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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第92話 ミトゥとバター

 ロマニア国を撃退するべくホルメア王ワリウスが軍を率いて王都を発ったという報せは、蒼馬のところへも届けられていた。
 その報せに、蒼馬はまず眉根を寄せてから、エラディアに尋ねる。
「何かホルメア国から接触はあった?」
 使者の饗応(きょうおう)から折衝(せっしょう)までを一任されているエルフの女官長は、すぐさま答える。
「いくつかの諸侯からは対話を求める使者が来ておりますが、いまだにホルメア国からは使者のひとりも参っておりません」
 エラディアの答えに、蒼馬はふむと考えた。
 それからエラディアに命じて、ホルメア国の地図を机の上に広げさせる。そして、王都ホルメニアのところにホルメア国軍を示す駒と、ロマニアに落とされたというホルメア東部の都市ガッツェンと王都ホルメニアの間にロマニア国軍を示す駒を置いた。
 偵察に出たピピからの報告によれば、ワリウス王はほぼ全軍を率いてロマニア国撃退に向かったという。
 蒼馬はホルメア国軍の駒をずいっとロマニア国軍の駒と向き合うように動かした。
「つまり、王都はほぼ空っぽか……」
 地図上で何の駒も置かれていないのと同じように、王都ホルメニアには戦力と呼べるものはほぼない状態である。
 これはどう考えても、ホルメア国は末期状態だ。
 いくら頭に血が上ったからといって、西方の自分らに対して一時休戦や同盟などの手も打たず、ロマニア国軍に対して全軍を率いて決戦に臨むとは、普通ならば考えられないことである。
 これではがら空きになった王都を攻めてくださいと言われているようなものだ。
 そこまで考えてから、蒼馬はハッと気づいた。
「もしかして、空城計! 僕たちが城門を破って突入したところで落とし穴に落とされ、城壁の上から矢の雨が……!」
 そこまで一気にしゃべったところで、蒼馬はシェムルの()めた視線に気づく。彼女の目は「またソーマが馬鹿なことを言い出した」と無言で語っていた。
 つい先日、自分の要らない心配から、殲滅できたはずのホルメア国軍を取り逃がし、せっかくの交渉の切り札ともなる第一王位継承者であるアレクシウスの身柄まで見失ってしまったばかりである。
 それを思い出した蒼馬は羞恥に顔を赤くすると、その場を取り繕うように空咳をひとつした。
「なんていうのは、ピピさんが王都を上空から偵察しているし、出て行った兵の数から考えてもないと思います」
 三国志の読み過ぎだな、と反省した蒼馬は気を取り直して現状を分析し直す。
 すると、やはりこれはワリウス王の暴走と考えるのが妥当と思えた。
 もはやワリウス王にまともな思慮を期待できそうもない。
 蒼馬としては、そうしたまともではない人間とは関わりたくないのが本音である。これがどこか遠くの話であれば、勝手に自滅してくれるのを笑って見ていられるのだが、ことが隣国ホルメアとなれば話は違う。
 何しろホルメア国には、自分たちの陣営とロマニア国との間で緩衝地帯として頑張ってもらう予定だったのだ。それをワリウス王の暴走でホルメア国がなくなってしまえば、勢いに乗っているロマニア国と自分らが直に接することになってしまう。
 できれば、それは避けたかった事態である。
「ホルメア国が勝つという可能性はないのか?」
 そうシェムルが尋ねるのに、蒼馬は首を横に振ってみせる。
「二倍以上の戦力差では、ほとんど勝ち目はないよ。ましてやそれを指揮するのがワリウス王じゃね」
 蒼馬は地図の上に置かれたホルメア国の駒を人差し指で弾き飛ばす。ホルメア国の駒はカラカラと音を立てて地図の上から転がり落ちた。
 すでに蒼馬の中では、ホルメア国の敗北は所与(しょよ)の条件である。
 これから問題となるのは、ホルメア国を打ち破ったロマニア王ドルデアへの対処だった。
「ワリウス王を討って満足して帰国ってことにはならないだろうなぁ」
 そうなると次にドルデア王が取る行動は、王都ホルメニアへの進撃である。
 おそらくは糧食の問題から軍をいくつかに分けて、各地で略奪を行って糧食を確保しながら王都へ向かうと思われる。そして、全軍で王都を包囲し、降伏させるか攻め落とした後に、ヴリタスをホルメア国王に即位させてロマニアの傀儡政権を樹立させるつもりだろう。 
 そんなロマニア国に対して、自分らはどう対処すべきか。
 蒼馬は腕組みをして考えた。
 まず、簡単なのはロマニアと手を組むことだ。
 東に向かったホルメア国軍を後方から襲撃、もしくは王都を陥落させて功を挙げる。その後、その功績を盾にして自分らボルニスの街とソルビアント平原の独立を確約してもらうのだ。
 しかし、それを蒼馬は下策だと思っていた。
 ドルデア王は西域統一の野望に燃えているのは明らかである。必ずや自分らに恭順を求めてくるだろう。それで自分ひとりが頭を下げるだけで独立が保てるのならば良い。こんなたいしたものでもない頭で良ければ、蒼馬はいくらでも下げてやるつもりだった。
 だが、西域統一の野望に取り憑かれたドルデア王が、今なお伸び続けるソルビアント平原の穀倉地帯やめざましい発展を続けるボルニスの街を放っておくはずがない。いったんは独立を認めても、ことあるたびに難癖をふっかけ、ソルビアント平原やボルニスの街の利権を奪っていこうとするだろう。
 そして、それに逆らえば武力による制圧だ。たとえ逆らわなくても、ドルデア王の要求を受け入れ続ければ、遠からず独立など有名無実なものと成り果ててしまう。
 いずれにしろドルデア王との対決は避けられない。
「そうなると、どのタイミングでホルメアとロマニアの戦いに介入するかだよなぁ」
 地図上にあるルオマの街に置かれた自分らを示す駒を指先でもてあそびながら、蒼馬は考える。
 このままでは、ロマニア国がホルメア国の大半を征服して事実上の西域最大の大国となってしまう。いつかは対決するとわかりきっている敵が強大になるのをみすみす見ているだけでは、自分の首を絞めるようなものだ。
 ここは、ロマニア国の邪魔をするか、もしくはこの混乱に乗じて自分らもさらにホルメア国を切り取らなければならない。
 そうなると、まず真っ先に目が向くのは、ホルメア国の王都ホルメニアである。
 ホルメニアは、さすが王都だけあって主要な街道が集まり、運河も整備されているホルメア国の心臓部だ。ここさえ押さえられればホルメア国全体に睨みを利かせられるだろう。
 しかも、幸いなことに今やその王都ホルメニアは、それを守る兵がほとんどいない状態である。
 それならば、ワリウス王とドルデア王が戦っている間に、王都ホルメニアを攻め落とせるのではないだろうか。
 そう思った蒼馬だったが、すぐにそれを棄却する。
 まず、自分の手許に動かせる兵が少ない。
 討伐軍だった投降兵を吸収し、ホルメア国西部の諸侯を服従させて兵を取り上げたとはいえ、蒼馬の兵は一万にも満たないのである。
 しかし、兵を増やそうにも、服従させたばかりのホルメア国西部から兵を抽出するのは、無用の不安や混乱を招きかねず避けたかった。それどころか、いまだ不安定な西部の治安を維持するために、むしろ自分らの兵力を割かなければならない状況である。
 この状況で動かせる兵は、人間に怖がられて治安維持には不向きなゾアンの戦士たちを中心とした五千から六千の兵だけだ。
 いくらワリウス王が全軍で発ったとはいえ、さすがに王都からひとり残らず兵がいなくなったわけではないだろう。王都の治安の維持や、残った王侯貴族の家族を守るための警護の兵など、最低限の兵はいるはずだ。そうした兵たちと王都の民が必死になって戦えば、攻城戦を不得意とするゾアンの戦士が五千人いても守りの堅い王都では、これを落とすのには時間がかかる。
 その間にワリウス王を破ったドルデア王が到着すれば、今度は自分らが王都とロマニア国軍に挟まれてしまう。
 もし、仮に一気呵成に攻め落として王都を手に入れられたとしも、今度は自分たちで壊したボロボロの城壁に頼り、先日まで敵だったホルメニアの民を抱えてロマニア国軍を迎えねばならない。これもまた無茶な話である。
「そうなると、ホルメアに恩を売る方が得策かな?」
 ロマニア国が強大になるのを防ぐのを最優先で考えれば、ホルメア国と協力してロマニアの軍勢を追い払えば良い。
 両国が激しく戦っているところへ、自分らがロマニア国の後方を(おびや)かして、ホルメア国に勝利させるのだ。
 しかし、それであのワリウス王が感謝して自分らの独立を快く認めてくれるとは、蒼馬にはとうてい思えなかった。
 そればかりか助けられたのも屈辱だと言い出して、ロマニア国軍を追い払って傷つき疲れた自分らに襲いかかってくる可能性の方が高い気がする。
 これまで知り得た数々のワリウス王の言動などから推測すると、少なくともワリウス王が健在である限りは、ホルメア国との共存は不可能だと蒼馬には思えた。
「やっぱり、一番良いのはロマニア国にホルメア国とともに共倒れになってもらうことかなぁ」
 しかし、今のワリウス王とホルメア国軍には、ロマニア国軍との相打ちすら期待できないだろう。
 それならば自分たちがやるしかない。
 ホルメア国との戦いで少なからず傷つき疲弊したロマニア国軍を自分たちが叩くのだ。
 蒼馬はロマニア国軍を示す駒を指先で弾いて、地図の上から飛ばした。 
「その一番良いタイミングなのは、王都ホルメニアが陥落した瞬間だろうね」
 ホルメニアは、かつてはホルメア国とロマニア国の前身ともなった(いにしえ)の大国の首都でもあった都市である。その防備は固く、ロマニアの大軍といえど、そうそう簡単には落とせはしないだろう。
 しかし、周辺諸侯からの救援が望めぬ籠城戦では、王都ホルメニアといえどいつかは必ず陥落してしまう。
 そして、狙うのは、そのときである。
 城壁の内側へ雪崩れ込んだロマニア国軍によって王都の民が略奪や暴行に苦しめられているところへ自分らが助けに入るのだ。
 残虐なロマニア国軍を蹴散らす自分らに、王都の民はそれが狙いとは知らずに歓呼をもって迎え入れてくれるだろう。
 また、それと同時に、その後の自分らの国の統治に障害となるホルメア国の支配階級をロマニア国軍によって一掃してもらえる。場合によって、ロマニア国軍の凶行を装って生き残った貴族を殺してしまっても良い。
 後の統治のことを考えれば、これがもっとも良い手であろう。
 しかし、蒼馬は釈然としなかった。
 蒼馬にとって自分を信じてついてきてくれる人々を救い、安心して暮らせる場所を作るのが最優先事項だ。そのためには他の人を切り捨て、見捨てる覚悟はとっくに済ませてある。
 だが、これはただ見捨てるのではない。他人が傷つき不幸になるのを知りながらそれを傍観しておき、後になってあたかも遅れてやってきた正義の味方のような顔をして人々を救おうという卑劣な行為だ。
 そんなことをするぐらいならば、最初から見捨ててしまった方がマシである。
 蒼馬は、そう思っていた。
 それは、人から甘いといわれるかも知れない。だが、それが蒼馬の性分なのである。
 そして、そんな非情になりきれない甘い人間だからこそ、シェムルは蒼馬を自らの「臍下(さいか)(きみ)」と認めたのだ。
「まったく、おまえらしいな」
 シェムルの口調には、むしろ誇らしげな響きすらあった。
「だが、我が『臍下の君』ならば、良い手立てが考えられるのではないか?」
 そのシェムルの言いぐさに、蒼馬は苦笑をしてしまう。
 身も心も魂すらも捧げて仕えるといったくせに、いつもシェムルは仕えるに値する「臍下の君」であることを自分に求めるのだ。それは蒼馬にとっては重荷であるのと同時に、誇らしいことでもある。
「手は思いつかないこともないんだけどね」
 実は、ひとつだけ手を思いついていた。もっとも策というよりかは、ごく当たり前の交渉である。
 しかし、果たしてそれが成功するかと言えば、かなり怪しいものであった。
 損得だけを考えれば決して悪くはない内容だとは思う。だが、相手がそれをどう思うかは別の話だ。人は理性よりも感情を優先させる場合が多い。これまでの自分らとホルメア国との確執を考えると、とうてい無理だとしか思えなかった。
「でも、たぶん無理だと思う……」
 蒼馬がため息とともに言うと、シェムルもまたため息をつく。
「ふむ。そうなると、どうしてもホルメアの人々がたくさん傷つくことになるのだな」
 しばらく暗く沈んだ雰囲気が天幕の中に満ちた。
 しかし、その空気を読まないおっとりとした声が上がる。
「おなかが空くと、良い考えも浮かばないですよぉ。そろそろ時間ですし、お昼にしませんか?」
 それはマルコであった。
 まったくこいつは、と呆れるシェムルであったが、確かに言われてみれば昼食を摂るには良い時間である。蒼馬もまたマルコの言うことももっともだと、休憩がてらに昼食を摂ることにした。
「ソーマ様、お食事を持ってきましたぁ~」
 しばらくすると、マルコは昼食を乗せたお盆を両手にそれぞれを持って戻ってきた。それを蒼馬とシェムルの前に並べると、「どうぞ」と勧める。
 そうして目の前に置かれた昼食をいざ食べようとした蒼馬だったが、その眉根を寄せた。
 マルコが持ってきたお盆の上には、いつもの麦ご飯の代わりにパンが置かれていたのだ。しかも、蒼馬が邪道と呼んでいる大豆のミトゥにバターを混ぜたものを塗って焼いたパンである。
「マルコ。これはちょっと……」
 難色を示す蒼馬だったが、なぜかマルコは強く勧める。
「せっかく焼いたので、食べてくださいよぉ」
 蒼馬が嫌っているのを承知するマルコが、これほど勧めてくるのは珍しかった。それに、普段はおっとりとして気が優しいマルコだったが、食べ物を残すことだけには厳しい。以前、たまたま食欲がなくて食事を残した時などは、いかに農民らが苦労して農作物を育てているかの話から始まり、食べられる豚や魚の気持ちはどのようなものなのかなど、食べ物の大事さについて数時間にわたって熱弁を振るわれたものだ。
 さすがにあれをもう一度経験したくはない蒼馬は、渋々とだが一口食べてみる。
 すると、意外とうまい。
 大豆の植物性たんぱく質が分解してできたミトゥの旨みに、バターの動物性の脂の旨みが意外と合う。
 それを蒼馬の表情から見て取ったマルコは、得意げに言う。
「ほら、意外とおいしいでしょ?」
 これには、さすがの蒼馬も認めざるを得なかった。
 降参の意味を込めてパンを囓っていると、マルコはえへんっと胸を張る。
「ダメだ、ダメだと思っていても、意外といけるものなんですよ」
 それに、蒼馬はハッとした。
 マルコはパンのことだけを言っているのではない。それに絡めて蒼馬が悩んでいる王都ホルメニア攻略についても言っているのだ。
 思い起こせば、マルコも元はホルメア国の人間である。自分の祖国が暴虐な侵略者に侵されていると聞けば、やはり思うところもあったのだろう。
 蒼馬は、ジッと何かを考え込んでしまった。
 しばらくしてから、不意に蒼馬は残ったパンを一気に口に押し込む。そして、こればっかりは譲れない大豆のミトゥ汁で胃に流し込んだ。
「よし。決めた!」
 そう言うなり、蒼馬はすぐさま行動に移すべく立ち上がった。そうして、天幕を出て行こうとする蒼馬をシェムルは慌てて呼び止める。
「ソーマ、どこへ行くんだ?」
 天幕を出かけたところで蒼馬は立ち止まると、シェムルへ振り返る。
「もちろん――」
 そして、蒼馬はにっこりと笑って見せた。
「――ホルメアをもらいにさ」
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