだ。
 どちらも、あまり思い出したくない記憶である。
 悪ガキのときは、みんなを叩きのめした後で「なんで、おまえも怒らない!」と自分まで殴り飛ばされた。お婆様のときは、なぜか止めようとしていた自分も一緒に捕まり、しばらくは座れなくなるほどお尻を平手で叩かれた。
 そんな苦い経験から、絶対に何かしでかすと思ったシャハタは、蒼馬に警告しておこうと呼び止める。
「ソーマ殿、ちょっといいですか?」
 しかし、すでにそれは遅かった。
「……え? 何か?」
 肩越しに後ろを振り返っていた蒼馬の前に、横合いから飛び出してきた何かが立ちはだかる。
 突然のことに、蒼馬は避ける間もなくそれにぶつかってしまった。わずかに後ろに飛ばされた蒼馬は、目を白黒させて自分のぶつかったものを確認する。
「不注意だな、ソーマ。しっかり前を見て歩かないとダメだぞ」
 それはシェムルであった。
「え? あれ? シェムル? で、でも、あっちにいたのに……?」
 つい先程まで、遠く道の先にいたはずのシェムルが目の前にいるのに驚く蒼馬の後ろで、シャハタがやれやれとでも言うようにため息をついた。
 蒼馬の数歩後ろにいたシャハタは、シェムルが蒼馬の前に現れる一部始終を見ていた。シェムルは近くの民家の脇から、蒼馬の前に跳び出してきたのである。おそらくは、軽く流されたのが気に食わなかった彼女は蒼馬を驚かせてやるために、わざわざ路地裏や住居の間を駆け抜けて先回りしたのだろう。
 さすがに大人げない、と呆れるシャハタだったが、シェムルは蒼馬が予想以上に驚いたのに得意満面といった様子だった。
「思い悩むのは仕方ないが、周囲に気を配るのを忘れてはいけないぞ。――いやいや、私たちのために頭を悩ませているのだから、やはり私が常に付き添い、ソーマを助けねばならないというわけだな」
 ひとり納得してうなずいているシェムルだったが、しばらくして蒼馬の反応がないのに気づく。見れば、蒼馬は目を見開いて、茫然としている。
「ソーマ? どうした……?」
 もしかして、ちょっとした悪戯のつもりが、とんでもないことをしでかしてしまったのではないかと不安になったシェムルが、恐る恐る声をかける。
 すると、固まっていた蒼馬が、いきなり声をあげた。
「そうだ! そうだったんだ! 僕は勘違いしてた!」
 突然、声を上げた蒼馬に、シェムルとシャハタが驚いて後ずさる。しかし、そんな二人に気づく様子もなく、蒼馬はひとり自分の世界を作ってしまう。
「えっと……それには地形を利用しなくちゃ。数の不利を補うには、地形を利用すべしって本にもあったし。ああ、でも、そんな都合が良い地形は……いやいや、とにかく探してみないと!」
 そう言うなり、いきなり蒼馬はその場から駆け出した。
「ソ、ソーマ?!」
「ソーマ殿、どうしました?!」
 それに慌てたシェムルとシャハタが、蒼馬を呼び止める。
「ちょっと街の外に行ってくる! みんなには心配しないでって言っておいてっ!」
 しかし、蒼馬は足を止めることなく、そう言い残して走り去ってしまった。
 奇襲に失敗したガラムとズーグが街に帰還した。迫り来る討伐軍を前に、ドヴァーリンやジャハーンギルらを集めて対策を練ろうとしたが、そこに蒼馬とシェムルのふたりの姿はなかった。
 突如、ふたりが姿を消したことに動揺する人々。
 しかし、そのときひとりのゾアンが声を上げた。
「蒼馬どのは必ず戻ります!」

次話「資格」

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友達に「どうせ黒色火薬で武器作って、『ドワーフすげえ』するんだろ?」と言われ、ついカッとなって書いた。今は後悔している。
 ついでに、よく上半身裸になるドヴァーリンにお色気担当疑惑が出るが、そちらは後悔していない。

 そんなわけで、本作品では黒色火薬は登場しません。いろいろ使い道があって便利なのに……。
 ちなみに蒼馬に硝石を抽出する知識があっても、今回の戦いには使えませんでした。古い民家の床下の土から抽出する古土法だと硝石(焔硝)を得るのに9日ぐらいかかったらしいです。土から侵出させ、それを濃縮して濾過して冷却して濾過して洗って乾かして煮て濃縮して……と、まあ手間がかかることかかること。
 南部藩が幕府の命令で古土法による焔硝を採ったときの記録によれば、使った土の量56,400貫(およそ211t)に対し、得られた焔硝は470貫(およそ1.8t)でしかなかったそうです。
 培養法は富山の五箇山や岐阜県の飛騨白川地域のみで行われていた、世界でも例がない方法らしい。米が作れない土地で農家が副業的に硝石を生産し、年貢として納めていたみたいです。
 そして、最後の硝石丘法。某有名漫画で一躍有名になった方法ですが、実はこの方法が日本に伝わったのは江戸時代後期にオランダかららしいです。本当に、某傾奇者な第六天魔王様の時代にあったのか、私が調べた限りではわかりませんでした。
 あと、戦国時代に切支丹大名が火薬1樽と、日本人の娘50人を奴隷として交換したという記録がありました。当時の戦国大名たちが、どれほど火薬を欲していたか良くわかりますが、たった1樽の代価が人間50人とは……。

8/7 脱字修正
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