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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第87話 西部掌握

「おや? いつもおられる隊長殿がいらっしゃらないようですが?」
 いつものように将棋を指しにきたソロンは、その場に姿を現さないアドミウスを探して部屋の中を見回した。
「あの者は、もうここには参りません」
 そのミュトスの口振りに、これは効果が出てきたなと思いつつも、ソロンはあえて何も尋ねず、いつものように将棋盤の上に駒を並べ始めた。そうして駒を並べ終え、「では始めましょう」とソロンが言ったところで、ミュトスがそれを止める。
「しばし、お待ちください」
 そう断りを入れると、ミュトスはせっかく盤の上に並べた駒に手を伸ばした。そして、何を思ったのか自分の駒を次々とソロンの側に並べ替える。
 しばらくするとミュトスの手許には、わずかな歩兵の駒と城塞の駒、そして王駒のみが残され、その他の駒はすべてソロンの側にやられていた。
 それに「これは?」と目で尋ねるソロンに、ミュトスはうなだれてみせる。
「盤外からの一手により、私の手許にはこれしか駒がありません」
 守備兵の中からは、敵へ投降する者が続出。密かに頼りにしていた「黒壁」の連隊長アドミウスは職務放棄を宣言して以降、顔も出さなくなってしまった。
 あのような強大な敵と戦って勝てるのか、いっそのことホルメア国から敵に鞍替えしたらどうかと、何人もの街の名士や顔役と呼ばれる者たちに詰め寄られ、その中には反乱奴隷と交易した方が街は豊かになるのではないかと言い出す者まで出る始末。
 さらには、砂糖を使った菓子と将棋盤によって、ミュトス自身もまた敵との圧倒的な力の差を理解させられてしまっていた。
 そして、とどめはアレクシウス王子の逃亡である。
 もはやこの街の陥落は目に見えてしまっていた。
「ようやくお話が出来るときが参ったようですな」
 ソロンは居住まいを正すと、真摯な表情でミュトスに語り始めた。
「こちら側の要求は、兵士らの武装を解除して門を開くこと。ソーマ様は無用な流血と殺戮(さつりく)()むお方。ミュトス殿はもとより、降伏した兵と住民の生命と財産は保証いたしましょう」
 提示された条件に、ミュトスはホッと安堵した。
 街が攻め落とされた場合、虐殺と略奪が起きるのは珍しくもない時代である。それなのにこの条件は、この時代では破格のものだと言えよう。
「それと、ソーマ様は人をもののように売り買いし、自由を奪う奴隷という存在を嫌っております。街にいる奴隷たちは解放いたします。ただし、財産を保証するとの約束のため、私どもが金銭で買い上げた上での解放となりますが」
 刑罰によって奴隷に落とされた者については、その罪状を(かんが)みた上で、解放するか労役とするか判断するとソロンは付け加える。
 これもまた飲める条件であったため、ミュトスも安心した。
 奴隷を失うことで街の労働力が不足する恐れもあるが、金銭で補償されるのならば、それほど大きな問題にはなるまい。
 しかし、次にソロンが挙げた条件に、ミュトスは顔に苦渋の色を浮かべた。
「さらに、ソーマ様は血統による支配を否定されておられる。貴族は称号のみ残し、すべての特権を廃します。これはご承知いただきたい」
 覚悟はしていたとはいえ、ルオマの街を治めてきた栄えあるボロン伯爵家が自分の代で絶えるのだ。ミュトスは、父祖たちに申し訳が立たず、がっくりとうなだれる。
 ところが、ソロンはさらに言葉を続けた。
「ただし、ホルメアの将棋とは異なり、ソーマ様の故国の将棋は取った相手の駒をもその力量のままに使われますぞ」
 それはどういう意味かと顔を上げたミュトスに、ソロンは穏やかな笑みを浮かべて告げる。
「ソーマ様は血統による支配を否定しておりますが、逆に血統の家に生まれたからと言って、その者の能力は否定しておりませぬ。
 特に、領民から深く慕われているミュトス殿の統治の手腕をソーマ様は高く評価されております。ソーマ様の新たな法の下でのという条件はつきますが、引き続きミュトス殿にはこのルオマの街の領主をお任せしたいとおっしゃられております。
 また、ご子息についても、ミュトス殿の側近として次期領主としての統治を学ばれておると聞きます。その力が十分と認められれば、ご子息が次代の領主となれることでしょう」
 血統による支配も、悪いことばかりではない。
 いまだ人の寿命が短く、広い知識を学べる機会も少ない時代である。職業選択の自由を与えたくとも、与えられないのが実情だ。それならば、物心ついてからすぐに特定の専門知識を叩き込んだ方が良い場合もある。
 特に国や街の統治などは、停滞や失敗は許されない。
 現れるかどうかもわからぬ統治能力を持つ者に期待するよりかは、素質はわからなくとも幼いうちから統治を学ばせた方が間違いはないのだ。
「ソーマ様が憂いていらっしゃるのは、その能力と心構えが足りぬ者がその血統だけで責任ある地位に就くことにございます。ましてや嫉妬から自らより才のある者をその権力を使って遠ざけるなどもっての外」
 ミュトスは、ソロンが何を示唆しているか気づいた。
 それは、ワリウス王であり、アレクシウスである。
「民あっての国。臣下あっての王。それを取り違えては国にとっても臣下にとっても不幸でございましょう。
 もし、それほど苦言を呈する臣下が気に入らぬのであらば、荒野なり深山幽谷(しんざんゆうこく)なりに(おもむ)き、そこでひとりで王を名乗ればよろしいのです。さすれば何人からも文句は言われず、また何人も迷惑いたしませぬ」
 そのソロンの言葉に、ミュトスは驚いた。
 民あっての国。臣下あっての王。
 それは師事していたホルメア国の元大宰相ポンピウスがよく口にしていた言葉だからだ。
 やはり、この老人はただ者ではなかったのだな。
 その想いは、自然とミュトスに頭を下げさせた。
「おっしゃられること、誠にごもっともでございます」
 ミュトスはソロンに向けて、深々と平伏して見せたのである。
 程なくしてルオマの街の門が開放され、降伏を伝える使者が蒼馬のところへ向かった。

                    ◆◇◆◇◆

「どうじゃ、すごかろう?」
 カラカラと自慢げに笑うソロンを前に、シェムルは人間でもそれとわかるぐらい仏頂面になる。
 マルコの菓子によって力の差を見せつけたとはいえ、それだけで領主が無血開城を選ぶわけがない。このわずかな間に、ソロンがミュトスとの間に信頼を築き上げたからこそ、ミュトスもまたソロンを介して蒼馬を降伏するに足る人物と認めたのだ。
 その程度はシェムルにもわかった。
 しかし、それを素直に賞賛するのは、(しゃく)(さわ)る。
「マルコ! おまえは、よくやったな。私が思うに、おまえの力があればこそ、こうして街を落とせたのだ!」
 ソロンに当てつけるように、シェムルはマルコを大絶賛する。それにマルコは「思いっきりおいしいお菓子を作れて楽しかったですよぉ」と見当外れな言葉を返していた。
 それを見かねた蒼馬が口を挟む。
「シェムルも、ほどほどにね」
 どうにもソロンが絡むと、シェムルは我を忘れがちだ。あまり度が過ぎれば自分の恩寵で口が動かなくなってしまうだろうに、それすらも気にしていない。
 蒼馬としては自分の第一の臣に、そんなことで口が利けなくなったなどという醜態は晒して欲しくなかった。
 蒼馬にたしなめられ、さすがのシェムルも口を閉ざしたが、ソロンがニヤニヤと自分を見ているのに気づくと、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。
 それにヒョッヒョッヒョッと笑い声を上げてからソロンは、よっこらしょと杖を突いて立ち上がった。
「さて、獣の嬢ちゃんをギャフンと言わせるために、もう少しがんばってみましょうかな」
「どこに行かれるんですか?」
 そう尋ねる蒼馬に、ソロンは(ふところ)から一通の書状を取り出して見せる。
「ミュトス殿より、この近辺の領主たちへの紹介状をしたためていただいた。これを持って、少し寄り道をしてくるつもりじゃ」
 ルオマの街のみならず、ホルメア国西部の諸侯らまで口説き落とそうとソロンは言うのだ。これには蒼馬も感心半分呆れ半分に言う。
「これはウイスキー一本だけじゃ、安すぎたかな?」
「いやいや。これ以上もらってはドワーフどもに恨まれる。それよりも――」
 そこでちらりとシェムルを見やった。
「――わしが功績を挙げたのに、どこぞの娘が地団駄踏んで悔しがる姿を見られる方が、ずっと楽しいものですわい」
 そう言ってカラカラと笑うソロンに、早くもシェムルは地団駄を踏んで悔しがったのである。

                    ◆◇◆◇◆

 これよりソロンはホルメア国西部の領主のところを次々と訪れた。そのいずれの領主も、ルオマの街を掌握されては敵対するだけで領地運営に大きな支障を来すばかりか、あの最強軍団「黒壁」を一蹴した破壊の御子に恐れをなし、とうてい戦う気などなかった。
 また、気骨の士として知られるルオマの領主が降り、わざわざ紹介状を書いたのも大きい。ミュトス伯爵が降ったのならばと、西部辺境諸侯らも次々と降伏したのである。
 こうして西域の大国ホルメアの西部一帯は、蒼馬のものとなった。
 マルコとソロンによって西部を丸ごと切り取られたホルメア国が受けた痛手の大きさは計り知れない。
 少なくとも、身体の三分の一を無理矢理に引きちぎられたに等しい衝撃と痛みをホルメア国にもたらしただろう。
 だが、それすらも始まりに過ぎなかった。
 今まさに、さらなる悲劇がホルメア国に訪れようとしていたのである。 
 そして、それが起きるのは蒼馬たちがいるホルメア国の西ではなかった。
 それとは逆。ホルメア国の東で、事態は大きく動き始めていたのである。

                    ◆◇◆◇◆

「ほう。これは朗報(ろうほう)だ」
 そう呟いたのは若きバルジボアの国王セサルであった。
 ホルメア国西部に放っていた密偵から、アレクシウスの身柄を確保したとの報せを受けたセサル王は、楽しげな声を上げる。
 ダメでもともと、運が良ければ名のある将軍なりの何か面白い獲物がかかるだろうぐらいに思っていた。ところが、まさかアレクシウス王子とは期待以上の大物が罠にかかったようだ。
 セサル王は自分の顎に手を当て、ふむと考える。
「ホルメニアの王城に潜ませている密偵たちは引き上げさせても良かろう」
 セサル王の手は、ホルメア国の王都ホルメニアの王城の中にまで及んでいた。侍女や兵士となって潜入している手の者たちは、セサル王の指示ひとつでホルメア国要人の暗殺や誘拐を実行するのである。
 そして今は、渡し場での戦いで大敗し、著しくその株を落としたアレクシウスによって、俄然その価値を高めたワリナ王女の周りに重点的に手の者が配されていた。
 しかし、いくらその株を落としたとはいえ第一王位継承者であるアレクシウスという手札が得られたのだ。これで、あえて危険を冒してまでワリナ王女を手に入れる必要は無くなった。
 むしろ、別の目的で使った方が面白そうだ。
 セサル王は、くつくつと笑う。
「やはり悲劇の王女というのは芸術家としては、そそる題材だからね」
 燃え上がる王城と運命をともにする美しい姫君。
 ホルメア国の人間たちは、大いに悲しみ、そして奮起するだろう。
 それが後々に新たな絵図の下地ともなるのだ。そして、その下地の上には、自分が思い浮かべる狂気と混乱に満ちた西域の新たな勢力図が描かれるだろう。
 その光景を脳裏に浮かべたセサル王は、唇の両端を吊り上げるような気味の悪い笑みを浮かべた。
 それはあたかも蛇が獲物を前にしたような非人間的な笑みである。
「さあ、大国ホルメア滅亡の始まりだよ」
 そう言うセサル王の視線の先には、大河に架けられた橋を今まさに渡らんとするロマニア国の軍勢の姿があった。
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