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破壊の御子 作者:無銘工房

燎原の章

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第47話 宣言-3

 熱狂的に叫ぶ異種族たちの姿を広場の脇で見ているふたりの人間がいた。
 人間の街を落とした後の対応や施策についての相談役として砦から呼ばれたマルクロニス中隊長補佐と、セティウス小隊長である。
「何とも青臭いガキの正義ですな。世間知らずの世迷言に、何を熱くなっているのか」
 そう吐き捨てたセティウスに、マルクロニスは苦笑を浮かべる。
「そう言うのならば、その固く握った拳を開いてからにしろ」
 セティウスは、はっと自分の拳を見ると赤面した。
 恥ずかしそうに拳を背中に隠す部下から、再び熱狂が渦巻く広場へと目を移し、マルクロニスは言う。
「確かに、青臭いガキの正義だ」
 そして、マルクロニスもまた感じていた熱い想いを吐き出すように、大きくため息をついた。
「だが、それだけに男たちの心を揺さぶる」
 この世界に男子として生を受けた者ならば、巨悪を倒す英雄や一国一城の主になるのを一度は夢見るだろう。
 マルクロニスもまたそのひとりだ。少年のときから剣を手に、自分の夢に向かってがむしゃらに走り続けてきた。
 しかし、現実は残酷だ。戦場を潜り抜けるたびに、名もない傭兵が一国一城の主になるなんぞ夢物語でしかないことを思い知らされる。そして、いつしか明日の夢を語るより、今日の食い扶持(ぶち)を心配するようになっていた。
 だが、それでもなお幼い日の夢の残滓(ざんし)は、今も胸の内でくすぶっている。
 そして、今ひとりの少年が、自分らの果たせなかった夢――いや、それよりももっと大きなものに向かって走り出そうとしていた。
 自分らと同じように夢の道半ばで倒れるのか? それとも本当に夢の果てに至るのか?
 マルクロニスは、あの少年がどこまで行けるのか見てみたいと思った。
 それに、ホルメア国によって蒼馬たちが鎮圧されても、マルクロニスは砦の防衛を失敗した責任を取らされるだけだ。降格程度で済めばいいが、おそらくは斬首を覚悟した方がいいだろう。
 それならば、いっそこの熱い胸の思いに従うのも面白いかもしれない。
「ふむ。それも悪くないな……」
 マルクロニスが見たところ、ゾアンや奴隷だった者たちは軍隊という(てい)を成していない。また、ボルニスの街を落としても、それをどう扱っていいかわかっていないように思える。
 ならば、そこに自分の知識や経験を活かせる場もあるはずだ。
「いかんな。年甲斐もなく、胸が躍ってきたぞ」
 その不穏な独り言に驚いたセティウスが振り向くと、マルクロニスはまるで子供のように目を輝かせていたのだった。

                  ◆◇◆◇◆

 陽が落ちても、ゾアンと奴隷だった者たちの熱狂は冷めることはなかった。
 領主官邸やその周りに集まり、誰もが興奮したように語り合っている。しかも、驚くべきは、その語り合う者同士が決して同じ種族とは限らないのだ。
 ゾアンがドワーフに熱く語れば、その隣ではドワーフがディノサウリアンの肩を叩いて笑いを浮かべ、その向こうではディノサウリアンがゾアンへなみなみと酒を注いだ盃を突き出している。
 しかし、それは本来あり得ない光景だった。
 聖教を掲げる人間種族は当然として、それ以外の種族同士の関係も決して良いものではない。神話の時代から敵対関係で知られるエルフとドワーフほどではないが、いずれの種族においても互いの領分には決して踏み込まず、また踏み込ませない。それが不文律である。
 たとえばゾアンがドワーフに山刀を打ってもらうときも、要望を伝えて報酬を渡せば、いついつに山刀を取りに来いと言われるだけの割り切ったやり取りしかしないのだ。
 今日のボルニスのようにひとつの目的について異種族同士で語り合うなど、どの種族にもいるだろうごく一部の変わり者を除けばありえないものだった。ましてや、このように種族が異なる何百もの人が、一堂に会して語り合うなど、誰が想像し得たであろう。
 そんな光景を満足げに見やっていたのは、シェムルである。
 それを成したのが、自分がすべてを捧げた「臍下の君」であるのが、シェムルはたまらなく嬉しかった。胸の中で荒れ狂う歓喜の渦に、いてもたってもいられず、彼女にしては珍しく、蒼馬の警護をシャハタに頼み、ひとり夜の街を散策していたのである。
 領主官邸から少し離れると、そこは無人の街のように静まり返っていた。街を落とされたのは昨日の今日であり、また夜間の外出を厳しく制限しているため、それも仕方ないことである。
 しかし、ひとりで頭を冷やしたかったシェムルにとっては、それは好都合だった。
 青白い月に照らされた街の中を小さく鼻歌を歌いながら軽い足取りで歩いていた彼女は、ふと月が動いたような気がして顔を上げる。そそり立つ街壁の上に、今まさに差しかかろうとする丸い月を見上げた彼女は、鼻にしわを寄せた。
 ちょうど丸い月を背景にして、街壁の上に何者かの姿があったのだ。
 ゾアンと奴隷を合わせても千人を上回る程度の人数では万を数える住民すべてを監視できない。また、下手に厳しく監視するよりも、夜間の外出を制限する程度にとどめた方が住民の反発も少ないだろうと言う蒼馬の指示で、街壁の上には誰もいないはずだ。
 何か嫌な予感を覚えたシェムルは、山刀を引き抜くと、忍び足で街壁にあがる階段を上って行った。
 気配を殺して街壁の上をうかがったシェムルは、そこに意外なものを見た。
「……?! 人間の女の子?」
 いまだ血の痕が残る街壁の上にいたのは、白い貫頭衣のような服を身にまとった、ひとりの少女であった。少女は両手を広げ、くるくると舞っている。
 子供ならではの無鉄砲さから、親に黙って夜の街壁の上に、こっそりと遊びに来てしまったのだろうと思ったシェムルは、その少女に声をかけようとし、固まった。
「ああぁ! 私の可愛い、可愛い蒼馬!」
 少女は、明らかに彼女が敬愛する「臍下の君」の名前を口にしたのだ。
 いまだ街の住人たちのほとんどは、蒼馬の名前どころかその存在すら知らないはずである。たとえ知っていたとしても、このような場所で彼の名前を口にする理由がわからない。
 この少女は、明らかに異常だ。
 たとえ少女であろうとも、敬愛する「臍下の君」に危害が及ぶ恐れがあるものを見逃すわけにはいかない。この少女を捕えてそれを問い質し、事と次第によっては荒事も辞さない覚悟をシェムルは決めた。
 そして、少女に声をかけ、一歩を踏み出す。
「……!」
 しかし、それができなかった。
 なぜか身体が凍りついたように動かなくなり、声までが咽喉の奥で固まったように出ない。
 その異常事態に混乱するシェムルには気づかぬ様子で、少女は歌うように言葉をつづる。
「私の蒼馬。あなたの火種が、燃え上がる。ディノサウリアンも、マーマンも、ドワーフも、エルフも、ゾアンも、ハーピュアンも、人間すらも燃やし尽くす劫火となる火種が燃え上がった! 凍えた人たちは、温かさを求めて、あなたの火種に寄り添おうとする。でも、それはみんなを薪にして燃え上がる劫火。誰も彼も、あなたのために喜んで劫火に身を捧げ、あなたの名を呼び燃え尽きるの!」
 何なんだ?! 何なんだ、この少女は?!
 彫像のように固まったままシェムルは、胸の内で悲鳴にも似た疑問の声を上げた。
「ついに()かれたのは、破滅の種子! 傷ついた者たちは、安らぎを求めて、その大樹に寄り添うわ。でも、それは集った者たちを飲み込み、それを(かて)にして枝葉を広げる、破滅の大樹!」
 少女は自分の小さな身体を両腕で抱きしめると、甘く切ない声で言う。
「ああ、なんて愚かな蒼馬。みんなが目指すべき理想を示すため、あなたは英雄を演じるのね。みんなを助けるために、みんなを騙すなんて! みんなを騙すために、自分を騙すなんて! ああ、なんて愚かで滑稽(こっけい)で醜くて、そして何て愛しい蒼馬」
 少女の細く小さな足が、とんと街壁を踏む。すると、まるで重力から解き放たれたように、ふわりと浮きあがった少女の身体は胸壁の上に舞い降りる。
 一歩間違えば街壁の下まで真っ逆さまに落ちてしまうというのに、少女は恐れる素振りすら見せず、シェムルに背を向けて胸壁の上に立った。
「みんなを導くために、空っぽなあなたは上辺を飾り立て、偽りの英雄を演じる。上辺だけ美しく飾り立てた箱の中身は、空っぽなのに。
 いえ、そこに入っているのは本当のあなた。とっても小さくて、弱くて、臆病で、そしてとても恐ろしい本当のあなた」
 少女は指を軽く曲げてお(わん)のようにした両手をひとつに合わせる。
「あなたが隠れる飾り立てられた箱は、大きな卵。それは、あなたと言う怪物を生み出す大きな卵。卵が大きければ大きいほど、中にいる怪物は大きく育つ。卵の殻が厚ければ厚いほど、中にいる怪物は恐ろしく育つ。
 その卵の殻が割れたとき、そこから生まれる本当のあなたは、どんな怪物に育っているのかしら?」
 少女はひとつに合わせて卵に見立てた手を愛おしそうに頬ずりした。
 しかし、不意に合わせていた手を弾けるようにして、開く。
「でも、怪物が育ちきる前に卵が割れてしまっては、すべて台無し。それは、とてもとてもつまらないわ」
 突如、ぐりんと音を立て、少女の首が後ろに倒れるようにして曲がった。
「……!」
 シェムルは悲鳴にならない声を飲み込んだ。
 黒く長い髪を垂れ流し、逆さになってこちらに顔を向けた少女は、明らかにシェムルを見つめていた。
 月光に照らされ、青白い肌をした少女の顔の中で、ただ目だけが、ギラギラと、ギラギラと輝いている。
「だから、あなただけは卵を大事に守ってあげてね、シェムル」
 シェムルは恐怖した。
 これは、とてつもなく古いものだ。
 これは、とてつもなく恐ろしいものだ。
 初めて体験する、言い知れようのない恐怖にシェムルの思考が、真っ白に焼き尽くされる。
「……?!」
 そして、我に返る。
 先程まで目の前にいた少女の姿は忽然と消え去っていた。いくら周囲を見回しても、少女がいた痕跡ひとつ残されてはいない。
 幻覚だったのか?
 しかし、そう思うには今見た光景はあまりに強烈にシェムルの脳裏に焼け付いていた。
 まるで水浴びをしたように、冷や汗で全身の毛を濡らしたシェムルは、小刻みに震える手で顎下をぬぐいながら、ぽつりと言った。
「あれはいったいなんだったんだ……?」
 それに答えられる者は、誰もいなかった。

                  ◆◇◆◇◆

 このボルニスの広場で行われた「破壊の御子ソーマ・キサキ」の宣言は、後に「鉄の宣言」と呼ばれ、このセルデアス大陸で初めて自由と平等に言及したものとして知られるようになる。
 当時は、いまだ神話から抜け切れない時代であった。為政者や支配者たちは己を神の代行者や化身と称して国を支配し、多くの無知な民衆たちもそれを信じ、自ら進んで為政者たちの支配体制を受け入れていたのである。
 そんな時代にあって、自由と平等という理念を持ち得た「破壊の御子ソーマ・キサキ」は、まさに異端――いや、異質と言ってもいい存在であった。
 それは、()の偉大なる歴史学者ソクラスですら「破壊の御子を神格化するために当時流布された、彼が異なる世界からの来訪者だったという伝説をまじめに検証したくなる」と、自らの著書の中で書いているほどである。
 しかし、この「鉄の宣言」が本当の意味で、自由と平等に言及した画期的なものであると評するのは、ごく限られた一部の歴史家でしかない。
 大半の歴史家たちによれば、これはソーマによる大衆扇動に過ぎないというのだ。
 ある地方に、「地獄に堕ちた者は蜘蛛の糸すら求める」という格言がある。苦難や苦境に陥った者は、たとえ蜘蛛の糸のようにか細く、切れやすいものであっても、必死にすがりつこうとすると言う意味だ。
 まさに、ゾアンや奴隷だった者たちにとって、ソーマの言葉は「蜘蛛の糸」だったのだろう。
 おそらく、このとき居合わせた者たちの中に、ソーマが語る自由や平等と言った言葉の意味を本当に理解している者はいなかった。
 しかし、劣勢に追い込まれ、未来に閉塞感を覚えるゾアンたちにとっては、理解できずとも新しい何かを期待させるソーマの言葉は、胸を熱くさせるには十分なものだった。
 また、奴隷だった者たちならば、なおさらである。奴隷に落とされて奪い尽くされた尊厳、自由、平等を与えると言うソーマの言葉は、甘美なものに聞こえであろうことは想像に難くない。
 この「鉄の宣言」とは、自由と平等という甘言を用いて人心を掌握し、「自分たちの国」と言う()り所となるものを提示することで、バラバラだった異種族たちの意志の統一を図るものだったと言うのだ。
 このように評価が大きく分かれる「鉄の宣言」であったが、以下のことについては見解をひとつにしている。
 すなわち、「『破壊の御子ソーマ・キサキ』の行った『鉄の宣言』とは、国家や社会通念を含む当時の世界のすべてに対する宣戦布告に他ならなかった」と。
 そして、それを証明するかのように、「破壊の御子ソーマ・キサキ」に率いられた者たちは、種族やそれまでの境遇の如何を問わず、誰もが自由と平等と、そして破壊の御子の名を唱えながら、嬉々としてその命を戦火に投じたのである。
 みんなを助けるために、自ら偽りの英雄を演じ、人々の心を掌握した蒼馬。
 しかし、それは同時に世界に対する宣戦布告でもあった。
 もはや、世界は彼のことを無視はできない。
 彼は世界のすべてを敵に回したのだ。
 そんな彼の前に最初に立ちはだかるのは、ホルメア最高の将軍と呼ばれる男。
 ボルニスを巡り、蒼馬とホルメア国の戦いの火ぶたが切られる。
次話「将軍」

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