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破壊の御子 作者:無銘工房

燎原の章

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第43話 陥落

 反乱を起こした奴隷たちが東門に攻め寄せてきたとき、そこを守っていたのは蒼馬が街に入ったときにいた分隊を含む二個小隊五〇名ほどであった。
 彼らは反乱を起こした奴隷たちが自分らの守る門に向ってくるのを察すると、近くにあった荷車や土嚢(どのう)などで防塞(バリケード)を築き、応戦したのである。
 まず、ドワーフの奴隷たちが罵声を上げながら突撃してきたのに、その場を指揮していた小隊長は、街壁の上から矢の雨を浴びせかけた。剣や槍で武装していたが、鎧などは着ていなかった奴隷たちは、これによってバタバタと倒されてしまう。多少冷静さを保っていた一部の奴隷たちは遮蔽物のない大通りを避け、路地を通って門の近くにある民家の脇から防塞に突撃をかけた。しかし、それも防塞で待ち構えていた兵士たちの槍によって撃退されてしまう。
 それに、さすがに勢いづいていた奴隷たちも攻めあぐねる。
 このとき、蒼馬が街に入ったときに門を守っていた分隊長の姿が防塞の中にあった。この奴隷の反乱に自分が一役買っていたとは露も知らない分隊長は自分の不運を嘆く。
「よりにもよって、こっちの門に来なくていいだろ。西へ行け、西へ」
 そう愚痴をこぼしながら、防塞を築くのに使われた机の脚の隙間から奴隷たちの様子をうかがっていた分隊長は、我が目を疑った。
「な、なんだあれ……?」
 それは、一軒の屋台であった。
 屋台そのものは珍しいものではない。街の中で店を構えられるのは、限られた商人だけである。行商人や農作物を売りにくる近郊の農民などは、通りに小さな屋台を並べて商うのが当たり前だ。
 今、分隊長が目にしているのも、そうした屋台のひとつである。いかにも手作り感が漂う木製の台と日よけの(ひさし)がついただけのものだ。特に目を引くようなものではない。
 しかし、それが通りのど真ん中をこちらに向かって突進してこなければの話だ。
 もちろん、この世界の屋台の足にキャスターがついているわけがない。何者かが屋台一軒を持ち上げ、それを盾にして突進してきているのである。
「撃て、撃てーっ!」
 小隊長の号令の下、街壁からいっせいに矢が射られるが、屋台の台や(ひさし)に無意味に刺さるだけで、その勢いを止めることはできない。
「やばい、逃げろー!」
 突進する屋台を間近にし、分隊長は必死に叫びながら、自分も防塞の中で身を伏せる。
 その直後、勢いを弱めることなく突進してきた屋台は、衝突した防塞の一角ごと粉々に吹き飛んだ。
「畜生め! どんな馬鹿が……?!」
 降りかかる木片から頭を守りながら地面に伏していた分隊長は、ぎょっと目を剥いた。
 彼の目の前にあったのは、三本指のたくましい足だった。
 地面に伏したまま見上げれば、黒々とした鉤爪を大地に食い込ませて木の幹のように立つ太い二本の足に支えられているのは、ニメルト(約ニメートル)を超える巨体である。その緑がかった灰色の鱗に覆われた肉体は、そそり立つ岩の絶壁のようだった。
 そして、その巨体の上に乗るのはトカゲによく似た頭だ。そいつは、縦長の瞳孔をした目をギョロリと分隊長に向ける。
「ディ、ディノサウリアンッ?!」
 その分隊長の声は逃れられない死を前にした絶望の声だった。
 そのディノサウリアンは胸いっぱいに空気を吸い込むと、大量のガラスをいっせいに叩き割るような金切り声をあげる。それだけで門を守っていた兵士は腰を抜かした。
(われ)の名は、ジャハーンギル・ヘサーム・ジャルージ! 偉大なる竜の末裔(すえ)たる我の怒りの恐ろしさを知れ、矮小な人間どもめ!」
 帝国の名将インクディアスに、「()の種族との白兵戦は死を意味する」と言わしめさせたディノサウリアンの戦闘能力を門衛たちは身をもって知ることになった。
 ジャハーンギルと名乗ったディノサウリアンの鉤爪の生えた手に握られているのは、その先に大きな鉄球をつけた鎖だ。人間ならば引きずるのがやっとの鉄球だったが、ジャハーンギルの手にかかれば、それは凶悪な武器へと変わる。
 風をうならせて鉄球を振り回して暴れまわるジャハーンギルは、まさに暴力の嵐そのものであった。その嵐に巻き込まれた兵士たちは、鉄球によって頭部を熟れすぎた果実のように粉砕され、鎖で身体中の骨を砕かれていく。
 振り回される鉄球を潜り抜けてジャハーンギルに斬りかかる勇敢な兵士もいたが、いずれも鉤爪のついた腕の一振りで木偶(でく)人形のように吹き飛ばされるだけだった。
 ジャハーンギルの凄まじい暴れっぷりに、ドヴァーリンは感嘆のため息を洩らす。
「ほう。ディノサウリアンでも、もっとも獰猛と言われるティラノ種というのは伊達ではないのう」
 ディノサウリアンは、実は単一の種族ではない。
 ディノサウリアンの中でも最大の大きさを誇り、角と牙を持つ巨大なトカゲのような姿をした王族種ナガラジャ。頭部に特徴的なとさかを持ち、極端に退化して短くなった足と、広げれば体高の三倍はある巨大な皮翼となった腕を持つ司祭種ラドン等々。
 ディノサウリアンは、こうした外見すら異なる種ごとに地位や職業が世襲される独自の身分制度を持つ混成種族なのである。
 しかし、多くの異種族がディノサウリアンと言って真っ先に思い浮かべるのは、戦士種と呼ばれる種の中でも、もっとも獰猛で優れた戦士と言われるティラノ種だろう。
 もはや戦意どころか逃走する意志さえ失った兵士たちが、農民に刈り取られる麦のようにジャハーンギルになぎ倒されていくのを横目に、ドヴァーリンは数名のドワーフを引き連れ門に駆け寄る。そして、積み上げられていた土嚢を除けて、かんぬきを外した。
「それ、開門じゃぁー!!」
 ドヴァーリンたちが門を開くと、そのわずかな隙間に身体をねじ込むようにして、赤と黒のゾアンが飛び込んでくる。
「おっしゃぁー! 俺が一番乗りだっ!」
 飛び込むなり、赤毛のゾアン――ズーグが雄叫びを上げる。しかし、すぐに顔をしかめて振り返ると、自分よりわずかに遅れて飛び込んできた黒毛のゾアンに向けて指を突きつけ文句を言った。
「ガラム! 貴様は俺に任せるとか言っておいて、何を張り合っている!」
「いや、ついな……」
 さすがに後ろめたかったのかガラムは、言葉を濁して顔をそむける。
 ちょうどそこに裏路地を抜けてきたシェムルと蒼馬のふたりが、家々の間から姿を現した。蒼馬は少しでも奴隷の目を避けるために、フードつきの外套(コート)を頭からかぶっていたが、ガラムにはすぐにばれてしまう。
 奴隷たちが暴れている場所に人間である蒼馬を連れて来たことにガラムは焦るとともに激昂する
「《気高き牙》! 馬鹿か、おまえは?! すぐにソーマを連れて立ち去れ!」
「すまない、《猛き牙》よ。しかし、ソーマの話を……」
 慌てて弁解しようとしたシェムルの言葉を遮り、蒼馬はフードを跳ね除けて叫んだ。
「すみません、ガラムさん! 僕が無理を言って連れてきてもらったんです!」
 (あら)わになった蒼馬の顔に、わずかでも息を残している兵士がいれば、見つけて踏み殺していたジャハーンギルの身体から怒気と殺意が噴き上がった。
 自分を奴隷として扱った人間は、それが少年であろうと許しておけるはずがない。
 鉄鎖を鳴らして蒼馬に踊りかかろうとしたジャハーンギルだったが、それに気づいたシェムルたちが動く。
 蒼馬を背にかばってシェムルが立ちはだかり、さらに彼女の前にガラムとズーグが山刀を構えて牙をむいて威嚇する。
 それにジャハーンギルは、たたらを踏む。
 女のゾアンだけならば、人間の子供ともども鉄球の一撃で粉砕できるだろう。しかし、その前に立つふたりのゾアンから感じる気迫には、ジャハーンギルでさえ踏みとどまらないわけにはいかない。一対一の戦いならば負ける気はしないが、ふたりを同時にしては、さすがに分が悪い。
「ゾアンども、人間を守る気かぁ!!」
 ディノサウリアンである自分すら気圧されるほどのゾアンの戦士が、人間の子供ごときを守っている事実に、ジャハーンギルは苛立つ。
「やめい、ジャハーンギル! その人間の子供が、わしらを奴隷から解放した者じゃ!」
 さすがに自分を解放したドヴァーリンの言葉は無視できず、ジャハーンギルは踏み止まる。だが、その目は、隙あらば蒼馬を引きちぎろうとするつもりの目だった。
 しかし、そんな危険な状況に気づいていないのか、蒼馬は次々と指示を飛ばす。
「ガラムさんは予定通り急いで領主官邸を制圧してください! 西の街壁の上に兜に青い房をつけた人が見えました。おそらく、この街の兵士たちの指揮官です。ズーグさんは、その人を!」
 怒り狂うディノサウリアンの前に蒼馬を残して行かねばならないのに、ガラムとズーグのふたりは迷いを見せるが、蒼馬が重ねて言うと同胞たちを連れ、それぞれの目的地へと駆けて行く。
「バヌカさんは?!」
 続いて名前を呼ばれたバヌカが、慌てて蒼馬の前に出る。
「あ、はい! ここに!」
「バヌカさんは、急いで暴れている奴隷だった人たちを鎮圧してください! これ以上、街を傷つけるわけにはいきません! 多少手荒でもかまいません!」
「何じゃとっ?!」
 仲間を鎮圧しろというのは、さすがにドヴァーリンにも聞き逃せなかった。
「僕たちは、この街を手に入れるために来たんです! あなたたちの鬱憤(うっぷん)晴らしに付き合う気はない!」
 しかし、さすがに蒼馬のこの言葉は悪かった。
「この人間の小僧がぁ! 我らの正当な復讐を鬱憤晴らしだとぬかすかぁ!!」
 怒り狂うジャハーンギルに、周囲にいたゾアンの戦士たちですら思わず後ずさるほどの怒気をジャハーンギルは発していた。
 しかし、蒼馬だけは逆に前に出る。
「うるさい! 黙れ、イグアナッ!」
 ジャハーンギルは「イグアナ」が何だか分からないが、とにかく侮辱されたことだけは分かった。
 囚われている時ならばともかく、自由となり武器を手にしたディノサウリアンの自分を目前にし、このような暴言を吐く他種族の者を想像すらしたことがないジャハーンギルは呆気にとられる。
「後先考えず暴れているのを鬱憤晴らしと言って何が悪いんだ! 目につく人間を殺し、物を壊して、それでどうする?! その後、何をするつもりだ?! 答えろ!」
 蒼馬の問いに、ジャハーンギルは答えに詰まる。
 ジャハーンギルは、ひたすら暴れたかっただけだ。当然ながら、その後のことなど考えているわけがなかった。
 さらに、蒼馬は畳みかけるように叫んだ。
「僕たちは、前に進まなくちゃいけない! それを邪魔するな!」
 そのとき、一陣の風が吹き抜けた。
 蒼馬の額にかかっていた前髪が風にあおられ、その下にある刻印が露わになる。
「! こいつ、御子か?!」
 蒼馬が鉢巻を外していたのは、シェムルの提案であった。
 神が実在するセルデアス大陸の人々にとっては、たとえ他種族の神であっても畏敬の念を持っている。暴徒となった奴隷たちと遭遇したとき、蒼馬が御子であるとわかれば襲うのを躊躇(ちゅうちょ)するかも知れないと期待したからだ。
 そして、その狙い通りジャハーンギルは振り上げかけた手を宙にさまよわせる。
 それでも振り上げた手をただ下ろすのもしゃくだったジャハーンギルは、虚勢を張って言った。
「この人間のガキが。このディノサウリアンにティラノ種ありと(うた)われた我らを知らぬのか!」
 ジャハーンギルにとって、自らがディノサウリアンの中でも最も恐れられているティラノ種であることは、大きな自負であった。
 しかし、今回ばかりは尋ねた相手が悪い。
「そんなの知りません!」
 蒼馬は、ジャハーンギルの自負を一言のもとに斬り捨てた。
 異世界からこちらに来た落とし子である蒼馬が、それを知っているわけがない。
 しかし、そんなこととは露とも知らぬジャハーンギルは愕然とした。
 これまで自分がティラノ種だと知れば、誰もが恐れおののいたのだ。しかし、自分はそれを勘違いしていたのだろうか? もしかしたら、異種族にはティラノ種の勇名は届いていなかったのか? それならば自信満々に言った自分は、とんだ道化ではないか。
 そんな羞恥心に(もだ)えるジャハーンギルを哀れに思ったのか、バヌカが恐る恐る声をかけた。
「あの……ソーマ殿は、本当に知らないだけなんですよ」
 そのあまりに言葉が足りていないバヌカの説明が、何とか持ちこたえていたジャハーンギルの誇りにとどめの一撃となった。
 ジャハーンギルは、小さくうめくと、がっくりと肩を落とす。
 その様子に、自分が失礼なことを言ってしまったのかとバヌカが慌てるのに、彼の氏族の者たちは、
「さあさあ、若様。私どもも役目を果たしに行きましょう」
 苦笑とも微笑ともつかない微妙な表情を浮かべ、バヌカを連れて行くのだった。

              ◆◇◆◇◆

「おのれ、おのれ! 獣風情がぁー!」
 街壁の上で大隊長は怒りの声を上げていた。
 東門を破って街に侵入したゾアンたちは、その後二手に分かれると、そのうちひとつは領主官邸へ、そしてもうひとつが自分のいる街壁へと向かってきたのである。
 街が陥落するという事態に戸惑う兵士たちの撤退が思うように進まなかったのに加え、驚異的とも言っていいゾアンたちの機動力によって、兵士たちがようやく街壁から下りたばかりの隊列すら整っていないところにゾアンたちの襲撃を許してしまったのだ。
 階段を下りたところでは人間とゾアンが入り乱れ、激しいせめぎ合いを演じている。この乱戦では矢で援護しようにもできない。
「別の場所から下に降りるぞ! ついてこい!」
 どの道、いつまで街壁で持ちこたえられるか分からない。少数の兵だけ連れて他の階段へ向かおうとした大隊長の足が止まる。
「いよいよ俺にも運が向いて来たかな? その兜の房は、ここの指揮官だな」
 彼らの前に立ちふさがっていたのは、ズーグであった。
 大隊長はすぐさま他の逃げ道を探すが、はるか後方でも別の階段から街壁に駆け上がるゾアンたちの姿があった。
「ソーマ殿に、俺と〈爪の氏族〉の良いところを見せておきたいのだ。逃がすわけにはいかんのだよ」
 大半の戦士たちを直接向かわせるのと同時に、ズーグは自分を含めた少数の戦士たちを別の階段から街壁に上げ、退路を断ったのである。わずかな時間で素早く別の階段を見つけ、そこから回り込めたのは、ゾアンの機動力があってこそだ。
「何をしている! 相手は獣一匹だ!」
 大隊長の声を受け、護衛のふたりがズーグに斬りかかる。
 しかし、ズーグは拳と蹴りで、ふたりの護衛をそれぞれ街壁の内と外に落とした。
「一応言っておくが、降伏すれば命は助けてやるぞ」
「この獣風情がぁ! 人間様に大きな口を叩くわ!」
 ズーグの言葉は、かえって大隊長の怒りを掻き立てた。
 だが、それにズーグはかえって心底嬉しそうに笑う。
「これは、ありがたい」
 ズーグはべろりと舌で唇なめた。
「できるだけ殺すなと言われているが、おまえのようなクズ野郎ならば殺しても文句は言われまい。それに――」
「人間の神よ、ご照覧あれ!」
 ズーグの言葉が終らないうちに、大隊長は腰の剣を抜き放ち様に、渾身の一撃を振るう。
 それは彼の生涯でも屈指の斬撃だった。
 しかし、その斬撃は、まるで散歩にでも出るような軽い足取りで間合いに踏み込んだズーグの大きな手のひらによって剣の柄を握る手ごと受け止められてしまう。
 そして、一閃(いっせん)
「それに、おまえごときでは手加減する間もなく、片が付いてしまうわ」
 大隊長は、すでにそのズーグの言葉を聞いてはいなかった。
 彼の身体は首と胴体に分かれ、それぞれ先程の護衛の後を追うように街壁の内と外に落ちて行った。

               ◆◇◆◇◆

 〈牙の氏族〉の戦士たちを引き連れ、街を疾風のように四つ足で駆け抜けたガラムは、瞬く間に領主官邸の前までやってきた。
 ボルニスの領主官邸の周囲は近くの河から水を引き入れた堀と、(のこぎり)型の狭間(はざま)(城壁などに見られる射手が身を隠しながら敵を攻撃するための出っ張り)が設けられた焼き煉瓦(レンガ)の防壁によって守りは強固である。
 まともにやっては、攻め落とすのは至難の業だ。門が破られた報が届いて籠城されるよりも早く攻め込み、一気に落とさなくてはならない。
「皆、遅れるな!」
 ガラムはそう言うと、さらに駆ける速度を上げる。
 堀にかけられた跳ね橋の手前まで来たガラムは、まだ開いたままの門の内側で兵士のひとりが棒のようなものを振り上げているのに気づいた。
「突っ込むぞッ!」
 ガラムは後ろ脚で地面を力強く蹴り、堀にかけられた跳ね橋に身を躍らせた。
 その直後、兵士が棒を振り下ろして何かを叩いたかと思うと、ジャラジャラという鎖の騒々しい音とともに橋が跳ね上がる。
 斜めに上げられた跳ね橋を滑り台のようにして滑り降りるガラムの後ろでは、間に合わなかった同胞たちが堀に落ちる激しい水音がいくつも上がった。
 しかし、それで終わりではない。さらに目の前で木製の太い格子状の門が落とされようとしているのに、
「跳べッ!!」
 そう叫びながら、自身も地面すれすれに跳躍して中に突っ込む。それに遅れた同胞たちが、落とされた格子に頭から突っ込み悲鳴を上げた。
 跳び込んだ勢いのまま地面を転がったガラムは、侵入したゾアンたちに驚いて棒立ちになる兵士を立ち上がり様に山刀で斬り捨てる。
「何人、入れた?!」
「俺を含めて、五人ぐらいだ!」
 同じように手近な兵士に斬りかかるグルカカが答えた。
「誰かふたり……いや、ひとりでいい! ついてこい! 残りは、門を開けろ!」
 それを受け、ガラムを援護する者をひとり指名しようとしたグルカカだったが、それよりも早く、名乗りをあげた者がいた。
「私が行きます!」
 それは、ズーグの姪のシシュルである。
 女性であるばかりか、少女と言ってもいいほどの年頃の彼女が自分たちに遅れずについてこられたことに、ガラムは驚いた。しかも、その目には力がみなぎっていて、疲労の欠片も見当たらない。
「良いだろう。ついてこい!」
 両手にそれぞれ山刀を抜き放ったガラムは、領主官邸を奥へ奥へと突き進む。途中、何度も衛兵たちが挑みかかるが、そのいずれもガラムの一撃の下に倒されていく。まさに、鎧袖一触(がいしゅういっしょく)と言った有様だった。
 中には後ろから襲いかかる者もいたが、そうした手合いはすべてシシュルが排除する。
 今も衛兵をひとり斬り倒しながら、やりやすい、とガラムはそう思った。
 ゾアンの戦士たちは、戦場で武勲を上げるのを最高の栄誉としている。そのため、ややもすると族長を差し置いて戦おうとする者も出るのだ。
 ところが、シシュルは自分が手柄を立てようという気がまったくない。あくまでガラムの死角を守るのに専念してくれているため、ガラムは前方だけに集中できた。
 兵士を蹴散らしながら門から通じる狭い通路を抜けると、広場に出る。
 かつてそこには戦うための砦に相応しい居住用の建物があったのだが、今では貴族か商人が使う別荘のような屋敷に作り替えられていた。中に入れば、足元には赤い敷布が敷かれ、ご丁寧にガラムを領主の居場所へ導いているようだった。
 その赤い敷布の行きついた先にある重厚な作りの扉をガラムは蹴破って中に入る。
 入るなりふたりの兵士が斬りかかってきたが、ガラムとシシュルはそれぞれひとりずつを難なく斬り倒した。
 扉の中は、入って正面の一段高くなった場所に椅子がひとつだけ置かれた広い部屋だ。
 一地方都市の領主が座るにしては豪奢(ごうしゃ)な作りの椅子に、ガラムはここがこの街の族長(?)の使う部屋だと察する。
 素早く視線を部屋にめぐらせるが、人の姿はない。
 しかし、ガラムの耳がピクリと動く。
 かすかな物音が聞こえた。
 それが聞こえてきたのは、部屋の右奥の方だ。よく見れば置かれた椅子の右手にうす布が垂らされているが、それがわずかに風に揺れていた。
 ガラムはそのうす布を無造作に腕で払うと、案の定そこには隣接する部屋の入り口がある。
 伏兵に警戒しながら中を覗くと、そこはけばけばしい内装の部屋であった。蒼馬ならば成金趣味といった表現をするであろう。
 そんな部屋の奥に置かれた巨大な寝台の上に、ガラムは目的の人間を見つけた。
「俺はゾアン十二氏族がひとつ〈牙の氏族〉、ガルグズの息子、ガラム! 貴様が、この街で一番偉い奴だな?!」
 しかし、ガラムの戦士の名乗りに対して、男は掛布を頭からひっかぶりガタガタと震えるだけで名乗り返しもしなかった。
 しかも、隠れているつもりにしては、その丸々と太った尻を丸出しにしたその格好は、穴に頭を突っ込んで餌を探す猪を思い起こさせ、ガラムはうんざりする。
 こちらの話を聞く様子もないのでは、戦うことも降伏を呼びかけることもできない。
 やむなくガラムは掛布ごと男をひっつかむと、力任せに部屋に放り投げた。
 テーブルなどを巻き込み、盛大な物音を立てて転がった男は、たっぷりと脂肪を蓄えた身体からは想像できない機敏な動きで床に()いつくばる。
「こ、降伏する! 私は領主だ! 偉いのだ! 人質にすれば、身代金がいっぱいとれる! だから、殺すな!」
 その醜態には、ガラムもシシュルも呆れる他なかった。
「ガラム殿、この太った兎のような奴は何ですか?」
 兎は臆病で逃げ足が取り柄なのに、太っていればそれも失い、ただの獲物にしかならない。そのためゾアンで「太った兎」とは惰弱な者に対する最大級の蔑称である。
 シシュルの的確な表現に苦笑してからガラムは、ひとつため息をつく。
「それでもこいつが一番偉い奴みたいだ。何か適当なもので縛り上げてくれ」
 それまでガラムの指示には嬉々として従っていたシシュルであったが、太った兎のような領主に触れるかと思うと、さすがにうんざりした表情を浮かべた。

                ◆◇◆◇◆

 街中にゾアンと奴隷たちの歓声が轟いていた。
 兵士たちを指揮していた大隊長を討ち取り、その上領主の身柄を確保できたのだから、大勝利と言って間違いない。
 これまでずっと人間の兵士にやられてばかりだったゾアンたちは、人間の街を落とせた快挙に自信と誇りを取り戻し、興奮していた。
 そして、今まで暴虐な主人に鞭と暴言を浴びせられ続けてきた奴隷たちは、果たせた復讐と解放された喜びに打ち震えていた。
 しかし、そんな歓喜が渦巻く中にあって、蒼馬はひとり悔恨(かいこん)に顔をゆがませていたのである。
「これじゃ、ダメだ。これじゃあ、ダメなんだ……」
 蒼馬が見ていたのは歓喜に沸くゾアンでも奴隷たちでもなかった。
 彼が見つめていたのは、破壊された家々。
 犠牲となった街の住人たちの死体。
 そして、それとともに見えた大きな問題。
 戦功を誇るゾアンたち。
 ダメだ。それじゃあ、ダメだ。
 解放を喜ぶドワーフたち。
 ダメだ。ダメだ。ダメなんだ。
 さらなる復讐を叫ぶディノサウリアンたち。
 ダメだ、ダメだ、ダメだ!
「どうすればいい? 僕はどうすればいい?」
 ひたすら自問自答を繰り返す蒼馬の耳に、どこからか少女の笑い声が聞こえた。
ようやく街を落とした蒼馬たち。
浮かれ喜ぶゾアンやドワーフやディノサウリアンたちとは違い、ひとり蒼馬だけは苦悩する。
彼が気づいた自分たちの大きな問題。
それを解決するために、蒼馬は大きな決断をする。
しかし、それは小さな種火であり、小さな種子。
次話「箱」

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ディノサウリアンの種族紹介
王族種:ドラゴン
戦士種:獣脚類(ティラノサウルス、ベロキラプトルなど)
司祭種:翼竜(プテラノドンなど)
学士種:角竜(トリケラトプスなど)
商工種:剣竜・鎧竜類(ステゴザウルスなど)
平民種:鳥脚類(イグアノドンなど)
奴隷種:竜脚類(ディプロドクスなど)

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