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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第112話 ホルメニア攻防戦5-熱気(前)

 蒼馬は階下から聞こえてきた言い争うような声に、身体をびくりと震わせた。
 視線は眼下に広がるロマニア国軍とそれを左右から挟撃するゾアンたちとの戦いに向けながらも、その意識は階下へと否応なしに向けられてしまう。
 しばらくして階下からの声は聞こえなくなった。
 しかし、それでも蒼馬はいつ何者かが怒号を上げて階段を駆け上がってこないかと、小さく震えながら緊張に身体を固くする。
 そんな状態だからこそ、蒼馬は自分の脇に立つシェムルが鼻にしわを寄せ、右手を大きく振り上げたのに気づかなかった。
 バシンッと肉を打つ大きな音がした。
 蒼馬は突然背中を襲った痛みとその音に、()頓狂(とんきょう)な声を上げて跳び上がる。
「な、な、な! 何をするの、シェムル?!」
 びっくりした蒼馬は、抗議の声を上げた。
 周囲にいたわずかな護衛のゾアンの戦士や大旗を振るうモラードも驚いて目を丸くする。だが、それもシェムルが蒼馬の背中を叩いたのだとわかると、誰もが「いつものことか」と素知らぬ顔になった。
 そして、抗議を受けたシェムルだったが、自分の顎に小さく指を添えると、蒼馬の頭の先から爪先までじろじろと眺める。
「ふむふむ。大丈夫そうだな」
 シェムルにそう言われたのに、蒼馬はヒリヒリと痛む背中をさすりながら「大丈夫じゃないよ」と文句を言おうとした。しかし、それよりも先にシェムルに言われる。
「石にでもなったかと思ったのだが、ちゃんと動けるみたいだな」
 それに、蒼馬の口から、アッと小さな驚きの声が洩れる。
 言われてみれば先程まで身体は緊張でガチガチに固まっていたのに、シェムルに背中を叩かれて驚いた拍子に、それもどこかへ吹き飛んでしまっていた。
 それに何と言っていいかわからずに言葉を探す蒼馬を前に、シェムルは得意げに腕組みをして言う。
「この私がいるのだ。たとえ誰が来ようとも、我が『臍下(さいか)の君』を傷つけさせるものか。いざとなれば、おまえぐらい抱えて、この城壁から飛び降りて逃げて見せるぞ」
 今いる門楼から城壁の下までは、かなりの高さがある。いくら強靱なゾアンの肉体でも、人ひとりを抱えて飛び降りれば無事にすむとは思えない。だが、シェムルにそうして自信満々に言われると、蒼馬は何となく安心してしまう。
 そうして蒼馬の身体から緊張が跡形もなくなったのを確認したシェムルは、今度は半目になって蒼馬をなじる。
「そもそも、何を今さらビクビクとしている。危険だとみんなに指摘されても、それを押してここに来たのはおまえではないか」
 シェムルの指摘に、蒼馬はうっと言葉に詰まってしまった。

                    ◆◇◆◇◆

 王都ホルメニアに入る前に開かれた軍議の場において、自分の主戦力となるゾアンたちを城外に伏せ、自らはわずかな手勢だけで王都へ入ると蒼馬が提案したとき、まっさきに異論を上げたのはマルクロニスであった。
「無謀ですな。やめた方がよろしいでしょう」
 蒼馬旗下の将の中でも、きっての常識人であり、その経歴からホルメア国の内情をよく知るマルクロニスは、蒼馬の考えを無謀と断じた。 
「スープを煮ようと川で水を汲んだところ、水と一緒に魚まで鍋に入ってきたようなものです。私ならば、ロマニア国軍が敗走しかけたところで混乱に乗じて背中から刺しますな」
「私も同感です」
 さらにマルクロニスに同調したのは、エラディアだった。
「とかく、地位が高い貴族という者は、他人に奉仕されるのを当然と思っております。そうした者たちは、得てして貴族ではない者との約束を軽んじる傾向がございます」
 穏やかな微笑みを浮かべるエラディアだったが、その言葉には毒が混じっている。彼女の経歴を考えれば、それも無理はない。
 他の者たちも口にはしないが、マルクロニスやエラディアと同意見のようである。
 自分の提案を否定されるであろうと承知していた蒼馬は慌てることなく、みんなで取り囲む円卓の上に広げられたホルメア国の地図の一角を指差す。
「ホルメア国の降伏を受け入れた以上、王都ホルメニアを防衛し、ロマニア国軍を撃退しなくてはなりません。その上で問題となるのは、この北部諸侯たちです」
 蒼馬が指し示したのは、ホルメア国の北部一帯であった。
「ホルメア国の北部には、有力諸侯も多いんでしょ?」
 そう問いを向けられたマルクロニスは、「おっしゃるとおり」と答えた。
 ホルメア国の南部はベネス内海と接しながらも、その海岸線は切り立った崖が多く、大きな港ができなかったため大規模な海運や漁業が発展しなかった地域である。それに対して北部は、マーベン銅山をはじめとした鉱山などが多く、経済的にも人口的にも南部より発展していた。
 ホルメア国では有力な諸国が北部に集まっているのも、そういうわけである。
「特に北部の盟主と呼ばれるアッピウス侯爵は、空中分解してしまったが先の討伐軍の総大将に任じられるほど力と影響力を持っている方だ。アッピウス侯爵を中心として北部諸侯が人をかき集めて兵を起こせば、五千近くにはなるでしょうな」
 マルクロニスがそう付け加えるのに、蒼馬はうなずいて見せる。
「それほどの兵力がありながら、先のホルメアとロマニアとの決戦を傍観し、今なおも兵を動かしていない。でも、最近になって諸侯の間で頻繁に連絡を取り合っている。――そうですよね、ピピさん?」
 蒼馬が話を振ったのは、鳥将に任じられたハーピュアンのピピだった。ピピはコバルトブルーに輝く頭髪の中から、一本だけピンッと伸びる風切り羽根の名残を留める毛を揺らしながら答える。
「軍を発してはおりませんが、諸侯らが兵を集めているのは間違いありません。また、早馬が激しく行き交っているのを確認しています。さらには北部諸侯の何名かはわずかな兵を連れ、自ら領地を出ました。その進路から察するに、おそらくはアッピウス侯爵の領地を目指していると思われます」
 それに、皆は互いに顔を見合わせた。
 北部諸侯たちが動き出そうとしているのは間違いなさそうだ。だが、それにしても動き出すのが遅すぎる。
 これまでのロマニア国軍のやり方を見れば、北部諸侯らが降るのを許されたとは思えない。しかし、北部諸侯がロマニア国と戦うつもりならば、とっくにカリレヤ平野の会戦に出陣していたはずだ。
 この段になってから、今さら動き出した北部諸侯の思惑がわからず、皆が困惑をあらわにする中で、蒼馬はある仮説を立てた。
「もしかしたら、彼らは救国の英雄になろうとしているかも知れません」
 これまでの北部諸侯の沈黙は、カリレヤ平野の会戦でワリウス王が敗れ、王都がロマニア国軍に包囲されるのを見越した上でのものではないだろうか。
 そうしてホルメア国存亡の危機となってから、王都を包囲するであろうロマニア国軍の後背を直接叩くか、伸びきった補給線を断つ。そうしてロマニア国軍を撃退すれば、いやが上にもホルメア国内での北部諸侯の発言権は増し、確固たる権勢を得るに違いない。
 そんなことになれば、ワリウス王が戦死し、アレクシウスも行方不明、唯一の王位継承者が女子のワリナ王女だけになり王権が脆弱(ぜいじゃく)となったホルメア国は、北部諸侯たちのものとなるだろう。
 そんな蒼馬の仮説に、誰もがうなってしまった。
 しかし、この蒼馬の仮説は大きな勘違いである。
 実際のところ、カリレヤ会戦に北部諸侯が参戦しなかったのはバルジボア王セサルの策略によるものだ。ようやく今頃になってカリレヤ会戦の結果を知った北部諸侯らは、今さらながら顔を青くして慌てて善後策を講じようと連絡を取り合っていただけなのである。
 だが、全知全能の神ならざる人の身にすぎない蒼馬には、そのような北部諸侯の事情など、とうてい知り得ようもない話だった。
 また、それはこの場に居合わせた他の者たちも同様である。そんな彼らにとっては、蒼馬の仮説は十分に納得がいくものだった。
 皆を代表してガラムが胸の前で腕組みをしながら、うなずいて言う。
「なるほど。俺たちがロマニア国軍の後ろを突こうとしても、もし同じことを狙ってやってきた北部諸侯とかいう連中と鉢合わせにでもなれば厄介だな」
 蒼馬に降伏していない北部諸侯が国内で行動するゾアンたちを見過ごすはずがない。彼らから攻撃を受ければ、こちらも黙ってやられるわけにはいかなくなる。そうして互いにつぶし合えば、得をするのは何のことはないロマニア国軍だ。
「はい。かといって王都に僕らが全員で籠城して戦うのは、もっと下策だと思います。もし、北部諸侯が包囲するロマニア国軍の後背をついて蹴散らしでもしたら、きっとこう言い出すでしょうね」
 そこで蒼馬は顔をしかめると、偉そうな口調で言う。
「『ホルメアを救ったのは俺たちだ。奴隷ごときに降伏する必要はなかった!』って」
 王都の中からも蒼馬に降伏したのを不服とする者たちの中からも、その北部諸侯らの主張に同調する者が多く出るだろう。そうなれば、蒼馬は王都の中と外から攻め立てられることになる。
 その蒼馬の予想に、シェムルは首をかしげる。
「いったん降伏を受け入れておいて、そう簡単にそれを破るものか?」
 シェムルにとっては、それは恥ずべき行為である。そのようなまねをするかと疑問を呈する彼女に、エラディアがまじめくさった顔で毒を吐く。
「失礼ながら、シェムル様。もし、状況が変わっても約束を守る。人間がそのような気高い者たちならば、私は彼らを誤解していたと、この髪を切って風の神の聖殿の巫女となり、残りの生涯を反省と謝罪に費やさなくてはなりません」
 つまり、絶対にそんなことはあり得ないというわけだ。
 そう痛烈に批判された人間である蒼馬が苦笑を浮かべていると、エラディアはにっこりと微笑みを投げかけ「もちろん、ソーマ様だけは特別にございます」と付け加えた。
 その落差が怖いんです、とは言うのは内心だけに留め、蒼馬は話を続ける。
「そういうわけで、僕は王都での戦いは短期決着が望ましいと考えます」
 それにズーグが手を打って納得する。
「そういうことか。奴らがやって来る前に全部片をつければ、後で何をぬかそうが、『てめえらは何もやってないだろ。ガタガタ抜かすな』と言えるわけだ」
 言葉は乱暴だがズーグの言い分を「そうです」と肯定した蒼馬は、さらに続ける。
「ですから、一挙に片をつけるためにも、僕が今動かせる最大の戦力であるゾアンのみんなを最大の力で――籠城戦ではなく、その機動力を活かせる野戦でロマニア国軍へ叩きつけます」
 その言葉とともに、蒼馬はその拳を地図に描かれた王都ホルメニアの近くに叩き落とす。その音と衝撃に、ロマニア国軍の代わりに置かれた駒が一瞬浮き上がった。
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