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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第100話 旧友

 カリレヤ平野において大勝利を収めたロマニア国軍は、二日の休養を経てホルメア国王都ホルメニアへ向けて堂々と進軍を開始した。
 しかし、それに対してホルメア国は何ら対策を打てずにいた。ワリウス王が率いた国軍の主力が壊滅した今、もはやホルメア国にはロマニア国軍を撃退できるだけの戦力は国のどこを探してもいなかったからである。
 そのため、ロマニア国軍が向かう先々では、領民ばかりか本来は侵略者に立ち向かうべき騎士や領主までもが逃げるしかなかった。そして、ロマニア国軍は、まさに無人の野を行くが如く、ホルメア国内を進軍していったのである。
 しかし、その状況に加え、カリレヤ平野における大勝利と何よりも最大の障壁とも呼ばれたダリウスを討ち取ったことが、ロマニア国軍を増長させてしまった。
 もはや敵はいないと(おご)るロマニア国軍は、行く先々の街や村を襲撃しては兵糧となる食べ物ばかりか金品を奪い取り、婦女子を辱め、老人子供を遊び半分で殺戮するようになったのである。
 これには、さすがのダライオスも眉をひそめた。
 いくらなんでも目に余ると、ダライオスはドルデア王へ将兵らに蛮行を控えさせるように諫言(かんげん)したのである。それを受け、ドルデア王は全軍に無益な殺戮と掠奪を戒めるお触れを出したのだが、ロマニア国軍の蛮行は留まることを知らなかった。
 何と、ロマニア国軍の諸侯並びに諸将らは、今度は掠奪した村や街を徹底的に破壊し、そこにいた人々を皆殺しにするようになったのである。ようは訴える被害者さえいなければ問題ない、という発想だ。
 そのため、お触れが出されるよりも悲惨な状況が生み出されてしまったのは、何とも皮肉と言えよう。
 また、それに対してのドルデア王の対応もまずかった。
 厳しく罰すればよかったところを「文句なしの大勝利である。多少浮かれるのもやむなし」と、たしなめるだけですませてしまったのである。
 ようはドルデア王自身が、もっとも浮かれていたのだ。
 そのために多くの将兵らは「多少浮かれていた」と自らが判断した範囲で蛮行を繰り返すことになってしまったのである。
 これにはさすがのダライオスも嘆かずにはいられなかった。
「これは姫殿下には、とうていお見せできぬな」
 その卓越した軍才とは裏腹に、ピアータはいまだうら若き乙女だ。敵国人に対してとはいえ、こうした蛮行を嫌う純真さを残している。
 そんなピアータに今のロマニア国軍の姿を見せずにすんだことだけが、わずかなりともダライオスの慰めであった。
 そうして掠奪と横暴の限りを尽くしながら進軍したロマニア国軍が、ついにホルメア国の王都ホルメニアに達したのである。
 王都ホルメニアは、元はホルメア国とロマニア国の前身ともなった古王国の首都でもあった都市だ。城壁は、その年数を積み上げたかのように分厚く、そして高い。また、その城壁の上には武装した兵士たちが立ち並び、徹底抗戦の構えを見せていた。
 それに王都というだけあって、そこに抱えた住民の数はホルメア国最大である。その数は三万とも五万とも言う。また、ロマニア国軍が侵攻してきた東部からの難民も流れ込んでいるだろうから、その数はさらに増えているだろう。
 そうした王都の人間の中で武器を取って戦える男たちを全体の五分の一と考えても、それだけで一万程度にはなる。それだけの者たちが徹底抗戦の構えを取れば、いかに戦いなれていない民がほとんどとはいえ決して侮ることはできない。
 これを真正面から攻略するのは、今まさに勢いに乗っているロマニア国軍とはいえ難しいだろう。
 だが、とドルデア王は考える。
 それならば無理に攻めずに、包囲すれば良いだけの話だ。いかな王都といえども、その蓄えは無尽ではない。どこからか救援や支援を得られなければ、王都はその抱え込んだ数万の住民と多数の難民たちによってすぐにその蓄えを食いつぶし、籠城などできなくなってしまうだろう。
 そして、もし血迷って打って出てくるようならば、それで終わりである。練兵すら受けていない暴徒など、軽く叩いて現実を見せつけてやれば、それだけで崩れるはずだ。
 ドルデア王はダライオスに命じ、敵が王都から打って出たのを確認してからも対応できるだけの距離を空けたところに野営の陣地を築かせ持久戦の用意をさせた。
 また、その間も無為に時間を費やすつもりはない。ヴリタスに王都を開城させるように要請したのである。
 ドルデア王の要請とは名ばかりの命令を受けたヴリタスは、餌を投げ与えられた犬さながらに尻尾を振り、早速ホルメニアの城門前へと(おもむ)いた。
 兄であるワリウス王は死に、そのたったひとりの息子アレクシウスも消息不明。そして、王都に立て籠もるのはワリナ姫ただひとり。もはやホルメア国の王位を継げるのは自分しかいないと思い込んでいるヴリタスは、すでに自分が王になったつもりである。尊大な口調で王都へ向けて声を張り上げた。
「余はヴリタス・サドマ・ホルメアニス新王なるぞ! 速やかに門を開き、余を迎え入れよ!」
 ヴリタスの声は、わずかに余韻を残しながら響き渡った。だが、それに対するホルメニアの答えは沈黙である。
 さらに何度か呼びかけるが、それにも沈黙で応じられたヴリタスは「なんたる無礼! 不敬の極み!」と激しく憤った。
 しかし、こうしてただ呼びかけ続けても(らち)が明かない。開城したら、そのときは無礼な者たちをひとり残らず斬首してやるとひそかに誓ってヴリタスはロマニア陣地に戻ろうとした。
 そのときである。
 ホルメニアの巨大な楼門(ろうもん)の脇にある小さな通用口がようやく開いた。そして、そこからみすぼらしい格好の老人がロバに乗ってやってくる。
 やっと出迎えが来たか、とヴリタスは胸を張って待ち構えた。当人は、王らしい尊大と思っている態度だ。だが、胸以上に出っ張った腹のせいで、どこかそれはひっくり返る寸前のガマガエルのようにしか見えなかった。
 その顔が見分けられる距離まできたところでロバの足を止めた老人に、ヴリタスはわずかに眉をひそめる。その老人の顔はヴリタスが知る重臣や諸侯のいずれでもなかったからだ。
 しかし、いずれにしてもホルメニアからの使者に間違いない。ヴリタスはさらに腹を突き出して尊大な態度で声を張り上げた。
「余は、ヴリタス王なるぞ。新王の呼びかけに速やかに応じぬとは不届き者め!」
 相手を威圧するつもりであったヴリタスであったが、老人の反応は予想もしないものだった。
「ああん? おまえなんぞに用はないわ。ドルデアを呼べ、ドルデアを」
 そう言うと老人は、小うるさい羽虫でも追うかのようにヴリタスへ甲を向けた手を払って見せた。
 これにはヴリタスばかりか付き添っていたロマニアの騎士もギョッと目を剥いた。
 ヴリタスへの態度はともかくとして、今まさに王都を征服せんと大軍を率いてきた侵略者ドルデア王まで呼び捨てである。不敬どころか蛮勇をも通り越し、もはや狂気の沙汰としか言い様がない所業(しょぎょう)であった。
 しばし呆気に取られていた騎士たちは遅ればせながら、この不届き者を手打ちにしてロマニアの威を示さんと剣に手をかける。だが、その気勢を制するかのように、老人が言う。 
「とっとと戻ってドルデアに伝えよ。『飲んだくれの巣穴』でともに酔いつぶれた縁を頼って話し合いがしたいとな」
 これにはロマニア騎士たちも躊躇(ちゅうちょ)した。
 いかにもドルデア王と旧知の間柄と言わんばかりである。ここで無礼討ちにするのは簡単だが、もし本当に主君と旧知の間柄であれば一大事だ。ロマニア騎士たちは互いの顔を見合わせてから、とりあえずひとりがドルデア王の下へ戻り、判断を仰ぐことになった。
 そうしてドルデア王の下へ報告にきた騎士だが、あくまで念のためという心づもりであった。
 ところが、それに対する主君の反応はまさに劇的だった。
 最初は(いぶか)しげに眉をひそめていたのだが、すぐに目をカッと見開き、そのままゆっくりと十を数える程の間、固まってしまったのだ。これほどドルデア王が衝撃を受ける姿は、近習たちですらこれまで誰も見たことはない。
 いったいどうしたのだと臣下が注視する中で、ようやくドルデア王は震える声で言った。
「本当にその者は『飲んだくれの巣穴』でともに酔いつぶれた縁と申したのだな?」
 どこか、そうであってくれという懇願が込められたドルデア王の問いに、報告に来た騎士は間違いなくと肯定した。
 すると、ドルデア王は自分の胸の奥から湧き上がる感情を抑制しているかのように、やおら立ち上がる。
輿(こし)を用意せよ。余、自らが出向く」
 いまだ開城の交渉も始まらない段階で総大将たる国王自らが敵の使者の呼びかけに応じて前に出るなど、とんでもない話である。諸侯や諸将は思いとどまるように諫めたが、どういうわけかドルデア王は頑として譲らない。そして用意された輿に乗ると、誰もついてくるなと言い残して使者のところへ赴いたのである。
 そうして輿に揺られながら、ドルデア王は過去に思いを馳せていた。
 そのきっかけとなった「飲んだくれの巣穴」とは、ロマニア国の王都の中でも花街や貧民窟が集まる一角――いわゆる悪所と呼ばれるところに三十年以上前にあった酒場の名であった。隆盛が激しく、町並みがめまぐるしく移り変わる悪所において、すでにその酒場は跡形もなくなってしまっている。
 おそらくは、悪所の住人ですらそのような酒場があったことを覚えている者はほとんどいないだろう。
 だが、ドルデア王にとっては、そこは忘れがたい思い出の場所である。
 それはまだドルデア王が若い王子だった頃の話だ。若気の至りで悪所と呼ばれるところに興味を持ち、お忍びで友とふたりで出向いたことがある。
 しかし、身なりの良い若者ふたりは無法者たちにとって恰好の獲物であった。薬を盛られた安酒に酔いつぶされ、あわや身ぐるみを剥がされた上で裏の運河に浮かばされるところを父王がひそかにつけていた警護の者に助けられたのである。その後で、父王からしこたま叱られたものだ。
 そのとき一緒に叱られているときはしおらしくしていたのに、父王がいなくなったとたん「今度はうまくやろう」と悪戯っぽく笑った友人の顔が思い浮かぶ。
「あの者です、陛下」
 報告にやってきた騎士が、そう声をかけてきたのにドルデア王は追憶の淵から我に返った。
 そうして騎士が指し示す先を見れば、そこにいたのはロバに乗ったみすぼらしい格好の老人である。
 その姿は、ドルデア王の記憶とは違っていた。
 ドルデア王の記憶の中にある者は、もっときちんとした身なりをし、国を背負って立つ気概と自負に満ちた顔つきの男だ。
 しかし、あの悪戯小僧のような目だけは変わることはなく輝いている。
 ドルデア王は、自分の顔に手を添えた。
 手のひらに伝わるのは潤いを失いざらざらとした肌と、深く刻み込まれた(しわ)の感触である。
 お互いに歳を取ったものだな。
 過ぎ去った時の無情さに、ドルデア王はほろ苦く笑いながら声を上げる。
「久しいな、アウレリウス・エルバジゾ」
 ドルデア王は、かつての親友の名を呼んだ。
「三十有余年ぶりだな、ドルデア」
 アウレリウス――今やソロンと名乗る老人は、そう応じた。
 しかし、それ以上は言葉が続かない。ふたりの間に、しばし沈黙が流れる。
 言うべきことがないわけではない。あまりに言うべきことが多すぎて、何から口にして良いものかわからず言葉にならなかったのだ。
 とりあえずドルデア王は今のことを話す。
「余との話し合いを求めたそうだが、いかなる用件か?」
 それにソロンは短く用件を告げる。
「講和を求めたい」
 それはドルデア王も予想していたものだ。おそらくは自分と既知の仲であるため、ホルメア国から講和の仲介でも頼まれたのだろう。
 そう推察したドルデア王は、続けろとばかりに小さくうなずいてみせる。
「ワリウスの首ばかりかダリウスの首まで挙げ、もはや誰の目から見てもロマニアの勝利は間違いなし。それで満足せい。ここで兵を退け、ドルデア」
 しかし、ドルデア王は、断固とした口調で言う。
「それはできぬ」
 いかな古き友の頼みとはいえ、それは聞けない願いであった。
「ホルメアを平定し、古の大国を復興させるのはロマニア国の悲願。今まさにその悲願の成就に手をかけんとするところまで来たのだ。ここで兵を退くことなどできはしない」
 当然、ソロンもその返答を予想していた。
「そうであろうな。おまえにとっては、ようやくここまで来たのだからな」
 ドルデア王は大きくうなずく。
「そうだ。ようやくだ。余は、数多の犠牲を払い、ようやくここまで来たのだ」
 自らの大望を成就するために、犠牲を払うのは覚悟の上である。そして、そうして犠牲になった者の多くも、それを承知で自分の夢についてきたのだ。
 そう確信するドルデア王に迷いはない。
 しかし、ただひとつだけ例外があった。
「唯一悔やまれるのは三十有余年前に余の愚かさと頑迷さ故に失ってしまったものだ」
 ドルデアの言葉に、ソロンの眉がぴくりと動く。
 それに構わず、ドルデア王は視線をはるか空の彼方へと向けた。
 しかし、ドルデア王が見ているのは今このときの空ではない。過ぎ去ってしまったはるか遠い過去の情景である。
「即位したばかりの余は、余に臣従を誓う数百の臣下と数万の兵を前にし、浮かれていた。余ならば何でもできる。余こそ神の化身――いや、神そのものであると過信してしまったのだ。
 また、そうではないと気づいたときも、その過ちを認めることができぬほど狭量であり、頑迷ですらあった。
 それ故に、余は無二の親友と思うていた者を失ってしまったのだ」
 昔日(せきじつ)の愚かな自分を思い浮かべ、ドルデア王は深い悔恨の吐息を洩らす。それからソロンの目をひたりと見据える。
「余の過ちであった。許せ、アウレリウス」
 痛いほどの沈黙が落ちた。
 しばらくしてソロンもまた、ため息をひとつついて応じる。
「今さら何を言っても詮無きことよ。わしとて、本当におまえを止めたくば、命を賭して止めるべきであった。それができずに後になってわめき立てても、己の無能を公言するだけであったのだ」
 そのソロンの言葉に、ドルデア王はすっと胸のつかえが取れた気がした。
「どうだ、アウレリウスよ。再び余に仕えぬか?」
 長年、胸につかえていたものが取れたドルデア王は、晴れ晴れとした気持ちで言った。
「余は旧ホルメア領の統治を左丞相に、旧ロマニア領を右丞相に任せ、その上に余の右腕として大ロマニア帝国を統括する相国(しょうこく)を置こうと考えておる。アウレリウスよ、偉大なるロマニア帝国の相国として、余を助けてほしい」
 これには供回りの者たちは、ギョッとする。
 ロマニア国にも、れっきとした宰相が置かれている。しかも、今は本国で留守を預かる第二王子の義父にもあたる国内有数の権力者だ。順当に行けば、その宰相が相国となるはずである。それを跳び越えて、どこの誰ともわからぬ老人をいきなり相国への抜擢だ。過去にふたりの間に何があったかは知らないが、それは異例どころの話ではない。下手をすれば国内に乱すら生じさせかねない恐れすらあった。
 もちろん、ドルデア王とてそれぐらいは理解している。
 しかし、いかなる反対があろうとも、それを押し切る覚悟をもっての発言であった。
 このドルデア王の誘いに、ソロンは口許に手を当てて顔をうつむかせてしまう。そして、何かを耐えるように、その肩を小さく震わせ始めた。
 その姿に、ドルデア王は感極まってくれたのかと思う。
 ところがである。
 そのソロンのところから聞こえたのは、感極まったあまりの嗚咽(おえつ)ではない。押し殺された笑い声である。
 しだいにその笑い声は大きくなり、それにともないソロンはうつむかせた顔を上げた。そして、ついには背を反らすようにして笑い始める。
 それに、これはいったいどうしたことかと目を見開くドルデア王に、ソロンは嘲笑を浮かべて言い放つ。
「おぬしに再び仕える? それは悪い冗談よ、ドルデア」
 何だと、と驚くドルデア王にソロンはさらに言う。
「すでにわしはおまえよりはるかに優れた者に仕えておるのに、それを捨てて、なぜおまえごときに仕えねばならんのだ」
 そして、ソロンは右腕を上げた。
 そのとたん、ホルメニアから激しく打ち鳴らされる太鼓の音が鳴り響き、城壁のホルメア国の旗が倒れ、その代わりに新たな旗が立ち並ぶ。
 そして、その中央。見上げる程大きな楼門の上に高々と上がるのは、他を圧するような異彩を放つ漆黒の大旗。
 その旗の中央に描かれていたのは、8と∞を組み合わせたような紋章である。まるで二匹の蛇が身体を絡ませ、互いの尻尾に食らいつき、のたうつようにも見える、その不気味な紋章。
 それは死と破壊の女神アウラの刻印に他ならない。
 そして、そのような刻印を紋章とするのは、この広いセルデアス大陸でもただひとり。
「遅かったな、ドルデア。すでにホルメニアは、我が主君であらせられる破壊の御子ソーマ・キサキ様によって落とされておるわ!」
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