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破壊の御子 作者:無銘工房

燎原の章

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第36話 街

 ボルニスは、ホルメア国の最西端にある街だ。
 もとは北のソルビアント平原に睨みを利かせるため、河のそばに砦を築いたのが始まりである。その砦の下に、ゾアンを恐れる農民たちや、そんな彼らと商売をする商人や職人たちが自然と集まり、いつしかそれが街となったのだ。
 人が集まるとともにゾアンの襲撃にそなえて、高さ五メルト(一メルトは約一メートル)、厚さ三メルトの強固なレンガ造りの街壁が街をぐるりと囲むように作られた。街壁ができたことで砦であったものは、軍事施設から行政施設へと役割を変えて今も街の中心として残されている。
 そして、大きく様変わりした街は、今では北のソルビアント平原からもたらされる農産物を商うだけではなく、ここより西にある海洋国家ジェボアからホルメア国首都に向かう隊商たちが立ち寄る商業都市として発展していた。
 そんなボルニスの門に、蒼馬を乗せたホプキンスの幌馬車がついたのは昼を少し過ぎた頃である。
「よし、次の馬車!」
 街を訪れた人間を(あらた)めている門の兵士たちに言われ、ホプキンスはゆっくりと幌馬車を前に進めた。
「おまえは、どこのもので、何用で街に来た?!」
「はい。私はジェボアから、この辺りの開拓村での商いを終えてまいりました行商人のホプキンスと申します」
 そう言ってホプキンスは幌馬車にかけられていた商人ギルドの旗を指し示した。
 商人ギルドは、商人たちが自分たちを守るために寄り集まってできた組合だ。
 毎年、決められた額を組合費として納めなければいけないが、商人ギルドの旗を掲げていればいろいろと便宜を図ってもらえる。それに、商人ギルドは加入した商人を襲った盗賊は決して許さず、その首に大金をかけて賞金首にし、どこまでも追いつめることで知られていた。それが商人たちを盗賊から守ることにもつながっているのだ。
「確かに、商人ギルドの旗だな。では、積み荷を検める」
「どうぞ、どうぞ。積み荷といっても、神様のご加護の甲斐あって売り物はすべて売れ、空っぽですがね」
 槍を構えた部下を従えた分隊長は、幌馬車の後ろの覆いをのけて中を確認する。
「むっ! ゾアンではないか!」
 シェムルを見つけた分隊長の叫びに、部下たちの間に緊張が走る。
「お待ちください! それは、甥っ子の奴隷です!」
「甥っ子だと?!」
 分隊長が改めて幌馬車の中を見ると、シェムルの隣に座る蒼馬の姿を見つけた。蒼馬の手には、シェムルにつけられた首輪につながる鎖が握られている。
「遠い東の国に嫁いだ妹の息子が、こちらで行商の仕事に就きたいと、こうして私の仕事についてきてくれたのです」
 分隊長が改めて見ると、確かに見たこともない髪の色だと言うことに気づく。顔も凹凸が少なく平らで、このあたりの人間ではないというのは間違いないように思える。
「だが、最近このあたりはゾアンどもの動きが活発で、奴隷とはいえゾアンを街の中に入れるわけにはいかん」
「隊長様、そこを何とか。遠く東の国から連れて来た甥っ子のお気に入りなのです」
 そう言ってホプキンスは青銅貨を何枚か握らせた。あまり握らせるとかえって疑われてしまうため、この場にいる兵士たちが仕事を終えた後に酒壺を1杯ずつ飲める程度のお金だ。
「うむ。そういうことならば仕方がない。だが、面倒を起こすなよ。入ってよし!」
 手中の青銅貨の重みに相好が崩れるのをこらえながら隊長が声をあげると、幌馬車の前に立ちふさがっていた兵士たちも道を開いた。
「ふぅ。ひやひやしました……」
 街の中に入り、門からだいぶ離れたことを確認してから、ホプキンスは冷や汗をぬぐった。
「お世話をおかけします」
 蒼馬は、申し訳なさそうに頭を下げる。それから隣にいるシェムルに向かうと、
「シェムル、首輪は苦しくない?」
「うむ。問題ない」
 そうは言いながら、やはり違和感があるのか、シェムルはしきりに首輪をいじくっている。
 いくら街に潜入するためとはいえ、シェムルに首輪をつけて、その鎖を握っていなければならないというのは、蒼馬にとってもつらいものであった。
「それよりも、街というのは、何とも臭いところだな……」
 それは蒼馬も同感だった。
 街に入ってから、なんとも形容しがたい臭いが鼻をつくのだ。汚物の臭いや腐敗臭や謎の刺激臭などが混然一体となった強烈な悪臭である。
 幌馬車の覆いの隙間から見れば、道の脇には悪臭の元になる汚物や動物の死骸が放置されたままになっていた。しかも、垢と泥で真っ黒になった孤児たちが平気でその上に座り込んでいる。
 いまだ都市衛生の概念がほとんどない時代なのだからそれも仕方ないのだろうが、それにしても劣悪な環境だ。
 人間よりはるかに嗅覚が鋭いゾアンであるシェムルならば、これは相当キツいだろう。
「悪臭もひどいけど、土埃もすごいね」
 道も石畳ではなく、土を踏み固めただけのものだ。雨が降らない乾いた時期になると、土埃が舞いあがって街がうっすらと黄色く染まる。その光景は道の両脇にある日干し煉瓦の家と相まって、まるで中近東にある荒野の町のようであった。
 蒼馬が乗る幌馬車がのろのろと進むのは東西の門を結ぶ街の主要通りで、それなりに人通りも見られる。
 そうした街の人の服装は、ほとんど似たようなものだった。
 男性なら、裾が膝上あたりまであるワンピースのような上着を皮ひもで腰のあたりで縛り、その下にズボンを履いている。女性だとワンピースの裾が脛辺りまで長くなる。蒼馬には見えていないが、ズボンは男性だけのもので、女性はその下には何も履いていない。
「ここには、どれぐらいの人間がいるんですか?」
「聞いて驚くなよ。なんと一万を超えると言うんだ。どうだ、すごい街だろう」
 ホプキンスが自慢げに言うが、蒼馬は複雑な笑みで返すしかなかった。
 現代日本では人口一万人と言えば、町や村ぐらいの規模でしかない。しかし、この世界においてはかなり大きい都市なのだ。
 蒼馬はこの街を攻める上で、まず確認しておかなければならない兵士たちの姿をあまり見かけないことが気になった。
「兵士の姿は思ったより見ませんね」
「そりゃそうさ。兵士たちのほとんどは門と街壁のところに詰めているからね」
「どれぐらいの兵士がいるんですか?」
「そうさな。四百か五百人はいるだろうな」
「意外と少ないんですね」
「そうか? そんなものだと思うが」
 兵士とは非生産者である。
 彼ら自身は小麦を一粒として生産しないため、常備軍として兵士を確保するためには他の人間が彼らを養わなければならない。当然のことながら、人口に対しての兵士の比率が高くなれば、それだけ負担も大きくなる。
 また、兵士となるのは壮健な若い男性であり、まさに生産や物流を担うはずの者たちだ。兵士を増やすと言うことは単に負担を増やすだけではなく、生産や物流を担うはずの人材を奪い、その力を低下させることにもつながる。
 そのため、この世界における常備軍となる兵士の数は、人口に対しておよそ二から四パーセント程度であった。この街の兵士も決して少ない数ではないのだ。
「ホプキンスさん、これからどうします?」
「私としては、せっかく街に来たんだから、どこかの酒場で一杯ひっかけてから、ギルドに挨拶に行きたいんだがね」
 酒場と聞いて、蒼馬の好奇心がうずいた。
 蒼馬が知るゲームやファンタジー小説の中では、街にある酒場が情報交換の場となっていた。アルコールの臭いとタバコの紫煙が漂う薄暗い酒場の中で、凄腕の冒険者たちが冒険譚を語り、一獲千金を夢見る商人たちが情報をやり取りする様が思い浮かぶ。
「僕も酒場について行っていいですか?」
「私が君らのことを密告しないか見張るつもりなら無用だよ。これでも商人だ。金を受け取ったからには、きちんと義理は果たすよ。それに妻と息子も失いたくないからね」
「いえ。ここの酒場に興味があるんですよ」
「それなら構わないが、そっちの御嬢さんは連れていけないよ」
 ホプキンスの言葉に、あからさまに不機嫌になるシェムルを蒼馬は慌ててなだめた。
「シェムル、この軍資金を見張っていてもらえない? これを盗まれたら、大変だから」
 決して治安が良いところではないので、砦から持ち出した軍資金を馬車に乗せたまま誰もいなくなっては、盗んでくださいと言っているようなものだ。
 そうしなければならないとはシェムルも理解はしている。
 だが、いつ人間の兵士に自分たちの正体がばれて取り囲まれるかもわからない街の中で、わずかとはいえ蒼馬と離れることが不本意でならないシェムルは、愚痴をひとつこぼした。
「ソーマ。おまえは、私の扱い方がうまくなってやしないか?」
 蒼馬は、思わず視線を宙にさまよわせるのだった。

              ◆◇◆◇◆

 期待に胸を膨らませて酒場に入った蒼馬だったが、そこは期待していたものとはだいぶ違っていた。
 所狭しと並べられた粗雑な作りのテーブルで、食べ物を食い散らかし、酒を酌み交わしているのは街で見かけたのと変わらぬ姿の人々で、期待していたような武器や鎧を身に着けた屈強な戦士や魔法の杖を持つ怪しい魔術師といった冒険者の姿はない。
 ホプキンスは空いているテーブルを見つけると、蒼馬とともに椅子に腰を下ろす。
「おい、こっちにきてくれ!」
 ホプキンスは酒場の喧騒に負けないように大声を張り上げて女給を呼ぶ。「いらっしゃい」の一言も言わない横柄な態度の女給がやってくると、ホプキンスはまず青銅貨を一枚渡す。
「飲みものと食べ物を」
「飲みものは一ディナス。食べ物なら二ディナス」
 それにホプキンスはテーブルの上に、さらに三枚の青銅貨を置いた。
 蒼馬は注文のメニューはないのかと酒場の中を見回すが、どうやらそうしたものはないようだ。とりあえず蒼馬も同じものを頼み、青銅貨3枚を出した。
 しかし、女給は蒼馬を見下ろしたまま、立ち去ろうとはしない。
 それに、先程ホプキンスがまず青銅貨を渡したことを思い出した。現代でもチップの風習がない日本人が、外国のお店で戸惑うことがあるという話をテレビなどで聞いていた蒼馬は、慌てて青銅貨をもう一枚出す。すると、女給はそれを拾い上げ、何も言わずに厨房へ向かって行った。
 現代日本人の蒼馬には馴染みはないが、この世界で買い物をするときにはチップは欠かせない。
 実は、こうした女給たちは、店から給料をもらっているのではない。客からもらうチップが彼女たちの稼ぎとなっている。店側は女給たちにチップをもらう場を提供する代わりに店を手伝ってもらっているというわけだ。
「ここには、冒険者とかはいないんですか?」
 料理が来るまでの間、蒼馬は冒険者らしい姿がないことをホプキンスに尋ねてみた。
「冒険者?」
「えっと……お金をもらって怪物を退治したり、依頼を受けたり、洞窟にもぐって宝を探したりする人です」
「面白いことを言うんだな。それは日雇いの人足か、山師かい?」
 ホプキンスの答えに、蒼馬は期待がしぼむのを感じた。
 せっかくのファンタジー世界なのに、ゲームや小説のような冒険者は、この世界にはいないようだ。
「日雇いの仕事の依頼なら、酒場の主人に金を払って頼めば、ああして広告を出すことができるぞ」
 ホプキンスが指し示す方を見ると、日干し煉瓦の壁に無造作に立てかけられた木の板があった。木の板には、広告と思われる紙が何枚も釘で打ち付けられている。
 紙には『山でツルハシを振るう人』や『木箱を持つ人』といったイラストが描かれ、その下には縦棒が数本引かれていた。イラストが仕事の内容を示し、縦棒が求めている人数という意味なのだろう。
「もしかして、この世界って識字率はかなり低い?」
「しきじりつ? 字を読み書きできるかってことかい? そりゃ学者や役人とかでもなければ、読み書きなんてできないよ。私だって、商売に使う簡単な単語をいくつか知っているぐらいだからね」
 広告に描かれていたのが文字ではなくイラストだったことから、もしやと思ったが、やはりこの世界の識字率はかなり低いようだ。
 そこに先程の女給が無言で、どかどかと器や壺をテーブルに置いて行った。現代日本ならば、接客態度がなってない!と激怒されそうな態度だが、ホプキンスは気にする様子もないので、ここではこれが当たり前なのだろう。
「さあ、食べようか」
 蒼馬の前に並べられたのは、例の丸パンが三分の一に分けられたものと、片手で掴めるぐらいの小さな壺、汁物が入った木製の椀である。
 壺の中を覗くと、そこには表面に泡とゴミクズのようなものが浮かぶ褐色の液体が満たされていた。
 椀の中は、ごった煮のスープだ。ほとんど原型をとどめなくなるまで煮こまれた魚や野菜のぶつ切りが、泥水のような色のスープの中に浮かんでいる。
「……これは?」
「パンにエールとスープだ」
 エールと言えば、ファンタジー作品ではおなじみの酒だ。大麦麦芽を使用し、酵母で発酵させたビールの一種である。現代日本でビールと言えばラガービールのことだが、ラガービールが普及するまではビールと言えばエールのことを指していたぐらい一般的な酒であった。
「ど、どうやって食べれば……」
 幌馬車の中でも思ったのだが、この世界のパンは固すぎる。表面はまるで煎餅のように固く、中は火が通っただけの小麦粉の塊でボロボロしている。
「エールは表面のゴミを息で吹きのけてから飲めばいい。パンはスープにひたして、やわらかくして食べるんだよ」
 ホプキンスに教わった通り、表面に浮いたゴミを息で吹いて、エールに恐る恐る口をつける。
「……!」
 蒼馬の口の中に筆舌に尽くしがたい味が広がった。
 それは蒼馬がお祝いごとなどのとき、父親にこっそりと飲ませてもらったビールとは、似ても似つかないものだった。しいてたとえるとするならば、酸っぱくて、えぐ味があって、薬臭くて、炭酸が抜けた生ぬるいビールだ。
 この世界のエールは、まだ醸造後の不純物の濾過の技術が十分ではないため、さらに発酵してしまった酸味と、不純物からくるえぐ味があるものだった。
 そして、薬臭いのは雑菌の繁殖を抑えてエールを長持ちさせるために入れられたハーブのものだ。
 炭酸が抜けたように感じるのは、まだエールに炭酸を入れる技術などないため、発酵で生まれた炭酸がわずかに溶けているだけだからだ。しかも保存状態も悪いので、その炭酸もほとんど抜けてしまうから、なおさらである。
 これまでいくつものファンタジー小説で主人公らが仲間と酌み交わしていたエールへの憧れが、蒼馬の中で音を立てて崩れ落ちる。
 それでも気を取り直して、今度はパンとスープに挑むことにした。
 しかし、スープにひたそうとパンをちぎろうとしたが、あまりに固すぎてちぎれない。ホプキンスを見ると、彼はパンを丸ごとスープの中にどっぷりとひたしていた。
 蒼馬も真似してパンを丸ごとスープの中にひたそうとしたが、椀の中で身体は溶けて骨だけになったくせに頭部だけはしっかりと残っている小魚の白く濁った目と目が合い、気圧されてしまう。
「くっ……。ここでくじけちゃダメだ!」
 意味不明な使命感に駆られ、意地になって蒼馬はパンをスープにひたした。
 スープを吸ってふやけてパンは柔らかくなったが、その光景はとても食欲をそそるものではない。
 しかし、それでも意を決してそれを口にする。
「……!?」
 この世界の酒場で出される標準的なスープとは、まさにごった煮である。
 その日に市場で買った食材をぶつ切りにして、塩味をつけて煮込むだけである。決まったレシピなどは存在しない。その日の料理人の気分しだいで買われた食材が使われるため、日によって味も変わってしまう。
 さらに、スープは毎回新しく作り直すわけではない。スープ鍋の中身が減ると、そこに水と食材を継ぎ足して使い続けるのである。
 長い年月かけて様々な食材の出汁が煮詰まっているので、複雑な旨さはあるのだが、それ以上に食材から出た灰汁(あく)の渋味や苦味や雑味が、現代日本の繊細な料理に慣れた蒼馬の舌には合わなかった。
「ファ、ファンタジーの夢が崩れる……」
 蒼馬はエールとスープを前に、がっくりとうなだれてしまった。
 残念なことに、この世界では豪華な料理と言えば(いのしし)の丸焼きといったレベルだったのである。元の世界においても、食べるのが精一杯な時代では、こんなものだったのだから仕方がない。
 しかし、どうせ召喚されるならば、もっと料理が発展した世界にして欲しかったと本気で悔やむ蒼馬であった。

挿絵(By みてみん)
 ファンタジー世界なのに冒険者はいないし、料理も発展していないし、識字率も悪いし、都市環境も最悪という、夢の欠片もないという、こんなの読んで誰が得するのだろうかという展開で、ごめんなさい。

P.S.キーワードに「ヒロインがガチ獣人」を追加
3/23 街壁の描写を幅から厚さに変更
5/12 誤字修正
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