挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

245/250

第111話 ホルメニア攻防戦4-流れ矢

「こ、これはいったいいかなることかっ?!」
 輿に乗ったドルデア王は、ゾアンの強襲に驚愕の声を上げた。
 向かい合って刃を打ち合わせているときよりも、どちらか一方が兵を退いたときこそがもっとも危険だとドルデア王も承知している。だからこそ兵を退く前に、疲労が少ない重装歩兵を選び出して敵の反撃に備えて城門の正面に置いたのだ。
 ところが、その配慮(はいりょ)嘲笑(あざわら)うかの(ごと)くゾアンたちが襲撃をかけてきたのは側面からである。
 この予期せぬ襲撃に、ドルデア王ばかりかロマニア国軍全体にも動揺が広がった。
 しかも、このときすでにロマニア国軍の兵たちの疲労は限界にまで達していた。さらに、間も悪いことに、これでようやく休めると兵の誰もが気を緩めてしまっていたときだ。そのため、急ぎゾアンを迎え撃とうとしたところで、足をもつれさせて転倒したり、その場にへたり込んだりしてしまう兵が続出したのである。
 そこへまず先制攻撃を加えたのは、ゾアンとともに行動していたエラディアが率いるエルフ弓騎兵隊であった。
 馬に一鞭入れてゾアンたちの間から飛び出したエルフ弓騎兵隊は、慌てふためくロマニア国軍に向けて挨拶代わりに立て続けに矢を浴びせかけたのだ。
 この攻撃に、ロマニア国軍兵士らは慌てて盾をかざして防御しようとした。ところが、疲労を自覚してしまった兵士の腕には、いつもは軽々と持ち上がるはずの盾がこのときばかりは異様に重い。まともに盾を構えられないままエルフの矢を食らい、バタバタと倒れていく。
 そして、さらにそこへゾアンたちが襲いかかった。
 南北二手に分かれてロマニア国軍を挟撃したゾアンの戦士たちを率いていたのは、もちろんガラムとズーグである。
 平原を代表するこの両雄は、まるで申し合わせたように(ごう)っと吠えた。
 すると、彼らの後ろに続くゾアンの戦士たちの半分が四つ足から二本足で立ち上がる。そして、彼らは腰帯に吊るされていた投石紐(スリング)を素早く手に取ると、それを使って同じく携帯していた石を次々と投じた。
 ゾアンたちが投じた石は、エルフの矢から幸運にも逃れていたロマニア国軍兵士に降り注ぐ。ゾアンのたくましい腕から投じられた石は、直撃すれば兜や胸甲の上からでもその下の肉を叩き潰し、骨を砕く威力がある。そんな投石を受けたロマニア国軍からは、死傷者が山となって出た。
 そうして投石によってさらに敵兵を乱したところへ、投石に加わらなかった残り半分のゾアンの戦士たちを率いたガラムとズーグが斬り込んだのである。
 (またた)く間に悲鳴と怒号が飛び交い、血飛沫と刃のきらめきが交差する乱戦となった。
「何をしておる! ゾアンどもを追い返せ!」
 何とか混乱する兵たちの統率を取り戻そうと、ドルデア王は兵を叱咤する。
 と、そこへ一本の矢が飛んで来た。
 それはドルデア王を狙ったものではない。ただの流れ矢であった。
 ところが、その矢は吸い込まれるようにドルデア王に命中したのである。
 この思わぬ流れ矢を受けたドルデア王は、小さくうめくと輿から転げ落ちた。
「陛下!」
「ドルデア王陛下!」
 親衛隊が顔を真っ青にして倒れたドルデア王を助け起こした。幸いなことにドルデア王の息はある。だが、矢を受けた痛みと落下の衝撃からか、カッと見開かれたドルデア王の目は焦点を結んでおらず、茫然自失といった有様であった。
 そこに遅ればせながらダライオスとピアータが駆けつけてくる。
「陛下は! 父上はご無事か!」
 ピアータは、その顔を青くさせて親衛隊に囲まれた父王の身体にすがりつく。いかに男勝りの姫とはいえ、目前で父親が矢に倒れたのだ。慌てふためくのも無理はない。
「姫殿下! 落ち着きください!」
 そう言ってピアータの肩を掴んで強引に引きはがしたダライオスは、素早くドルデア王の負傷の状態を確認する。
「ご安心なされよ。矢は急所を逸れております!」
 矢が刺さったのは、ドルデア王の右の肩口だ。そこならば太い血管を傷つけていなければ大事には至らないだろう。
 しかし、予断は許されない。何しろドルデア王は高齢である。たいしたことがないと思われた傷でも、それが命とりともなりかねない。
 ダライオスは、その場で応急処置を施す。
 無闇に矢を引き抜けば、よけいに傷を広げかねない。そう判断したダライオスは、一言「御免!」と言い置いてから矢を抜かずに、その中ほどからへし折った。そして、止血用の布で傷口周辺を突き立つ矢ごと固定する。
 その間もドルデア王は小さくうめくだけで、意識が戻ってこなかった。
 これは早急に後方に下がっていただき、侍医なりに()せて治療しなくてはならない。
 そう思っていたダライオスの耳に、聞き知った声が飛び込んでくる。
「姫殿下! 姫殿下はご無事でありましょうか?!」
 そこにやってきたのは、百華隊を率いたデメトリアだった。
 孫娘の姿に、ダライオスは声を上げる。
「デメトリア! 今すぐ姫殿下とともに陛下をお連れして後退せよ!」
 そして、ダライオスはピアータへ顔を向けた。
「姫殿下は陛下を安全なところへ。ここは私にお任せあれ!」
 ダライオスの申し出にピアータはわずかに躊躇(ちゅうちょ)したが、こくりとうなずいた。
「かたじけない、大将軍閣下」
 そう言うとピアータは、意識がないドルデア王を百華隊の勇士のひとりに預けると、自らもデメトリアが連れてきた愛馬に乗る。
「大将軍閣下! ご武運を!」
 ピアータはそう言い残すと、百華隊を率いて混乱するロマニア国軍兵を蹴散らすかの勢いで撤退をはじめた。
 それを見届けてからダライオスは従者から愛用の斧槍を受け取る。
「慌てるな、ロマニアの勇者たちよ! 敵は小勢! 恐れるにたらず!」
 絶叫と剣戟の音を圧倒するダライオスの大音声が戦場に轟いた。
「ダライオス、ここにあり! ロマニアの勇者たちよ、今こそ奮い立て!」

                    ◆◇◆◇◆

 ロマニア国軍を左右から挟撃したゾアンたちに、城壁の上にいた人間やドワーフやエルフたちは歓声と喝采を上げた。そして、誰もがこぞって胸壁から身を乗り出すようにしてゾアンたちの勇姿を少しでも近くで見ようとしたのである。
 ところが、そうした熱気と興奮に包まれた城壁の上にあって、人目を避け、息を殺して行動する数人の男たちがいた。
 それは、いずれもホルメア国の若き騎士たちである。
 ドワーフやエルフたちの目が王都の外へと向けられているのを確認しながら彼らが向かっているのは、門楼へと上るための階段だった。
 敵が城壁に乗り込んできた際に備えて頑丈に作られた分厚い扉をそっと開き、階段室へと身体を滑り込ませた彼らは、全員が入ったのを確認すると内側から(かんぬき)をかける。
 そうして誰も外から入ってこられないようにしてから、若い騎士たちは小さく目配せをし合い、剣を引き抜いた。
「良いか? 祖国のために忠義を示せ。死して忠臣として名を残せ」
 リーダー格の男がそう言うと、皆は熱い目でうなずき返した。
 彼らの目的は、破壊の御子の暗殺である。
 彼らは若さゆえの潔癖さからか、これまで反乱奴隷と見下していた破壊の御子に、愛する祖国が降るのをよしとしていなかったのだ。そこで有志を募り、この戦いの混乱に乗じて破壊の御子を討ち取ろうと画策したのである。
 しかし、その凶行が実行に移されることはなかった。 
「おまえたち、何をしようとしている?」
 それは、穏やかな声であった。だが、同時に有無を言わさぬ気迫に満ちた声である。
 見つかったと思い、焦る若い騎士たちが声がした階段の踊り場を見上げれば、そこにいたのは子供のような小柄な人影だった。
「だ、大宰相閣下……!」
 ホルメア国の者ならば、その人を見間違えるはずはない。
 それは先王の右腕とも呼ばれたポンピウスであった。
「何と愚かなことをしようとしているのだ……」
 哀れみすら感じさせるポンピウスの言葉に、若い騎士たちは悪戯を叱られた子供のように身を小さくした。
 その中でリーダー格の男だけがそれでも抗弁する。
「ですが、このままではホルメア国が――」
 しかし、その抗弁をポンピウスはため息ひとつで封じた。
 大宰相とまで呼ばれたポンピウスは、自らの手で剣を手にしたことは数えるほどしかない。
 だが、ポンピウスは元宰相として、殺気立つ敵国の王や将軍を相手に弁舌を振るうなど、背負ってきた責任の重さと、乗り越えてきた修羅場の数が違う。
 たかが血気に(はや)るだけの若者などでは、とうてい相手にすらならなかったのだ。
「己が虚栄を満足させるために、祖国の最期を汚辱にまみれたものにしようというのか……」
 こちらを信頼してわずかな手勢だけで乗り込み、言葉どおりこうして今まさに怨敵ロマニア国を撃退しようとしている。そのような者をここで背中から刺すなど、もっての外だ。
「そのようなまねをすれば、ホルメア国は西域のすべての国――いや、西域のありとあらゆる人から卑怯卑劣と(そし)られるのだぞ」
 他国ばかりではない。臣従する諸侯らも、都合が悪くなれば約束など反故(ほご)にして背中から刺すような国に、誰が従おうと言うのだ。
 それでもそうした批判や不満を押さえつけるだけの力があれば、まがりなりにも国としては成り立つかも知れない。
 だが、「黒壁」をはじめとした国軍の精鋭たちをことごとく失ったホルメア国には、もはやその力すらないのだ。それでは力を持つ諸侯らが独立するのを止められず、遠からずホルメア国はいくつもの小国に分裂してしまうだろう。
「もはやホルメア国はなくなったのだ」
 悲哀すらにじませる元大宰相の言葉に、若い騎士たちは打ちのめされた。
「わかったのならば、今すぐここから立ち去りなさい。おまえたちは、ここには来なかった。そして、私も何も見なかった。そういうことにしておきなさい」
 そうポンピウスがうながすと、若い騎士たちは意気消沈したまま階段室から出て行った。
 それを見届けてからポンピウスも、わずかに肩から力を抜く。
 万の兵をもっても討ち取れなかった破壊の御子だ。だが、ロマニア国軍を叩くためとはいえ、わずかな護衛しか連れずに入城した今ならば、その破壊の御子も討ち取れる。
 そんな絶好の機を前に破壊の御子に降るのをよしとしない者の中から血気に逸る者が出るのではないかと懸念から階段室で備えていたポンピウスだったが、大事に至らずに良かったと胸を撫で下ろした。
 しかし、まさかホルメア国を滅ぼした男の命を守ることになろうとは思いもしなかったことである。
 苦笑いをこぼしたポンピウスは階上を振り仰ぐ。
 そこにはわずかな護衛だけしかともなっていない破壊の御子――蒼馬がいるはずだ。
 ポンピウスも破壊の御子に関わればとんでもないことに巻き込まれてしまうと覚悟はしていた。だが、早くもわずかな手勢で王都に乗り込むなどこちらの予想をあっさり覆すようなことばかりを始める。
 まったく、たまったものではない。
 そうポンピウスは、ほとほと困ったようにため息を漏らした。
「アウレリウス殿あたりは面白いとおっしゃるだろうが――」
 そこでポンピウスは視線を足元に落とした。
 しかし、ポンピウスは薄汚れた階段の木の板を見ているのではない。そうした門楼を構成する木材や石を通してポンピウスが見ているのは、王都の城門のある辺りである。
「――何とも恐ろしいことをやられるものだ」
 そこから伝わってくる熱気に、ポンピウスはぶるっと震えた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ