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破壊の御子 作者:無銘工房

龍驤の章

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第84話 盤外の一手

 盤外からの一手。
 ソロンの言い残した言葉が、やけにアドミウスには引っかかった。
 それがいったい何かはわからないが、敵は何かを仕掛けてきている。
 そんな確信めいた予感をアドミウスは覚えた。
 この街を攻め落とそうとする敵の立場になってアドミウスが考えると、包囲や交渉などいくつかの手が思い浮かんだ。さらに、その中で現在のルオマの街に対して、もっとも有効的な攻めとは何だろうと考えたアドミウスは、渋い顔になる。
 それは、内応だ。
 そのとっかかりとなるのは、この街に逃げ込んだときのアレクシウス王子の蛮行である。
 あれによって、ここの兵士たちとホルメア王家の間には大きな亀裂が入ったのは間違いない。
 何しろ自分らの手で仲間を射殺させられたのである。これでアレクシウスに失望するなという方が無理な話だ。
 そのおかげで兵の士気は最悪である。
 誰もが矢を射かけられた仲間に、明日の自分を思い重ねたであろう。そんな兵士たちが、いつ自分らを切り捨てるかわからないアレクシウスの下で戦いたいとは思うはずがない。そして、中にはアレクシウスへ恨みを抱く者がいたとしてもおかしくはなかった。
 もし、自分が敵の指揮官ならば、そこを突かないはずがない。
 虚実を入り交えさせたアレクシウスとホルメア王家を(おとし)める噂を広め、その亀裂をさらに広げようとするだろう。
 しかし、それにはそうした内容の書状を書くなり、内通者を送り込むなりしなければならない。
 だが、すでにアドミウスはそうさせないためにも手は打っていた。
 まず、ソロンという老人が連れてくる投降した兵が持ち込む手紙である。
 さすがに家族へ安否を知らせる手紙まで拒絶すれば、かえって住民らの不平不満が噴出してしまうため止められるものではない。だが、家族に渡す前に手紙の内容を厳しく確認するように兵に申しつけてある。
 また、手紙を運んでくる投降した兵たちも住民と接触させないように隔離し、街の中に内応者を作らないように厳しく監視していたのだ。
 今のところアドミウスが聞いている範疇では、捕虜となった兵士らの手紙は、自分らの無事と捕虜としてのたわいもない日常について書き送っているだけだという。そして、手紙を運んでくる投降した兵も監視をする兵士たちの立場を配慮してか、アレクシウスの話題は避けて、これまた捕虜生活のたわいもない雑談に終始しているだけだと聞く。
 それだけならば、何も問題ないはずだ。
 何も問題ないはずである。
 そこでアドミウスは、はたと気づく。
「問題がなさすぎる……!」
 反乱奴隷たちは、このルオマの街を落としたいはずである。そうでもなければ無駄に街の前に陣を張るはずもなく、とっくに撤退なり何なりしているはずだ。そして、街を落とすつもりならば、それは一刻も早い方が良いだろう。
 それなのに、あのソロンとかいう老人を領主の将棋の相手に送り込んでくるだけで他は何も仕掛けてこない。
 冷静に考えれば、いくら何でもおかしすぎる。
 これは何かあるぞとアドミウスの勘がささやいた。
 それがいったい何なのかはわからないが、何かが起きているとすれば、その可能性が一番高いのは毎日ソロンという老人が通り、投降した兵たちが留め置かれている街門だ。
 緊急事態とはいえ、国軍であるばかりか敗残兵の自分らが街で大きな顔をするのはよろしくないという配慮から、これまで報告を聞くにとどめていたが、もはやそうも言ってはいられない。
 アドミウスは街門へと急いだ。
 足早に向かったアドミウスだったが、街門が近づくにつれ、おかしな匂いがするのに気づいた。それは今まで嗅いだことがない不思議な香気だが、不思議と食欲をそそる匂いだ。
 しかし、このルオマの街は長期の籠城戦に備えて糧食は厳しく制限されている。そんな状況で兵士たちに配給されている食事が、このような良い匂いをさせるはずがない。
「おまえたち! 何をしている?!」
 今は土嚢(どのう)を積み上げて封鎖された街門の脇に、守備兵らが集まっているのを見つけたアドミウスは声を張り上げた。
 すると、アドミウスに気づいた守備兵たちは露骨に「しまった!」という顔をする。
 それに、これは何かあるなと睨んだアドミウスは足音を荒立てて近寄った。
「これはいったい何だ?!」
 集まっていた守備兵らの中心にあったのは、火にかけられて大きな鍋であった。その鍋の中には、どろりとした粥のようなものがフツフツと湯気を上げている。
 おいしそうな匂いの元は、これだったのかと理解した反面、アドミウスは同時に「何だこれは?」と思う。
 アドミウスがよく知る粥は、粗挽きにするか粉にした麦を山羊の乳などで煮込んだものである。そのため粥の色は白か、せいぜいわずかな黄色みがかかったものだ。
 ところが、今鍋で煮込まれている粥は、まるで泥水のような茶色をしていたのである。
 このようなものは、アドミウスが知る限りでは配給されている糧食に含まれてはいない。
「まさか、貴様ら! どこからか糧食をくすねてきたのではあるまいな?!」
 籠城戦において勝手に糧食に手をつけるのは、反逆に相当する重罪である。もし見つかれば、当然死罪であった。
 守備兵は血相を変えて弁解する。
「ち、違います! これは捕虜になってしまった仲間がもってきてくれた……」
 必死に弁解するあまり、言わなくても良いことまで言ってしまう。隣にいた同僚が慌ててそいつの口を閉じさせるが、もう遅い。
「それはどういうことだっ?!」
 鬼のような形相で怒鳴るアドミウスに恐れをなして、守備兵たちは包み隠さず話し始めた。それを聞き終えたアドミウスは、まず唖然とし、次いで激しく叱責する。
「おまえら、何を考えている! 投降した兵たちが、珍しくておいしい食べ物を食べていると聞いて、うらやましくなって分けてもらっていただとっ?!」
 守備兵たちが言うには、手紙を運んでくる投降した兵たちが「家族に渡して欲しい」と反乱奴隷たちのところで食べさせてもらっている珍しい食べ物を持ち込んでいたのだ。
 金品などではなく、反乱奴隷たちも普通に食べている食べ物ということもあり、守備兵たちもあまり目くじらを立てずに家族へ届けてやっていたという。
 すると、そうした家族たちも口を揃えたようにうまいうまいと言うのだ。そればかりか、反乱奴隷に家族が捕虜となっていると心配していたのもどこへやら、もっとこれをもらってきてくれと伝言を頼むほどだったのである。
 そうした事態に守備兵らも興味を覚え、試しに自分らも分けてはもらえないかと頼んだところ、こうして分けてもらうようになったという。
 アドミウスは怒るのと同時に、半ば呆れ返っていた。
 金品ならばともかく、たかが食い物ごときで懐柔されてしまうとは。もし毒物や疫病にかかった動物の肉でも入れられていたら、どうするつもりだ。
 アドミウスはこの街の守備兵らの教育はどうなっているのだと頭が痛くなってしまう。
 しかし、そんなアドミウスに守備兵のひとりが粥を盛った椀を差し出した。
「まあ、連隊長殿も一口食べてみてくださいよ」
 毒などを心配して拒否するアドミウスだったが、守備兵らは自分らも食べていてそんなことはないと言い切った。
 それならば、敵はいったい何を食べているのかという興味もあって、アドミウスは椀の中の粥を口に入れた。
「……うまい!」
 見た目は悪いが、その味は絶品だった。
 身体を動かし汗をかく兵士たちを考えてか、全体的に塩味が強めだ。だが、その奥からアドミウスが今まで味わったことがない不思議な旨みが舌に襲いかかってくる。
 肉でも魚でも野菜でもない。これはいったい……?
 アドミウスが困惑するのも無理はなかった。それはいまだホルメアではあまり知られていない大豆のミトゥの味だ。大豆のたんぱく質が分解して生まれた旨みなど、当然アドミウスには未体験のものである。
 さらに粥の中には野菜や魚の身をほぐしたものばかりか、肉まで入っているとなれば、ホルメア国の平民が食べている平均的な食事より、はるかに豪勢なものと言って間違いない。
 しかし、それで終わりではなかった。
「連隊長殿。これももらったものなので、どうぞ」
 もはや開き直ったのか。それともアドミウスまで仲間に引き入れようとしているのか、へつらうような笑みを浮かべた守備兵のひとりが何かを差し出してきた。
「これは、食い物なのか?」
 アドミウスがそう言うのも無理はない。手渡されたのは、まるでミニチュアサイズの日干し煉瓦のような黄褐色をした小さなブロック状のものだった。触ってみると、硬くはない。わずかな弾力すら感じられる。
 アドミウスの知識の中では、羊のスープを冷やした煮こごりをもっと固くしたような感触だ。しかし、いずれにしてもその色は食欲をそそられるものではなく、とうてい食べ物には見えなかった。
「本当においしいので、嘘だと思って食べてみてください」
 そう言われたアドミウスは半信半疑で、それを口に放り込んだ。
 次の瞬間、アドミウスの舌に強烈な味が襲いかかる。
「……! あ、甘い?!」
 思わずそう叫んでしまうほど、それは強烈な衝撃であった。そして、その衝撃をアドミウスは知っていた。
 これはダリウス将軍が開いた祝宴の時に振る舞われた外国から取り寄せたという珍しい菓子を食べたときに感じたものだ。
 アドミウスは愕然としながらも呟く。
「これは、まさか……?!」
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