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破壊の御子 作者:無銘工房

燎原の章

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第32話 七腕-1

 かつてソルビアント平原において、ゾアンとホルメア国軍の大戦が行われたことがあった。
 ホルメア国がソルビアント平原の開拓に乗り出したのは、三〇年ほど前である。
 しかし、予想以上に激しいゾアンたちの反抗によって、数年経っても遅々として開拓が進まないことに業を煮やしたホルメア国王は、軍にゾアン掃討の命を下した。
 これを受け、ホルメア国軍は入念な準備の上に一万五千の軍勢を編成し、ソルビアント平原に進軍したのである。
 まず、最初に被害を受けたのは平原の南方に居を構えていた〈尾の氏族〉だった。
 突如押し寄せてきたホルメア国軍によって、住居を焼き払われ、老人子供までも殺された〈尾の氏族〉は生き残りを引き連れ、平原を北へと逃げたのである。
 そして、それとともに平原の各氏族に「我らとともに人間どもを撃退すべし」と(げき)を飛ばしたのだった。
 この檄に、平原に住む目・牙・爪・たてがみの四氏族はすぐさま応え、ソルビアント平原において初となるゾアン全氏族連合軍が結成された。
 それは、〈目の氏族〉千人、〈牙の氏族〉六千人、〈爪の氏族〉七千人、〈たてがみの氏族〉八千人、〈尾の氏族〉二千人からなる総勢二万四千を超える大軍団であった。
 この全氏族連合軍とホルメア国軍が衝突したのは、夏を間近に迎えた平原の中央地帯である。
 まず、ゾアンの各氏族からそれぞれ名を()せた戦士たちが進み出ると、ゾアンの戦の作法に乗っ取り、名乗りを上げてホルメア国軍に対して決闘を申し込んだ。
 しかし、これに対してホルメア国軍は弓兵部隊の一斉射で応えたのである。
 決闘を挑んだ戦士たちが弓で射殺されたゾアンたちは激怒した。
 怒り狂ったゾアンたちは突撃を開始したが、その号令は各氏族の族長たちごとに行われたため全軍の足並みもそろわず、そればかりか武功(ぶこう)(はや)った戦士たちは我先にと競い合い、まったく統制が取れていなかった。
 そのため、さらに弓兵によって多くのゾアンが犠牲となった。それでも数の多さに加えて平原の覇者と呼ばれるゾアンの機動力と肉体の強靭さを活かし、ゾアンたちの突撃はホルメア国軍に肉薄するまでに至った。
 ところが、そこで弓兵に変わって前面に押し出されてきたのが、近隣諸国に「ホルメアの黒壁」と呼ばれる重装槍歩兵団だった。
 黒一色に揃えられた鎧を身にまとい、大きな盾を構え、長槍を突き出す重装槍歩兵団が密集陣形を組むと、それはまるで巨大な栗のイガかウニのようである。そんな槍衾(やりぶすま)に、蔦を編んだ胸部だけを防護する胴鎧ぐらいしか装備していないゾアンが突撃することは、無謀を通り越して自殺行為だった。
 突撃した者から順に槍で突き殺され、ゾアンは瞬く間に大量の死者を出した。
 重装槍歩兵団によって突撃の勢いが完全に止められたところに、両翼に展開していた戦車部隊がゾアンの側面や後方に回り込んで攻撃を開始すると、この攻撃が止めとなり、ゾアンたちは総崩れとなった。
 さらにホルメア国軍は戦車隊を中心とした追撃部隊を編制し、敗走を始めたゾアンに追撃を加え、徹底的に叩いたのである。
 この戦いにおいて、ゾアン全氏族連合軍の死者は一万五千を数え、わずかな間に半数以上を失う惨憺(さんたん)たる有様だったのに対し、ホルメア国軍の死者はわずか数百でしかなかったと言う。
 この後、ホルメア国軍は数か月かけて平原にあるゾアンの村々を焼き払うと、北の丘陵の手前に築いた砦に一個大隊(その後に縮小され中隊規模となる)のみを残して、本隊は引き上げてしまう。
 しかし、そのときにはすでにゾアンの各氏族は分断されたまま丘陵部に追いやられ、反撃する力は失っていたのであった。
 この大戦におけるゾアンの敗因は、組織的な戦いをする人間に対してゾアンが旧来の個人の武勇に頼った戦い方を用いたことと、全氏族連合とは名ばかりで実態は指揮権も行動指針も統一されていない氏族の寄せ集め所帯だったことにある。
 しかし、これほどの大敗を喫しながらも、ゾアンたちはその教訓を活かすことはなかった。
 それからもゾアンたちは旧来の戦い方に固執し、無駄に多くの戦士たちを失い続けたのである。そればかりか、旗頭を立てて全氏族連合軍の指揮の統一を図ろうとしたが、それがかえって誰が指揮を握るかで氏族間の対立を招くという本末転倒の事態に陥ってしまったのだ。
 これは、誇り高く、一途であると言われたゾアンの気質のせいなのだろう。美徳と思われるそれらが、新たな時代の流れの前では、頑迷さとなって現れるのだ。
 後に、数多くの改革や変革を成し遂げていく木崎蒼馬。
 そんな彼に従い、敵対する者たちからは「破壊の御子の家畜」と(あざけ)られるほど忠誠をつくしたゾアンであったが、当初は彼らもまた蒼馬のもたらす改革や変革を容易に受け入れることはできなかったのである。
 木崎蒼馬の戦いとは、彼のもたらす改革や変革と、それを受け入れられない保守との戦いであったと評する者もいる。
 その意味においては、木崎蒼馬のソルビアント平原において最大の戦いとは、ゾアンの保守的な考えとの戦いであったのかもしれない。

                ◆◇◆◇◆

「ソーマ、ちゃんと聞いているか?」
 ひとり考え事にふけっていた蒼馬は、シェムルに小突かれ、我に帰った。
 そこは砦の外に急遽(きゅうきょ)設けられたテントの中である。
 予定では砦の中で協議を行なうはずであったのだが、砦の中の建物はいたるところに負傷兵が寝かされ、協議を開くだけの余裕がある場所がなかった。それに、もともとこの時代の建築技術で建てられた砦の中には、ゾアンの氏族の主だったものだけとはいえ十数名が入りきれるだけの広さの部屋そのものがなかったのである。
 そのため、やむを得ず砦の外にテントを張り、そこで協議を行うことになったのだ。
 そこで最初に話し合われたのは、蒼馬の処遇についてである。
 現状、蒼馬の立場は〈牙の氏族〉の客人というものであった。
 しかし、それでは蒼馬がゾアン全体に何か意見をしたい時や、逆に他の氏族が蒼馬の意見を聞きたい時も、彼を客人として世話をしている〈牙の氏族〉の族長であるガラムを通さなければならず、不便であった。
 ガラムとしては、蒼馬を独占した方が〈牙の氏族〉の影響力が強くなるなどの利点が大きかったのだが、蒼馬の全氏族に平等でありたいという意志を尊重し、ガラムから蒼馬をその場に集った全氏族の客人に推したのである。
 それには、他の氏族は諸手(もろて)をあげて賛成した。
 これは蒼馬を独占した氏族の影響力が突出してしまうことを防ぐためと、この後に控えている氏族の領域決めにおいて、少しでも蒼馬に対する氏族の印象を良くしておきたい思惑からである。
 しかし、話が順調だったのは、そこまでであった。
 取り戻した平原のことに話が及ぶと、とたんに話は滞ってしまったのである。
 今はゾアンが一致団結しなければならないと考えていた蒼馬は、事前にガラムやシェムルたちと話し合って、氏族間の確執にもなりかねない氏族の領域の線引きは一時棚上げにすることに決めていた。
 しかし、それは他の氏族から、〈牙の氏族〉が平原を独占しようとしていると取られてしまったのである。
 もちろん、ガラムは誤解を解こうとしたのだが、それを妨害したのが〈たてがみの氏族〉であった。
 彼らも、平原を取り戻したのは蒼馬と〈牙の氏族〉であり、平原をどうするかの裁量は蒼馬たちにあることは百も承知していた。それ故に、まったくの誤解であったのだが、棚上げされたまま〈牙の氏族〉の実効支配が既成事実化し、自分らには平原を寸土ももらえなくなるという恐れから、蒼馬とガラムの発言を遮ってきたのである。
 この〈たてがみの氏族〉の焦りは、早くに支持を表明して〈牙の氏族〉寄りであった〈目の氏族〉がこの領域の棚上げについては困惑しているようであったため、その隙を突きたい思惑からであった。しかし、それ以上に自分らよりも強く反発すると思っていた〈爪の氏族〉とその族長のズーグが、不満を態度に出してはいたが不気味な沈黙を保っていたからである。
 むっつりとした顔で潰れていない右目を閉じ、腕組みをして協議を聞くだけのズーグの分まで、〈たてがみの氏族〉はガラムから平原を分け取ろうと弁舌を振るわなければならなかったのだ。
 そのため、若輩のバヌカの補佐につけられた老齢のゾアンは、獣の神によってゾアンの祖となる十二人の兄弟が生み出されたことから話は始まり、そこから自分らの系譜を語りだし、先祖の(いさお)(うた)い上げ、それを理由に自分らが平原をどれだけ領域とするのがふさわしいかと語り始めたのである。
 最初はゾアンの歴史を興味深く聞いていたが、単なる過去の栄光にすがった自慢話だとわかると、蒼馬も興味が薄れていった。そればかりか、一刻も早く次の行動に移らなければならないのに、こんな無為に時間を費やしていることに苛立ちすら覚え始めていたのだ。
 ついには〈たてがみの氏族〉の話を聞き流しながら、蒼馬はどうやったら彼らを説き伏せられるのか考えていたのである。
 しかし、そんな蒼馬ですら聞き流せない発言が飛び出た。
「我々は平原を取り戻しきってはいません!」
 それはどういう意味かと驚く皆の注目を浴びながら、その白髪が混じり始めた〈たてがみの氏族〉のゾアンは自信があるのか胸を張った。
「まだ平原には、人間どもの村があるではないですか! すべての人間を平原から追い払ってこそ、本当に平原を取り戻したといえるのです!」
 確かに砦を落としたとはいえ、平原には入植した人間たちの開拓村が数多くある。彼らは今なおもこの平原を焼いて畑を作り、生活している。
「〈牙の氏族〉は多くの戦士たちを失ったと聞きます。ここは我ら〈たてがみの氏族〉にお任せ願えないでしょうか?」
 ようは、領域を定める前に自分らにも手柄を立てさせろ、ということだ。
 しかし、その手柄とは平原の開拓民の殺害でしかない。
 それに、蒼馬の気配が一変した。
「! どうした、ソーマ?!」
 いきなり無言で立ち上がった蒼馬に、シェムルが驚きの声を上げる。
 こちらに向けられた蒼馬の背中から伝わる静かな怒りに見覚えがあった。
 それは忘れようもない、あの夜のことだ。
 苦境に陥った自分のために、ガラムたちの前に立ちはだかったときと、まったく同じだった。
「もう勝手にすればいい! 僕はここを去る!」
 シェムルが止める間もなく、蒼馬は怒りのまま叫んだ。
「何か、気に障ることでも……?」
 ゾアンたちは焦った。
 砦を落としたのは、間違いなく蒼馬の手柄である。そんな大きな手柄を立てた者に何ひとつ報いぬまま去られでもしたら、この場にいる者たちは何と度量の小さい連中だとそしられるだろう。
 しかし、蒼馬はそんなこと知ったことではなかった。
 彼がホグナレア丘陵の戦いの苦悩から立ち直ったのは、ヂェタやシェポマのような幼いゾアンが助かったと言ってくれたからだ。
 自分の身勝手な行いでも、それによって助かった幼い命があり、感謝してくれる人がいたからだ。
 それなのに助けたはずのゾアンが、今度は人間に対して同じようなことをしようと言う。
 それだけは絶対に蒼馬は許すことはできなかった。
「口を開けば、氏族の領域のことばかり! 僕には、大海で同じ小さな板切れに掴まった漂流者が、自分たちが掴まっている板切れの面の広さで争っているようにしか見えない! 大波ひとつでひっくり返されようとしている板切れで争う馬鹿に!」
 蒼馬の功績の大きさは承知していても、そのあまりに率直な罵倒に、ゾアンたちは怒りの色を浮かべて腰を浮かしかけた。
 そのゾアンたちに、蒼馬は鋭く指を突きつけて言う。
「平原から人間を追い出して終わりだと思っているんですか?! 必ず人間たちはやってくる! 今度こそ、徹底的に、容赦なく、ゾアンを滅ぼすために!」
 勝利に浮かれていたゾアンの気持ちに、蒼馬は言葉の冷水を浴びせかけた。
「勝てば終わるとでも思っていたんですか? 逆だ! 始まりなんです! どちらかが音を上げるまで続けられる戦いの始まりなんです! ゾアンが生き残る道は、勝って、勝って、勝ち続けるしかないんです!」
 蒼馬の言葉に、ゾアンたちは押し寄せてくるであろう人間の軍勢の幻を見た。
 行進とともに打ち鳴らされる太鼓の音が、軍靴の音が、鎧や武器が触れ合う音が、ゾアンを殺せと叫ぶ兵士の声が、幻聴となってゾアンの鼓膜を震わせる。
「そんな……!」
「やっぱり、こいつは死と破壊の女神アウラの御子だ! こいつは俺たちに死と破壊をもたらせにきたんだ!」
 バヌカが蒼馬を指差し、悲鳴のように叫んだ。
 その叫びに、御子であるシェムルや〈目の氏族〉の巫女たちが支持に回っていたことで押さえつけられていた、アウラの御子への恐怖が呼び起される。
「それがどうした?!」
 しかし、蒼馬は昂然とうそぶいた。
「おまえたちは、とっくに滅びるしかなかったんだろ?!」
 その一言は、まるで雷撃のようにゾアンたちを撃った。
 それは誰もが知るゾアンの実情ではあるが、誇り高きゾアンにとっては決して認められず、あえて避けていたものだ。しかし、蒼馬はそれを許さず、はっきりと彼らの前に現状を突きつけたのである。
 それを否定できず、かといって認めることもできないゾアンたちは悔しげにうなり声をあげた。
 その中で蒼馬の言い分を認めたのは、ガラムであった。
「ソーマの言うとおりだ。俺たち〈牙の氏族〉は滅びる直前だった。いや、今も大して変わらぬ」
 ここに集う氏族の中で、もっとも存亡の危機に陥っていたのは〈牙の氏族〉である。今さら体面を取り(つくろ)い、ゾアンの現状から目をそむけるようなまねはしなかった。
「戦わねば滅ぶことはわかった。だが、優れた戦士であっても、永遠には戦い続けられぬ。どうするつもりだ、ソーマよ?」
 皆の前で蒼馬と問答することで、ガラムは自分たちゾアンの置かれた状況を皆にわかってもらおうとしたのだ。
「わかっています。どこかで落としどころを見つけ、終わらせなければいけません。だけど、それは今じゃない」
 ガラムの意図が伝わったことで、いくぶん冷静さを取り戻した蒼馬は言った。
「過去に人間たちが数万の軍勢で攻めてきたと聞きました。それに比べて、今回はたったの数百人に勝っただけ。人間にとってみれば、油断していたところを後ろから軽く一発殴られた程度です。それではダメなんです! 少なくとも、そう簡単にはゾアンと戦いたくないと思わせなくっちゃいけないんです!」
「では、俺たちにどうしろというのだ?」
 ガラムの問いを受け、蒼馬はシェムルに預けていた地図を敷布の上に広げた。
「ここが今いる砦。ここからずっと下に行くと、街があるみたいです」
 地図の上に描かれた地図を指差しながら、蒼馬は周囲のゾアンたちを見回した。
「やることはただひとつです。この街を攻め落とします!」
ちなみに、ゾアンは女性でも戦士になれるため、大戦では多くの女性も命を落としてしまいました。それが急激な人口減少を引き起こし、ゾアンが衰退する原因のひとつとなっています。

2014/6/15 誤字修正
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