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破壊の御子 作者:無銘工房

燎原の章

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第38話 奴隷

「ねえ、シェムル。おかしくないかな?」
 ホプキンスに頼んで急ぎあつらえた衣服に身を包んだ蒼馬は、ためつすがめつ自分の姿を眺める。
 その服装は街の人間とあまり変わらぬワンピースにズボンといったものだが、布地は上質の物を使っているらしい。もっとも、蒼馬の感覚で言えば、上質とはとても言えない粗い布地だが。
 そして、その上着の上から民族衣装風の刺繍を施された大きな肩掛けをかけ、頭には後頭部に薄い布を垂らした、つばのない青い円筒形の帽子をかぶっている。
「私には人間の衣装はよくわからないのだが、異国風で似合っていると思うぞ」
 シェムルの言葉に、蒼馬はほっと胸をなでおろした。
 蒼馬が街に入るときに騙った遠い東の国から来たというイメージに衣装を合わせたつもりなのだが、そもそもホプキンスも東の国がどのようなところか知らないため、それっぽいものを取りそろえただけである。
 それでも蒼馬の髪や肌の色は、この辺りでは見かけないものなので、何とか異国から来た人間に見えなくもない。
「おい、おふたりさん。あそこが奴隷商人の屋敷だぞ」
 幌馬車の御者台から、ホプキンスが振り返って前を指し示した。
 ホプキンスが指し示したのは、高い土塀で囲まれた大きな屋敷である。土塀の向こうから覗く家の屋根は、街でよく見かける一般庶民の(わら)や板で()いた屋根ではなく、煉瓦を積んだドーム状の屋根だ。
「すまないが、私は奴隷商とはあまりかかわりたくないので、ここで待たせてもらうよ」
 ホプキンスはそう言って幌馬車の速度を落とした。
 蒼馬はこの街に災いをもたらしかねない自分を同じ商人に引き合わせるのに抵抗があるのだろうと思っていたが、ホプキンスが奴隷商にかかわりたくないのは別の理由からであった。
 奴隷商の扱う奴隷は、貧困から身売りされた者や刑罰として自由権をはく奪された犯罪者などがいるが、最も多いのは戦争の捕虜や被征服民族が奴隷として売り払われた者たちである。
 そして、それは亜人類淘汰を謳う聖教が勢力を拡大させるこの世界において、亜人類と呼ばれる他種族の人々こそが奴隷商たちの最大の商品であるということだ。
 そのため亜人類の奴隷を手に入れたい奴隷商たちは聖教の聖職者たちと癒着し、各国に亜人類との戦争をけしかけるようにまでなっていたのである。
 さらに、亜人類の奴隷商売が巨額の利益を上げることを知った聖教は、汚れた亜人類を取り扱うことは異端の恐れがあると言い、奴隷商を聖教の認可制にし、奴隷商たちから莫大な喜捨を得る体制を作り上げたのだ。
 しかし、奴隷商たちもさるものである。
 奴隷商たちは聖教の認可制となったことを逆手に取って、奴隷商は聖教に属するものだという強弁を張り、各地の道や橋の使用税や街の関税などの免除をはじめとした様々な特権を取りつけたのである。
 こうして喜捨する以上の利益を得るようになった奴隷商たちであったが、それは同時にその他の商人たちから激しい反感を買うことになってしまった。
 自分らが真面目に納税している横で、聖教の権利を振りかざし、税を免れているのだからいい気がする人間はいないだろう。
 しかも、一部の奴隷商たちが奴隷以外の商品もひそかに取り扱っているという噂は、商人たちの間でよくささやかれるものだ。
 本当に無税の商品が持ち込まれているのならば、他の商人たちにとっては、まさに死活問題である。それが真実かどうかは定かではないが、奴隷商とその他の商人の間には深い亀裂が生じていた事実は変わらない。
 今では奴隷商とその他の商人たちが集まる商人ギルドとは、互いに笑顔のまま後ろ手にナイフを握り合う関係とさえ言われているのである。
 これが、ホプキンスが奴隷商を敬遠している理由であった。
 家の手前で幌馬車を止められると、蒼馬はシェムルだけをともなって奴隷商人の屋敷へ足を運ぶ。
 土塀の門のところには、悪役プロレスラーのような頭をそり上げた体格の良い男がふたり槍を持って立っていた。
 蒼馬は疑われないように堂々とした足取りで彼らの前まで歩くと、
「この家のご主人様に取り次いでいただけないでしょうか?」
 それに門番のひとりが一言「待っていろ」と言うと、屋敷の中に入って行った。
 しばらくして、門番をともなって恰幅のいい中年の男がやってくる。
 蒼馬は手荷物を(ささ)げ持つように両方の手のひらを相手に見せるように出す。そして、頭を下げてホプキンスに教わった通りの挨拶の言葉を言った。
「あなたに幸運と富をもたらしに参りました」
 ホプキンスが言うには、それは商人同士が行う挨拶らしい。
 両方の手のひらを上にして相手に見せるのは、武器を持っていないことを示し、「あなたに害意はありません」ということだ。また、それと同時に目に見えない幸運をあなたに持ってきました、という意味もある。
 男も同じような仕草を見せてから、返礼の言葉を述べた。
「あなたにも、幸運と富を。――わしが、この屋敷の主人のグロカコスだ」
 グロカコスと名乗った男は、蒼馬を頭の先からつま先まで見回した。
「で、あんたはどこの誰で、何をしに来たんだい?」
「はい。はるか東の国より、父の命を受け、この地で商売をするためにやって参りました、ソーマと申します」
 偽名を使おうかとも考えたが、まだ自分のことが知られているわけでもないので、下手な偽名を使うより本当の名前を名乗ることにした。
「ほう。東の国からね……」
「奴隷を手に入れようとしましたところ、こちらが、この街で一番の奴隷商とおうかがいして来た次第です」
 蒼馬のお世辞にグロカコスは、当然だと言うように鼻を鳴らした。
「まあ。確かに、うちが一番だろうな」
 グロカコスは蒼馬の隣に立つシェムルを見やった。
「だが、隣にそんな極上ものを連れておいて、まだ奴隷が欲しいのか?」
「ええ。このあたりはゾアンが暴れていると聞いて、ゾアン以外の護衛用の奴隷が欲しいのです」
「そうかい。まあ、こっちきな」
 グロカコスの後について門をくぐり、屋敷に入る。街でよく見かけた日干し煉瓦ではなく、焼いた煉瓦でつくられたその屋敷は、グロカコスの財力を示していた。
 屋敷に入って短い通路を抜けると、蒼馬たちは再び太陽の下に出る。
 そこは屋敷の中庭というには広すぎる、赤土がむき出しになった広場である。その広場を取り囲むようにして建てられた屋敷は、2階は住居などのようだが1階の部分は鉄格子がはまった檻になっていた。中をいくつかの部屋に仕切られた檻が広場をぐるりと取り囲んでいる光景は、まるで動物園のようである。
 しかし、その檻の中に入れられているのは、動物ではない。
 薄暗い檻の中で身を寄せ合っているのは、奴隷となった人たちであった。
 まともに水浴びすらさせてもらっていないのか、周囲に漂う汗と垢の臭いに、蒼馬はそっと鼻を押さえる。
「うちには、どんな奴隷だってそろっている。農業奴隷に剣闘奴隷。教師や財産管理もできる高級知識奴隷。あと、もちろん女の奴隷もな」
 意味は分かるだろうというように、グロカコスは下卑た笑いを浮かべた。
 広場の真ん中に植えられた日よけ用の樹の下にある腰掛けに、グロカコスは横柄な態度で腰を下ろす。そして、冬だと言うのに腰布一枚しか身に着けていない女奴隷を招きよせ、テーブルの上の杯に酒を注がせる。
 おそらく南の人間だと思われる褐色の肌の女奴隷は、身体を小さく震わせており、肌には(あわ)を生じさせていた。そのさらけ出された豊満な乳房よりも、彼女の境遇を思うと痛ましさから目のやり場に困る。
「それにしても、あんたは運がいいな。今は活きのいい奴隷どもが、そろっているんだ」
 グロカコスの言葉に、蒼馬は慌てて意識を彼に集中させる。
「何かあったんですか?」
「知らんのか? もうすぐ国王様の生誕日の祝いさ。今年で御年四〇歳ちょうど。これまで以上に盛大に祝うらしい。
 それでその(もよお)しのために、亜人類の奴隷を集めているってわけだ。このあたりにはゾアンしかおらんから、わざわざジェボアで遠くの国から売られてきた奴隷どもを仕入れているところさ。あと五日もすれば、ジェボアで奴隷を買い集めたホルメア王家御用達の奴隷商の隊商もくるので、そいつらと一緒に王都まで行って、ひと稼ぎしようってところだ」
 グロカコスは酒を一気に飲み干すと、空になった杯を手でもてあそびながら、
「それで、どんな奴隷が欲しいんだい?」
「亜人類で、強い人を。できれば、頭もいい人が良いです」
「亜人類で、強くて、頭がいいね……」
 グロカコスは蒼馬の注文を口にしながら、しばらく宙に視線をさまよわせた。
「おい! ドヴァーリンを連れてこい!」
 グロカコスがそう叫ぶと、奴隷監督のひとりが檻の中からひとりの奴隷を連れ出し、鎖を引いてやってきた。
 蒼馬は連れてこられた奴隷に、目を見張る。
 背丈は子供ほどしかないが、岩から削り出したようながっちりとした体格。顔の下半分を覆う灰色のヒゲ。乱れ髪がかかる顔には古木の年輪のような深い皺が刻まれ、その中にある意志の強そうなふたつの目と、大きな団子っ鼻が特徴的だった。
 その年齢を外見から推し量ることは難しいが、それなりの齢を重ねた風格を漂わせている。
 しかし、その肉体は年齢の衰えをまったく感じさせない。腰布しかまとっていない体からは、足を一歩動かすたびに全身の太い筋肉が皮膚の下でうねるように動いているのが見て取れた。
 晒し台のように蝶番で止めた二枚の木の板に首と両手首を出す穴をあけた(かせ)をはめ、足首には鉄球つきの鎖をつけている。しかし、それでもなお卑屈になるどころか威風堂々と胸を張るその姿からは、枷から伸びる鎖を握る奴隷監督が、まるで彼に付き従う従者のようにすら見えた。
 数々のファンタジー小説でおなじみの種族が、目の前にいることに蒼馬は興奮に声を上ずらせる。
「ドワーフですか?」
「そうだ。こいつの名前はドヴァーリン。はるか帝国の土地で、ドワーフどもを率いて戦っていたドワーフの戦士長だ」
 グロカコスは立ち上がると奴隷監督の手から鞭を取り、ドヴァーリンと呼ばれたドワーフの厚い胸板をびしっと叩く。
「見ろ、この頑丈な体! 槍でも剣でも弾き返しそうだ。それに、このたくましい腕。こいつでぶん殴られちまえば、たいていの奴はイチコロさ! それに頭もいい。何しろ、戦士長として何匹ものドワーフどもを率いていたんだからな! これほどの掘り出し物は、なかなかお目にかかれないぜ」
 鞭で叩かれた胸板に赤い痕がつくが、ドヴァーリンは表情ひとつ動かさなかった。
 しかし、鞭で胸板を叩かれた瞬間、ドヴァーリンの右手がわずかに握りしめられたのに蒼馬は気づいていた。それは痛みによる反射的な動きではない。右手だけが、わずかに握りしめられたのである。
「気に入りました。おいくらですか?」
「はっ! こいつは剣闘大会の目玉にだってなる商品だぞ。売るとしたら……そうだな。ざっと銀貨八百枚ってところだな」
 グロカコスは、買えるわけがないと見くびっているのか、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「わかりました。――シェムル、幌馬車からお金を持ってきて」
「へ?」
 しかし、蒼馬が即答したのに、グロカコスは素っ頓狂な声を上げた。
 蒼馬に言われて幌馬車から銀貨の詰まった袋を担いで持ってきたシェムルは、それをグロカコスの前に積み上げる。袋が積み上げられるたびに、グロカコスの目が大きく見開かれていく。
「銀貨八百枚です。ご確認ください」
 蒼馬に言われ、我を取り戻したグロカコスは使用人たちを慌てて呼ぶ。使用人たちは袋から銀貨を取り出すと、爪で叩くなどして品質を確かめたうえで、木の板に掘られた溝に銀貨を並べていく。溝は、ちょうど一〇枚の銀貨が入る長さに掘られていて、使用人たちはそれで銀貨を数えていった。
 銀貨をすべて数え終えた使用人たちが小さくうなずいたのに、グロカコスは驚きと「本当にいいのか?」とでも問うような視線を蒼馬に向ける。
「これで、彼を売っていただけますか?」
「も、もちろんでございます!」
 気が変わられでもしたら大変だと、グロカコスは慌てて返事をする。
「何か手続きは必要?」
「いえ。まだ焼印も押してないまっさらな奴なので、そのままお持ち帰りになられて結構でございます。はい!」
 焼印という言葉に蒼馬の口許が引きつるが、目の前に積まれた銀貨に魂を奪われているグロカコスは、そんなことには気づきもしなかった。
 何だか、このままここにいると自分まで汚れてしまいそうに思えた蒼馬は、ドヴァーリンの首枷と鉄球つきの足輪の鍵を受け取ると、すぐに(きびす)を返して立ち去ろうとした。
 しかし、そんな蒼馬をグロカコスが慌てて呼び止める。
「ちょ、ちょっとお待ちください。他にも良い奴隷が入っておりますので、そちらも是非ごらんいただきたい。ほら、おまえたち! お客様にワインをお注ぎしろ!」
 愛想笑いを浮かべたグロカコスは自分が座っていた腰掛けの上の埃を袖で払うと、蒼馬に勧める。グロカコスのような男が座った腰かけを使うのは気持ち悪かったが、断って気分を害されるのも厄介なので、仕方なく腰を下ろした。
 すると女奴隷がワインを新しい杯に注ごうとしたが、つい先程エール1杯で醜態をさらしたばかりの蒼馬は、それだけは固辞した。
 シェムルは女奴隷を軽く睨んで遠ざけると、蒼馬の耳元に口を寄せた。
「あいつ、いきなり態度を変えたが、どうかしたのか?」
「……だよね。何か失敗したかな」
 少し考えた蒼馬は、自分のしでかした失敗に見当がついた。
 以前、とある漫画で読んだことがあるが、外国では商品を買うときは値切り交渉が当たり前らしい。店側もそれを承知で、最初に提示するのはかなり吹っかけた価格なのだという。
 もし、そうだとしたら商人の言い値で買った自分の行動は、さぞいいカモに見られたことだろう。突然、手のひらを返したように愛想が良くなったのもうなずける。
 蒼馬は、次は値切ろうと心構えをした。
 そこに満面の笑みを浮かべたグロカコスが、別の奴隷たちを引いてやってくる。
「いやいや、お待たせしました。さあ、こいつらもなかなかの掘り出し物ですぞ」
 揉み手をするグルカコスは、奴隷監督が引いてきた五人のドワーフを蒼馬の前に並ばせた。
 そのドワーフの奴隷たちに、蒼馬は鼻にしわを寄せる。
 蒼馬の素人目から見ても、そのドワーフたちの状態はひどいものだった。五人とも目は死んだ魚のようにうつろで生気が感じられない。さんざん殴りつけられた顔には血がにじむ包帯が巻かれている。肌の色も張りも悪く、もしかしたら病気を患っているのかもしれない。
「どうです、一匹銀貨二百枚。五匹をまとめてお買い上げくだされば、銀貨八百枚に値引きしておきましょう」
「冗談じゃない。せいぜいひとり、銀貨一〇枚がいいところじゃないですか」
 ドワーフたちの扱いのひどさに苛立ちを覚えていたこともあり、ソーマの口調はつっけんどんだった。
「え? お? へ?」
 グロカコスの顔が面白いように変わる。
 蒼馬は、失敗したかと焦った。
 もともと値切り交渉が苦手な典型的な日本人だ。値切るにしても、最初はどの程度の金額を提示していいかもわからず、適当に区切りが良い数字で10枚と言っただけである。
 もしかしたら値切るにしても、さすがに二〇分の一はやりすぎたかと冷や汗をかいた。しかし、一度口にしたことを取り消せば足元を見られるかもという不安もあり、何とか平静を装って見せる。
 すると、グロカコスは驚いたような仕草をしてから、奴隷の隣に立っていた奴隷監督を怒鳴りつけた。
「この間抜け! よく見れば、私が連れてこいと言った奴隷ではないではないか!」
 それに蒼馬は「いや、あなたが一緒に連れて来たんでしょ」と突っ込みを入れそうになったが、賢明にも心の中だけに留めた。
 何やらグロカコスに耳打ちされた奴隷監督は、大慌てでドワーフたちを元いた檻に押し戻すと、別の檻から新しいドワーフの奴隷を五人連れて戻ってくる。
 今度連れてこられた奴隷たちは、先程のドワーフたちとは見るからに違っていた。ドヴァーリンと呼ばれたドワーフと比べればさすがに見劣りするが、それでも健康的で屈強な体躯のドワーフたちである。
「先程は大変失礼いたしました。お坊ちゃま、こちらが本当のお勧めの奴隷でございます」
「なかなか良い奴隷ですね。いくらするの?」
 今度はいきなりの「お坊ちゃま」呼ばわりに引きそうになりながらも、蒼馬はわかった風なことを言う。
「先程のお詫びもかね、お客様のおっしゃったひとり銀貨一〇枚。五匹あわせて銀貨五〇枚で結構でございます」
「それで良いの?!」
 蒼馬は思わず、そう叫んでしまった。
 先程のドワーフたちよりはるかに健康状態もよく、たくましい。それなのに、こちらの値切りすぎたかと思う値段で良いというのだ。
 これには蒼馬も驚きを隠せなかった。
 その蒼馬の驚きを見て、グロカコスはなぜか満足そうに何度もうなずいていた。
「わかりました。では、その値段で……」
 狐につままれたような気分だったが、とりあえず蒼馬は承諾したのだった。

              ◆◇◆◇◆

 わざわざ屋敷の外まで出て蒼馬を見送ったグロカコスは、広場の腰掛けに再び腰を下ろすと生ぬるいワインを舐めるように飲みながら、つい先程のことを思い出していた。
 グロカコスの見立てでは、東の国から来たと言うガキは、ずぶのど素人。
 顔立ちや服装から遠い東の国から来たと言うのは嘘ではなさそうだが、商売の駆け引きがまったくなっていない。
 おおかた東の国で商売に失敗した間抜けな商人が、遠い異国の地で再起を図るという馬鹿な夢を見て、まずは息子を寄越したのだろう。
 そう考えたグロカコスは、完全に蒼馬を見くびっていた。
 そのため、ホルメア国の王都で売ろうと思っていたドヴァーリンを見せたのは、あくまで私の店にはこれほどの奴隷がいるのだというアピールに過ぎなかった。とうていドヴァーリンを買えるだけの資産があるとは思えなかったからだ。
 ところが、蒼馬は値切ろうともせずにこちらが吹っ掛けた金額をぽんと支払ったのである。
 あれには、グロカコスもまさに度肝を抜かれた。
 こいつは、とんでもなく財布の口と頭が(ゆる)い上客が飛び込んできたぞ。
 そう思ったグロカコスは、買い手が付きそうもないドワーフの奴隷を押しつけることにした。
 彼らはドヴァーリンと一緒の船で連れてこられた奴隷だったが、劣悪な生活環境からくる疲労と栄養不足から身体を壊し、そのうち二匹は病気も患っていた。これではいずれもそう長くは持ちそうにない。
 剣闘大会の余興で猛獣たちの餌にするぐらいしか使い道がない奴隷である。
「どうです、一匹銀貨二百枚。五匹をまとめてお買い上げくだされば、銀貨八百枚に値引きしておきましょう」
 それをひとり銀貨200枚と言う自分のあくどさに、グロカコスは下卑た笑いを浮かべそうになる。
 安物の奴隷でいいならば、剣闘用の奴隷で銀貨四〇枚、農業用の奴隷でも銀貨六〇枚あれば買えるのだ。それを猛獣の餌にしかならない奴隷に銀貨二百枚の価格を提示したのだから、グロカコスの悪辣(あくらつ)さがよくわかる。
「冗談じゃない。せいぜいひとり、銀貨一〇枚がいいところじゃないですか」
 ところが、グロカコスの予想に反して、今度はドワーフを見るなり、不機嫌な様子で高すぎると言ってきた。
 しかも、だ。蒼馬が言い出した金額は、グロカコスが想定していたドワーフたちの売値に、ぴったりと的中していたのである。
 これはいったいどういうことだ?
 グロカコスは、動揺を押し殺しながら、頭の中をぶんぶんと回転させて考えた。
 そして、気づいたのである。
 もしや、ドヴァーリンをこちらの言い値で買ったのは、いわゆるご祝儀価格というものだったのではないか?
 このガキは父親に命令され、こちらで商売を始めると言っていた。こいつの父親は、自分が思っていた商売に失敗した商人ではなく、本当に異国の地まで手を広げようとする大商人だったのだ。
 そして、異国の地で商売を始めるために、街でも有力な商人――つまり自分に顔をつないでおこうと考えた。そこでこちらが吹っ掛けてきた価格を二つ返事で承諾し、これほど財力があるのだと示してきたのだ。
 しかし、それに私が気づかず、とんだ扱いやすい客だと勘違いしてしまった。そればかりか安物まで押しつけようとしてしまったのに、このガキは奴隷たちの価格をぴたりと言い当てることで、自分の商才を見せつけてきたのではないだろうか。
 グロカコスは、その自分の考えにぶるりと震えた。
 こいつは財布の口と頭が緩い上客どころか、とんでもないやり手の商人だ。
 あの若さで、このグロカコスを手玉に取るとは、なんと末恐ろしいガキだ!
 グロカコスは、これはまずいぞと思った。
 あれほどの大金を惜しげもなくポンッと支払えるだけの財力を持つ異国の大商人ならば、ここでつながりを持っておけば、間違いなく後で大きな利益に巡り合える。逆に、ここで不興でも買えば、それは他の商人のもとに流れて行ってしまうだろう。
 この失態をどう繕えばいいか?
 グロカコスは、わざとらしく驚いた仕草をしてから、奴隷監督を怒鳴りつけた。
「この間抜け! よく見れば、私が連れてこいと言った奴隷ではないではないか!」
 命令通りしたのに、なぜ怒鳴られるのか分からず混乱している奴隷監督の耳に口を寄せると、小声でささやく。
「王都に売り込みに行く予定のドワーフの中から、活きの良い奴を五人ほど見繕って、急いで連れて来るのだ!」
 奴隷監督は大慌ててドワーフたちを元いた檻に押し込めると、別の檻から新しいドワーフの奴隷を五人連れて戻ってきた。
「先程は大変失礼いたしました。お坊ちゃま、こちらが本当のお勧めの奴隷でございます」
「なかなか良い奴隷ですね。いくらするの?」
 上等な奴隷たちを持ってきたと言うのに、反応が悪い。
 これはさっきの失態で、蒼馬の関心が自分から離れてしまいつつあると思ったグロカコスは、名誉挽回のために相手をあっと驚かせる手を打たなくてはと考えた。
「先程のお詫びもかね、お客様のおっしゃったひとり銀貨一〇枚。五匹あわせて銀貨五〇枚で結構でございます」
「それでいいの?!」
 いいわけないだろ! と言いたくなるのをぐっと我慢する。
 これだけたくましく、健康状態も申し分ないドワーフの奴隷だ。剣闘用の奴隷としても、農業や鉱山で働かせる奴隷としても、いい働きを示すだろう。
 売るならひとり銀貨二百枚から三百枚は固いと踏んでいる奴隷なのだ。
 先程、ドヴァーリンを吹っ掛けて得た儲けが、ほとんど消し飛んでしまうほどの損失である。
 しかし、それだけの損失を覚悟しただけの甲斐はあったようだ。
 表情を隠すこともできずに驚いている蒼馬に、グロカコスは満足し、何度もうなずいた。
 これで先ほどの失態を取り繕っただけではなく、こちらの気前の良さを強く印象付けられたことだろう。
「わかりました。では、その値段で……」
 まだ驚きから抜け出せない様子の蒼馬を見て、グロカコスは成功を確信した。
 あの坊ちゃんは去り際に、やけに自分が王都に向けて出立する日取りなどを聞いて来たので、おそらくは近いうちにまた店を訪れるつもりのようだ。
 そのときまでに、また活きのいい奴隷を仕入れておけば、ドヴァーリンのように高く買い取ってくれることだろうと、グロカコスはほくそ笑むのだった。

              ◆◇◆◇◆

 その頃、蒼馬たちは買い上げたドワーフの奴隷たちを幌馬車に乗せて街を出ていた。
 御者台にホプキンスと蒼馬が並び、幌馬車の中では御者台のふたりに背を向けてドワーフの奴隷たちを監視するようにシェムルが座っていた。
 蒼馬によって首枷も足輪も外されたドワーフたちだったが、今のところは大人しく、反抗する様子はない。
「このドワーフたちが、全部で銀貨九百枚もしなかったって?」
 暇つぶしに蒼馬から奴隷商人の屋敷でのことを聞いていたホプキンスは、蒼馬の話す内容に驚いた。
 首だけ振り返って後ろの幌馬車の中を見ると、見るからに屈強そうなドワーフの奴隷が六人もいる。
 力が強く、頑健で、忍耐力もあるドワーフの奴隷は、人間の奴隷よりも高値で取引されている。ホプキンスが知る限りでは、よほど傷ついていたり、病気などを患っていたりしなければ、銀貨百枚はくだらない。
 今、幌馬車に乗せられているドワーフを見れば、銀貨三百枚ぐらいの値はついてもおかしくはないとホプキンスは踏んだ。
「いったい、どんな魔法を使えば、そんな金額で買えるんだい?」
 人を人と思わぬ奴隷商人は、がめついことで知られている。そんなのを相手に、これだけの奴隷を買い叩ける秘訣があるのならば、ぜひ教えてほしいとホプキンスは切実に思った。
「どんな魔法って……普通に値切ってみただけですよ?」
 そんな馬鹿な、と呆れ返ったホプキンスは、こちらに背中を向けているシェムルに助けを求めるように目をやった。
 すると、ホプキンスの視線に気づいて振り返ったシェムルは、少し考えてから、こう答えた。
「ソーマの人徳ではないのか?」
 ホプキンスは聞く相手を間違えたと、がっくりと首をうなだれたのであった。
 今回出たドワーフのドヴァーリンという名前は、ドワーフのもとになった北欧神話の闇の妖精ドヴェルグの名前として古エッダの「巫女の預言」のドヴェルグの名前リストに出てくるものです。
 リストの名前では、ソーリン「大胆な行動」やレギン「力」やスラーイン「頑固者」などは意味が良いのですが、日本人が思うドワーフっぽい響きではないのでドヴァーリンにしました。ですが「ぐずぐずする者」とか「ためらう者」という意味らしくて、キャラクターに合っていないのが残念。
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