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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第89話 反旗

「ヴ、ヴリタスめが反旗(はんき)(ひるがえ)したと……?!」
 半ば呆然となりつつも発したワリウス王の問いに、その報せを持ち込んだ兵は大きくうなずいてみせる。
「御意にございます。王弟殿下は、反乱奴隷ごときを鎮圧できぬワリウス王に王たる資格はなしと言い、陛下に代わって自らこそが正当なホルメア王と名乗っております。ロマニア国のドルデア王は、これに賛同し、ヴリタス殿下を助けるとの名目で大軍を発しております!」
 兵の語った内容をワリウス王が理解するのに、一拍の間があった。
 そして、理解したとたんワリウス王は絶叫する。
「あの豚がぁぁ~!」
 豚だ、豚だとは思っていたが、これほど浅ましく愚かだとは思いもしなかった。
 だが、あの臆病で無能で享楽的なヴリタスが、自らの意志で王位簒奪(さんだつ)を目論むとはとうてい思えない。ロマニアかそれと通じる何者かが辺境に追いやられたヴリタスをそそのかし、手勢を集め、反旗を翻す算段を取り付けたのだろう。
 それにも気づかずに鼻先に吊られた餌に食いつく愚かな豚め、とワリウス王は胸の内で罵る。
 ロマニア王ドルデアの力を借りて即位できたとしても、それはロマニアの傀儡政権に過ぎない。すぐに何らかの理由で退位させられ、その後はロマニアの意を受けた者が即位させられるに決まっている。そうなれば、遠からずホルメアの名は地上から消えるだろう。
 その程度もわからぬのかと、ワリウス王は激怒した。
「そればかりではございません、陛下」
 さらに伝令兵は報告する。
「東部のラスティアトス卿、レグナシス卿がヴリタス殿下の即位の支持を表明し、次々とヴリタス殿下のところへ馳せ参じております。これに東部の動揺は大きく、他の諸侯もどちらに転ぶかわからぬ状況であります!」
 ロマニア国と大河を挟んで接する東部諸侯の中には、以前からロマニア国とよしみを通じている者もいた。
 しかし、それもいざというときに自分らの領土を守るための領主の心得のひとつである。それにいちいち目くじらを立てれば、かえって領主らの反感を買ってしまう。そこで、これまで黙認してきたが、ついにそれが現実のものとなってしまったのだ。
 ワリウス王は、とっととそんな領主らの首を斬っておくのだったと地団駄を踏んで悔しがったが、もう遅い。
 そして、日を追うごとに事態はさらに深刻なものとなっていく。
 その日以降、次々と王宮にもたらされる報せは悪化の一途をたどっていったのである。
「ラップレーを渡ったヴリタス反乱軍とロマニア軍は、そのまま南下し、マサルカ関門砦を強襲。兵の奮戦虚しく関門砦は陥落。ロイロップスの砦もまた陥落いたしました。現在、ロマニア軍は再び大船団を編成し、渡河を開始しております」
「我が国に侵攻してきたロマニア軍は二万とも三万とも。辺境諸侯らだけでは、もはや手には負えません!」
「すでに辺境領主の治める街や村が、ロマニア軍の侵略に遭ったとの報せもございます」
 圧倒的な兵数で攻め入ったロマニア軍に、これは(かな)わないと見た東部諸侯の多くがドルデア王に恭順を申し出たが、ドルデア王はかねてよりよしみを通じていた領主以外はそれを認めず、そうした領主らの領土を次々と侵略し、略奪と暴虐の限りを尽くしているらしい。
 東部諸侯の恭順を受け入れた方が手っ取り早いのに、ドルデア王がそれを認めずに攻め落としているのは、これまで我慢させてきた兵たちに略奪を認めてやり、その鬱憤を晴らさせるためもあるだろう。
 しかし、それ以上にドルデア王は、ホルメア国東部を完全にロマニアのものにしようとしていたからだ。
 領主を攻め滅ぼした土地は、功績のあった将たちに恩賞として与えて統治させ、さらにはロマニア人の入植者を募り、名実ともにロマニアの土地としようというのである。
 こうしたロマニア国軍の蛮行から逃れようと、民たちは列をなして王都ホルメニアへ向けて逃げてきているという。
 しかし、そうして餓狼の群れから逃れようとする哀れな羊たちを待ち構えるハイエナたちがいた。
 野盗や山賊などの無法者たちである。
 彼らは昼日中から難民たちを見つけては襲撃し、金品を強奪し、女子供を(さら)っていた。本来ならば、そうした無法者から民を守る領主らはロマニアの脅威の前に動けず、また中には領主自らが民から金品を強奪するような事態まで起きているという。
 まさに、ホルメア国は混乱のるつぼにあったのだ。
 そうした報せが連日のように届く王宮では、癇癪(かんしゃく)を起こすワリウス王の甲高い声が絶え間なく聞かれるようになっていた。
 そんなところへ届けられたのは、ヴリタスからの書状である。
 そこには、いかに兄であるワリウスが横暴で無能で暗愚な王であるかということをありとあらゆる詩的表現を駆使してつづられていたのだ。
 その上で、素直に玉座から退き、ホルメア王を自分へ譲位せよ。もし、それが受け入れられぬとあらば、王らしく軍を率いて自分を倒しにこい。それすらもできない臆病者ならば、立て籠もっている王都ごと焼き殺して、自分の即位の祝宴に供する豚の丸焼きと並べてやる。
 そんな挑発に満ちた内容であった。
 そして、それはまさに煮えたぎる油の中に火を投じるがごとき結果となる。
「豚め、豚め、豚めがぁ~!」
 ヴリタスからの書状を千々に引きちぎり、それを地団駄を踏むごとく踏みつけるワリウス王の姿に、諸侯や重臣らは密かに眉をひそめていた。
 いかに憤慨しようとも、それは王者の所行ではない。
 あれでは、まるで騒ぎ立てる猿だ。
 心ある者たちは、そっと視線を逸らした。
 しかし、そうした者ですら、次のワリウス王の言葉は無視できないものだった。
「余、自らが兵を率いてあの豚とドルデアめを討ち取ってくれん!」
 その場に居合わせた重臣並びに諸侯らは悲鳴にならない声を上げた。
 この国難に際し、国王自らが軍を率いるのは当然である。しかし、当のワリウス王が戦いとは縁が遠い王であり、大軍を率いた経験が無いとなれば話は別だ。大軍を率いたこともなく、当然大規模な戦いの経験もない王が指揮する軍では、勝てる戦も勝てなくなってしまう。
 慌てた諸侯や重臣らは、口々にワリウス王の軽挙を諫める。
「陛下、なにとぞ御熟慮を! 挑発に乗ってはなりませぬ!」
「私めも左様に考えまする! 王都に立て籠もられては厄介と、陛下を挑発しておるのです!」
 しかし、ワリウス王はそうした者たちを「黙れ!」と一喝する。
「愚弟とロマニアの暴挙を王都にこもって傍観しろとでも言うのか?! そのようなことをすれば、事態を見守っている諸侯らまで余に愛想を尽かしてロマニアへと降ってしまうわ!」
 ワリウス王の言い分も、もっともである。このまま侵略してくるロマニアを放置するわけにはいかない。
「それならば、ロマニア撃退の軍は将軍のどなたかに預け、陛下は泰然自若と王都で勝利の報せを待たれてはいかがでしょうか?」
 それならばと重臣のひとりが提示した代替案も、ワリウス王は次の一言も下に切り捨てる。
「では、誰がその軍を預かるというのだ?!」
 その場にいた将軍たちは、いっせいに顔を伏せた。
 侵攻してきたロマニア軍は二万以上の大軍と聞く。しかし、西の反乱奴隷討伐に大軍を差し向けて大敗した今、残った国軍と諸侯らの兵をかき集めても、とうてい一万にも達しないだろう。
 たったそれだけの軍を率いてロマニア軍と戦って勝てる自信など、ありはしなかった
 誰も名乗りを上げないのに、ワリウス王は「それみたことか」という顔をする。
「誰もおらんであろう。ならば、余しかおらぬのだ! 余自らが先陣に立つとあらば兵も奮起しよう! さすれば一兵卒にいたるまでが一騎当千の勇者となり、必ずやロマニアの鬼畜どもを蹴散らしてくれるであろう!」
 そのワリウス王の言葉に、希望を見出す者もいた。
 しかし、多少なりとも戦を知っている者たちは、そのような精神論で戦いに勝てれば、誰も苦労はしないと苦い顔になる。
 そんな者たちの前で、ワリウス王は顔を真っ赤にさせ、唾を飛ばしてヴリタスとドルデア王を口汚く罵り、自分が率いる兵がそれらをいかに蹴散らすかをわめき散らしていた。
 その姿は、反乱奴隷に銅を奪われたときに卒倒したときの光景を思い起こさせる。
 そのまま、いつかのように倒れてしまえ。
 決して口にされはしなかったが、少なからぬ重臣や諸侯らは内心でそう思った。
 しかし、幸か不幸かワリウス王は卒倒せずに持ちこたえると、高らかに宣言する。
「これはホルメア王の命である! 速やかに軍を編成し、ロマニア軍を迎え撃つのだ!」
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