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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第114話 ホルメニア攻防戦7-扇動(前)

「落ち着け! 囲まれたといえど、敵は少数だ! こちらに数の利はある!」
 そう叫んでいたのは、ゾアンたちによって包囲拘束されたロマニア国軍の将軍だった。
 突如襲来したゾアンたちによって左右や後方を遮断され、包囲されてしまったものの落ち着いて現状を見れば、ゾアンたちよりも自分らの方が兵数で勝っている。今は混乱しているが、その兵士たちの統制さえ取り戻せれば、このような薄い包囲網など食い破って友軍に合流することも可能なのだ。
 そのために、何としてでも兵たちを落ち着かせようと、その将軍は必死に声を張り上げ続けた。その甲斐あって、ようやく周囲だけだが、何とか兵たちの統制を取り戻せた。
 そんなところへである。
 それまで固く閉ざされていた王都の城門がきしみを上げながら、ゆっくりと開き始めた。
 包囲された我らにとどめを刺さんと打って出るつもりか?!
 その将軍は、そう判断した。
 いまだ多くの兵たちが混乱するこのようなところに、さらなる敵の攻撃を受ければ、それはとどめの一撃となるだろう。
 しかし、と将軍は考える。
 これは好機であった。
 自分らを包囲するゾアンたちを見れば、その数はおよそ四千から五千ほどである。事前の軍議にて知らされていた情報が正しければ、その数は破壊の御子が動かし得るほぼすべての兵に等しい。
 だとすれば、王都ホルメニアの中にはほとんど兵はいないはずだ。しかも、その大半が城壁に上げられている今ならば、城門から打って出てこられるのは、せいぜい百か二百程のはず。
 だとすれば、ここでゾアンたちに囲まれて叩かれ続けるよりも、それを蹴散らして王都に乗り込んだ方が活路は開けるというものだ。
 その将軍は、決断する。
「兵たちよ、我に続け! 敵を蹴散らして、王都へ乗り込むぞ!」
 そう叫んだ将軍は、従兵に自分の旗を目立つように大きく振るわせながらついて来るように命じると、自らは先陣を切って開きつつある城門へ向かって駆け出した。その姿と命令に気づいた兵たちも、遅ればせながら将軍の後へと続く。
 そんなロマニア国軍をあたかも迎え入れるかのごとく、王都の城門が開いていく。 
 そして、ついに城門が開き切ったとき、先頭を駆けていた将軍は真っ正面から叩きつけてくる熱気に打たれて、足を止める。
「な、なんだと……?!」
 将軍は、愕然(がくぜん)(つぶや)いた。
 開き切った城門の中で待ち受けていたのは、その将軍が思っていたような、わずかな兵ではない。
 そこにいたのは、城門からまっすぐ王城へと続く広い道をびっしりと埋め尽くすほどの人の姿であった。
 その総数たるや百や二百程度ではあり得ない。数千――いや、数万に及ぼうかという人の数である。
 しかし、それは兵士や戦える若い男たちばかりではなかった
 そこには、本来ならば戦えないはずの女子供老人たちの姿まである。
 そして、彼らが手にしているのは、剣や槍だけではない。(すき)(くわ)といった農具やそこいらに転がっていそうな角材や棒切れ、さらにはとうてい武器とは思えない鍋釜まで見えた。
 老若男女を問わず、その手にするものも異なる数万の人々。
 しかし、そんな彼らにひとつだけ共通するものがあった。
 それは、熱気である。
 幾多(いくた)の戦いをくぐり抜けてきた将軍すらも経験したことがなく、その足を止めさせるほどの狂おしい熱気に人々は包まれていたのだ。
 その熱気に気圧(けお)され、将軍のわずかに開いた唇の間から小さな悲鳴が洩れた。
 それに合わせるように、城門から号令が上がる。
「ロマニアの侵略者どもを打ち倒せっ!」
 城門から、どっと人があふれ出した。

                    ◆◇◆◇◆

 王都の人々を熱気に包み込んだのは、もちろん蒼馬である。
 そして、蒼馬が何をやったかを語るのには、彼が王都に入った直後に話を(さかのぼ)らなくてはいけない。
 まず、王都に入った蒼馬が命じたのは、王都の食料庫を開くことだった。それから王都でもっとも大きな広場に大鍋をいくつも用意させると、食料庫から遠慮なく持ち出された糧食が次々と放り込まれ、そこで煮込まれていったのである。
 そして、これが破壊の御子と呼ばれる蒼馬のはからいであると声高に喧伝(けんでん)しつつ、それを分け隔てなく王都の人々に振る舞ったのだ。
 当然、王都に残っていたホルメア国の将校や重臣らは、これに反対の声を上げた。
 これよりロマニア国軍が王都に攻め寄せてくれば、いつ終わるともわからない籠城戦が始まるのだ。それを前にして貴重な王都の糧食を浪費するなど、もっての外である。
 しかし、蒼馬はそう反対する人に「籠城するつもりはない」ときっぱりと言い切り、この食事の配給を断行したのだ。
 これには王都の人々も歓喜した。
 すでに王都では籠城戦に備え、すべての食料が徴収され、王城の管理下に置かれていたのである。そのため、食品を扱う店は軒並み扉を閉ざし、王都では麦一粒とて手に入らない状態であった。
 いちおうは食料の配給は行われていたが、それも長期の籠城を想定したものである。それでは、とうてい王都の人々の空腹を満たせるものではなかった。
 ましてや王都に多数流れ込んできた難民や敗残兵などは、もとから考慮に入れられていなかった者たちである。そのような者たちへの配給など、本当に微々たるものでしかなかったのだ。
 そのため、せっかく命からがら王都に逃れてきた難民や敗残兵たちの多くは、道ばたの雑草や捕まえた虫やネズミを食って、何とか飢えをしのぐといった有様だったのである。
 それだけに、久しぶりに口にした人間らしい食事に難民や敗残兵たちが感涙を流すのも当然だった。彼らは雑炊をすすったのと同じ口で、破壊の御子への感謝の言葉を言うのであった。
 そうして多くの人々が腹を満たした頃を見計らい、蒼馬は彼らの前に姿を現した。
 ゾアンやディノサウリアンたちが厳重に取り囲む壇上に蒼馬が立つと、王都の人々の間からはざわめきが洩れた。
 今、この西域において異種族であるゾアンやディノサウリアンたちを従える人間など、たったひとりしかいない。
「あれが、破壊の御子……」
 天地を逆する大罪人。凶悪な亜人類を従える暴君。
 そのようなおどろおどろしい噂とはかけ離れた、どちらかというとそれとは真逆。むしろ、ひ弱な印象を漂わせる蒼馬の姿に、戸惑いの声が洩れ聞こえてくる。
 だが、そこには嫌悪や憎悪の色はない。
 腹におさまる雑炊の確かな重さが、彼らの中から蒼馬への悪感情を排していたのだ。しかし、それでも簡単に悪感情が好意へと変わったわけではない。人々が蒼馬に向けるのは、好奇の心である。
 そんな人々の好奇の視線を集めながら、蒼馬はまず広場の人々をぐるりと見回した。そして、広場にいる数え切れない人々の注視を集めているのを確認すると、蒼馬は小さく息を吸い、それを吐き出すとともに声を張り上げる。
「僕の名は、木崎蒼馬! 破壊の御子と呼ばれる者だ!」
 改めて告げられた破壊の御子の名に、人々の間からどよめき声が上がる。
 その場に居合わせた人は、数万にも及ぼうかという数であった。ひとりひとりが上げる声は小さくとも、それがひとつとなれば物理的な衝撃すらともなう大音声となる。
 それを一身に集める蒼馬が立つ壇を守っていたゾアンの戦士やディノサウリアンたちが、何か言いたげに蒼馬を振り仰ぐ。彼らは事前に、何があっても民たちに強制するなと蒼馬から厳命されていたのだ。
 ところが、どよめきだけでこれだけの騒ぎである。
 さすがに不安となり、民たちを抑えた方がよろしいのでは、と蒼馬へ目で訴えたのだ。
 しかし、蒼馬はそれを黙殺する。
 代わりに蒼馬は広場の端から端まで、ゆっくりと睥睨(へいげい)していった。
 すると、蒼馬の視線を受けた人々は、それに打たれたように慌てて口を閉ざしていく。しかし、そこに集まる人々は多く、また場所も広い。すべての人々が静まるまで、かなりの時間を要した。
 そして、ようやくすべての人々が口を閉ざし、自分の言葉を聞く態勢ができたのを確認してから蒼馬は口を開く。
「今、この国は存亡の危機に直面している!」
 まず蒼馬は王都の人々に現状を突きつけた。
「東の大国であるロマニア国の軍が、この王都を目指して侵攻してきているのだ! 彼らは暴虐な侵略者だ! 彼らによって多くの村々が掠奪(りゃくだつ)()き目に遭い、多くの人々が奴隷として連れ去られている。
 そして、彼らは無慈悲な殺戮者でもある! 多くの人々がホルメア国が滅んでも変わりないと思っているかも知れない。ただ自分らの支配者がホルメア国からロマニア国に変わるだけと思っているかも知れない。しかし――」
 そこで蒼馬は、わざとそこで言葉を切ると広場を見回した。誰もが自分の言葉に耳を傾け、まるで水を打ったように静まり返っている。それを確認すると蒼馬は言葉を続けた。
「無慈悲で残忍な殺戮者であるロマニア国は、降伏を申し出るのも、恭順(きょうじゅん)を示すのも認めない。ただ彼らは自らの鬱憤(うっぷん)を晴らし、凶悪な喜びを満たすためにホルメア国の人々を襲い、奪うのだ! この場にいる人々の中には、それが本当だと知る者も多いだろう!」
 蒼馬の言葉に動揺を示したのは、難民や敗残兵たちだった。彼らはまさしく蒼馬の言葉のとおり、侵略してくるロマニア国軍の暴虐をその目にし、それを体感した者たちだ。
 蒼馬の言葉に刺激され、彼らは一様に自分らの身に降りかかった災難を思い起こし、その身体を震わせる。
 そして、その姿は周囲にいた元から王都にいた人々に同情と哀れみを抱かせた。
 しかし、蒼馬は王都の人々が同情や哀れみですまそうとするのを許さない。彼らもまた自分らも遠からず同じ運命に(おちい)ると思い知らさねばならなかった。
「それは、この王都とて例外ではないのだ!」
 蒼馬は王都の人々を絶望させる言葉を叩きつける。
「先日、王都より多くの兵を引き連れてロマニア国軍に挑んだワリウス王は敗れ――」
 蒼馬は(かん)()えないとばかりに、そこでわずかに息を詰まらせてから言葉を続ける。
「――あのホルメア国の守護神とも呼ばれたダリウス将軍も討ち取られた。そのため、ロマニア国軍はさらに勢いづき、この王都に向けて進軍してきている!」
 王都に絶叫が轟いた。
 すでにワリウス王の大敗の報せは、王都の民の間でもささやかれていたものだ。
 しかし、それでもなお王都の民たちの間には、かすかな希望の光が存在していた。
 それが、ホルメア国の守護神ダリウス将軍の存在である。
 あのダリウス将軍が従軍しているのならば、勝てないまでも何とかしてくれる。あのダリウス将軍ならば、負けたとしても敵を食い止めてくれる。
 そんなかすかな期待が王都の人々の胸にあったのだ。
 それは、あたかも天上から地獄に垂らされた一筋の蜘蛛の糸であった。しかし、それを事実という無慈悲な刃で蒼馬に断ち切られた今、王都の人々は地獄へと真っ逆さまに落ちる罪人と等しい絶望に襲われたのである。
 早くも王都から逃げ出そうと立ち上がる男もいれば、どうして良いかわからず右往左往(うおうさおう)する女もいる。周囲の喧噪(けんそう)に泣き出す赤子もいれば、絶望のあまり(ほう)けた顔で座り込む老人もいた。
 これにはさすがに蒼馬も黙って見ているわけにはいかなくなる。
 蒼馬は自分の後ろに控えていたシェムルに命じて太鼓を叩かせた。すると、広場の外周を囲んでいたゾアンの戦士たちがいっせいに咆哮(ほうこう)を上げる。それに続いてドワーフとディノサウリアンも声を張り上げ、手にした長柄の武器の石突きでガンガンと地面を叩いた。
 それにあわや暴徒と化しかけていた王都の人々はしだいに(しず)まる。
 しかし、それは冷静になったというより、立ちすくんでしまったという方が正しいだろう。
 さらにそこへ蒼馬は追い打ちをかける。
「どこへ逃げようと言うのだ?! もはやホルメア国に逃げられる場所など存在しない。どこに行こうともロマニア国軍はあなたたちを追いかけてくるだろう!」
 自分の言葉に打ちのめされて顔を青くする人々に向けて、蒼馬は「自分の周囲を見ろ」と大声で伝えた。
 すでに蒼馬の言葉に呑み込まれていた人々は、もはや疑問や反抗を考える間もなくその声に従ってしまう。
 多くの人が詰めかける広場だが、当然その中でも人々は家族や友人知人隣人たちで固まっている。すなわち、周囲を見回して見えるのは、そうした親しい者たちの顔だ。
「今、このとき隣にいる者が、明日の被害者となる! 暴虐なる侵略者たちによって、財貨と尊厳と命を奪われ、冷たい(むくろ)を大地に(さら)すことになるのだ!」
 ロマニア国の脅威がより身近なものであると思い知らせた蒼馬は、広場全体を指し示すように人差し指を一本だけ立てた右腕を大きく動かして見せた。
「そして、それはあなたたち自身もまた例外ではない!」
 その言葉とともに蒼馬の人差し指から放たれた不可視の矢に打たれたかのように、人々は胸を押さえてうなだれた。
 もはや絶叫すらも上がらない。
 迫り来るロマニア国軍の暴虐さを教えられ、それが自分を含めた身近な者たちに降りかかるという事実を突きつけられ、さらにそれからは逃れられないという残酷な現実を思い知らされたのだ。
 王都の人々は、もはや声を上げることもできない深く重い絶望の淵へと落とされていたのである。
 そんな王都の人々の様子をしばし見守ってから、蒼馬はその(けわ)しかった顔を緩めた。
「しかし、安心して欲しい。ロマニア国の暴虐もこれまでである。なぜならば――」
 蒼馬の口調の中にかすかな光を感じた王都の人々はうなだれていた顔を上げた。
 そうした人々に見せつけるかのように、蒼馬は自分の胸の前で拳を握って見せる。
「この僕が! 破壊の御子たるこの僕が、悪逆非道なるロマニア国軍を打ち倒すからだっ!」
 そう叫ぶとともに蒼馬は拳を突き上げる。
 だが、王都の人々の反応は鈍い。
 あれほどロマニア国軍の恐ろしさを強調されたのである。王都の人々は、この軟弱そうな外見の若者に、果たしてそれができるのか懐疑(かいぎ)的だったのだ。
 当然、そう思うであろう事は承知していた蒼馬は、穏やかに語りかける。
「あなたたちが思っている事はわかる。こんな奴が本当にロマニア国軍を追い払えるのか? こんな奴が自分たちを救えるのか? それは、当然の疑念だろう。しかし――」
 だからこそ、蒼馬は人々の疑念を打ち砕く裏付けとなる言葉も用意していた。
「あなたたちが知る最強の将軍の名を思い浮かべて欲しい。あなたたちが知る最強の軍団の名を思い出して欲しい」
 そう言われて、ホルメアの人間が思い浮かべる名は決まっている。
「きっと、今あなたたちが思い浮かべたのは、ホルメア最高の将軍ダリウスと『黒壁』の名だろう」
 自分の問いかけにうなずく王都の人々に向けて蒼馬は言葉を叩きつける。
「だが、僕はそのいずれも打ち破った! あなたたちが知る最強の将軍よりも、最強の軍団よりも、僕は――僕らは強いのだ!」
 本来ならば、ダリウス将軍と「黒壁」を打ち破ったと豪語する蒼馬に向けられるのは、敵視や蔑視の目だっただろう。
 だが、ロマニア国軍という現実的な脅威を前にすれば、自分らの国が誇る将軍と軍団を打ち破ったことすら頼もしさに変わる。変えられてしまう。
 かすかな期待に目を輝かせる王都の人々に向けて、まるで彼らを迎え入れるかのように蒼馬は大きく両腕を開いて見せた。
「その僕らが、ここに誓おう! 必ずや僕らはロマニア国軍に打ち勝ち、奴らをこの国から追い払ってみせる、と!」
 絶望の淵へと叩き落とされた人が、救ってやると伸ばされた手を拒めるはずがない。たとえ、それが突き落とした張本人の手であろうと、それを拒めるはずがないのだ。
 だからこそ、蒼馬の誓いの言葉に、王都の広場は歓呼の声に埋め尽くされた。
 蒼馬は、しばしその歓呼の声に身を浸す。それから、歓呼の声を上げる人々に見せつけるように、ゆっくりと上げた右手を鋭く振り下ろした。すると、人々はまるでその腕に打ち払われたかのように、ピタリと口を閉ざす。
 もはや王都の人々からは、蒼馬に対する不信や疑念は消え去っていた。
 その目にあるのは、期待と安堵(あんど)だけである。
 この人がいれば大丈夫なのだ、と。
 この人がいれば助かるのだと、と。
 今ならば蒼馬が臣従を求めれば、誰も彼もが従ったであろう。服従を求めれば、誰も彼もが平伏しただろう。もしかすれば隷従すらも歓喜とともに受け入れたかもしれない。
「だが、そのときあなたたちは何をしている?」
 しかし、そんな人々を蒼馬は突き放した。
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