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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第94話 カリレヤ会戦2-百狼隊

「皆でダライオスを討て! さすればホルメアの勝利ぞ!」
 敵の大将軍ダライオスが前線に出てきたことで、ワリウス王は後備えの部隊すべてを差し向けよとの号令を発した。それに応じてホルメア国の兵が前線中央に立つダライオスへと殺到する。そのおかげで、ガットス子爵が討たれたために崩れかかった前線が何とか持ち直した。
 しかし、これはワリウスの悪手である。
 確かにダライオスを討てばホルメア国の勝利へ大きく前進するであろう。だが、動かせる兵すべてをダライオスに差し向けたがために、その陣容に大きな隙ができてしまったのだ。
 そして、それを予期していたように動き出していたロマニア国軍の部隊があった。
 それは前線で武威を振るうダライオスの目にも止まる。
 そのとき、ダライオスは自身を囮にしてホルメア国の兵を集めさせ、そうしてできた隙を突かせるべく他の将軍に伝令を走らせようとしていたところだった。
 しかし、それよりも早く自分の意を汲むかのように動き出していた部隊に、我が軍にこれほど機を見るに敏な将軍がいたかと目を向けたダライオスだったが、その部隊の先頭近くに立てられた旗を見て、かすかに眉をしかめる。
 風を受けて(ひるがえ)る旗に描かれたのは、ロマニア国では王族にしか許されない狼と、清純さを示す白百合を意匠化した紋章であった。
 同じように旗を確認した親衛隊のひとりが、声を上げる。
「あれは、ピアータ姫殿下の百華(ひゃっか)隊です!」
 それは、自分の騎士団が欲しいというピアータの我が(まま)をドルデア王がかなえて編成された騎士隊であった。
 そうして初期編成のために集められたのは、貴族の子女たちである。ドルデア王は実戦的な部隊ではなく、ピアータのままごとに付き合う女だけのお飾りの部隊を作るつもりであったのだ。そのため、この部隊につけられたのも花好きなピアータにちなんで、百華隊という名であった。
 ところが、ピアータはその集められた貴族の子女たちに正規軍も真っ青の苛酷な軍事訓練を施したのである。これには刺繍や詩作しかやったことがない貴族の子女らは次々と音を上げ、最後まで残ったのはダライオス大将軍の孫娘デメトリアただひとりであったという。
 これでは騎士団を編成するどころの話ではないと、誰もが思っていた。
 ところが、ピアータはとんでもない行動に打って出たのである。何と、脱落した子女たちを介して、その実家にいた二男坊や三男坊を次々と引き抜き始めたのだ。
 家督を継ぐ長男とは違い、次男坊や三男坊は長男の代用品として屋敷の片隅で肩身の狭い思いをしていた日陰者たちである。そんな者たちが新設の騎士団にと誘われたのだ。彼らの奮起は言うまでもない。ましてや、それが姫からのお声掛かりというのだから、なおさらである。
 そうした意気あふれる者たちを徹底的に絞り上げ、選別し、編成された百華隊をそうとは知らずに初めて閲兵したドルデア王は驚いたという。
 見目麗しい貴族の子女らの華やかな騎士団を見るつもりが、そこにいたのはピアータやデメトリアを除けば、ギラギラとした闘志に目を輝かせる無骨な男たちの集団だったのだ。
 これに慌ててドルデア王が問い質すと、ピアータはぬけぬけと「何某(なにがし)卿の者を私の隊にいただけると聞き、てっきりあの者かと思っておりました」と答えたという。
 その後もピアータは、どこぞに山賊や野盗が現れたと聞けば、この百華隊を率いて喜々として赴き、それを残らず討伐していったのだ。
 そうした噂に諸侯の間からはいつしか「あれは(フラウ)ではなく(フロウ)だ」とささやかれ、今では百華隊ではなく百狼(ひゃくろう)隊と陰で呼ばれている精鋭部隊である。
「あいつらを止めろ!」
 その百華隊の動きに気づいたホルメア国側の将校らが、慌ててその進撃を食い止めようとした。だが、そんな慌てふためくホルメア国の将校を嘲笑うように、その鼻先をひらりひらりとかすめて突き進む。
 この百華隊の速さに、誰もが目を見張った。
 しかし、それもそのはずである。この百華隊は部隊長級でなければ騎馬など乗れない時代において、騎兵を補助する従兵を除けば、ほぼすべてが騎兵で構成されているという稀有(けう)な部隊であった。
 しかも、彼らが乗るのは、ただの馬ではない。動物好きだったピアータのためにドルデア王が、海を隔てたこの大陸西域にまで名馬の産地と名高い国より、わざわざ大金を払ってまで取り寄せた馬だ。
 その馬は、西域の一般的な馬より一回りは大きい品種である。当然ながら、その力も強く、重装備の騎士を乗せても苦にしないという。しかも、もともとの生息地が荒野であり、粗食にも強く、また天敵の狼すら蹴り殺すほど気性が荒いという軍馬としては最適な品種であった。
 その馬に乗った百華隊は、この当時における西域最強最速の騎馬隊であったのだ。
 慌てふためくホルメア国の部隊の間を巧みに騎馬で駆け抜けた百華隊の先に、朱色に黄金の獅子の横顔をあしらったホルメア王国旗が現れる。
 ピアータは自らの(くら)から吊された筒の中から投槍を掴み取りながら、叫ぶ。
「投槍、準備! 各自、ホルメア王国旗に目がけて投擲(とうてき)!」
 ピアータ自身も馬の突進力が乗せて槍を投じて馬首を返す。後に続く百華隊の騎士たちも、ピアータに続いて次々と槍を投じていく。
 その投槍の威力はすさまじく、鎧ばかりか人体すらも貫通するほどであった。
 ホルメア国本陣は次々と降り注ぐ投槍によって多数の死傷者を出し、混乱のるつぼに陥る。
 そうした悲鳴や怒号を背に受けながら、ピアータは叫ぶ。
「このまま離脱するぞ!」
 馬を走らせるピアータの脇に、副官であるダライオスの孫娘デメトリアが馬を並べた。
「姫殿下! 転進し、再攻撃はしないのですかっ?!」
 この時代、騎兵隊は転進しながら何度も投槍で攻撃し、敵の隊列を乱すのが役割である。ホルメア国の本陣を振り返れば、追撃してくるわけでもなく、ただ兵たちが右往左往しているだけであった。あそこにさらに攻撃を加えれば、簡単に崩れそうだ。
 しかし、そのデメトリアの提言をピアータは却下する。
「欲張るな! 私もそうしたいところだが、あの方が来る!」
「あの方……?」
 ピアータの言葉に再度後方を振り返ったデメトリアは、あっと目を見張る。ホルメア国側の後方より、馬を六頭立てした戦車に率いられた部隊が前進してきていた。遠目でも見事な統率が取れたその部隊は、いまだに混乱するホルメア国本陣と百華隊の間に展開し、強固な防壁を築き上げ始める。
 もし欲をかいて本陣への再攻撃をしていたら、ちょうどあの部隊に横腹を突かれていただろう。
 馬上で振り返ったピアータは、うれしそうにその部隊を見つめた。いや、より正確に言うのならば、その部隊を率いる戦車に掲げられた旗をである。
「さあ。どうされますかな、閣下?」
 楽しげに言うピアータの言葉に応えるように、黒地に金の獅子をあしらった旗が風を受けて(ひるがえ)っていた。

                    ◆◇◆◇◆

 ワリウス王の周辺を守っていたのは国王親衛隊と呼ばれる精鋭部隊である。
 しかし、これまでワリウス王が自ら戦場に出ることはない。そのため、親衛隊の多くはこれが初陣でもあった。技量や装備は申し分なかったのだが、実戦経験が不足していた彼らは、この戦端が開いたばかりの段階での敵の襲撃に浮き足立ってしまった。
 もし、こんなところに再度襲撃を食らえば大変なことになる。
 自分の想像に青くなった親衛隊の隊長は、必死に声を張り上げて混乱を(しず)めようとしながら、撤退していく敵騎馬隊の後ろを戻って来るなと祈るように見つめていた。
 そんな親衛隊の隊長の目から敵騎馬隊を隠すように、後方からやってきた部隊が割り込んでくる。
 彼らは逃げる敵騎兵隊へ向け、前列の兵が大きな盾を地面に突き立てるように並べると膝を突いて盾の裏側から支え、後列の兵がそのわずかな間から長い槍を突き出し、強固な横陣を敷いていく。
 そうして瞬く間に強固な防壁を築き上げた部隊から、こちらに向かって馬を六頭立てにした戦車が走ってきた。
 その戦車に立てられていたのは、黒地に金糸で獅子の横顔をあしらった旗だ。
「何をうろたえておる!」
 戦車の上に仁王立ちになったダリウスの一喝が轟いた。
 たったそれだけで、あれほど混乱していた兵たちがピタリと鎮まる。
「王旗を中心とし、速やかに円陣を組んで、敵の再度の襲撃に備えよ! 旗手は、何を突っ立っておる! 王国旗を大きく振って、敵味方に陛下の無事を報せよ!」
 将軍位を取り上げられたダリウスが指示を出すのは、本来ならば越権行為である。しかし、誰もがそれを当然のように受け入れ、行動に移っていった。
 そんな中を戦車から下りたダリウスは兜を脱いで、他よりも重装備の騎士たちが固まるところへ歩いて行く。すると、自然と騎士たちはダリウスに道を開いた。
 騎士たちの間を歩きながらダリウスは声を上げる。
「陛下! 御無事でございますか?!」
 騎士たちの中央にいたのは、顔を蒼白にして地面にへたり込むワリウス王であった。
 いつもの針のように尖った神経質な雰囲気は消え失せ、どこか(うつ)ろな表情で虚空を見上げている。
 初めて体験した戦の恐怖と間近まで押し寄せてきた敵兵の迫力、そして何よりも今まさに自分の命を奪わんと投じられた投槍の穂先のきらめきに、ワリウス王は完全に打ちのめされてしまっていたのだ。
 ダリウスの声に我に返ったワリウスは、歯の根も合わないほど震えながら、真っ青な顔ですがりつく。
「もう、無理だ。余には無理だったのだ……!」
 それを聞いていた騎士たちは、何を今さらと顔をゆがめる。しかし、ダリウスは表情ひとつ変えることなく、その場に片膝を突くと、その両手でワリウス王の震える手を包み込む。
「陛下。まだ将兵らは陛下のために戦っております。それなのに陛下が、そのようなことを申されてはなりませぬ」
 しかし、ワリウス王は泣きそうな顔になる。
「だから、余には無理なのだ! ――そうだ! ダリウスよ、おまえがやれ! ホルメアの守護神というならば、ロマニアを蹴散らしてみせよ!」
 ざわりと、空気が揺れた。
 それは期待である。
 ダリウス嫌いのアレクシウス王子によって、王の近くにいる将校らはすべて反ダリウス派とも言うべき者たちで固められていた。しかし、そんな者たちですら、ワリウス王の発言に思わず顔を輝かせる。
 唯一の例外は、ダリウス本人であった。
 ダリウスはほろ苦い笑みを浮かべる。
「陛下が、そうおっしゃられるのならば、卑小なる身ではありますが、全力をもってあたりましょう」
 そう言うとダリウスは、ワリウスに向けて小さく一礼する。それから房のない兜をかぶると、おもむろに立ち上がった。
 その姿は、身体を縛り上げていた鎖を引き千切りながら立ち上がる老いた獅子を思わせる。
 周囲にいたすべての将兵らの固唾(かたず)を飲んで見守る中、ダリウスはすっと大きく息を吸う。そして、それを大音声として放った。
「これより全軍の指揮は、わしが()る!」
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