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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第115話 ホルメニア攻防戦8-扇動(中)

 蒼馬の声は決して大きなものではなかった。ところが、それは驚くほど良く通り、広場の隅々にまで響き渡る。
 しかし、それを聞いた王都の人々は戸惑ってしまった。
 たとえば、それが侵略者を打ち払う代償として、自分らに服従を求める言葉ならば、人々は理解できたであろう。たとえば、それが自分らを庇護(ひご)する代わりに支配を受け入れろという言葉ならば、人々は納得しただろう。
 なぜならば、この世界の人々にとって、力強き者の支配を受け入れ、その庇護に(あずか)るというのは、ごくごく当然のことなのだ。
 戦えない民たちは(すき)(くわ)をもって土地を耕し、王や騎士へ税を納める。地を耕せぬ王や騎士たちは剣や槍をもって戦い、民を守る。
 それが、この社会の仕組みである。いや、この世界の構造そのものと言っても良い。
 ところが、破壊の御子と名乗る男は、「そのとき」と口にした。
 自分らがロマニア国軍を追い払った後ではない。自分らがロマニア国軍と戦うときに、おまえたちは何をするのかと問いただしたのだ。
 つい先程まで侵略者であるロマニア国を追い払うと言ってくれた。自分らを助けてくれると言ったのである。
 それなのに、その言葉を発した同じ口で、今は自分らに何をするのかと問う。
 その蒼馬の真意がわからず、王都の人々は困惑するしかなかった。
 そんな人々に向けて、蒼馬は重ねて尋ねる。
「僕たちが戦っているとき、あなたたちは何をしている?」
 だが、とうていその答えを持ち合わせない王都の人々は、ただ困惑するしかなかった。その困惑は、抑えられたざわめきとして王都の広場に満ちていく。
 しばし間を置いて、答える者が出ないのを確認した蒼馬は、ざわめきを打ち消すかのように声を張り上げる。
「あなたたちはロマニア国によって、土地を追い出された! あなたたちの父や母が、そのまた父や母が血と汗を流して耕した土地を奪い取った! あなたたちが風雨から家族を守るために建てた家を焼いた! あなたたちが心血をそそいで実らせた麦を今なおむさぼっている!」
 激しい苛立(いらだ)ちと(いきどお)りを込めて、蒼馬はロマニア国軍の非道を列挙する。そんな悲惨な現状の数々を蒼馬に改めて突きつけられた多くの人たちがうつむいた。
 しかし、そんな人たちへさらに蒼馬は容赦なく言葉を叩きつける。
「それだけじゃない! この中には父を母を殺された者もいるだろう。妻を娘を犯された者もいるだろう。夫が息子が首に縄をかけられて奴隷として連れて行かれた者もいるだろう」
 蒼馬はそこでいったん言葉を句切ると、大きく吸い込んだ息とともに一際大きな声を発した。
「そして、今やあなたたち自身を同じ目に()わそうとロマニア国は、ここへ押し寄せてこようとしている!」
 自分が放った言葉がその場にいる全員の心に染み入るのを待つかのように、蒼馬はしばし口を閉ざした。
 それでも誰からも声が上がらない。
 いくら待っても誰もが自分と目を合わせるのを避けるかのように顔をうつむかせ、声を上げようとしない。そんな人々に、蒼馬は軽蔑(けいべつ)とともに言う。
「それなのに、あなたたちはただ僕らに奪われたものを取り返してもらうのを待っているだけなのか? 何もせずに待っているだけなのか?! ただ黙って見ているだけなのかっ?!」
 そこまで言われても何も言い返そうとしない人々に、静かな怒りすら込めて蒼馬は言葉を続けた。
「目の前で親や兄弟や恋人や友を奪われ、殺され、食い物にされ、それでも目の前に餌が投げ与えられるのを待ち、それを(むさぼ)り食らうだけのものを何と言うか知っているか?」
 しかし、その問いに答えられる者は誰もいない。
 そんな人々をぐるりと見回してから、蒼馬は侮蔑(ぶべつ)もあらわに吐き捨てた。
「それは、豚だ」
 ざわりと人々がどよめいた。
 しかし、そんな人たちに向かって蒼馬はさらに侮蔑の言葉を叩きつける。
「大事な人々を奪われ、自らも殺され食われるというのに、何もしない。ただ飯を食らって、クソをして、自分が食われる番を待つだけ。それが豚でなくて何と言うんだ?!」
 その言葉には、いまだに黙ってばかりいる人々への怒りが込められていた。
「ここにいる異種族の者たちを見ろ!」
 大げさな身振りとともに、自分が立つ(だん)の近くにいる者たちをその手で示した。
「彼らは今のおまえたちと同じく、おまえたちホルメア国に土地を奪われた者たちだ。親兄弟を殺された者たちだ。奴隷という汚濁の中に落とされた者たちだ!」
 そこで蒼馬は皆に見えるように前に突き出した右手の拳をぎゅっと握り締める。
「だが、彼らは(あきら)めなかった! 屈しなかった! 戦い続けたっ!! 彼らはおまえたちに獣と(ののし)られても、決して豚にはならなかった。だから、ここにいる。ここにいるのだ!」
 自分とともにいる人間種以外の異種族の者たちを誇らしげに語り、その目に尊敬の輝きすら浮かべていた蒼馬だったが、それを再び侮蔑へと一転させて叫ぶ。
「それなのに、おまえたちはどうだ?! おまえたちの多くは、異種族の者たちを獣だと罵ってきた。汚らわしい! 愚かだ! 野蛮だ! そんな獣だと嘲笑(あざわら)っていた! だが、そう言っていたおまえたちこそ獣以下だ! 家畜だ! 豚だっ!」
 一気にまくし立てた蒼馬は、肩を上下させるほど息を荒げていた。その呼吸が落ち着くのをしばし待ってから、蒼馬は幾分口調を穏やかなものに変えて問う。
「もう一度尋ねる。僕らがロマニア国軍と戦っているとき、おまえたちは何をしている?」
 キッと鋭い視線を投げかけ、さらに問う。
「おまえたちは、豚なのか?」
 それでも人々は黙りこくるばかりであった。
 しかし、何も感じていないわけではない。
 いくらこれまで権力者に(しいた)げられてきた人々とはいえ、彼らとて人間だ。それを家畜だ、豚だと罵られて何も感じぬはずがない。
 屈辱であった。
 さんざんロマニア国によって悲惨な目に遭わされ、命からがら逃げてきた王都では豚と罵られる。どこまで自分らは(おとし)められ、苦しめられねばならないのだという怒りと不満が人々の心の中から湧き上がった。
 しかし、その爆発寸前にまで高まった感情を向ける場所がない。
 本来ならば罵り、(あざけ)った蒼馬本人に向けるべきものなのだろう。
 だが、そんなことをすれば自殺行為であった。
 いまだこの世界は、暴力がすべてを決する世界である。そして、この場においてもっとも強い力を持つのは異種族の戦士たちを従えた蒼馬に他ならない。
 そんな蒼馬に刃向かえば、戦う力を持たない自分らなど(またた)く間に皆殺しにされてしまう。
 そう思えばこそ、誰も反抗の声すら上げられはしなかったのだ。
 しかし、それでも人々の胸の内で憤りの念は決して消えることはなかった。
 それはあたかも密閉された空間でくすぶる火である。何かのきっかけに新鮮な空気が入り込めば爆発延焼する炎の種子であった。
 そして、そのきっかけが訪れる。
「私たちを(あなど)らないでいただきたい!」
 そう言って出てきたのは、「黒壁」の連隊長であったアドミウスである。
「我らは、あなたに敗れはした。しかし、心までへし折れたわけではない! 私は騎士だ! このホルメア国に命を捧げ、そして民を守ると誓った剣は、いまだ折れてはいない!」
 拳を振り上げて叫んでいたアドミウスは、その胸を張ると誇らしげに高らかと宣言した。
「私は豚ではない! 私は人だ! 人間なのだ!」
 それからアドミウスは、自分の周囲にいるホルメア国の人々に向けて言う。
「おまえたち! ここまで言われて悔しくはないのか!」
 そして、見るからに敗残兵とおぼしき男たちを見つけると、次々と彼らを指差していく。
「おまえっ! その(よそお)いは、ガットス子爵の配下ではないのかっ?! そこのおまえは、プレナス伯爵の騎士ではっ?! そちらのおまえはピルグリッド男爵の隊で見た顔だ!」
 それは当てずっぽうであった。いくら「黒壁」の将校といえど、まさか指揮権がまったく違う諸侯の騎士たちの顔まで覚えているわけがない。
 しかし、直接指差されていなくとも、心当たりのある者たちがギョッとした顔になる。
「今名を挙げたいずれの方々も、このホルメア国とその民を救わんとしてカリレヤ平野で見事に散ったと聞く! それなのに貴様らは、これほど言われても、まだおめおめと生き恥を晒そうというのかっ?! それでも貴様らは男か! 人なのかっ?!」
 アドミウスは音を立てて蒼馬へと身体ごと振り返る。
「ダリウス閣下が、あなたによって失脚させられた怒りはある! 我が僚友(りょうゆう)らを討ち取られた恨みもある! だが、あなたがホルメアの人々を救うと言うのならば――」
 剣を取り上げられていたアドミウスは、手首の内側を上に晒すようにして握り締めた拳を蒼馬へ突き出した。
「――このアドミウス! あなたとともに戦おう!」
 シンッと広場が静寂に包まれた。
 その場にいる誰も彼もがアドミウスの宣言の余韻(よいん)(ひた)るかのように言葉を発せずにいる。
 しばらくして、その静寂を打ち破ったのは、見るからに戦場帰りとおぼしき格好の男だった。
「ふざけるな! てめえだけ、カッコつけさせるか! 俺も戦うぞ!」
 その男の声を皮切りに、他の騎士や兵士だった男たちが声を上げる。
「良くも豚と言ってくれたな! 俺たちが豚じゃねぇって見せてやる!」
「おまえに言われなくともロマニアの野郎にゃ、こっちはど(たま)きているんだ!」
「俺もやるぞ! おい! てめえらも、悔しくねえのか?!」
 それに釣られ、騎士や兵士ではない王都の民の中からも男たちが立ち上がる。
「俺だって、女房やガキどものために戦うぞ!」
「そこまで言われて縮み上がったら男がすたるってもんだ! そうだろ、みんな?!」
「ここで立てなきゃ、その股倉にぶら下がっているものを切り取りやがれっ!」
 さらには老人たちが「まだ私も戦える」と立ち上がれば、女たちもいまだ腰を上げようとしない男たちの尻を蹴り上げる。そればかりか、自らも戦うと言い始めたのだ。
 そんな彼らが上げる気勢(きせい)を受け止めるかのように蒼馬は大きく両腕を開いた。
 しばし蒼馬は目を閉じ、内臓を揺さぶるような大音声に恍惚(こうこつ)と身を浸す。
 その姿に何か吸い込まれていくような虚脱感を覚えた群衆は、知らず知らずのうちに気勢を上げるのをやめて口を閉ざしていった。
 そして、しばらくして打って変わったように静まり返る広場を前に、蒼馬はゆっくりと目を開くと、大きく息を吸って言った。
「戦わずに生きるのは家畜だ! ただ生きるために戦うだけならば獣にもできる! だが、誰かのために、自らの誇りのために、まだ見ぬ未来のために戦おうとするのは人だ! 人だけだっ!」
 みんなから吸い上げた熱気をそのまま叩き返すような言葉に、人々は胸をカッと熱くさせた。
 そして、蒼馬はその熱をさらに激しいものとさせる。
「いいだろう! あなたたちが人ならば手を取り合える! 肩を並べられる! ともに立てる! ともに戦える! ともに死ねる! 人ならばっ! 僕らと同じ人ならばっ!!」
 豚と罵られた自分らを対等な人と称賛する蒼馬の言葉に、人々は胸を歓喜に震わせた。
「誇り高きホルメアの人々よ! 勇敢なるホルメアの人々よ!」
 そんな人々に向けて、蒼馬は握り締めた拳を高々と天へと突き上げた。
「僕とともに戦おう! この『破壊の御子』木崎蒼馬とともに! そうすれば、僕はロマニア国の暴虐なる侵略者たちに死と破壊を与えよう! そして、必ずや僕は、あなたたちに勝利をもたらすだろう!」
 王都の広場は爆発するかのような大歓声が巻き起こった。
自分で書いておいてなんだが、この主人公はロクな死に方をしそうにないな……
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