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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第98話 本懐

 カリレヤ平野に雨が降っていた。
 怨敵とも呼ばれた元大将軍ダリウスばかりか、総大将であったワリウス王の首まで挙げるという文句なしの大勝利である。さらに弱ったホルメア国軍を討つよりも土地勘のないところでの追撃による混乱や損害を憂慮(ゆうりょ)したドルデア王は、早々に追撃を打ち切らせると、カリレヤ平野での野営の準備をさせたのだった。
 そのおかげでロマニア国軍は夕方から降り始めた雨に濡れずにすんだ。
 また、ドルデア王はカリレヤ会戦の大勝利をもたらした兵の慰労として、略奪して集められた豚や家禽(かきん)の多くを潰して兵の糧食に肉を提供し、さらに酒類の解禁を許したのである。
 一部の見張りを除いたロマニア国軍全将兵は、このドルデア王の英断を讃えたのは言うまでもない。
 そうした祝勝の雰囲気が満ちるロマニア国軍の陣内で、ピアータはダライオスを探していた。
 その目的は、ダリウスの最期の言葉に従うためである。
 自害する直前にダリウスは自分の領内にあるピレーという村にいるブラウタスという者を訪ねるようにピアータに言い残していた。ダリウスの言葉が本当であれば、そこに破壊の御子を討とうとするピアータの助けとなるものが預けられているはずである。
 何としてでもそれを手に入れたいピアータであったが、その猶予はあまりなかった。
 ロマニア国軍の中にダリウスを恨む者は多い。また、それを口実にダリウスの領地を荒らすのに喜びを見出す者は、さらに多いだろう。そうした連中によってダリウスの遺産が焼かれては元も子もない。
 ピアータは、早急にピレーという村に向かう必要があったのだ。
 そのため、一時的に軍を離れて行動する許可を得ようとダライオスの天幕に向かったのだが、そこにダライオスはいなかった。留守を任されていた従兵に聞けば、しばらく留守にすると言って出て行ったっきり戻ってこないらしい。
 さて、ダライオス大将軍はどこに向かわれたのか?
 ダライオスが向かいそうなところをいくつか回ってみたが、そのいずこにもいない。もはや心当たりがなくなり、どうしたものかと途方に暮れたピアータだったが、そのときふっとある天幕が目に止まった。
 ロマニア国軍の陣内の中央近くにありながら、勝利を祝う明るい雰囲気に包まれたただ中にあって、なぜかそこだけが取り残されたような陰鬱(いんうつ)な雰囲気に包まれた天幕である。
 それもそのはずだ。
 そこはワリウス王とダリウスの首が保管されている天幕である。ふたりの首は、これより王都ホルメニアに籠城するであろう者たちに見せつけるため、塩漬けにして壺に入れられて保管されていたのだ。
 そんな大事な首を保管している天幕なのに、どういうわけか見張りの者たちがいない。
 もしやと思ったピアータが天幕に入ると、そこにはこちらに背を向けて座り込むダライオスの姿があった。
「しばらく近寄るなと言っておいたはずだぞ」
 天幕に誰かが入った気配に気づいたダライオスが背中越しに不機嫌そうな声をかけてきた。
「私です。大将軍閣下」
 そうピアータが声をかけると、ダライオスはわずかに驚いた顔で振り返る。
「おお。これはピアータ姫殿下でございましたか。失礼いたしました」
 振り向いたダライオスの顔は酒精で赤く染まっていた。
 よく見れば座り込むダライオスの前には大きな酒壺がいくつも並び、その手には酒が注がれた酒杯が握られている。
 酒豪でも知られているダライオスが、そこまで顔を赤くするのだから、すでにかなりの量を飲んでいるのだろう。
 いくら文句なしの大勝利の祝い酒とはいえ、ここまで酔われるとは珍しいこともあるものだと思いつつ、ピアータは用件を切り出す。
「少し用があって軍を離れて別行動したいのです。大将軍閣下に、そのご許可をいただきたい」
 ダライオスは鼻に(しわ)を寄せた。
「姫殿下、お立場をお考えください」
 敵主力に圧勝したからといって、いまだここは敵地に他ならない。そのようなところで一国の姫が単独で行動するなど、もっての外である。
 特にピアータは、ドルデア王から溺愛といっても良いほどの愛情を注がれている姫だ。そのピアータに、もし万が一のことがあればダライオスの首でも収まりがつかなくなるだろう。
 そこまで言ってからダライオスは、自分の頭をガリガリと掻きむしる。
「――とは申しても、姫殿下には借りがございますからな」
 ダライオスが言っているのは、ラビアン河の渡し場での一件だ。ダリウスの策にはまり、まんまと河を船で渡りかけたドルデア王を(いさ)めるために、ダライオスはピアータの力を借りていた。
 ダライオスは自分の顎髭をさすって難しい顔を作る。
「今、我が軍は勝ち戦に浮かれ、一兵卒に至るまで気が抜けております。良ければ姫殿下の部隊で、斥候(せっこう)をお願いできませんでしょうか?」
 別段、どこで何を偵察してこいとは言わない。ようはピアータが一時的に軍を離れて行動するための方便(ほうべん)である。
 ピアータもそれは心得たもので、「では、数日ほど斥候に行って参ります」とかしこまって拝命した。
 そうして天幕を出ようとしたピアータをダライオスは呼び止める。
「ところで、ピアータ姫殿下――」
 何かと振り向いたピアータに、ダライオスは思わぬ問いを投げかける。
「――ダリウスの最期はいかようなものでしたか?」
 その問いに、ピアータは即答できなかった。
 いったいいかなる理由があって、ダライオスはダリウスの最期を聞こうとしているのかわからなかったからである。
 いくら尊敬すべき相手とはいえ、敵将を前にロマニア国の姫たる自分が膝をつき頭を垂れるのは、あまりよろしくはないことだ。
 当然、それを自覚していたピアータは百華隊の者に命じて他から見られないように壁を作らせていたが、それも万全ではない。
 もしやあそこを目撃した何者かが、姫のご乱心を大将軍にお知らせしたのではないかと、ピアータは警戒した。
 しばし考えてから、ピアータは当たり障りのない答えを返す。
「私の部隊に囲まれ逃げ切れぬと思われたのでしょう。潔く自害なされました」
 ところが、ダライオスはそれを笑い飛ばした。そして、「嘘はおやめくだされ」と一言の下に否定する。
「私はこやつを倒さんと、ずっと思い続けておりました。寝ても覚めても、頭にあるのはこやつのことばかり。こやつがいったい何を考え、何を思うのか。日常のたわいもない出来事さえも、こやつならばと考えずにはいられませんでした」
「まるで恋人のことを語っておられるようですな」
 ピアータが茶化(ちゃか)すようにいうと、ダライオスは怒るどころか楽しげに笑って見せた。
「まさに、そのとおり。私はダリウスに恋い焦がれておったのでしょうな! しかも、四十年近くですぞ。姫殿下とは年期が違います」
 ダライオスは、まるで自分の武勇を語るかのように誇らしげに語る。
「だからこそわかるのです。こやつは敵に囲まれたからといって自害するような、そのような殊勝なまねをするわけがない。どのように(みじ)めにあがこうとも、ダリウスは自分の命が絶たれるその瞬間まで戦い抜こうとしたはず。ロマニアの怨敵とも呼ばれた自分が生きている限り、その命を取らんとする敵を留めておける。さすれば、一兵でも多く逃げる時間を稼げる、と。こやつは、そういう奴にございます」
 ダライオスは、ダリウスの首壺に向けて語りかける。
「なあ。そうでないか、ダリウス?」 
 その言葉に釣られてダリウスの首壺に目を向けたピアータは、ようやく気づいた。
 ダリウスの首壺の前には、ダライオスが今手にしているのと同じ酒杯が満々に酒を満たして置かれていたのだ。
 ようやくピアータは察した。
 ダライオスは、ここでひとり祝い酒を傾けていたのではないのだ。憎くも愛しい強敵の死を(いた)み、もはや声ひとつ洩らさぬ首を相手に無言で語り合っていたのである。
「姫殿下。何も(とが)め立てようとしているのではございません。ただ、こやつが最期に何を思ったかを知りたいのでございます」
 ダライオスは、ただただ宿敵ダリウスの最期を知りたいだけなのである。
 それを悟ったピアータは、包み隠さずダリウスの最期を語った。
 黙ってピアータの話を聞き終えたダライオスは、ニカッと笑う。それはどこか子供のような無邪気な笑みだった。
「それはダリウスも喜んだでしょうな」
「そうでしょうか?」
 護国の願いも果たせず、宿願であった破壊の御子との再戦も叶わず、さぞや無念であっただろうとピアータは思っていた。
 だが、ダライオスは確信を込めて言う。
「いや、間違いなく喜んでおりました。この歳になって姫殿下のような若く美しい女子の弟子が現れたのです。男子として、これほどの本懐(ほんかい)はございませんぞ。これを喜ばずにいられましょうや」
 そして、ダリウスの首壺へ向けて酒杯を掲げる。
「なあ、我が愛しき怨敵よ」
 すると、ぴちょんと水が跳ねる音がする。
 その音に驚いてピアータが目を向けると、ダリウスの首壺の前に置かれた酒杯になみなみと注がれていた酒の表面がわずかに波立っていた。
 よく見れば、ちょうど酒杯が置かれた真上の天幕の布が黒く濡れており、そこから水滴がしたたったのだとわかる。
 しかし、ダライオスはがははと笑う。
「こやつも、そう申しておりますぞ」
「……そうですな」
 ダライオスとピアータは、しばし笑い合った。
 それからピアータは偵察に出る準備をしなくてはならないため、ダライオスを残して天幕を立ち去った。
 そうしてひとり天幕に残されたダライオスは、ぐいっと酒杯を呷って熱い息を吐く。
「ちょうどよろしかろう……」
 その顔は苦渋に歪んでいた。
「まっすぐな姫殿下には、あまりお見せしたくはないことになりそうですからな」
 ダリウスはロマニア国にとって最大の障害であるのと同時に、くびきでもあった。
 そのくびきを失ったロマニア国軍を自分だけで御しきれるか。
 今からダライオスは陰鬱(いんうつ)なため息をつかずにはいられなかった。
それは、ホルメア国最高の将軍と呼ばれた男の執念である。
それは、破壊の御子を討たんとした男の最後の我が儘の結晶である。
そして、それはダリウスが最後の弟子に残した遺産である。

ピアータ「感謝いたしますぞ、ダリウス閣下!」

次話「遺産」
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