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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第106話 最大の侮辱

 王都ホルメニアの城壁の上に立ち並ぶのは、ホルメア国を示す獅子を描いた旗ではない。
 そこに描かれていたのは、朱色の塗料で殴り書きにされた不思議な紋章だった。そして、その中央に位置する楼門で大きく左右に振られている他の旗を圧倒するような存在感を放つ漆黒の大旗に銀糸で刺繍されているのも、同じものである。
 それは数字の8と∞を組み合わせたようであり、また二匹の蛇が身体を絡ませて互いの尻尾に食らいつき、のたうつようにも見える不気味な紋章。
 それこそは、この西域にその悪名を轟かせる破壊の御子が死と破壊の女神アウラより授かったという紋章に他ならない。
 これはいったいどういうことか?
 今目にしている光景を理解できずに、ただ呆然とそれを見上げることしかできないドルデア王を前にソロンは得々と語る。
「我が主君ソーマ様が、この地を訪れたのはわずか五年前。そのときには、その身に寸鉄も帯びず、銀貨一枚とて持たず、一兵も従えず、一握りの領土すらなかった。――それが、どうだ!」
 破壊の御子の旗が並ぶ城壁を背に、ソロンはバッと音を立てて両腕を開いた。
「わずかな間に人間を憎悪していたゾアンたちを臣従させた。彼らを率いて平原を奪い返したばかりか、ボルニスの街を征服した。さらには、あのホルメア最高の将軍と呼ばれたダリウスを退け、つい先日に至っては、あの『黒壁』すらも粉砕した。そして、今やこうして王都ホルメニアを手に入れられたのだ」
 胸を張り、誇らしげに語っていたソロンは、一転して侮蔑もあらわにドルデア王を指差して言う。
「それに比べて、ドルデアよ。おぬしはロマニア国という大国の王でありながら、ここまで来るのに何十年かかったのだ? 幾万の兵を死なせた? 幾万の富をドブに捨てた?
 それだけではない! 今わしが挙げたソーマ様の偉業のひとつでも、おまえにできるか? いや、できまい! これだけ取ってみても、おぬしは我が主君の足許にも及ばぬことは明らか! 臣下にとって、優れた主君に仕えるのは至上の喜び。その喜びを捨てて、なぜおまえごとき愚王に仕えねばならんのだ!」
 この痛烈な面罵に、顔を真っ赤にしたドルデア王は口を引き結ぶ。そんなドルデア王に、ソロンはさらに追い打ちをかける。
「ほれほれ、どうしたドルデア? ぐうの音も出んか。おぬしは、ガキの頃からそうよ! 反論ができんと、そうやって口を閉ざしてやり過ごそうとする! まったくガキから成長しとらんなぁ!」
 その長い髭を震わせてカラカラと笑うソロンの前で、ドルデア王はその身体を痙攣させるかのように小刻みに震わせていた。
 屈辱である。
 これほどの屈辱があろうか。
 ドルデア王にとって、ホルメア国を平定して古の大国の復興するのは、半生を懸けた夢である。ソロンが指摘するように数万の将兵を犠牲にし、幾百万の富を費やし、幾度もの失敗を経て、それでも追いかけ続けた夢だったのだ。
 それが、ついに現実のものとなろうとしたこの瞬間である。
 それを直前でたかが二十歳になったばかりのガキに横からかっさらわれた挙げ句に、そのような卑怯卑劣な奴より劣る無能と罵られたのだ。
 それはまさに半生どころか、ドルデア王の存在すべての否定である。
 そして、考えうる限りの最大の侮辱であった。
 ドルデア王は、暴力がものを言うこの時代において隙あらば下克上を目論む諸侯らをその威と力で束ねる王のひとりである。そのような王が、ただ温厚な性格の人間ではありえない。また、西域の大国ロマニアの王としての自尊と自負の念も当然強かった。
 ならばこそ、これで冷静でいられるはずがない。これで怒らずにいられるわけがない。
 ドルデア王は、自分の頭の中で何かがブツッと切れたような音を聞いた。
「……こやつを殺せ!」
 ドルデア王は吠えた。
「殺せっ! こやつを八つ裂きにしろ!」
 近くに控えていた騎士たちにドルデア王は命じた。
 しかし、いかなる理由があっても互いの使者を傷つけないと言うのが、この時代の暗黙の了解である。それを破ればロマニア国は礼も知らぬ野蛮な国とそしられることになるのだ。
 それだけにロマニア国の騎士たちも、いくら主君の命とは言えとっさに動けなかった。
 そんな騎士にドルデア王は錫杖とともに怒声を投げつける。
「貴様ら、余の命が聞けぬかっ!」
 この叱責に、さすがにロマニアの騎士たちも剣を抜かざるを得なくなる。だが、すでに遅い。ソロンを乗せたロバは、とっくにトコトコと早足でホルメニアの城門へと駆け戻っていた。
 カラカラと笑い声を残して逃げ去るソロンの後ろ姿に、ドルデア王は自ら剣を引き抜くと輿から飛び降りる。
「待て、アウレリウス! 余自らが、その素っ首をたたき落としてくれるわ!」
 今にもソロンを追いかけて飛び出そうとするドルデア王を騎士たちは血相を変えて制止する。しかし、必死になってなだめようとする騎士の言葉など、今のドルデア王の耳には入らない。騎士たちはやむを得ず無礼討ちを覚悟で、その玉体を直接羽交い締めにしなければならなかった。
 それでもドルデア王は両手を振り回し、唾を飛ばして口汚くソロンを罵り続ける。
「おのれ、おのれ、アウレリウスめ! 余の慈悲を足蹴にしたのみならず、ようもここまで侮辱してくれたな! 必ずや貴様を捕らえ、余自らの手で生皮が剥がれるまで鞭打ってくれん! そして、命乞いをする貴様の首を刎ね、豚の餌にしてくれるわ!」

                    ◆◇◆◇◆

 ドルデア王の怒号を背に城門の内側に入ったソロンは、やれやれというふうに額の汗を拭う。それから咽喉の渇きを覚えたソロンは、腰に吊してあった酒瓶を手に取ると口をつけた。
 しかし、一口飲んだソロンは顔をしかめる。
「……まずいわ」
 どういうわけか、とてもまずい。
 そう吐き捨てるソロンの胸に、甘やかな響きとなって残る声があった。
『余の過ちであった。許せ、アウレリウス』
 ソロンはひとつ舌打ちを洩らすと、その胸に残る残響を押し流すように酒瓶の酒を一気に呷った。
 ドルデア王にとってホルメア国征服は、まさに悲願であり宿願でもある。それに懸けるドルデア王の並々ならぬ想いも承知していた。
 そして、ついにそれが達せられたのだ。
 それだけに、ドルデア王が浮かれてしまうのも無理はない。これまでさんざん手を焼かされてきたホルメア国へ仕返ししたい気持ちもわかる。繰り返される征西を陰で批難してきたロマニア諸侯らに自分の武威を見せつけ、見返してやりたい想いも理解できる。
「だが、王ならばそれを呑み込まねばならんだろうに……」
 苦々しく呟くソロンは、かつての自分の言葉を思い出す。
今日(こんにち)の憎き敵も、それを平定すれば明日の同胞にございます。なればこそ怒りと憎しみをもって力で打ち据えるのではなく、威と徳をもって調伏し、慈悲と敬愛をもって受け入れるのが上策と心得まする』
 それは即位したばかりのドルデア王が、兵をもってホルメア国を征服すると宣言したとき、当時はアウレリウスであったソロンが征西を(いさ)めるために言上した言葉であった。
 もし、今回ドルデア王がその言葉に従い、ホルメア諸侯らの帰順を認め、彼らを受け入れていれば、とっくにホルメア国は崩壊していたであろう。ポンピウスもまた破壊の御子ではなく、ロマニア国へ降伏を申し入れていただろう。
 そうだったならば、いかに蒼馬でも王都ホルメニアを手に入れられはしなかった。
 そして、ドルデア王が征服した東部のホルメア国の民への掠奪を戒め、その安寧を図っていれば、これから蒼馬がやろうとしている反撃の手は使えなかったのだ。
「まったく、あの馬鹿たれ。何も変わっておらんではないか」
 空になった酒瓶を放り捨てるとともに、ソロンは吐き捨てた。
 そこへやってきたのは元ホルメア国軍中隊長補佐であり、今や破壊の御子の陣営において人将に任じられたマルクロニスである。
「お見事でした。遠目に見ておりましたが、ドルデア王はまさに身体が燃え上がらんばかりといった有様でしたな」
 怒りのあまりに身体から火を発して焼け死んだ男がいたというセルデアス大陸の故事から、すさまじい怒りを表すことを「身体が燃え上がる」と(たと)えるのだが、まさに先程のドルデア王の有様はそれそのものであった。
 それをお見事と称賛されたように、ソロンがドルデア王と接見したのは、講和を求めてのものではなく、もともと挑発するためのものだったのだ。
 マルクロニスが見た限り、それは大成功である。
 ところが、それだというのにソロンはいつもの飄々(ひょうひょう)とした態度はどこへやら、不機嫌さ丸出しであった。
「ああ、そうかそうか。そりゃ良かったわ」
 そう吐き捨てるように言うと、ソロンは自分が乗るロバの尻を叩いて歩かせる。
「わしは働き過ぎたので、酒を飲んで寝るわ。小僧に伝えておけ。これで負けたら承知せん、とな」
 そう言い捨てると、さっさとどこかへ行ってしまったのである。
 これにはマルクロニスも、何かあったのかと首をかしげた。
 しかし、いくら考えてもその理由はわからない。そのため、ありのままを蒼馬へと報告するしかなかった。
 マルクロニスが門の真上に築かれた門楼(門の上に築かれる建築物)へ行くと、そこにはわずかな護衛とシェムルだけをともなった蒼馬が眼下のロマニア国軍を見下ろしていた。
 マルクロニスから報告を受けた蒼馬も、やはり不思議そうに首をかしげる。
「ソロンさん。どうしたんだろうね?」
 ロマニア国軍が王都ホルメニアに迫ったとき、じっくりと腰を据えられて攻略されては困る。そこで何とかしてドルデア王を挑発できないものかと皆に相談を持ちかけたところ、「それならばわしに任せよ」とソロンが自ら名乗りを上げたのだ。ならばとソロンに任せたのに、不機嫌になる理由がわからない。
 どうしたんだろうと首をひねる蒼馬に、シェムルが声をかける。
「おい、ソーマ。ロマニア国の奴らが、動き始めたぞ」
 その声に門楼の上からロマニア国軍を見下ろせば、伝令兵らしい騎馬がひっきりなしに駆け回り、それとともに兵たちの中からも新しい動きが見て取れた。
 それを見た蒼馬は、そばに控えていたドワーフの伝令兵に声をかける。
「ドヴァーリンさんとノルズリさんへ伝達。敵が射程に入り次第、攻撃を開始してください」
 ドワーフの伝令兵がドテドテと走り去ると、次いで蒼馬は口許を黒い布で隠す黒エルフ弓箭(きゅうせん)兵の装いをしたエルフの少女エーリカに声をかける。
「シャハタさんにも同じことを。矢の残りは気にせずやってください、と」
 エーリカは、コクッとうなずき門楼を駆け下りた。
 このときシャハタは、黒エルフ弓箭兵の一隊を率いて城壁の一角にいた。本人は一時的とはいえ警護の任を解かれたのに不満そうだったが、その射程と威力においてはエルフも及ばぬ彼の強弓を使わないのはもったいない。蒼馬自らが説得して、攻撃に加わってもらっていたのだ。
 それから蒼馬はマルクロニスにも命令を伝える。
「マルクロニスさんも、位置についてください。――あと、くれぐれもジャハーンギルさんをお願いします」
 シャハタとは対照的に、本来は親衛隊であるはずのジャハーンギルはすでに喜々として蒼馬のそばから離れて持ち場に着いていた。その旺盛な戦いへの意欲は頼もしいが、その反面で旺盛すぎる戦いへの意欲から(いさ)み足にならないか心配である。
「心得た。だが、ジャハーンギル殿は私の手にはあまるので、そこは考慮していただきたいものですな」
 そう苦笑とともに洩らしたマルクロニスもまた持ち場につくため、その場から立ち去った。
 さらに蒼馬はシェムルに声をかける。
「ガラムさんたちへ伝えて。今は待機。がまんしてねって」
 すると、シェムルは心配するなと胸を張る。
「我らゾアンの狩りでは、ずっと草原の茂みに身を潜め待ち伏せし、獲物に近寄るときも同じく四つ足のまま茂みに隠れて近づく。獲物を狩るために、機を待つなど当たり前だぞ」
 そう言うとシェムルは腰に吊してあった太鼓を叩き始めた。
 そして、最後に蒼馬は大旗を支えるディノサウリアンの巨漢モラードに声をかける。
「モラードさんは、とにかく旗を大きく振ってください」
 それにこの無口なディノサウリアンは、ジャハーンギルすらも上回る大きな身体全体を左右に振るようにして、「ソーマの黒旗」を振り始めた。
 これから始まる血みどろの戦いとは裏腹に、透き通るような青い空にこだまするシェムルの叩くゾアンの太鼓の音と、大きく左右に振るわれてはためく大旗が空気を叩く音が奏でる協奏曲に、しばし目をつむって耳を傾けていた蒼馬だったが、その目をカッと見開く。
「さあ、怒り狂ったドルデア王が攻めてくるよ!」
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