挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

242/255

第108話 ホルメニア攻防戦1-石と矢

「おお! 来おったわ、来おったわ!」
 自分らが立つ王都ホルメニアの城壁目がけて押し寄せてくるロマニア国軍を眺めながら、そう歓声を上げたのは地将に任じられたドヴァーリンである。
 ドヴァーリンは横に目を転じると、そこにはムスッと顔をしかめている赤い髭のドワーフ――元マーベン銅山にいたドワーフの戦士長ノルズリがいた。
「なんじゃい。まだ納得がいかんかい?」
 ドヴァーリンがそう声をかけると、やや間を置いてからノルズリは言う。
「……納得はしちょる。が、そう簡単に割り切れるものでもないわい」
 ホルメア国によって故郷を攻め滅ぼされた挙げ句、長年にわたり銅山で奴隷として酷使されてきたノルズリにとっては、ホルメア国の城壁に立ってそれを守らなくてはならないという現状は、いささかならず複雑な心境である。
 それは、やはり人間によって奴隷とされて西域まで連れてこられたドヴァーリンにも理解できるものだった。だが、ドヴァーリンがノルズリと違うのは、その悩みはすでに五年も前に通過していたところである。
「やむにやまれずとはいえ、わしらは秘蔵の酒樽を開けてしもうたんじゃ。こうなれば、飲み干すしかあるまい」
 ドヴァーリンが口にしたのは、ドワーフの格言である。
 秘蔵していた銘酒美酒も樽をいったん開けてしまえば、どんどん味が落ちてしまう。そうなる前に飲み干さなくてはならないことから転じて、いったん始めたなら最後までやり通さなくてはならないという、「毒を食らわば皿までも」と似たような意味の言葉である。
「ああ。わかっちょるわ! わしらは封を開けたんじゃからな」
 ノルズリが言う「封を開けた」とは、先日ルオマの街において酒に酔って住民に乱暴を振るった同胞の処刑を指していた。
 もともと蒼馬の指揮下に入ったとき、軍規の遵守を誓わされ、もしそれに背いた場合は厳罰に処すると厳しく伝えられていた。また、ルオマの街に入る際にも、いかなる理由があろうと(とが)なく住民を害すれば死罪に処するとの厳しいお触れが出された上での事件であった。
 それでもノルズリをはじめとしたドワーフたちは、その同胞に対して同情的であり、減刑の嘆願を出したのである。
 それに対する蒼馬の答えは、ノルズリへ「処断は任せる」というものだった。
 これに多くの同胞は嘆願が聞き届けられたと喜んだ。
 ところが、当のノルズリだけは愕然としてしまった。
 軍規を破り、あまつさえ蒼馬自身の名で住民に安全を約しておきながら、それを反故(ほご)にするようなまねをしたのだ。それを酒に酔っていたやその心情は理解できるという理由で死罪を減じることなどできるものではない。下手をすれば、「酒に酔っていて」とか「つい昔を思い出して」などと言って微罪を犯す者を生む悪しき前例ともなりかねないのだ。
 それは戦士長としてマーベン銅山の戦士たちを統率していたノルズリには、痛いほど理解できた。
 ましてや、ルオマの街はホルメア国で最初に征服された街だ。
 そこでの事例や判例が、後々に征服する街での規範となる。それを考えれば、減刑どころかむしろ厳罰をもって当たらねばならない。
 それを理解するノルズリにとっては、今回の処断を任すというのは「本当にあなたたちは、自分についてくる気があるの?」という蒼馬の問いに他ならなかったのである。
 そのため、ノルズリは多くの同胞たちの反対を押し切り、罪を犯した同胞を極刑に処したのだ。
 そして、その処刑に立ち会った蒼馬に対し、多くの同胞らは非情や冷酷と批難の声を上げた。処断を下したノルズリもまた、多くの顰蹙(ひんしゅく)を買ったのである。
 それを思い起こしたノルズリは渋い顔になるが、それでもかすかな笑みを浮かべてドヴァーリンに言う。
「じゃが、開けた樽の酒はなかなかのものだったわい」
 やむにやまれずとはいえ同胞に厳罰を処断したノルズリがやけ酒を飲んで憂さを晴らしているところに、蒼馬からの使いだとシェムルが訪れたのである。
「処刑されたドワーフは戦死として扱い、家族にはそれに応じた恩給が下される」
 そう告げられたノルズリは酔いもあって、「死刑に追いやっておいて、今さら温情かい」と吐き捨てた。すると、シェムルはその獣の口に、ドワーフでもわかるぐらい苦笑を浮かべて言ったのである。
「ああ。私も自己満足かと言ってやった。ソーマも『そうだ』と言っていたぞ」
 そのときの盛大に苦笑いを浮かべる蒼馬の顔が容易に思い浮かび、ノルズリは思わず笑い出してしまったものだ。
 たとえ自己満足と承知していても、そうせずにはいられないほど同胞の処刑に心を痛めている。
 それはとりもなおさず蒼馬がドワーフを人として見ていることに他ならない。この大陸の多くの人間が思っているように地虫でも奴隷でも劣等種族でもなく、自分と何ら変わらぬ人としてである。
 それにノルズリは新鮮な驚きと喜びを感じたのだった。
 ノルズリはわざと乱暴に自分の顔を手のひらで叩く。
「おし。面倒なことを考えるのは後回しじゃ。とっととやってしまおうかい!」
 そう言うとノルズリは後ろにずらりと並べられた投石機と、そのそばに控えるドワーフたちへ振り返る。
「おまえら、焼き石の用意は良いか?! 今こそマーベンの戦士の誉れを見せてくれようぞ!」
 ノルズリが右腕を上げると、ドワーフたちは「おお!」と唱和した。

                    ◆◇◆◇◆

 まず城を攻める際に動くのは、弓兵だ。
 大盾などの防御壁を頼りに城壁へと近づき、胸壁に隠れる敵の弓兵や投石兵たちを排除するのが彼ら弓兵の役割である。
 その次に行動するのが、工兵となる部隊だ。
 彼らは弓兵たちが敵の攻撃を抑えている間に、袖口や襟を縫い止めた上着に土を詰めた簡易の土嚢(どのう)を運んで城壁近くに接城堤を築いたり、攻城塔(城壁を乗り越えるための梯子(はしご)や壁を打ち砕く破城鎚を備えた移動式の(やぐら))を動かすための道を整備する。
 その後に接城堤から直接城壁へ梯子をかけたり、攻城塔を使って城壁に上がったり、または破城鎚によって城壁や城門を粉砕して侵入口を作ったりして城塞を攻め落とすのだ。
 これがこの時代における一般的な攻城戦の手順である。
 そして、ロマニア国軍もこの基本に(のっと)り、まず動かしたのは弓兵部隊であった。いくつもの小隊に分かれた弓兵たちは、従兵が持つ大盾を並べた防御壁を頼りに城壁へと攻め寄っていったのである。
 そんな彼らを迎え撃ったのは、城壁の上に持ち込まれたドワーフ謹製の投石機からの熱烈な歓迎であった。投石機が投げつけてくる真っ赤に焼かれた焼き石の直撃を受ければ、従兵の持つ大盾の壁など薄い紙に等しい。大盾を支える従兵ごと後ろにいた弓兵たちを問答無用で吹き飛ばす。
 城壁の高低差に加えて射程距離でも弓に勝る投石機のこの猛攻の前には、ロマニア国軍の弓兵部隊のいくつかは弓を射る前に壊走させられてしまった。
 しかし、威力はあれど命中精度は低い投石機である。いくつもの小部隊に分かれて攻め寄せてくる弓兵部隊をすべて狙い撃つのは不可能だった。投石の雨の中をロマニア国軍の弓兵部隊たちは、ジリジリと城壁へと近づいていく。
 そんなロマニア国軍の弓兵部隊をさらに待ち構えていたのは、エルフ弓箭兵と旧ホルメア国軍の弓兵たちである。
 同じ弓ならば、その射程と威力ともに高所を取った方が有利であるのは自明の理。エルフ弓箭兵と旧ホルメア国軍の弓兵たちは、その高所の利を活かして、思う存分矢の雨の洗礼を降らしたのである。
 これにはせっかく矢の射程まで近づけたロマニア国軍の弓兵たちも大盾の陰で亀のように頭と手足を引っ込めて耐えるしかなかった。
 その状況に業を煮やした弓兵の隊長のひとりが立ち上がると声を張り上げて兵を鼓舞する。
「ひるむな! こちらも矢を射返すのだ!」
 しかし、それは勇敢な行動ではなく蛮勇となった。
 狙い澄ました一矢が、その隊長の頭を射貫く。金属製の兜越しに頭頂のやや右から入った矢が、左のこめかみ辺りから突き出て頬当てを内側から貫いているのが、その威力の高さを物語っている。
 その矢を放ったのは、エルフ弓箭兵の一隊を預かるゾアンの戦士シャハタであった。
「お見事!」
 隣にいたエルフの女性が称賛の声を上げるが、シャハタは「どうも」とおざなりに返礼するだけであった。
 確かにシャハタも自分の矢の勢いは、エルフのそれをはるかに上回っているという自覚はある。
 しかし、それも当然だ。エルフィンボウとて魔法の武器ではない。その矢の威力はどれだけ強い弓を引き絞れるか、その腕力に比例する。当然、四つ足となって大地を駆けるゾアンの腕が、エルフの女性たちの細腕に負けるはずがないのだ。
 だが、それと同時に矢の命中精度に関しては、風の流れを読むエルフに遠く及ばないこともシャハタは理解していた。
 そのためエルフからの称賛も、どうしてもおべんちゃらに思えてしまったのだ。
 だが、それは仕方ないとはいえ蒼馬の護衛から外されてしまったひがみが、かつての彼の偏屈な面を掘り起こしてしまったゆえの勘違いである。
 実は、シャハタ自身は気づいていないが、彼がエルフより勝る点がもうひとつあった。
 それは群れの頭を見極める目である。
 森林で狩りをするエルフと異なり、平原で狩りをするゾアンたちが相手をするのは群れで行動する牛たちだ。そうした牛たちの群れを日常的に狩りするゾアンたちは、どの個体を襲えば群れを分断できるか、または群れを足止めできるか本能的に知っている。
 そのゾアンであるシャハタは本人も知らず知らずのうちに、この数百数千の兵たちの中から部隊を統率している部隊長やそれに類する者たちを的確に見抜き、それを狙っていたのだ。
 そして、先程シャハタを称賛していたエルフ弓箭兵は、もちろんそれに気づいていたのである。
 しかし、そんなこととは露とも知らないシャハタは、蒼馬がいる楼門の方をちらりと見やり、次のように愚痴をこぼした。
「俺はソーマ様の護衛の方が、よっぽど役に立つと思うんだがなぁ」

                    ◆◇◆◇◆

「この後の余力も考えぬような敵の猛反撃に、我が軍は攻めあぐねております!」
「ドワーフと思われる者たちの投石機によって、こちらの攻城兵器が狙い撃ちにされ、城壁に近づけられません!」
「エルフらしき弓兵部隊によって阻まれ、歩兵もまた同様です!」
 次々と自分の下に届けられる報告に、ドルデア王は顔を真っ赤にして怒り狂った。
「何たる様! 何たるふがいなさ!」
 特に腹立たしいのが、こちらの兵を阻んでいるのが劣等種族である亜人類たちであり、またそれらの頭目である破壊の御子だということだ。
 あの城壁の向こう側で、このロマニア国軍の醜態をアウレリウスがあのニヤニヤとした笑みで見ているかと思うと、ドルデア王は頭が沸騰しそうであった。
 しかし、いくらドルデア王が叱咤しようともどうにもならない。
 そればかりか、このままならない攻城戦にしだいに将兵の中から快進撃で高揚していた気分も消え失せていた。それにともない知らず知らずのうちにため込んでいた疲労が顔を覗かせ始める。早くも一部の兵たちは武器である槍や剣を杖のように突いて、やっと移動しているような有様であった。
 そんなロマニア国軍の姿を遠目にし、唖然と声を洩らす者がいた。
「これはいったい……?」
 それは遅まきながらホルメニアに到着した、百華隊を率いるピアータ姫である。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ