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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第101話 開城要求

 いったん話は、ワリウス王が率いる軍が王都ホルメニアを()って間もなくの頃まで(さかのぼ)る。
 ダリウスと今生の別れをすませた元大宰相ポンピウスの屋敷に、おかしな客人が訪れた。
「得体の知れぬ老人が訪ねてきたと?」
 ポンピウスの記憶が正しければ、今日は来客の予定はない。屋敷を訪ねても良いか先触れの使者かと思えば、当の本人が直接訪ねてきているらしい。
 今やホルメア国は亡国の危機という大事にある。それだというのに礼をわきまえぬ奴もいたものだ、と思っていたポンピウスだったが、次の家令の言葉に驚いた。
「ロマニアの悪童が急ぎの用件で訪ねたと言えばわかると」
 まさか、とは思いつつもポンピウスは言う。
「丁重に客間へお通ししろ。――いや、私が出迎える」
 取るものも取りあえずポンピウスは自ら玄関へと赴いた。
 すると、そこにはボロをまとった、みすぼらしい格好の老人が待っていた。その皺だらけの顔には、かつてホルメア国の外交官たちの間で、ロマニアの悪童とも呼ばれた男の昔日の面影がある。
 間違いない、とポンピウスは思った。
 ロマニア国でも屈指の名家エルバジゾの当主であり、しかもロマニア国現国王であるドルデアとは無二の親友といっても過言ではない間柄でありながらも、三十有余年前のドルデア王の無謀な征西を諸将らの面前で罵倒したがために国を出奔しなくてはならなかった男である。
「久しぶりですな、アウレリウス・エルバジゾ殿」
 老人もニカッと笑って答える。
「ご無沙汰しておりました、ポンピウス殿」
 出奔して以来、まったく噂も聞かなくなり、どこかで野垂れ死んでいると思われていた。それが、まさかこうして生きて再び顔を合わせるとは思いもしなかったことである。
「失礼だが、とっくに亡くなられたとばかり思っておりました」
「今はソロンと名を変え、厚かましくも生き恥を晒しておりますわい」
 照れくさそうに額に手をやるソロンに驚きつつもポンピウスはこの来訪の意図を推察する。
「さて、急ぎの用件と申しますと、ドルデア王への降伏でも勧めに参られたのですかな?」
 ドルデア王の密命を受けたものか、もしくは王都ホルメニアの無血開城を手土産にロマニア国に帰参しようというのか、そのどちらかであろう。
 ところが、その推察をソロンは否定する。
「勘違いしないでいただきたい。わしゃ、とっくにロマニアとは縁も切れ、今は新たな主君に仕えております。今回は、その主君の命によるものですわ」
 ポンピウスは驚いた。ロマニア国に留まれば、いかな栄誉も高位の役職も得られたであろうに、そのすべてを棒に振って出奔したアウレリウスである。それがまた誰かに仕えているとは、にわかに信じがたいことであった。
「ほう。それはバルジボアですかな? それともジェボア?」
 ロマニア国を捨てて仕えている相手ともなれば、真っ先にこのふたつの名が挙がるのは当然だ。
 しかし、ソロンは首を横に振るう。
「いやいや。わしが今仕えております方の名はソーマ・キサキ」
 ポンピウスは、一瞬それが誰かわからず困惑する。
「巷では、『破壊の御子』と呼び恐れられておる方ですわ」
「破壊の御子……!」
 驚くポンピウスに、ソロンはひとつうなずいて見せる。
「左様。ソーマ様は直接ポンピウス殿とお話がしたいと、わずかな手勢のみでこのホルメニアの近くまで来ております。ポンピウス殿には是非ともソーマ様――いや、おふたりにお会いしていただきたい」

                    ◆◇◆◇◆

 蒼馬とポンピウスが会見に(のぞ)んだのは、王都ホルメニアから馬でわずか半日とかからぬ小さな丘の上であった。
 そこで蒼馬はシェムルと、わずかな護衛とともにポンピウスを待ち受けていたのである。
 しかし、ここは完全なホルメア国の領土内だ。いかにワリウス王が戦える者たちすべてを引き連れてロマニア国軍撃退に向かってしまったとはいえ、わずかな手勢だけで敵地に乗り込むとは何とも大胆不敵な行動である。
 もっとも、ただ大胆というわけではなさそうだ。
 ポンピウスが頭上を見上げると、そこでは今も大きく円を描いて飛ぶハーピュアンらしき姿が見えた。おそらくは、こちらが約定を(たが)えて兵を引き連れてきたり、どこかに兵を伏せていたりすれば、すぐさま逃げる腹づもりであろう。だからこそ少人数で来たとも考えられる。
 そう思えば、この破壊の御子を名乗る青年は決して見かけで侮ってはならない手合いに間違いない。
 そう気を引き締めるポンピウスに、蒼馬は「時間もないので率直に言います」と前置きしてから、こう言った。
「僕らに降伏し、王都を明け渡してください」
 それはポンピウスには、予想されていた要求であった。
 現在、ホルメア国を侵略しているロマニアのドルデア王が、西域統一の野望を抱いているのは、周知の事実である。
 そのドルデア王が、ホルメア国を併呑しただけでは満足するはずがない。必ずや今度は発展著しいボルニスの街と豊かな穀倉地帯であるソルビアント平原を欲して行動に出るのは決まっている。
 そして、それに備えて今のうちに王都ホルメニアを掌握して、そこでロマニア国軍がホルメア国西部に侵攻してくるのを阻止したいというのが破壊の御子の考えなのであろう。
 ポンピウスは、そう推察していた。
 しかし、蒼馬の考えは、それだけに留まらなかった。さらに蒼馬は言葉を続ける。
「そして、僕らに協力し、ホルメア国の領土からロマニア国軍を追い払うために戦ってもらいます」
 これにはポンピウスも驚いた。
 先日、コンテ河の手前にある平野で行われたホルメア国討伐軍との戦いでは、文句なしの快勝で、ほとんど損害らしい損害を出していないとは聞いている。だが、その勢いでホルメア国西部を掌握したがために、兵を割いて治安を維持しなければならない領地が増えたことで、実際に動かせる兵の数は減っているだろう。
 こちらも治安維持や王侯貴族の警護のために多少の兵は王都に残っているが、その数は二千人もいれば良いぐらいである。
 仮に手を組んで双方の兵を合わせたとしても、その総数は一万にも届かないだろう。
 これでは、とうていロマニア国軍を追い払えるわけがない。
 そう言いかけたポンピウスだが、それを慌てて呑み込んだ。
 何しろ、それを言い出したのは破壊の御子である。これまでも自軍の倍以上の敵を何度も打ち破った実績の持ち主だ。その言葉は決して軽いものではない。
「明け渡さないといったら、いかがなさいますかな?」
 とりあえず蒼馬の真意を測るために、ポンピウスは問いを投げかけた。
 それに蒼馬は、さも当然といった顔であっさりと言う。
「何もしませんよ」
 あまりにあっさりと言われたのに、ポンピウスは何の芸もなく「何もしない、とは?」とおうむ返しにしか問い返せなかった。
 それに蒼馬は、またもやあっさりと答える。
「そのままの意味です。何もしません」
 蒼馬は、ひょいと肩を軽くすくめてから言葉を続けた。
「攻め寄せてくるロマニアの軍勢と、あなたたちが血みどろの戦いを繰り広げるのを高みの見物します。そして、ロマニア国軍が王都を落として疲れ切ったのを見計らってから行動するだけです」
 ポンピウスは、舌打ちを洩らしたいのをぐっとこらえる。
 確かに蒼馬の立場であれば、それがもっとも簡単な手段であろう。
 特にロマニア国軍の蛮行のひどさは聞き及んでいる。王都が陥落し、それと同様の悲劇に襲われたところへロマニア国軍を蹴散らしてみせれば、多くの民は歓呼を持って破壊の御子の支配を受け入れるだろう。
 だが、だからと言ってすぐに「お願い。助けてください」と諸手(もろて)を挙げて降伏するわけにはいかない。
「同盟ではいかがですかな? あなた方の独立を認め、国として扱いましょう。また、ロマニア国軍を撃退した折には、それに見合うだけの謝礼を支払います」
 蒼馬の目的は、あくまで自分たちの領地の安泰である。当初から無理にホルメア国を滅ぼすつもりはない。下手に滅ぼしては、かえってその後始末が面倒だ。それよりも、今手にしたところをしっかりと固め、豊かにした方が簡単である。
 このポンピウスの提案も、その点から見れば悪いものではなかった。
 しかし、それも過去の話である。 
「あなた方がロマニア国を防ぎ止める壁となってくれるのならば、それも考えられました。ですが、今や国の根幹すらもガタガタ。これでは、いつかはロマニア国に飲み込まれる。そうなれば迷惑するのは僕らです」
 まったく痛いところをついてくる、とポンピウスは思った。
 今やホルメア国は、穴だらけの堤防のようなものである。ここで破壊の御子と手を組んでロマニア国という大波に耐えられたとしても、その後はわからない。
 今は増長して暴虐の限りを尽くしているロマニア国だが、一度撃退されれば、きっとその頭も冷めるだろう。
 そうなったロマニア国が次に取る手は、単に武力に頼った侵略ではなく、懐柔や恫喝によってホルメア国の諸侯を取り込むなど硬軟取り混ぜた方法での切り崩しである。王家の権威が失墜し、求心力を失ったホルメア国では、そう来るとわかっていてもそれを防ぎ止める手段がない。
 そうしてボロボロになったところへ第二、第三の大波となってロマニア国軍が攻めてくれば、それで終わりである。今度は蒼馬がいくら手を講じてもホルメア国の崩壊は食い止められるものではない。遠からずホルメア国は呑み込まれ、より強大となったロマニア国と蒼馬は領地と接することになるだろう。
 そうなって困るのは蒼馬である。
 蒼馬の立場なら、そんな穴だらけの堤防に頼るよりかは、それを壊して一から新しい堤防を築きたいと思うのは当然だ。
 つまりはホルメア国を滅ぼし、破壊の御子を首長とする新たな国家の樹立である。
 そして、それを妥当な考えであるとポンピウスもまた認めざるを得ない。
「ですが、それではホルメアを滅ぼすのがロマニアかあなたかの違いでしかありませんか」
 破壊の御子に降伏して滅びるか、ロマニア国に攻め滅ぼされるか。いずれにしろホルメア国が滅ぶのには変わりない。それでは、蒼馬に降伏する利がないのではないかとポンピウスは訴えた。
 それに蒼馬は不思議そうに首をかしげる。
「そうですか? 地位や身分はなくなりますが、所有する財産と生命は保証しますよ。ロマニア国に攻め滅ぼされるより、ずっとマシだと思いますが?」
 この会見に先立ち、ポンピウスがソロンから事前に伝えられた降伏する際の条件は、ルオマの街でミュトスへ告げたものと同条件であった。
 確かに、伝え聞くロマニア国軍の目を覆うばかりの蛮行と比べれば、蒼馬が提示した条件ははるかにマシである。
 また、このときポンピウスはすでに蒼馬に降伏し、その統治を受け入れていたルオマの街の領主ミュトスからの書状を渡されていた。
 そこには降伏の際の約定はきちんと守られ、大きな混乱もなく、おおむね領民らも破壊の御子の統治を受け入れていると言う旨の内容が書かれていたのである。
 さらに、その中には、破壊の御子の軍勢が街に入った直後の騒動についても言及されていた。
 それは、ひとりのドワーフが酒に酔った勢いで、領民に暴行を働いたというものである。
 そのドワーフが酒に酔った上でのものであり、また長年マーベン銅山で鉱山奴隷として酷使されていた経歴もあって、このとき蒼馬に従う多くのドワーフたちは同情的あるいは共感すら覚え、多くの減刑の嘆願が出されたという。
 しかし、蒼馬は「彼の過去を思えばその情状を酌量せずにはいられないが、軍規に照らせば死罪に他ならない」とし、速やかにそのドワーフを斬首にしたらしい。
 これによって図らずもルオマの街の領民は大きく安堵したという。
 かねてから自分を支えてくれた勢力から(いと)われるのも恐れず、法に従って毅然(きぜん)と処断する様は、これが王権や神権による支配ではなく破壊の御子が(うた)う法による統治という形なのかと、いたく感心したとミュトスは(つづ)っていた。
 かつて弟子として統治のイロハを教えたミュトスの人柄は、ポンピウスも十分に知っている。たとえどんなに脅されようとも、心にもないことは決して書いて寄越さない気骨のある者だ。
 また、仮に領民らを人質にされてやむなく書かされたとしても、書状の中にポンピウスにならばそうとわかる文章をひそかに紛れ込ませる程度の機転も持ち合わせている。
 それがないということは、このミュトスがしたためた書状の内容は本心であるとしか思えない。
 さらに、この書状がミュトスの手によるものであり、書かれた内容にも嘘偽りがないと保証したのが、アドミウスと名乗る黒い甲冑を身につけたホルメア国軍の将校であったのも信用にたる大きな要因であった。
 このホルメア国において黒い甲冑の着用を許されているのは、「黒壁」のみである。ダリウスに対して信仰に近い忠誠心を持つあの「黒壁」の将校が、嘘をついてまで憎むべき敵であるはずの破壊の御子を擁護するとはとうてい思えなかった。
 この思わぬ保証となったアドミウスだったが、実のところ蒼馬はその目的で彼にミュトスの書状を持たせてきたわけではない。
 このアドミウスには、蒼馬もほとほと手を焼いていたのである。何しろ、ルオマの街が降伏して捕縛された直後から「俺の首を()ねろ! 戦友のところへ俺を送れ!」と蒼馬へしつこく訴えてきていたのだ。まさか、いったん捕虜にした者を本人の望みだからといって処刑するわけにはいかない。それならば解放しようとしても、今度は「敵の情けは受けない!」と牢から頑として出てこない。
 そうして困り果てていたところに、街から離れられないミュトスに代わって書状を届ける人材が必要になり、それならばと白羽の矢が立てられたのである。
 当初はそれすらもアドミウスは渋っていたが、「個人の名誉より国の大事に尽くしてこそ、ホルメアの将ではないか!」と、歯が浮くような台詞で蒼馬が言いくるめ、こうしてミュトスの書状をポンピウスへ届ける役目を納得させた経緯があった。
 ようは(てい)の良い厄介払いである。
 しかし、それがミュトスの書状の真偽を裏付けるさらなる保証となったのは、思わぬ幸運であった。
 破壊の御子に降伏した場合、ホルメア国がどのような形となるかはおおまかにだがポンピウスにも掴めた。しかし、それと同時にルオマの街の事例だけでは抜けてしまっている、もっとも肝心な部分をポンピウスは尋ねる。
「諸侯と領民らの処遇はわかりました。ですが、ホルメア王家の処遇は、いかがされるおつもりです?」
 嫡子であるアレクシウスは失踪し、ワリウス王ももはや生きて帰るかもわからぬ状況である。ポンピウスはその名を挙げはしなかったが、その問いは間違いなくワリナ王女をどう扱うかを問いただすものだった。
 実は、ワリナ王女についてはソロンたちから、ホルメア国の統治のためにワリナ王女と婚姻すべきという提案がされていた。
 幸いと言って良いのか、蒼馬は独身で、しかも特定の女性とは付き合いはない。また、ワリナ王女も兄王子から(うと)まれていたため、その年齢の王女としては異例なことに婚約者が定められていなかった。
 そのため、このふたりが婚姻を結ぶのに、障害は見当たらない。
 そして、古今東西の事例を見ても、征服者がその土地の安定した統治を受け継ぐために、自らが滅ぼした王族の娘を(めと)るのは極めて当然のことである。
 蒼馬がワリナ王女を娶り、それによって国内外に対して自分がホルメア国を受け継ぐ正当性を主張するというのが、もっとも妥当かつ適切な手段に違いなかった。
 ところが、それを蒼馬は良しとしていなかった。
「ホルメア国の終わりを宣言してくれた後は、生活に困らない程度の俸給を約束するので、どこか好きなところで生活してもらうつもりです」
 蒼馬がワリナ王女を隠棲(いんせい)させるだけと決めたのは、単に蒼馬が奥手でへたれというわけでも、自分が滅ぼした国の――しかも、まったく見ず知らずの姫を力にものを言わせて自分の妻にするのを嫌う潔癖さからでもない。
 確かに、そうした気質も影響したのは否めないが、それ以上に蒼馬が気に懸けたのは、自らが戦う理由として挙げた生まれ持っての地位や特権を廃して平等な国家を作るという理念からであった。
 ここでワリナ王女を娶り、それによってホルメア国を自分のものとすると宣言した方が、ことはたやすいだろう。
 しかし、それは裏を返せばホルメア王家の王権を自分が引き継ぐことであり、ひいては自らが主張していた平等の理念を自らが否定することだと考えたからである。
 だからこそ、ワリナ王女を娶れば回避できるであろう苦難を甘んじて受ける覚悟で、そう決断したのだ。
「では、ワリナ様を妻に迎え、ホルメア国を受け継ぐ気はないと?」
 ポンピウスは蒼馬の真意を見極めるため、遠回しな表現をやめてまっすぐに問いをぶつけた。
 それに蒼馬もまっすぐ答えを返す。
「はい。そのつもりはありません」
 ポンピウスは、その答えに嘘はないと感じた。
 そして、それとともにひとつの感情を覚える。
 恐ろしい、と。
ポンピウスさんが恐ろしいと感じたのは、別に蒼馬が現代日本の自室のベッドの下に本当は高校生は買ってはいけないお姫様ものの薄い本があるのを察したわけじゃないからね!
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