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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第88話 裏切り

 その報せをダリウスが知ったのは、ポンピウスとともに破壊の御子への対策を考えているときである。
 すでにコンテ河の渡し場での大敗の報せは届いていた。それが届けられた時には、さすがにダリウスも顔に苦渋の色を浮かべずにはいられなかった。
 だが、渡し場の戦場に誘い出された時点で、ダリウスの中では討伐軍の敗北はすでに所与のものであった。ダリウスは苦いため息をひとつ洩らしただけで、西部を切り崩しにかかるであろう破壊の御子に備えてポンピウスとともにその対策を協議していたのである。
 ホルメア国を守らんが為には、その残り少ない寿命すべてを燃やし尽くすのも本望。
 そんなダリウスの執念であった。
 しかし、そこに新たに届けられた報せは、そのダリウスをも愕然とさせたばかりか、かつては論客としても各国のくせ者たちと互角以上に弁舌の刃で斬り結んできたポンピウスですら、とっさに何と言えば良いかわからず、しばらく無意味に口を開かせたのである。
「ダリウスよ。これは……」
 ようやく言葉を絞り出せたポンピウスだったが、それ以上は言葉にならなかった。
 なぜならば、その報せが意味するのは、その生涯を国に尽くした元宰相にとっては、とうてい口にはできないホルメア国にとって最悪のものだったからだ。
 しばらくの間、黙祷(もくとう)するかのように目をつぶっていたダリウスだったが、その目をカッと見開くと、つい先程まで自分とポンピウスが額を突き合わせていた大机の上を腕でなぎ払う。積み上げられた紙の束や広げられた地図、その上に置かれていた無数の駒が撥ね飛ばされ、騒々しい音を立てて床に落ちた。
 そして、何もなくなった机の上に、ダリウスは両腕を突いてうなだれる。
「神は、わしに奴と再戦する機会すら与えてくれなんだか……」
 ダリウスの唇から、血を吐くような言葉が洩れた。

                    ◆◇◆◇◆

 何とか傾いたホルメア国を立て直さんと陰で奔走していたダリウスすらも失意に陥れた報せがワリウス王の許へ届けられたのは、ちょうどアレクシウス失踪が伝えられているときであった。
「息子が、アレクシウスが失踪したと……?」
 あたかも魂が抜け出てしまったかのように愕然とするワリウス王に、その報せを持ってきた兵士は「御意」と短く答えた。
「アレクシウス殿下が、数名の供回りだけを連れてルオマの街から王都へご帰還なされようとしたのは間違いございません。ですが、それを追いかけたカントビアス男爵閣下とともに、その後の消息がまったくわからないのでございます」
 謁見の間に居並ぶ諸侯らの間からも、どよめき声が洩れた。その中には、「まさか雲隠れなされたのでは」と言いかけて、慌てて口をつぐむ者までいる。
「反乱奴隷の手にかかったのではないのか?」
 もし、反乱奴隷に捕まれば良くて虜囚。悪ければその場で殺されていたとしても不思議ではない。
 しかし、むしろワリウス王はそうであってくれという懇願を込めて尋ねた。
 だが、伝令兵の答えは、そうはならなかった。
「わかりませぬ。ですが、そうであれば反乱奴隷どもならば必ずやそれを喧伝し、こちらに揺さぶりをかけてくるはず。しかし、今のところそうした報せは届いておりませぬ」
 そればかりかその伝令兵は、未確認ながらルオマの街の領主ミュトス伯爵が破壊の御子に降ったやもしれないと伝える。
 これには居並ぶ諸侯や重臣らも仰天した。
「陛下! もし、それが本当であれば、ホルメア国西部のほとんどが破壊の御子の掌中に落ちたも同然」
「あの『黒壁』を打ち破り、西部諸侯らをことごとく降したとあれば、その脅威は国全土にまで広がりましょう! 早急に対策を立てねばなりませぬ」
 それを皮切りに、諸侯や重臣らはこの国の一大事に侃々諤々(かんかんがくがく)と激しく議論を交わし始めた。
 その中にあって、ワリウス王だけは信頼していた息子の大敗と失踪にうちひしがれ、枯れ果てたように玉座に座り込んでいた。
 そこにひとりの伝令兵が駆け込んでくる。
「一大事、一大事でございます、陛下!」
 その声に、ようやく我を取り戻したワリウス王は八つ当たりのように叫ぶ。
「これ以上の大事があるものか!」
 いきなりの王の叱責に伝令兵は思わずひるんだが、それでも(たずさ)えた報せの重要さに突き動かされ、声を張り上げる。
「一大事にございます!」
 その声に、諸侯や重臣らも議論を止めて伝令兵に注視する。
 ワリウス王は玉座から立ち上がると、その手にした王錫を伝令兵に突きつけて問いただした。
「ええいっ! いったい何が一大事だと言うのだ!」
「ロマニア国にございます!」
 その答えに、なにっと眉根を寄せたワリウス王の前で、伝令兵はひとつ大きく息を吸うと、次のように言った。
「ロマニア国の軍勢がラビアン河の渡河に成功し、国内に侵攻してまいりました!」
 ワリウス王の手から王錫がこぼれ落ちた。
 王錫が床に落ちる大きな音。
 それは、西域の大国ホルメアの崩壊の序曲であった。

                    ◆◇◆◇◆

 話は数日前に戻る。
 アレクシウスが率いる討伐軍が渡し場へと進軍したとの報せを聞いたセサル王が「時が来た」と言い、ドルデア王とロマニア軍を案内したのは、ホルメア国ではラップレーと呼ばれる地とラビアン河を挟んだ対岸の地であった。
 そこは四代前のロマニア王が奇襲による渡河に成功したロマニア国にとっては記念すべき、ホルメア国にとっては(いわ)くの地である。それだけにホルメア国側の守りも堅く、ラビアン河に合流する支流によって分けられた中州ごとに小さいながらも砦を築き、万全の態勢を整えていた。
「さて、セサル殿。これからいかがするのかな?」
 そう尋ねたのはドルデア王である。セサル王からは機は熟したと伝えられはしたものの、ホルメア国へ攻め入る具体的な策は教えられていなかった。
「では、偉大なるドルデア王のために、この私が河に橋を架けてご覧にいれましょう」
 それにドルデア王とその周囲にいたロマニア軍の将軍らは驚いた。
 今からこの何もない大河にいきなり橋を架けようというのだ。中には、何をそのような悠長なことをと憤慨する者までいる。
 しかし、そんな批判的な目は気にもせず、セサル王はサッと右手を上げた。
 すると、バルジボアの兵のひとりが、いまだ夜が明けきらぬ藍色の空へ向けて火矢を放つ。火矢は火の粉の尾を引きながら、天へと(さかのぼ)る流星のようにして飛んだ。
 それとともに残りの兵たちは川岸に生えていた一本の木のところへ駆け寄った。そして、その木に結わえられていた縄を数人がかりで力任せに引いていくと、あらかじめ河に沈めてあった縄がずるずると引っ張り上げられていく。そして、対岸の同じような木に結ばれていた縄が、波打つ河面の上にピンッと張られた。水がしたたり落ちるその縄からは、丈夫な(あみ)が吊り下げられており、それは巨大なカーテンのようにしてラビアン河を横断する。
「ドルデア王よ。よくご(ろう)じろ」
 いったい何事が起きるのかとドルデア王をはじめロマニア国の人間が固唾を飲んで見守っていると、河の上流から払暁(ふつぎょう)の光を浴びながらいくつもの(いかだ)が現れた。その筏は見る見るうちに数を増し、ついには川幅全体を埋め尽くす数となる。
 その筏たちはドルデア王たちが見守る前で、次々と河に張られた網に引っかかった。すると乗っていた男たちは筏の上に乗せてあった太い鎖で筏同士をつなぎ合わせる。さらに、長い木の杭を川底へと打ち込み、そこに筏を結わえて固定していく。
 そうしてあれよあれよという間に、大河に浮かぶ長大な浮き橋が完成した。
 驚愕するドルデア王たちにセサル王はにこやかに笑ってみせる。
「まずは私が渡って安全を証明いたしましょう。恐れ多いことながら、陛下の兵を千ばかりお貸しください」
「う、うむ。――誰ぞ、我こそはと思う者はセサル王とともに河を渡るのだ」
 セサル王の要請に、ドルデア王は将軍のひとりを千の兵とともに貸し与えた。
「では、参りましょうかな」
 まるで、その辺りに散歩に行くかのような気軽な調子で将軍に声をかけたセサル王は、バルジボアの兵を率いて橋を渡り始めた。
 その後をロマニアの将軍も恐る恐る橋を渡る。
 浮き橋は、多少の揺れはあるものの筏同士を太い鎖でつなぎ合わせ、また川底に打ち込んだ杭によって固定されているため千人もの兵士が乗ってもびくともしなかった。
 しかし、河を渡れたからといって、それで終わりではない。
 対岸には、ロマニア国の渡河に備えて建てられた砦があるのだ。そこからいつホルメア兵が自分らを迎撃しに出てくるかわからなかった。
 もし、渡河中に襲撃を受ければ、たまったものではない。特に渡っている最中の橋を焼かれでもしたら、千の兵とともに大河のまっただ中に落とされてしまうのだ。
 ところが、どういうわけかこれほど堂々と河を渡っているというのに、砦は沈黙したままである。
 おっかなびっくり橋を渡り、今もまたどこからホルメア兵が襲撃にくるのかと不安げな将軍とは裏腹に、セサル王は鼻歌でも歌い出しそうなほど気楽な様子で砦へと馬を進める。
 ついにはホルメア兵からの襲撃ひとつないまま、砦の前に到着した。
 間近にすると、小さいながらもロマニア国襲撃の際には最前線となる砦は壁も厚く、見るからにその守りは強固である。
 これを攻め落とすのは楽ではないだろう。
 そんなことを考えながらロマニアの将軍はセサル王に尋ねる。
「セサル王。これからいかがするのですか?」
「こうするのです」
 セサル王は人差し指と親指で輪を作ると、それを唇ではさみ、大きな指笛を鳴らした。
 すると、固く閉ざされていた砦の門が、音を立てて開き始めたのである。

                    ◆◇◆◇◆

 ロマニア国の軍勢が上陸する。
 マーベン銅山の失態からラップレーへ左遷させられていた国軍の将校ルドフスは、それを巡回の途中で知らされた。
 すぐさま王都へ急を知らせる伝令兵を走らせるとともに、自身はわずかな手勢を率いて、渡河したばかりのロマニア国軍を討たんとして馬を走らせた。
 敵がいかな大軍とは言え、先陣が河を渡ったばかりのところへ襲いかかれば、橋を落とせなくとも時間稼ぎぐらいはできるはずだ。何としてでも敵の本隊が渡河する前に到着しなければならない。
 そんな焦燥とともに馬と兵を走らせたルドフスだったが、その前に立ちふさがる兵たちが現れる。
 早くも敵か、と思ったルドフスであったが、よく見ればその兵たちの装備はホルメア国のものだ。さらに、その兵たちの中に見覚えがある旗が立っているのに気づいた。
「何をしている、カフナー! 急ぎロマニア軍を叩かねばならんのだぞ!」
 それはルドフスともにこのラップレーへ左遷させられた同僚のカフナーの旗である。ルドフスの声に、兵たちの中からカフナーが姿を現した。
「悪いが、ルドフス。それをさせるわけにはいかんのだ」
 一瞬、ルドフスは何を言われているかわからなかった。
 しかし、その言葉の意味を理解するにつれ、ルドフスの顔がこわばる。
「まさか、貴様……?!」
 それに、カフナーは笑顔を作って見せた。
「そうよ! 俺はホルメア国を見限り、ロマニア国に付くのだ!」
 だが、それはこわばる表情を無理矢理に笑顔にしたものである。吊り上げた唇の形はいびつで、目許は痙攣でもするかのようにぴくついている。それはどこか泣き顔にも見える笑顔であった。
「馬鹿な! ホルメアに忠誠を誓った騎士でありながら、裏切り、よりにもよってロマニアに寝返るかっ!」
 ルドフスの罵倒に、カフナーは激高する。
「裏切ったのは、どちらが先だ!」
 カフナーは血走った目を見開いて、どす黒い泥を吐き出すかのように叫んだ。
「私たちは、全力を尽くした! そうではないか、ルドフス! それなのにワリウスめは、ただ一方的に私たちを叱責し、諸侯らの前で辱めたばかりか、このような僻地へ飛ばしたのだ! あのような短慮の奴が、王家に生まれたというだけで我らの忠誠の上にあぐらをかくばかりか、わずかな失敗をあげつらい、我らを侮辱する! これが我慢できようか!」
 カフナーの呪いのような罵倒の声に、ルドフスも言葉を詰まらせた。
「ルドフス! おまえもロマニアに降れ! 決して悪いようにはせぬ!」
 カフナーの言葉にルドフスの気持ちも揺れた。彼もまたワリウス王の処罰にまったく不満を感じていないわけではない。ワリウス王を恨んだことはないと言えば、それは嘘になる。
 だが、とルドフスは踏みとどまった。
「私はホルメア国の騎士だ! 仇敵ロマニアへは降れん!」
 それなりに長い付き合いである。ルドフスがそう言うであろうことは予想できていた。
 だから、カフナーはこう尋ねる。
「では、ロマニア以外ならば、どうだ?」
「どういう意味だ……?」
 そう尋ねるルドフスに、カフナーはある名前を告げる。 
 それにルドフスは、ギョッと目を剥いた。
「まさか、あのお方が陛下に反旗を……!」
「どうだ、ルドフス?! おまえも降るか?」
 そのカフナーの問いに、ルドフスはハッと我に返る。
「こ、断る! いずれにしろ陛下への反逆に変わりない! 俺は裏切り者にはならん!」
「ならば、友へのせめてもの情けだ! 俺自らがおまえの首を取ってやろう!」
 そう言うとカフナーは馬から下りて剣を抜き、ひとり前に出てきた。それに応じてルドフスもまた馬から下りると剣を抜いて前へ出る。
「このワリウスの犬め!」
「売国奴が!」
 ふたりは互いを罵って剣を打ち合わせ始める。
 剣の技量で勝るルドフスと、若さと力に勝るカフナーの一騎打ちは拮抗するかに思えた。しかし、すぐに優劣が明らかになる。
 銅山からドワーフを追撃した際に、ズーグの襲撃からカフナーを守ってルドフスが負った足の傷が、まだ癒えていなかったのだ。その足で踏み込む度に、傷が痛みを訴えるのにルドフスの剣が鈍る。そして、ついにその鈍った剣をカフナーに叩き落とされてしまった。
「もう一度だけ言う。俺とともに降れ、ルドフス!」
 しかし、ルドフスはカフナーに唾を吐きかける。
「忠義を知らぬ豚が人の言葉をしゃべるな! 俺が左遷させられたのも無理はない! このような豚をそうとは知らずに助けてしまったのだからな!」
「是非もなし」
 そう呟いたカフナーは、横薙ぎの一振りでルドフスの首を()ね飛ばした。血の尾を引いて宙を飛び、地面に転げ落ちたルドフスの首を拾い上げたカフナーは、それを高々と掲げる。 
「ワリウスの犬を討ち取ったぞ!」
 そう勝利を宣言したカフナーは、残ったルドフスの兵に血に濡れた剣を突きつける。
「貴様らもおとなしく降伏せよ! さもなくば、皆殺しにするぞ!」
 ルドフスの兵たちは、しばらく互いの顔を見合わせていた。しかし、自分らの隊長が殺された今、どうすることもできない。最初に、ひとりが武器を放り投げると、それをきっかけに次々と兵たちは武器を投げ捨て降伏していった。

                    ◆◇◆◇◆

「ついにホルメア国の地を踏めた」
 セサル王と将軍の後に続いて浮き橋を渡ったドルデア王は、感慨深げに呟いた。
 ここまで来るまで三十数余年かかった。その間に数万の兵と幾人もの将軍、そして大事な友をも失っている。 
 それを想えば、感無量としか言い様がなかった。
 それから用意された輿(こし)に乗り砦に向かったドルデア王を出迎えたのは、セサル王とそれとともに先行した将軍。そして、その足許に平伏する太った男である。
 ドルデア王は、まず将軍に「大義であった」と賞賛の言葉をかける。
「いえ。すべてはここにいらっしゃるセサル王のご差配があればこそでございます」
 事実、砦は戦うまでもなく開かれ、中にいたホルメア兵たちも武器を捨てて投降していた。将軍のしたことといえば、砦の中に伏兵がいないか確認した程度である。
「セサル殿。貴殿には、感謝の言葉もない」
 ドルデア王の言葉に、セサル王はたいしたことではないと首を小さく横に振る。
「これもドルデア王のご威徳の賜物(たまもの)でございましょう。――それに私はただ仲介しただけです。すべてはこの御仁の尽力があればこそ」
 そう言ってセサル王が示したのは、足許に虫のように這いつくばって平服する太った男である。
 その男を目に入れるなり、ドルデア王は侮蔑に満ちた笑みを浮かべた。しかし、すぐにそれを引っ込めると、優しげな声をかける。
「顔を上げられよ。我らはこれより同盟を結ぶ友。平服する必要はございませんぞ」
 そのドルデア王の言葉に、太った男は恐る恐る顔を上げた。
 その肥え太った頬をタプタプと震わせて、へつらった笑みを浮かべる男の名前をドルデア王は、こう呼んだ。
「そうでは、ございませんか? のう、ヴリタス殿」
 それはかつてボルニスの街の領主をしていたワリウス王の弟ヴリタス・サドマ・ホルメアニスであった。
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